なぜ日本人はグローバル会議で黙っちゃうのか?(実践編)
グローバル会議の時、日本人が黙って何も言えなくなることってありますよね。
そんな「あるある」を読み解いたシリーズの第三弾、最後の記事です。
第一弾で日本人の心理的な構造、第二弾で実際にどんなことが起きるかのケーススタディを紹介してきました。今回はいよいよどうやって解決するか、実践例を紹介していきます。
乗り越え方の実践例 - 英国紳士と1on1してみた件
第三弾記事では、相手と上手く話せなかった僕が実際に1on1ミーティングを通して乗り越えた経験を紹介します。
当時の問題と苦難
僕が20代中盤で最初に経験した海外プロジェクトは、退職した先輩の後を引き継ぐ形で途中から参加しました。主な悩みは、
- 技術力も英語力も自信がなかった
- 先輩が抜けた後、自分しか英語をしゃべる技術者がいなかった
- 責任感からくるプレッシャーでいっぱいいっぱいだった
もう少し具体的に-当時の自分の状況
先輩ほど技術力も英語力もなかった当時は、僕も含め全員がうまく英語でのコミュニケーションを取れずギスギスしていました。とはいえ技術者で英語がしゃべれるのが僕だけだったため、上司が言っていることを海外メンバーに・相手のニュアンスを上司にそれぞれ正確に伝えようと必死で、今思えば周りの顔色もかなり窺っていたと思います。
もう少し具体的に-英会話で特に困っていたこと
ネイティブ同士がしゃべっている内容が途中から上手く拾えなくなることがよくあり、自分に対して質問されていることがわからなかったり、別の人への質問に自分が答えようとする場面もよくありました。何が話されたのかわからないまま会議が進んでしまいに、その後の議論にさらについていけなくなる悪循環に陥ることも日常茶飯事でした。
もう少し具体的に-プレッシャー
がんばって自分なりに一生懸命通訳をしましたが、相手のしゃべるスピードが早かったり、(日本人上司も含めて)しゃべっていることの背景や理由をうまく説明できなかったり、初めて触れるルーティング技術がわからなかったりして、本当に言いたいことをお互いに伝えられていないことはヒシヒシと感じていました。
英語話者も日本語話者も「通訳できる僕」に向けて一生懸命話すため、うまく伝えられていないのは自分のせいだと思い自分を責めてしまうこともよくありました。
最初の一歩:1on1を申し出てみた
相談できる日本人の先輩もいなくていたたまれなくなった僕は、ある日勇気を出してキーマンのイギリス人のハリー(仮名)へ個人宛にメールやチャットをしてみました。「僕まだルーティングのこととかわからないから教えて」「会議やメールの中身が正直わからなかった、上司に正確に伝えたいから教えて」と何度か1on1でじっくり会話する時間を作ってもらいました。
1on1での工夫:ゆっくり話してもらう、図解してもらう
当時若造だった僕はネットワーク技術もプロジェクト自体のことも理解が不十分でしたし、何よりも英会話に不慣れでした。
一方でハリーはプロジェクト初期からいるエンジニアで、技術のこともプロジェクトのことも、何よりもイギリス国内の状況を熟知している大ベテランでした。一方で彼はネイティブの中でも「とりわけしゃべるのが速い」人だったため、なかなか日本人に聞き取ってもらえないことは気にしていたようです。
こんな二人が話すと最初の頃は当然噛み合いませんでしたが、じっくり時間をかけてお互いに納得できるまでカジュアルに話すようにしました。
会話してもわからないことは、以下のような工夫で段々認識が合うようにしました。
- "Slowly, please" "Summarize, please"を連発して、わかりやすく話してもらう
- どうしてもわからない時は字を書いてもらう(その場でチャットしたり、後でメールしたり)
- 図を描いて、”Here, OK” "Here, I don't understand"と指しながら言うことで理解できているポイントを明確にする
1on1で得た発見と学び
1on1での会話を通して、大きく分けると3つの学びがありました。
