✈️

質点としての航空機の運動方程式 Part 0 - 航空交通や軌道最適化に用いられる飛行ダイナミクス

に公開

航空機の飛行も力学的現象の1つであるため、運動方程式に従います。具体的には、古典力学(あるいはニュートン力学)の法則により記述されます。

Google 等で「航空機 運動方程式」などと検索すると、いくつかの大学の講義資料がヒットします。例えば、私の出身でもある東大・土屋研究室は、以下のような資料を公開しています(2025年7月現在)。

https://www.flight.t.u-tokyo.ac.jp/~tsuchiya/FlightDynamics/12Motion.pdf
https://www.flight.t.u-tokyo.ac.jp/~tsuchiya/FlightDynamics/13Linearization.pdf

似たような資料は、他の大学や研究機関からも公開されています。これらの資料は主に、「航空機力学入門(加藤・大屋・柄沢著 東京大学出版会)」に基づいているようです。航空工学系の大学に所属し、関連する講義の課題や研究のために勉強する方々は、まずこれらの資料にあたるのだと思います。実際に私もそうでした。

これらの資料は、航空機の運動方程式を「飛行制御」の観点から解説しています。ここで言う飛行制御とは、航空機の速度と姿勢(ピッチ、ロール、ヨー)を制御することを指しています。パイロットが、スロットルレバーや操縦桿、ラダーペダルなどを用いて航空機をコントロールし、安定した飛行を実現することを想像していただければわかりやすいと思います。

もう少し力学的な言葉を使って言い換えると、これらの資料は、航空機を大きさのある剛体と仮定し、その x, y, z 方向の3次元並進運動と、剛体の重心を中心とする x-y-z 座標系の各座標軸周りの回転運動(それぞれがロール、ピッチ、ヨーに対応する)の、合計6自由度の運動を記述することを目的としています。3次元の並進運動と3次元の回転運動のそれぞれに対し、加速度についての微分方程式と速度についての微分方程式が立式されるため、最終的に合計12本の運動方程式に帰着されます。これらに適当な初期条件と制御入力(例えば推力)を適用し、何らかの方法で12本の連立微分方程式を解くことができれば、この剛体である航空機の運動をシミュレートすることができます。あるいは、最適制御理論などを適用し、最適な制御入力を求めるということもよく行われます。

ところで、特に後者の回転運動の方程式は非常に複雑です。そのため、x-y-z 座標系の向きを工夫することにより、慣性モーメントなどの値をゼロにしたりすることで、少しでも運動方程式を簡単なものにすることも行われます。あるいは、速度や加速度、力やモーメントが「安定している釣り合い状態からそれほど大きくは変化しないだろう」という仮定を用いて、元々の非線形連立微分方程式を線形なものに書き換えるということもよく行われます。そうでもしないと、元々の非線形連立微分方程式は複雑すぎて解くのがなかなか難しいのです。

航空機の運動方程式について日本語で入手可能な教科書や資料の多くは、大まかに言えばこのような内容を解説していると思います。

ところで私は、実際のパイロットや管制官のオペレーションに興味があり、航空工学の中でも、航空機の軌道最適化 (Trajectory Optimization)航空交通管理(Air Traffic Management: ATM) などを専門に大学で博士まで研究を行いました。現在もこの分野で仕事をしています。この分野の研究は最近日本でも徐々に広がりつつあり、例えば電子航法研究所(ENRI)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、東大・伊藤研究室、東京都立大・武市研究室、などが研究を行っています。

航空交通や航空機の軌道最適化の分野では、航空機は基本的に地図や座標空間上ので表現されます。そして、航空機の飛行(すなわち運動)に関する情報については、x, y 位置(すなわち緯度・経度)、 z位置(高度)、飛行速度、に主に関心があります。例えば、世界中の航空機をリアルタイムでトラッキングできるサービスである Flightradar24 を想像していただければ分かりやすいと思います。

上で言及した、大きさのある剛体を仮定した航空機の運動方程式は、例えばオートパイロットの設計や、無人機の飛行制御などの目的には最適のモデルです。しかしながら、航空交通や軌道最適化の目的にとっては、必要以上に複雑です。具体的には、我々は通常、航空機の姿勢の詳細にはあまり関心がありません。そのため、例えばピッチ・ロール・ヨーの角加速度や、航空機に働くモーメントなどは、この目的のためには明らかに過剰です。逆に、飛行による燃料消費量や、飛行速度に対する風の影響、環境への影響(例えばCO₂やNOₓ排出量)、経路角など、航空交通分野特有の情報は、上述の運動方程式では通常モデル化されていません。

