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物語を科学する──読者心理から読み解く、“続きを読みたくなるストーリー”の作り方

に公開

導入

「読み始めたら止まらなくて、気づいたら夜中だった」

「何気なく読み始めた作品なのに、ページをめくる手が止まらなかった」

物語を読んでいて、そんな体験をしたことはありませんか?

読書中に感じる“没入感”は人それぞれですが、物語の続きを自然と欲してしまう瞬間には、ある種の共通した構造があります。

文章のうまさや設定の面白さといった言葉にしやすい魅力はもちろん、物語を面白くする重要な要素です。

ですが一方で、 「うまく説明はできないけれど、なぜか続きを読みたくなる」 ──そんな体験も少なくありません。

本記事では、そうした説明しやすい魅力も、説明しにくい魅力も含めて、読者の中にどのような“心理的構造”が生まれているのかを、「期待感」という視点から解き明かしていきます。

物語の続きを読みたくなる──その背後にある仕組みの正体とは?


第1章|読者の「読み続けたい」はどこから生まれるのか?

読者が物語の続きを読みたくなる理由は、実は「面白かったから」だけではありません。

もちろん、

・笑えた
・キャラが好きになった
・感動した

といったポジティブな体験そのものも、強力な動機になります。

しかし、それだけでなく──

「あのキャラ、これからどうなるんだろう?」

「この展開、どこに向かうんだろう?」

「この伏線、いつ回収されるんだろう?」

といった “これから”への関心 もまた、読者にとって強力な推進力になっています。

このように、続きを読みたくなる動機には、大きく分けて次のような2種類があります:


✅ 続きを読みたくなる“2つの型”

種類 原因になる読者心理 代表的な例
実績型 「これまでの満足感をもっと味わいたい」 面白い/好き/楽しいからもっと
好奇心型 「未来への関心を解消したい」 どうなるの?/知りたい!/見届けたい

両者はまったく異なるように見えますが、どちらも共通して、
「読み進めれば、望みどおりになるはずだ」 ──そんな見込みが心の中にあるからこそ、私たちは物語を途中でやめられなくなるのです。

これが以降で扱う 「期待感」 という概念の核心です。


読者の 「先を読みたい」 という気持ちは、
実績型・好奇心型という2種類の期待感によって支えられています。

また、それぞれの期待感の中には、さらに いくつもの異なる“仕掛け”や“起点” が存在しています。

本稿では、この2種類の期待感がどのように「先を読みたい」という気持ちを生み出すのかを、構造的に解き明かしていきます。

まずは、2種類の期待感の違いや共通点をもう少し詳しく見てみましょう。


第2章|2つの型:実績型と好奇心型の違いと構造

2種類の期待感──実績型と好奇心型は、
それぞれ異なるきっかけから「先を読みたい」という気持ちを生み出しています。

この章では、改めてその違いや共通点を見ていきます。


✅ 期待感の2つの型

根拠 読者の心理
実績型 これまでの読書体験から得た満足感 「もっとこの楽しさを味わいたい」 「毎回ギャグが面白い」「このキャラ好き」
好奇心型 物語の未来に対する関心 「先がどうなるのか知りたい」 「この事件の犯人は?」「あのキャラはどうなる?」

実績型と好奇心型で発生メカニズムは異なりますが、
どちらも最終的には、 「読み進めれば、望みどおりになるはずだ」という期待感 が生まれます。


🧠 なぜ「期待感」が重要なのか?

「面白い」「好きだ」と感じた直後に読むのをやめてしまうことは、ほとんどありません。

「どうなるの?」と思った直後に本を閉じる人も、まずいません。

つまり、期待感が高まっているときこそ、読者は物語を“やめられない”状態にあるということ。

逆に、読者が途中で本を閉じるのは、単純に「面白くない」と感じたときだけでなく、
「もう期待していない」「この先にあまり意味を感じない」 という心理が潜んでいる場合が多いのです。


