「長〜く歩く路上 AR 体験」を実装した話⑦〈安全に関する配慮〉
はじめに
2025年3月8日(土)から3月30日(日)まで山梨県富士河口湖町にて開催された、 やまなしメディア芸術アワード(YMAA)メタバース企画《6okken 拡張遊歩「まだ見ぬ世界」の歩き方》展(以下、《拡張遊歩》) において、 xR 作品パートのテクニカルディレクションと実装 を担当しました。
本記事は、プロジェクト《拡張遊歩》の xR 作品パートの実装過程をトピックごとにまとめる記事シリーズの、本編最後の記事です。
- 〈はじめに〉
- 〈MR デバイスで空間描画 & エクスポート〉
- 〈Meta Quest をかぶって長距離移動したい場合の注意事項〉
- 〈立体地図プラットフォーム Cesium を用いた AR コンテンツのシミュレーション〉
- 〈雪の積もる地域で路上 AR 体験を提供するには〉
- 〈STYLY の AR で長距離移動したい〉
- 〈安全に関する配慮〉 ◀ イマココ
- 〈おまけ:表現の余白や遊びをもたせるための実装〉
本記事で書くこと
- AR コンテンツ提供に関する ガイドライン の紹介
- 《拡張遊歩》で 実施した安全対策
- 《拡張遊歩》で 実施できたらより良かった安全対策
書かないこと / 注意事項
- 実装したコードの全体像や詳細に関しては、本記事では省略します。
- より良い選択肢や、内容の誤りを見つけた場合はコメントで指摘をいただければ幸いです。
本題:安全な AR 体験を提供したい
〈はじめに〉からここまで、散々 「長〜く歩く路上 AR 体験」 についてまとめてきましたが、やはりいちばん気になるのは 「安全面ってどうなの?」 という点です。
《拡張遊歩》ではその作品の性質上、プロジェクト開始当初から安全面の議論がなされ、最終的には
- 見通しの悪い場所をスポットとして採用しない
- 必ず注意喚起の画面表示(日 / 英) & OKボタンの操作から体験を開始する
- カメラの画を覆わないコンテンツの配色(透明)
- コンテンツを追いかけすぎないようにする工夫
の大きく4点を実施しました。
結果的に 鑑賞者の事故や怪我なし で展示期間を終えられましたが、振り返ると、個人的には「必要最低限の対応」に留まってしまっていたようにも思えます。 「もっとこうできたよな、次はこうしたいな」 という反省点も併せて、最後にまとめていきます。
AR コンテンツ提供に関するガイドライン
AR コンテンツの提供と安全性の確保に関して言及している日本語のガイドラインとして、XR コンソーシアムが公開している 「施設等で利用する AR サービス開発のためのガイドライン」 があります。
当該ガイドラインの「安全性の確保」(p.34〜)の項目では、AR コンテンツの提供によって誘発される危険や損害についてと、その対策の例 がまとめられています。
引用: 施設等で利用する AR サービス開発のためのガイドライン
また、
AR サービス提供者は、他者の生命、身体、財産等に対する損害という結果の発生が予見可能であったにもかかわらず、その結果の発生を防止すべき措置をとらなかった場合には、その結果の発生につき過失があるものとして、その被害者に対して不法行為(民法第 709 条)に基づく損害賠償義務を負うと判断される場合があります。
とあるように、AR コンテンツ提供において「安全性の確保」はオプションで考慮することではなく、体験設計をするうえでの基礎的要素として捉えるべき ということが再確認できます。
《拡張遊歩》で実施したこと
《拡張遊歩》において実施した安全対策を以下に記します。
必ず注意喚起の画面表示(日 / 英) & OKボタンの操作から体験を開始する
基本的な対策として、シーンの読み込み後には 注意喚起の画面表示 を行いました。外国人観光客向けに英語バージョンも用意し、デバイスの言語設定によって切り替わるようにしています。
内容は、「道路交通上の注意」「長時間の歩きスマホの抑制」「私有地等への立入禁止」「イヤホンの着脱喚起」「健康上の注意」など です。スクロールして全文が表示されたのちに現れる「OK」ボタンを押すことで、体験がスタートします。