そのため、例えば

  • ある航空機の出発空港から目的空港までの飛行経路を最適化したい
  • ある航空機の目的空港への到着時間を予測したい
  • ある時刻にある空域がどれだけ混雑するか、関係しそうな全ての航空機の飛行軌道をもとに予測したい
  • ある航空機の飛行が環境に与える影響を評価したい

などの目的で航空機の飛行経路をシミュレートしたい場合、航空機を大きさの無い質点(point mass)とみなした運動方程式を用いることが一般的です。私も、このような目的で質点の運動方程式を用いて研究を行っていました

ところが、私の知る限り、質点航空機の運動方程式は、日本語での教科書や解説記事が(ほぼ)ありません。私が思うに、航空機の力学(ダイナミクス)を扱う研究分野としては日本では長年にわたって無人機の飛行制御やオートパイロットの設計などの「飛行制御」が主流であったこと、航空交通分野が日本で盛んに研究されるようになったのが比較的最近であることなどが、大きな理由だと思います。いずれにせよ私は、航空交通や軌道最適化のために「質点航空機の運動方程式」を勉強しようと思っても、日本語では「大きさのある剛体航空機の運動方程式」しか情報が出てこない、ということがずっと不満でした。

ところで、「日本語での解説がほぼありません」と書いたのは、例えば「航空力学の基礎 (牧野著)」の「飛行機の性能」の章の中で、質点としての航空機の運動方程式が部分的に言及されているからです(ちなみに「飛行機の運動方程式」という章もありますが、これも剛体の運動方程式について述べています)。しかしながら本章は、タイトルの通り航空機の性能計算に特化しています。そのため、航空機に働く力がつり合っている状態(つまり速度が変化しない状態)に主に焦点を当てた解説を行っています。

また、JAXAが公開している飛行シミュレ-ションアルゴリズム 柳原著の第6章と12章で解説されている「3自由度シミュレ-ション」は、私が言うところの「質点航空機の運動方程式」に相当します。しかしこの資料は、運動方程式の導出や解説というよりも、様々な種類の運動方程式についての情報や使用法をまとめた、という性格の強いものです。このような資料は実用的に非常に有用ですが、なぜそのような方程式の形になるのかという知見を得ることは困難です。

この資料のように、多くの場合で「導出済みの運動方程式の結果だけ知っていれば事足りる」というのは事実です。しかし、質点航空機の運動を詳細に解析したり、「この運動方程式のモデル化は、自分の利用目的にとって十分正確なものか?」のような質問に答えたりするためには、やはりその成り立ちについて正確に知ることは重要だと思います。また単純に、どうやって導出されたか知らないとなんだか納得できない、という私のような人もいるかもしれません。

日本でも航空交通や軌道最適化の研究が近年盛んに行われるようになってきたことを考えると、もしかしたら同じジレンマを抱える人もいるかもしれません。日本語でいい資料が無いのなら、自分で書いてしまおうと思うようになりました。それが、このシリーズを書こうと思った動機です。

ちなみに私は、「航空系の研究や開発をするのであれば、英語の情報を敬遠している場合ではない」という考えには100%同意します。しかし一方で、物事を深くあるいは効率的に理解するためには、やはり母語である日本語が一番いい、とも思っています。

次回以降、いくつかの記事に分けて、3次元の質点航空機の運動方程式を、ニュートンの法則(運動方程式)から導出します。この際、次の2種類の運動方程式を導出します。

  • 地面が無限に平らな平面であると仮定した場合(つまり地球の丸みを無視した場合)の運動方程式
  • 地球の形を考慮した場合の運動方程式

また、使用する目的によっては、これらの運動方程式でも過剰な場合もあります。目的別に更なる単純化を施された運動方程式も紹介します。

この記事で書く運動方程式の導出は、私の博士論文の appendix に書いたものを英語から日本語に翻訳し、加筆を加えたものです。元論文はここから読めます。該当の章は、Appendix B: Derivation of the Aircraft EoM です。

もしご自身の論文等でこの記事を参照される場合は、この博士論文を参照してください。

このシリーズ記事は、以下のようなパート分けで書いていこうと思います。

Part 0: 執筆の動機や背景など
(この記事です)

Part 1: 数学の準備
前書き
Part 1.1: 回転による座標系の基底の変換
Part 1.2: 複数の回転が組み合わさった場合の基底の変換
Part 1.3: 逆回転による基底の変換

Part 2: 無限に水平な地面を仮定した場合の運動方程式

Part 3: 地球が楕円体であると仮定した場合の運動方程式

Part 4: tbd

Discussion