🔄 共通する構造:読み続ける動機が生まれるまでの5ステップ

実績型と好奇心型は異なる起点を持ちますが、
「続きを読みたい」という気持ちが形成されるまでの構造はどちらも同じです。

以下のような5段階の心理的プロセスを経て、読者の中に読み続ける動機が形成されていきます。

フェーズ 説明 例(実績型) 例(好奇心型)
1. 起点 興味や感情を喚起する物語の要素 「キャラの名言」「綺麗な描写」 「意味深なセリフ」「不穏な兆し」
2. 反応 読者の感情的・認知的な反応 「面白い!」「ぐっときた」 「どうなるの?」「誰?」
3. 欲求 「もっと味わいたい/知りたい」という欲求 「もっと読んでいたい」 「答えを知りたい」
4. 期待感 読めば望みが叶うはずという見込み 「次のページも面白いはず」 「この先でわかるはず」
5. 動機 このまま読み続けたいというモチベーション 「続きを読みたい」 「続きを読みたい」

このように、「面白かったから」「気になったから」という感情は、
すべて “物語の続きを読ませる動機”として構造化できる のです。

では、ここからはそれぞれの期待感の中にある“仕掛け”──
具体的な起点の種類と役割について、型ごとに分解し、その仕組みを掘り下げていきましょう。


第3章|【実績型の期待感】読者を惹きつける“満足感”の仕組み

🧩 実績型とは?

物語を読み進める中で得てきた“満足感”が生み出す、
「続きもきっと楽しめるはず」という期待感──それが実績型の期待感です。


🔸 実績型の期待感を生む“8つの起点”

実績型の期待感は、読者が満足を感じた瞬間から始まります。

その満足体験の「きっかけ=起点」は、大きく8種類に整理できます:

種類 概要
ユーモア 思わず笑ってしまうセリフややりとり
衝撃 息をのむ展開や迫力のある描写
納得 展開・設定・心情などが腑に落ちる感覚
好意 キャラや世界観への愛着や魅力
誇らしさ 好きなキャラの活躍を自分ごとのように喜べる感覚
解放 苦境からの脱出による安堵や快感
名残惜しさ 別れや終わりによって価値を強く感じる瞬間
意外性 予想を裏切られて新鮮さを感じる展開

🔍 各起点の説明

🟢 ユーモア

滑稽な状況による笑い、軽妙なやりとりによる心地よさなど。

読者が思わず笑ったり、にやりとしたりすることで満足感が発生する。

例:

  • キャラクター同士の面白い掛け合い
  • 意外な場面でのメタ発言

🟢 衝撃

スケール・演出・描写の迫力などに息をのむような体験。

圧倒され、言葉を失うような感覚のあとに満足感が生まれる。

例:

  • 圧巻のアクションシーン
  • 圧倒的な情景描写

🔵 納得

展開・設定・キャラクターの言動などに「なるほど」と感じ、腑に落ちるような感覚。

設定やキャラクターの行動に「理屈が通っている」と感じることで満足感が生まれる。

一方で最低限の納得が得られないと、「リアリティがない」「ご都合主義」などと感じられてしまい、他で工夫をしても満足感が生じにくくなる。

例:

  • 伏線回収によって「なるほど!」と思える展開
  • キャラクターの心情に「わかる」と共感する

🔵 好意

キャラクターや語り口、世界観に対する愛着や魅力。

作中の特定の何かが「好き」になることで、何気ないシーンからも満足感が得られるようになる。

反対に、ある程度の好意が形成されていないと、感動的なシーンなどでも興味を持ってもらえない恐れがある。

例:

  • キャラクターの性格に好感を抱く
  • キャラクター同士の関係性が気に入る
  • 世界観や設定に惚れ込む

🟠 誇らしさ

応援していたキャラクターの活躍が、自分のことのように嬉しく感じられる体験。

感情移入しているキャラクターの活躍によって、誇らしさ・優越感を感じることで満足感が生まれる。

例:

  • キャラクターが大きな手柄をあげ、周囲がそれに感服する
  • キャラクターが誰も気づかないところで良い行いをしている

🟠 解放

苦難・抑圧などから抜け出したときに感じる安堵や快感。

長く続いた抑圧やストレスから解放される場面は、読者に強いカタルシスをもたらす。

例:

