乱数生成とハッシュを理解して有名な攻撃を試してみる
この記事は暗号を理解して解読できるようになろうというシリーズの一部です。シリーズの一覧は次のようになっています。
誰にも予測できないような乱数を作るにはどうすればいいでしょうか?
例えばこんな例を考えてみましょう。
乱数を要求されたら円周率の
もちろん安全ではありません。
では
もちろん安全になります。でもよく考えてみてください。開発者は
これより乱数に必要な条件としてはこうです。
- 統計的に選ばれる確率が均一であり十分に分散している
- 全てがオープンソースである
- 誰にも予測できない
このような乱数を生成することはできるのでしょうか?この章ではそのような乱数生成器を紹介していきます。
乱数生成
真性乱数生成器 (TRNG)
最も原始的で簡単な方法がノイズを用いる方法です。ノイズといっても音のノイズではなく、熱のノイズや電気のノイズ、トンネル効果などを用いた量子的な確率的振る舞いなどです。それらノイズの情報をエントロピーが低くなるまで掻き集めて、乱数として返します。これを真性乱数生成器 (TRNG; True Random Number Generator) と呼びます。
メリット
- 非決定的に生成するので次の値を予測しにくい
デメリット
- 生成に時間がかかる
- サイドチャネル攻撃などによってバイアスが掛かる可能性がある
ただ真性乱数でも意図的に外から負荷を掛けてノイズの予測を立てられることもあるので、一概にエントロピーが低いことを保証できません。それを用いた攻撃をサイドチャネル攻撃と言います。
決定論的乱数生成器 (DRBG)
TRNG だと乱数を生成するのに熱が揺らいでいるのを取らないといけないので時間がかかります。高速化するにはアルゴリズムで疑似的に乱数を生成することが必要です。これを決定論的乱数生成器 (DRBG; Deterministic Random Bit Generator) と呼びます。
ex.) Xorshift、線形合同法、メルセンヌ・ツイスタ、LFSR
メリット
- 高速に生成できる
デメリット
- 決定論的に生成するので予測できる可能性がある
疑似乱数生成器 (PRNG)
それなら TRNG と DRBG を組み合わせれば長所と短所を互いに補ってよいじゃないかというのはごもっともで DRBG と TRNG を組み合わせた乱数生成器もしくは DRBG のみを疑似乱数生成器 (PRNG; Pseudo Random Number Generator) と呼びます。(実際は DRBG と PRNG は同じ意味らしいが便宜上この定義とする)
私は TRNG の仕組みをあまり知らないので DRBG だけを紹介していこうと思います。
簡易的で代表的な DRBG は次のようなものがあります。
- 線形合同法
- Xorshift
- LFSR
- メルセンヌ・ツイスタ
これらは高速に生成できるので安全性が求められない疑似乱数としては優秀です。XorShift やメルセンヌ・ツイスタは競プロのテスト生成でよく使われますね。
このような DRBG に対する攻撃の本質はすべて内部状態をいかに復元するかです。
CTF では基本逆操作を行うことで攻撃が成功します。また高度典型として Crypto ツールで紹介する SMT を使ったり、論理演算の線形近似 (Walsh-Hadamard 変換など) を行うなどの手法もあります。
線形合同法
剰余と定数 M を決めて次の数列 a, b を乱数列とする生成法を 線形合同法 (LCGs; Linear congruential generators) という。 \lbrace x_i\rbrace x_{n+1} = ax_n + b \pmod{M}
Xorshift
Xorshift とは初期値に対して次の計算を繰り返すことで生成される数列を乱数列とする乱数生成器である。 x x ^= x << 13; x ^= x >> 7; x ^= x << 17;
LFSR
LFSR (Linear Feedback Shift Register) とはビットベクタとの内積を取った結果を挿入するということを繰り返して得られるビット列 \bm{a}_k^n = (a_k, a_{k+1}, \ldots, a_{k+n-1})\in\mathbb{F}_2^n を乱数列とする乱数生成器である。 \lbrace a_k\rbrace \begin{aligned} a_{k+n} & = \bm{s}\cdot\bm{a}_k^{n} = \sum_{i=0}^{n-1} s_ia_{k+i} \\ \end{aligned}
メルセンヌ・ツイスタ (MT19937)
中身では 32 ビットのビットベクタで計算されていて初期状態\bm{x}_i を入力して漸化式から (i = 0,\cdots,n) を生成し、それぞれの \bm{x}_k について後処理をした \bm{x}_k を出力とします。 \bm{y} \begin{aligned} \bm{x}_{k+n} & = \bm{x}_{k+m}\oplus((\bm{x}_k\mid\bm{x}_{k+1})\gg 1)\oplus(\mathrm{LSB}(\bm{x}_{k+1})\mathop{\mathrm{AND}}\bm{a}) \\ \bm{y} & \leftarrow \bm{x}_k \\ \bm{y} & \leftarrow \bm{y} \oplus\ \,(\bm{y}\gg 11) \\ \bm{y} & \leftarrow \bm{y} \oplus((\bm{y}\ll\ \ 7) \mathop{\mathrm{AND}} \bm{b}) \\ \bm{y} & \leftarrow \bm{y} \oplus((\bm{y}\ll 15) \mathop{\mathrm{AND}} \bm{c}) \\ \bm{y} & \leftarrow \bm{y} \oplus\ \,(\bm{y}\gg 18) \\ \end{aligned} ただし、