- 自分と相手の関係性の再認識
- 会話に臨む心境の変化
- 「日本人の壁」の乗り越え
お互いの関係性の再認識
僕は1on1を通してこんな気づきを得ました。
- こちらがわかろうとしていること・歩み寄ろうとしていることが伝われば相手も無碍にはしない
- 複数人の会議では発言が難しいけど、1on1なら落ち着いてしゃべれる
- 特にネイティブ同士が会話していると、途中で内容が拾えなくなってパニックになっていた
- 1on1なら、相手の言葉が聞き取れなかった時に聞き直せる
- 会議での発言と1on1の時に率直に話す中身が異なることが、自分でも自覚できる
- 相手はどちらかというと僕自身の正直な意見を歓迎してくれる
- 英語のリスニングが不十分だったこともあり、こちらも相手の事情をかなり誤解していた
また、話をする中でハリーも自然とこちらの能力(技術力や英会話能力がどれぐらいならついていけるか、社会人経験がどれぐらいあるのか)をかなり察してくれたようです。
あまり状況のわかっていない若造だとわかると、ハリーもかなりゆっくり易しく解説をしてくれるようになりました。
会議の場では当然業務のことが中心になるため「自分自身のこと」はお互いになかなか発言しないので、自己紹介が不十分で相手に誤解を与え合っていたというのは新鮮な発見でした。
心境の変化:「正解」よりも「どう感じたかを率直に共有する」方が大事
さて、会話を繰り返していくうちに、だんだんと僕自身の心境にも変化がありました。
1on1の場で「チームとして」ではなく「自分自身が」どう思っているかを率直に話すようになっていったことが一番大きいです。
心理的な変化の過程-元々の状態
元々僕は先輩たちから「チーム外の人と話す時は、(後で不利益を被らないように)不確実なことを言わない」ことの重要性を学んできました。これ自体は場面によっては正しいことで、今でも大事な教えだと思っています。
心理的な変化の過程-1on1の最中
慣れない英語で会話を紡いでいくには、その場では瞬時に判断できない「チームの正しい決定事項」をベースに考えるとほとんど何も言えなくなることがほとんどでした。
会話を続けていくためには「合ってないかもしれない自分の理解」をベースにしないとすぐに言葉が出なかったから、会話に適応するために自然と自分の意見を言うようになった、というのが実態です。
心理的な変化の過程-ハリーからのフォロー
状況を察したハリーも「チームやボスがどう言うかはこの場では一旦忘れて、君自身はどう思うの?」とよく聞いてくれるようになりました。彼の優しいフォローがかなり僕の変化を促してくれたと思います。
この試行錯誤の中で、「確実じゃないんだけど自分はこう思う(Not sure but I think)」ということを強調して伝えていれば実は後で訂正できる、その場での発言自体はもっと自由にしていいという大事な発見をしました。
正しいことを言おうとして固まってしまうぐらいなら「正解かわからないけど今自分は正直こう思ってる」という率直な感想を一言伝えて、後で確認したことをもう一度訂正すればよかったのです。会議というコミュニケーションの場では、正確さよりも会話のキャッチボールを止めないことの方が大事だと気づきました。
徐々に越えられた「日本人の壁」
第一弾記事で述べた日本人の心理的な3つの壁と照らし合わせると、1on1を通してそれぞれを乗り越えていけたのだと思います。
- ホンネを語る練習をすることができた
- ホンネがすぐに出てこなくても、一旦率直に返す習慣ができた
- "I feel negative to be honest, I'm thinking why it is now..."など、言葉にする時間を作る「つなぎ」のフレーズをたくさん覚えた
- 周囲の目や意見を気にせずに会話できる場で発言する練習ができた
- 上司や他の人が介入しない場で、「自分がどう思うか」をゆっくり見つめなおせた
- 同意はされなくても、自分の意見を尊重してくれる雰囲気を感じ取れた
