😽

マネジメントとダイアローグ

7 min read

はじめに

どうも、みなさん、こんにちは。
妻の批判はアドバイスをモットーとする エンジニアリングマネージャー兼ブリーフセラピストな @warumonogakari こと かとうです。
ここ一年間マネジャーを勤めながら、セラピーについて勉強してきました。
本稿は、Engineering Manager Advent Calendar 2020 15日目向けに、この中で、特に重要なダイアローグ(対話)について、自分の頭の整理をかねてまとめていきたいと思います。
なお、例によって例のごとくの文でとても恐縮ですが、本稿の内容はあくまでも個人の感想であり、所属・関連する組織とは一切関係ありません。

それでは、はじめていきましょう。

なぜ、ダイアローグが必要と思ったのか。

契機は、組織の「病」と統合失調症

あれは2018年夏ごろだったでしょうか。
今自分のいる会社を一つの「心身」にたとえたらどうなるんだろう?と問いから、臨床心理士の妻にすすめるままに いろんな本を読みあさりました。読んだ結果、会社は以下のような「統合失調症」になっているのかもしれないなぁと思い至りました。

  • 外部(世の中・お客さん)とはほぼ関係なく、内部で衝突を繰り返している
  • 衝突の結果、声の大きい声が「問題」「幻聴」として響きわたり、本来企業活動として成長不可欠な声が「声ならぬ声」になっている
  • 答えの出ない問い、正解がない問いに対する耐性が乏しくなっている、結果、「問題」に対して「答え」を安易に求める、「答え」を出してくれるモノに依存している
  • 企業全体として活気がない
  • なにより病という認識(=病識)がない

これって、たまたま自分が所属している(してきた)企業に限らず、組織が高度な専門に分化・成熟していく過程で普遍的に起こりうる現象ではなかろうか。
ふと、そんな思考が頭に浮かんだところが出発点だったと思います。

自分の取り巻く「問題」と苦労

なぜそんなことを考えたのでしょうか。
それは今ある自分の苦労は一体どこからきているのだろうか、本当に世のため人のためになっている苦労なんだろうかという問いを立てたところから始まったと思います。

  • 常に「問題」に追われている
  • その「問題」の大半は当事者同志で協力したほうがよいが、当事者同士は忙しく活動しているため、なかなか向き合えない(もちろん、向き合うように促すか調整すれば協力する)
  • その「問題」の極一部は根が深く、解決に失敗すると大きな影響が出るときもある

これら「問題」は「幻聴」となり、組織の中で乱反射し、その乱反射した断片を一個一個丁寧に拾い集めては現実を再構築する。乱反射の速度と断片が速く細かくなればなるほど拾い集めは難しくなり、一方で本当の光源である社会やお客さんから遠くなっていく。そんなところに今ある苦労にあるんだなぁと思い至りました。

そしていつかは、黒髭危機一発ゲームのように、巡り巡って、自分一人ではとても解決できないようなことを抱え込むことになるんじゃないだろうか。
という不安が、心のどこかに潜んでいることにも気づきました。

いつしか自分自身の頭の中でも、乱反射が始まっていたのかもしれません。

真の困りごとは、パラドックスにあるのではないか

ところで、「問題」は、世の中やお客さんにとって本当に困りごとなのでしょうか。
問題というからには、そもそも原因があり解決があるはずです。例えば「お腹が空いた」という問題であれば、「最後に食べたのが6時間前」という原因があり、「ご飯にありつく」というのが解決となりますよね。組織の普段の活動は、問題があって原因があり解決できる、そんな話が大半なはずです。

ところが。
組織の困りごとって「問題から原因があって解決」がすべてなんでしょうか?中には、パラドックスと呼ばれているものが、普段の仕事、開発の中に潜んでいることはないでしょうか?