は \bm{x}_k\mid\bm{x}_{k+1} の最上位ビットと \bm{x}_k の下位 31 ビットを結合する演算、 \bm{x}_{k+1} は \mathrm{LSB}(\bm{x}_{k+1}) の最下位ビットを 32 ビットに展開する演算です。パラメータと初期シード \bm{x}_{k+1} を元に初期状態を生成する漸化式は次のようにします。 x_0 \begin{aligned} n & = 624 \quad m = 397 \\ \bm{a} & = \mathrm{0x9908B0DF} \quad \bm{b} = \mathrm{0x9D2C5680} \quad \bm{c} = \mathrm{0xEFC60000} \\ x_i & = (x_{i-1} \oplus (x_{i-1}\gg 30))\times 1812433253 + i \pmod{2^{32}} \end{aligned}
これらは乱数列をいくらか渡されれば内部状態を復元でき、その後の乱数を予測できるようになります。線形合同法や Xorshift については 1 つでも値が分かれば乱数予測できます。
特にメルセンヌ・ツイスタ (MT19937) は統計的に十分に分散していて長い周期を持つ高速な疑似乱数生成器の一種です。周期の長さは
見ての通り、逆変換を行うことで任意の連続した 624 回の 32 ビット出力から内部状態を復元できてしまいます。
更に初期状態については 2 つの値さえ分かっていれば内部状態を復元できてしまいます。
連続する 624 個の 32 ビット出力なら一意に解けますが次のようなときはどうでしょう。
- 連続ではなかったら?
- 情報が足りず、一意でなくともいいなら?
- より一般の乱数生成では?
これらを論理的に計算するのはとても骨が折れます。
こういうときには SMT を使います!SMT は簡単に言うと数学的な条件を与えると良い感じに全探索して解いてくれるツールです。RNGeesus に上記の PRNG を攻撃するスクリプトが書かれてあります。
という訳でこれらの乱数では簡単に予測されてしまうので暗号には使えません。暗号で使えるような PRNG はあるのでしょうか?それらを次節で紹介します。
ちなみにゲームの RTA などで言う乱数調整は乱数生成機のシード値や回数を調整する方法です。
CSPRNG
暗号でも使えるような PRNG を暗号論的擬似乱数生成器 (CSPRNG; Cryptographically Secure Pseudo Random Number Generator) と呼びます。現在、標準化されている CSPRNG は NIST SP 800-90A (Recommendation for Random Number Generation Using Deterministic Random Bit Generators) に書かれてあります。
- Hash_DRBG
bcrypt などのハッシュ関数 とシード値H を用いてV_0 と生成するV_{i+1} = H(V_i + 1) - HMAC_DRBG
HMAC とシード値 を用いてV_0 と生成するV_{i+1} = \mathrm{HMAC}(K, V_i) - CTR_DRBG
AES-CTR の暗号化関数 とシード値E_K を用いてV_0 と生成するV_{i+1} = E_K(V_i + 1) - Dual_EC_DRBG (deprecated)
楕円曲線の加算を用いて生成する (後述)
これらに共通することとして乱数、Nonce、ユーザーによって指定される文字列を入力し、内部状態であるシード値を生成します。このシード値を用いて、指定されたビット数に達するまで乱数を生成し続けて連結させたものを出力します。何回か生成したらシード値の再生成 (reseed) を行い、エントロピーを上げます。
攻撃する方法としては今までと同様に内部状態を復元することで乱数予測することができます。
Dual_EC_DRBG
NIST-p256, NIST-p384, NIST-p521 において点と初期シード P, Q を用いて乱数を生成する。 s_0 \begin{aligned} s_{i+1} & = (s_iP)_x \\ r_{i+1} & = (s_{i+1}Q)_x \end{aligned}
は剰余未満の数であり、その上位 2 バイト程を削除した数を連結させて出力する。P-256 なら 32 バイトの数なので下位 30 バイトを出力する。 r_i
しかし、もし NSA がこの点について ECDLP が解けている場合、内部状態を復元できる為、バックドアとなります。この為、2006 年に NIST SP800-90A に組み込まれましたが、2013 年に利用すべきではないと勧告されています。
ハッシュ関数
信頼できないソースの正当性を証明するものというのは世界中で必要とされています。その為に必要となるのが暗号学的ハッシュ関数です。
ハッシュ関数
任意のデータから短い固定長の値を得る関数をハッシュ関数という。
ex.) チェックサム、チェックディジット、フィンガープリント、誤り訂正符号、暗号学的ハッシュ関数 ...