- 後にわかったが、「意見を尊重する」ことはハリーに限らず海外メンバーはみんなやってくれることだった
- 相手を身内(ケ)として接することができるようになった
- 「率直に話す」経験が重なると、相手と次第に共通の理解が生まれた
- お互いに事情をある程度知った上で話すと、一気に心理的な距離が近くなった
(理解の深いハリーの後押しもあって)日本人としての心理的なハードルを少しずつ超えたことで英会話すること自体にも自信がつき、オープンコミュニケーションができるように僕自身が変化していきました。
変化した会議:ぶっちゃけトークが関係性を変える
何度も1on1を繰り返してお互いの事前知識を増やす内に、会議の場でも変化がありました。
会話の機会をあらかじめ増やしておくことで「あ、これこの間聞いたこととつながってる」「彼らの立場からするとそう言うよなぁ」とお互いに”察する”ことができる機会がかなり増えたのです。僕とハリーが橋渡し役になって、「相手はこういう事情で自分たちと違う見解を示しているんだよ」とそれぞれの母国語(英語/日本語)で自国の参加者に説明・説得する場面も出てきました。
ハリーと率直に話せる関係性を作れたことで、僕から「ごめん、ここ10分のイギリス人同士の会話についていけてないや。ちゃんと知りたいから、短く要約してくれない?」「僕はそれいいアイディアだと思ったよ、上司にも聞いてみるからちょっと待って」なども気軽に言えるようになったことも大きな変化の一つです。
恥ずかしがらずに「ぶっちゃける」ようにしたこと・相手との関係を築いたことで誤解がうまれにくくなり、議論も少しずつ建設的に進められるようになりました。僕自身の行動としても「わからないままとりあえず持って帰る」ことがだんだんなくなっていったと実感しています。
意思疎通が上手く取れるようになっていった結果、次第にチーム間の関係も回復していったように思います。
異文化とうまく付き合っていくために
お互いのことを知るためにはまずホンネで一度ぶつかることが必要で、これをヘルシーコンフリクト(健全な衝突) と言います。一度ホンネぶつかってみることで初めて「お互いが違う」という共通認識を持つことが持て、そこから一緒に着地点を探っていくことができるようになります。
会議の場でホンネを話すことやぶつかることそのものに抵抗感を覚えるのは日本人にとって文化的な背景からごく自然なことですが、避けているままでは真に相手と分かり合える日はきません。
最初の一歩目は誰だって怖いですが、1on1やアイスブレイクの場を作って一度ぶっちゃけてみちゃいましょう。一度感覚を掴んでしまえば、あとはだいぶ気が楽になっていきますよ。
ヘルシーコンフリクトを教えてくれた金言
偉そうに語りましたが、これはハリーの受け売りです。笑
ハリーはヨーロッパ全土の社内ITに携わってきた大先輩で、ラッキーなことに「異なる国と会話する」経験が豊富なスペシャリストでした。カジュアルトークの中でグローバル展開の心構えもかなり教えてもらいました。
当時僕が「違和感を感じる」ことを"strange"と表現したのに対して諭してくれたことがとても印象に残っています。若干脚色してますが、こんな感じだったはずです。
That's not fair statement, it's better to say just "different". Not strange.
(それは公平な言い方じゃない、"strange:変だ"ではなくただ”different:違う”とだけ言うといい)
And you should accept that difference as a fact anyway, discussion will start from there.
(違うことは一度事実としてとりあえず受け止めるべきだ、議論はそこから始まる)
This thought is coming from our experience to drive IT governance with various countries in Europe.