本稿でいうパラドックスの定義とは、実にシンプルです。みんな一生懸命解決しようとしているのだけど、なぜかまた「問題」に戻ってしまう。「問題」と感じて、それを解決するために頑張って行動することが、かえって問題を維持させてしまう。
このパラドックスを「問題」ととらえ、皆んな頑張っているのだけど維持され続け、いつしか「誰かサボっているのではないか」「何か隠しているのではないか」という幻聴になり、それが、より一層「問題」を悪化させてしまう。

憎いものはパラドックスであり、人ではないはずです。
しかし、パラドックスを「問題」と認知し、いつしか「原因」を人に求め、その人自体に「あいつが悪い」という「原因」というスティグマをなすりつけてしまう。ひどい場合は、お互いがお互いにスティグマをなすりつけはじめる。人の性というのは、多分にそんな弱いところがあるのかもしれません。

パラドックスを解消するために

では、このパラドックスと向き合って解消するためには、どうしたらよいのでしょうか?

人の頭はパラドックスの認知に向いていない

まず、人は人である前にまず動物です。先程あげた「お腹空いた」問題は、人である以前にどんな動物でもみられる解決行動です。普段の日常生活では、人は人である以前にまず動物である行動が求められます。つまり、問題と認知し原因を求め解決に向けて行動するのは、言わば習慣化されたものなのです。それ故、パラドックスと問題をその場で見分けることは、よほどの注意と深い観察力が必要となります。

経営層・マネジャー含め組織のリーダは、パラドックスの解消に向いていない

一方で、組織の中心人物であるリーダは、日々の「問題」の解決のために常に素早い判断を求められます。つまり、「問題」を素早く解くことが期待され、それゆえ問題を解決する行動が日々習慣化されていきます。ということは、リーダーはパラドックス自体の認知と解消に向いていないことになります。
日々問題解決を素早く鮮やかに解決していくリーダー。
極端な話、パラドックスの解消のためには、そんな優秀なリーダーはむしろ障害になりうるわけです。

では、誰がどのようにパラドックスを認知し解消できるのでしょうか?
それは誰でもない関係するリーダー含めたメンバー全員です。メンバーのお互いがお互いの乱反射された「意味」、情報の断片を持ち寄って、協力して現実の再構築をしていくほかないのです。

ここでようやくダイアローグの登場となります。

ダイアローグとは

本稿では、ダイアローグの定義を以下のようにしています [1]

  • 参加者それぞれが、他者の語ったことに基づいて、それを続け、重ねる形で言葉を紡いでいく、一連の意味の流れ

ここでの参加者は二人とは限りません。そもそもダイアローグのダイア[dia]は、「〜を通して」というギリシャ語の意味であり、二人という意味ではないのだそうです。つまり、三人以上でもできますし、ダイアローグな精神状態であれば一人でもできます。
ダイアローグでは、何らかの意味を共有することで、「接着剤」や「セメント」のように、情報の断片を再構成し、人々や社会を接着することができます。
そして、ディスカッションと違い、「勝利」を得ようとするものはいません。

ダイアローグといわゆる一般的な対話との違い

ここで、あえて「対話」という日本語を使わずに、ダイアローグというカタカナ表記にしているのか説明しましょう。
一般的な対話と言えば、1on1 といった二人で話あう姿か、車座になって大勢で語り合う姿を思い浮かべるかと思います。ダイアローグでも語り合う形態は変わりがありません。ただし、以下の3点が異なります。

  • 「相手」とは決してわかりあえないことを前提とする
  • わかりあえない相手だからこそ対話になっていない状態(モノローグを聴くこと)から始まる
  • 「相手」との対話により自分とも対話が始まる。対話を通して「自分」をみることができる。

わかりあえない相手、理解できない相手のいうことを聴く。
一見難しく感じるとは思いますが、我々エンジニアは普段計算機という全く動物と異なる相手の、誰が作ったかよくわからないソフトウェアという言語を通して対話しているのですから、ある意味、普段やっていることなわけです。肩肘張らずにやっていきましょう。