この一般的なハッシュ関数はハッシュテーブルと呼ばれるデータ構造では検索したいキーワードのハッシュ値で二分探索することで素早く探し出せるなどといった使い道があります。
暗号ではパスワードの保存や HMAC, 署名などに使われていたりします。ただし暗号で使う為には攻撃者がハッシュ値に対する元の入力に関する情報を得られないようにしないといけません。これを原像計算困難性といいます。
暗号学的ハッシュ関数
原像計算困難性を持つハッシュ関数を暗号学的ハッシュ関数という。
ex.) MD5, SHA; Secure Hash Algorithm
これを満たしたハッシュというのは MD5 や SHA1, SHA-256 などなど実際にあります。それぞれのハッシュ関数の実装は結構荒っぽく作られてるので詳細は省きますが、攻撃するときの重要な性質として Merkle-Damgård construction というものがあるのでそれだけ知っておきましょう。
準同型のハッシュ関数 というのもあります。
数学的な値は偏りがあるからハッシュ関数でくるむ
CRC
CRC とはビット列を有限体を用いて短いビット列に変換するハッシュ関数です。CRC はデータ転送時の誤り検出に用いられています。ただ CRC は暗号学的ハッシュ関数ではないので改ざんには弱いです。
巡回冗長検査 (CRC; Cyclic Redundancy Check)
有限体上の関数 \mathbb{F}_{2^n} \cong \mathbb{F}_2[x]/(f(x)) をハッシュ関数とする冗長検査を CRC という。 g(m) = mx^n
有限体を構成する多項式
実際に使われる CRC-32 では次の生成多項式を用います。
実装では多項式を反転させてビット演算に落とし込むことで高速化できます。
HMAC
まず SHA-256 などの暗号学的ハッシュ関数を使う一番の例としては改ざん検知です。HMAC はハッシュ関数を用いるメッセージ認証コード (Message Authentication Codes; MAC) の一種で暗号文など様々なところで改ざん検知の為に導入されます。
HMAC; Hash-based MAC
秘密鍵とハッシュ値長 K として次のように定義します。 B \begin{aligned} \mathrm{pad}_{in} & := \overbrace{\mathrm{0x36}\|\cdots\|\mathrm{0x36}}^B \\ \mathrm{pad}_{out} & := \overbrace{\mathrm{0x5C}\|\cdots\|\mathrm{0x5C}}^B \\ \mathrm{HMAC}(K, V) & := H(K \oplus \mathrm{pad}_{out} \| H(K \oplus \mathrm{pad}_{in} \| V)) \end{aligned}
Merkle-Damgård construction
ハッシュ関数は任意長のメッセージを固定長の出力に変換しないといけません。その為に入力を固定長のブロックに分割し、1つずつ内部状態に適用させます。
MD5 や SHA-1 などよく使われるハッシュ関数はこれです。このときに成立する攻撃というのが伸長攻撃です。
ハッシュ関数への攻撃
ハッシュ関数への攻撃に関する目標はいくつかありますが原像計算困難性をいかに突破するかは同じです。
逆ハッシュ
大量の種類の平文とそのハッシュ値をデータベースに入れてハッシュ値から平文を出力するようなシステムを構成でき、それを逆ハッシュと言います。
<ハッシュ名> reverse hash
みたいにググれば大量に逆ハッシュ用のツールが出てくると思います。
伸長攻撃 (Length Extension Attack)
内部状態を利用して
誕生日攻撃 (Birthday Attack)
誕生日のパラドックスを用いてハッシュ値の衝突を起こす攻撃です。
ハッシュ値の衝突
となる異なる H(m_1) = H(m_2) が発見された状態 m_1, m_2
誕生日攻撃というのはハッシュ値のオーダーを
この誕生日攻撃を用いて恣意的に衝突を起こすことでハッシュ値で判定しているシステムを騙すことが出来てしまいます。
よく使われるライブラリは次の 2 つがあります。
まとめ
乱数とハッシュ関数についてまとめました。
ランダムオラクルモデル・スタンダードモデルを書こうとすると結構長くなるかつ CTF とあんまり関係ないのでやめました。
Discussion