(この考え方は、ヨーロッパのいろんな国とIT統制をしてきた僕らの経験からきているんだ)
周りの上司や先輩も「日系企業だから日本本社が偉い」という暗黙の空気が流れる中で、平等な:画一的なやり方を是と思い込んできた僕にとってこれは衝撃的なアドバイスでした。
「相手の違いを認め、違いに敬意を払って公平に接する」という、グローバルで当たり前の価値観をこの時初めて言葉にして教えてもらいました。
1on1でじっくりビジネス英会話と考え方のレッスンを同時にしてもらえたこと、ヨーロッパの背景をいろいろ知れたことは、ほぼ10年経った今でも僕の大事な財産になっています。
1on1以外での実践アプローチ
今回は僕の体験談をベースに「日本的な心理障壁の乗り越え方」を紹介しました。
1on1でじっくり話すというのも一つ有効な方法ではありますが、他の方法もいろいろとあるはずです。
前回までのシリーズで触れた通り、大事なのはこの3点です。
- タテマエではなく、ホンネを話せるようになる
- 周りの目を気にしすぎないようになる
- 海外メンバーを身内(ケ)として捉えられるようになる
特に1,3はできるだけ簡単な、ハードルの低いところから初めてちょっとずつわかり合うのがおすすめです。
アイスブレイクをしたり、「一緒に一つのドキュメントを作る経験」をしてみるのが手軽だと思います。
- お互いの日々の業務の体制・システムの紹介
- お互いの違いを一つのスライドにまとめ、一緒に考察まで書く(共通の話題と合意形成をする練習)
直接会える機会が作れるのであればもっと手軽に一度会って雑談をしてみる、飲み会を開いてみるとなおよいです。
本人だけでなく、周囲のサポートも大事
2については本人の心持ちの問題もある反面、周囲の人が一緒にサポートすることが大きな要因になります。上司やチームメンバーが「個々の自由な意見を尊重する雰囲気」を普段から作れていれば、実はさほど苦労をしない話だったりもします。
キーワードとしては**心理的安全性(psychological safety)**が近いです。多くの企業のページで解説されていますので、この記事では解説はそちらに譲ります。ぜひブラウザで検索してみてください。
簡単なことからちょっとずつ、が大事!
心理的にハードルが高いからこそ、最初にトライすることはとにかく簡単なことから始めるのをオススメしています。できることから地道に成功体験を積み上げることで、僕も今ではすっかり自信をもって誰とでも話せるようになりました。
(たまに「留学経験あったでしょ」って言われることもあります。いえいえ完全な日本育ちです。)
最初から完璧に話そうとする気持ちもわからないではないのですが、身の丈に合わないハードルは挫折の元になります。ほんのわずかでもいいんです、「今日はちょっとしゃべれた」「相手が言ってることをわかってくれた」「相手の言うことにスムーズに反応できるようになった」など小さい成功体験をたくさん積んで、加点方式で自分を褒めて自信につなげてください。
おわりに
第一弾記事から一貫しているとおり、海外の人とうまくやっていくには「友達になる:フランクに接する」ことに尽きます。その具体的な方法として、今回は簡単なことから地道に距離を近づける方法を紹介しました。いかがだったでしょうか。
この記事が、海外の人たちと「友達」になってプロジェクトをうまく進める手助けになるとうれしいです!
会話に使えるフレーズ
後日談-ハリーから聞いた笑い話
最近になってハリー本人から聞いたのですが、僕がそこそこいい発音で喋るし難しい技術用語も使うからハリーは最初「できるやつ」だと思い込んでガンガンしゃべっていたらしいです。
身の丈に合わない誤解をされてしまうので、ハレ(会議)の場で「きちんと」しゃべろうとしてカッコいい技術用語を使ったり、中途半端に英語力があるように振る舞うのも考えものかもしれません。
後日談その2
この記事で紹介した初めて経験したプロジェクトは、残念ながら上流工程でのミスコミュニケーションや技術不足が祟って失敗という形で幕を閉じました。
しかし、この時にお互いの理解を深めたり信頼関係を築いたことが土台にあったので、次のプロジェクトでは早い段階から上手くコミュニケーションが取れて大成功を納めました。
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