わかりあえない相手のいうことを聴くためには

なんのために聴こうとしているのか立ち位置を明らかにしておくとよいでしょう。例えば、新任でジョインした EM の場合、まず手かげることはチームをよりよくしていくこと、それを表明することですよね。そのためにメンバのみなさんの協力が欠かせないことを切々と訴えます。
また、無知であること、教えてもらうという姿勢も必要です。自分が知らないこと・決してすべて知り得ないこと・かろうじて知っていることもあるといった弱さをベースにした情報公開が必要です。そして、何よりも聴く場が決して評価に影響を与えないことを保証することも必要になってくると思います。

聴くテクニックと、ダイアローグを続ける上で必要なこと

参加するメンバーの皆さんが集まった後は、通常の対話と同じです。この際に使えるテクニックは、ちょうど ふりかえりエバンジェリストなびばさん
書いていらっしゃっているので、こちら → 参加型・意思決定のための13つのファシリテーティブリスニングスキルをご参照ください。

また、ダイアローグで続ける上で、メンバーとともに自発的に続けるために必要なことは、以下の3つの実感が不可欠です。

  • 聴いてもらえるという実感
  • 参加しているという実感
  • 尊重されているという実感

そのために、少しよそのチームのみなさんにも協力してもらって、リフレクティング(公開噂話)という技法を使うのも手だと思います。

ダイアローグを継続していく上で、期待できる状態

そして、ダイアローグを続けていくと、どんなことが期待できるでしょうか。
まず、前述のように、お互いがお互いの乱反射された「意味」、情報の断片を持ち寄って、新たな現実の獲得・新たな発見ができるでしょう。次に、今自らの組織が何が起こっているか、まるで鏡でみるように自らの姿を映し出すようになってくるはずです。
そして、組織のリファクタリングがはじまり、何よりも自分自身のリファクタリングもはじまってきます。
まるで、バラバラだった光のカケラの波長があっていき干渉しあってレーザー光を生み出すように、わからないながらもお互いがお互いを理解でき、世のためお客さんのために足並みが揃っていくことが期待できます。

おわりに

以上、

  • 組織の「病」から、「病」の真因としてパラドックスがあるのではないかと提起
  • パラドックス解消のために、ダイアローグが必要
  • ダイアローグを始めるために必要なこと
  • ダイアローグによって、期待できそうなこと

を駆け足でみてきました。

今、企業は大きな転換期を迎えていますよね。
いわゆる万人向けの製品から、世のため人のため、一人・一人に寄り添ったサービスに変わりつつあり、その一人・一人に寄り添ったサービスを開発するためには、エンジニアリング組織は断片化したデータを接着し一人・一人にとっての新たな意味を見出し価値とすることが必要となってきます。
また、エンジニアリング組織の自己組織化・運営のためには、文化が必要とよく言われます。文化が、メンバーの中で何らかの共通する意味であり、その意味の元にメンバーが自発的に協力しあうとなると、それを生み出すためにも、ダイアローグが必要となってくるのではないでしょうか?

最後に宣伝です。
このようなダイアローグの実験の場として、エンジニアリングマネジャーの苦労や知見共有の場として、筆者ともうひと方で Engineering Manager Meetup in NAGOYA(略称 EM_NAGOYA) という ちっさい勉強会やっています。
元々は、Engineering Manager Meetupの名古屋支部みたいものという形で始めたのですが、このコロナ禍の中で今年5月からオンラインに移行しました。なので、今は名古屋という場所にこだわってはいません。今後は、下記のようなことをやっていこうかと考えています。

  • 修羅場からダイアローグに持っていくためには?研究をしてみる
  • メンバ同士のもめごとをメンバ同士で解決してもらうように調停?する研究をしてみる
  • ダイアローグとカウンセリングと、コーチングと。共通点と相違点を探求してみる

未熟で稚拙な運営なところもあり、ダイアローグをしたいという かとうのワガママもあって、スケールアップが難しいのですが、もし興味を持っていただければ幸いです (_ _)

ではでは、よい開発体験を。
ここまで読んでくれて、本当にどうもありがとうございました!

参考文献

脚注
  1. デヴィッド・ボーム、ダイアローグ(On Dialogue) 英治出版 (2007/10/2) ↩︎