  • 絶望的な戦局を覆して生還する
  • 虐げられていたキャラクターが自由を手に入れる

🟠 名残惜しさ

キャラクターや関係性、場所との“別れ”が心に残る体験。

喪失による悲しみの深さが、逆説的に“その対象をいかに大切に思っていたか”を示すことで、大きな感動が生まれる。

例:

  • 共に旅をしてきた仲間と別れる
  • 状況に引き裂かれ、家族が離れ離れになる

🟠 意外性

読者の予測をいい意味で裏切り、「そう来たか!」と驚かされる体験。

展開などに意外性が感じられると、読者は新鮮な気持ちで物語を読み続けることができる。

例:

  • 殺人事件の意外な真犯人
  • 計画を狂わせる予想外の出来事

🔸 満足感の“構造”を知っておく

8つの起点は、それぞれ異なる役割を持っています。

ここでは、これらを以下の3分類で整理しています:

要素 概要
自立要素 単独で満足感を成立させる(ユーモア・衝撃)
土台要素 単独で満足感を成立させ、他の要素を支える基盤にもなる(納得・好意)
装飾要素 土台要素に支えられて活きる(誇らしさ・解放・名残惜しさ・意外性)

これらの要素関係は、思考を整理するための補助線として、次のような式で表すこともできます:

満足感 = 自立要素+ 土台要素 + 装飾要素 × IF(土台要素 ≥ 0, 1, 0)

※この IF は表計算ソフト風の記法で、土台要素が一定以上の水準に達しているときのみ、装飾要素が有効になることを表しています。

つまり:

  • 土台要素がないと物語への没入・キャラクターへの感情移入などがうまくできず、装飾要素は機能しづらい
  • 自立要素と土台要素は、それ単体で場を持たせられる強さがある

この構造を理解しておくことで、
“なぜか面白いと感じられない”シーンなどの分析がしやすくなります。


次章では、「これからどうなるのか?」という読者の関心を引き出す──
好奇心型の期待感について、その構造と起点を見ていきましょう。


第4章|【好奇心型の期待感】“未来への関心”を支える仕組み

🧩 好奇心型とは?

「どうなるのだろうか?・こうなるはず・こうであってほしい」という未来への関心が生み出す、
「続きを読めばわかるはず」という期待感──それが好奇心型の期待感です。


🔸 好奇心型の“7つの起点”

物語内で「未来に何かが起こりそうだ・起こってほしい」と感じさせるきっかけ(=起点)は、以下の7種類に整理できます。

種類 概要
予告 予告された未来に至る過程・その結末を見届けたくなる
情報が隠されており、正体や真実が気になる
不幸 苦境にあるキャラクターの救済を期待する
秘密 読者だけが知っている秘密が、いつ・どのように明かされるか気になる
因果 善行・悪行・努力に対して、相応の報いがあることを期待する
組み合わせ 2人の関係性(対立/恋愛/因縁)がどう展開するか気になる
能力 特別な力や背景を持つ存在が、今後どう活躍するのか気になる

🔍 各起点の説明

🔷 予告

キャラクターの目的・予定・選択肢の提示、または出来事の開始など。

未来に何かが起こると示されると、読者はその経過や結末を自然と気にするようになる。
(明示的なものだけでなく、暗示や仄めかしによるものも含む。)

たった今始まった、もしくは既に始まっている出来事に対しても同様。

例:

  • 敵地に攻め込む計画を立てる
  • 重要な選択肢が提示される
  • 不吉な予言を告げられる
  • 命運をかけた試験が始まった

🔷 謎

物語中で明かされていない正体や真相。

「何者なのか」「なぜそうなったのか」といった疑問が生まれると、読者はその答えを確かめたくなる。

例:

  • 仮面の人物の正体が伏せられている
  • 先へ進むためには提示された謎を解かなければならない
  • 記憶喪失になり、ここがどこなのか・自分が何者なのかわからない

🔷 不幸

不遇・孤独・抑圧などの状況に置かれているキャラクター。

読者がキャラクターに同情心を抱くことで、「報われてほしい」という思いが生まれ、
救済が訪れるのを見届けたいという動機付けにつながる。

例:

  • 理不尽な扱いを受ける子供
  • 周囲から不当に疎外され、孤立しているキャラクター

🔷 秘密

読者(または読者と一部のキャラクター)だけが知っている秘密。

秘密を知った読者は、暴露や露見のタイミング、周囲の反応を見届けたくなる。

例:

  • 主人公が正体を隠している
  • 読者にだけ犯人が明かされている

🔷 因果

キャラクターの善行・悪行・努力など。

キャラクターの所業を知った読者は、相応の報いがあってほしい、と因果応報を望むようになる。

例:

  • 困っている人を放っておけない、お人好しなキャラクター
  • 裏で悪いことをしているキャラクター

🔷 組み合わせ

関係の進展が望まれる複数のキャラクター。

恋愛・友情・相棒・師弟などの深い関係でなくとも、「二人の絡みが見たい」と期待させる要素さえあれば、読者は今後の二人の関係を見届けたくなる。

物語中では明確な接点がない段階でも、読者が「この二人が出会ったら面白そう」などと感じた瞬間に成立する。

例:

  • 片想いをしているキャラクター
  • 敵対組織に、主人公と分かり合えそうなキャラクターがいる

🔷 能力

キャラクターの特別な力・才能・背景。

キャラクターが優れた能力を持っていることが示されると、読者はその能力が発揮される場面がみたくなる。

例:

  • 規格外の力を持つキャラクター
  • 天才的な頭脳を持つキャラクター
  • 特別な血筋を持つキャラクター
  • 優れた人脈を持つキャラクター

次章では、これまで紹介してきた2つの期待感をどう使っていくか──
現実的な活用方法を考えていきます。


第5章|期待感を“使う”という視点

ここまで、物語を読み進めたくなる読者心理の素──
すなわち「期待感」がどのような構造で生まれるのかを見てきました。

では、この仕組みを物語の創作や分析にどう活かすことができるのでしょうか?


✨ 曖昧だった「面白さ」を分解して扱える

物語を「なんとなく面白い」と感じたとき──
それが「どのような起点から、どんな欲が生まれ、どう期待感につながっているのか」を言語化できるようになると、創作も分析もぐっと具体的になります。

  • 「ここに秘密起点があることで、先の展開が気になるようになっているな」
  • 「この場面、キャラクターへの好意が育っていないと読者が置いていかれそう」
  • 「ここに納得が加われば、意外性がもっと効くかも」

こんなふうに、「続きを読みたくなる物語」を設計・調整する視点が得られます。


✨ 使い方はあなた次第

この構造は、いろいろな使い方ができます。

  • プロット設計:シーンごとに、どの起点で読者の関心をつなぐかを意識する
  • 読者コメントの解釈:「なんか微妙」は期待感不足かも?
  • 作品分析:好きな作品の期待感の種類・流れを読み解くことで、自分の作品に活かしやすくなる

✨ AIとの対話もスムーズに

近年はChatGPTなどを使って創作する人も増えてきました。

そのときに、「こういう期待感を狙いたい」「このシーン、起点が弱い気がする」といった言葉でやりとりができれば、
抽象的だった“面白さ”のやりとりが、今よりも明確で再現性のあるものになるかもしれません。

※本記事の内容をそのままAI(例:ChatGPT)に提示することで、一定の文脈理解を得たうえでの対話が可能になります。


✨ 他の創作論との併用

この記事で紹介した内容は、いま使っている他の創作メソッドや感覚と矛盾しません。

むしろ、それらの“面白さ”や“感動”をどう読者につなぐかという補助線として使うことができます。

たとえば──

・物語のテーマやメッセージを読者にしっかり届けるため、期待感を利用して読者の興味をつなぐ

・三幕構成や起承転結を使う際、ピークで狙い通りの満足感を生み出せるように設計する

そんなふうに、“構造”の視点をプラスすることで、今までの創作スタイルをもっと自由に、再現性高く使いこなすことができるはずです。


🧭 おわりに

物語の魅力は、感性や偶然だけに頼らず、意識的に作り出すことができます。

「読みたくなる」には、ちゃんと仕組みがある。

その仕組みを知っていれば、“持ち前の感性やセンス・これまでに培ってきた経験や知識”をもっと自在に使えるようになります。

この記事が、創作や読書を“もっと意識的に楽しむ”ためのヒントになれば幸いです。

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