カメラの画を覆わないコンテンツの配色(透明)
《拡張遊歩》における AR コンテンツはなるべく向こう側が透けて見える透明ベースの配色に保ち、体験中にカメラからの情報をコンテンツで覆いすぎないよう に注意しました。
コンテンツを追いかけすぎないようにする工夫
コンテンツ内のギミックとして、「作家の描いた軌跡をトレースするドーナツ型のオブジェクト」も配置していましたが、このオブジェクトの進行スピードは、実際に作家の動きをレコードした時よりも遅く 設定し、体験者が無理な速度で追いかけてしまわないようにしました。
また、オブジェクトが先行して進んでいった場合は 4m ほどでフェードアウトし、次の番のオブジェクトが背後から迫ってくる仕様にしました。こちらも 体験者が夢中で追いかけてしまわないようにする工夫 でしたが、「オブジェクトが遠くに行ったらしばらく待ってくれるようにする」とか、「体験者のスピードに合わせてオブジェクトが進む」とか、他にもいろんなやりようがあった とは思います。
4m ほどでフェードアウトし、次の番のオブジェクトが背後から迫ってくる仕様
こういうのも実施できたかも
《拡張遊歩》では、結果として 鑑賞者の事故や怪我なし で展示期間を終えられましたが、振り返ると 「もっとこうできたよな、次はこうしたいな」 という反省点も見えました。
注意喚起画面 / 文面の推敲
上述した注意喚起画面には、ひとまず充分な情報が載せられたようには思いますが、もう少し時間をかけて画面 / 文面の推敲が行えても良かったかもしれません。
例えば、文字の強調によって重要な単語の視認性を上げたり、それぞれの注意事項にアイコンを添えて視覚的に理解しやすくしたり、など。
例:アイコンを添える、重要な部分を強調する
また、このような長めの文面はつい反射でボタンを押して次に行きがちな気がするので、OK ボタンの前に「確認」チェックボックスを置く など、考える隙を与えても良かったかもしれません。
例:チェックボックスをオンにしてから進むボタンが有効化される
速く / 長く歩きすぎたときにアラート表示
《拡張遊歩》は作品の性質上、どうしてもスマホを構えたまま歩行する必要がありました。だからこそ、「歩きスマホ」の危険をなるべく抑制し、安全に体験するための仕組みは優先して提供 できてもよかったのではないか、と思います。
まちなかで提供される AR 体験の中には、歩き出したとき、速く動きすぎたとき、長く歩きすぎたとき などに、モーダル表示で注意喚起する事例が見られます。
引用: 株式会社 NTT ドコモ・小田急電鉄株式会社「XR シティ™ SHINJUKU」
施設等で利用する AR サービス開発のためのガイドライン p.37 より
体験の自由度とトレードオフにはなると思いますが、このように 危険な歩行が行われないようにする工夫 は、できる限り検討できると良さそうです。
本編はおわり
体験自体の自由度を保ったまま、安全な AR 体験を確実に提供するために、危険回避策の実装の引き出しを増やしておく ことは大事そうです。また、テンプレ通りにこなすのではなく、プロジェクトごとに適切な対応を検討することが肝要 だということを、まとめていて改めて感じました。そんな余裕を確保しながらプロジェクトを進められるよう、常に意識したいものです。
さて、いくつか反省点を述べたところで本記事シリーズ 「『長〜く歩く路上 AR 体験』を実装した話」 の本編は以上となります。もし、他に同様の試みを行おうとしている人がいて、少しでも本記事シリーズの内容が参考になったのであれば、幸いです。
〈おまけ:表現の余白や遊びをもたせるための実装〉の内容はまだ書けていません(2025/05/15現在)が、プロジェクトを通した作家たちとエンジニア間のコミュニケーションの中で、なんだかうれしかったポイントをまとめる予定です👀
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