Chapter 02

表紙、はじめに、序章

松井実・伊藤潤
松井実・伊藤潤
2022.08.01に更新

「この本は、流し読みにはもったいない。—ビジネスデザイナー 濱口秀司」

結論から言おう。
「この本は、流し読みには悪くない。」
あらゆる人に創造性を発揮してもらい、美しい未来をつくりたい、という著者の意図には全面的に賛成できるし、「変異」と「適応」も発散と収束の言い換えであり、デザイナーにとっては馴染み深いものである。
この分野に馴染みの薄いノンデザイナーにとっては気付きも多いかもしれないが、流し読みにしないと細部に誤りが多過ぎるし、基本的に非論理的な文章である。
これがどこかでの「講演」の文字起こしであれば目くじらを立てることもないのだが、編集を経た本として世に出すのはあまりにもお粗末である。
濱口さんの「Structured Chaos」などの方がむしろ斬新かつ明快に整理されており、その文章は一読の価値があるように思う。
濱口秀司『SHIFT:イノベーションの作法』,ダイヤモンド社,2019
(伊藤)

本表紙

p0: ゲルマン祖語thantazがthinkの語源であると書いている。Online Etymology Dictionaryによると、

Old English þencan "imagine, conceive in the mind; consider, meditate, remember; intend, wish, desire" (past tense þohte, past participle geþoht), probably originally "cause to appear to oneself," from Proto-Germanic *thankjan (source also of Old Frisian thinka, Old Saxon thenkian, Old High German denchen, German denken, Old Norse þekkja, Gothic þagkjan).Old English þencan is the causative form of the distinct Old English verb þyncan "to seem, to appear" (past tense þuhte, past participle geþuht), from Proto-Germanic *thunkjan (source also of German dünken, däuchte). Both are from PIE *tong- "to think, feel" which also is the root of thought and thank.

とあるので、ゲルマン祖語であれば*thankjanか*thunkjanを語源としてあげるべきだろう。(アスタリスクはその語が理論的に再構築された、推定されたものであることを示す。この理論的な再構築には文化系統学がしばしば用いられるようだ。私は同様の祖先形質の復元を松井(2021)スイスアーミーナイフの文化系統学的分析で行った)。thinkの語源についてはハイデッガーも古英語のthencan - to thinkとthancian - to thankが関連していることを指摘している(たとえばPurino (2020) A Revisiting of Heidegger’s Thinking-Thanking and Zen’s Non-rationalityにある。ハイデッガーの原著の英訳はたとえばここのp139で読める)。 (松井)

本表紙: thantazその2: それではいったいどこからthantazがでてきたのかと思って調べてみると、「日本にいながら英語・英会話力爆上げ」さんによる英単語「thought」の語源や由来というNote記事のみがthinkの語源としてthantazを紹介している。私は英語の専門家でも言語の専門家でもないが、このNoteの記事で紹介されている語源は少なくともOnline Etymology Dictionaryでは全く説明されていないたぐいのものがいくつかみつかるため、これを参考にしてはいけないのではないかと感じている。 (松井)

本表紙: 漢字「思」の成り立ちとして小児の脳(田)と心臓(心)が組み合わさったものであるという説を採用しているように見える。「思」はWiktionaryによれば会意形声文字であり、本書で表記されているような会意文字としては説明されていない。意符が心、声符が田のもととなった囟(もしくは異体字の𦥓(u26953)による形声文字とも)であるとされる。 (松井)

本表紙: 思その2:思の田は赤子の脳であるとしている。囟はひよめき、赤子の頭蓋骨にある泉門のことであり、「脳」の右下の字源ではあるものの赤子の脳のことではない。これが形声文字もしくは会意形声文字であるとすれば声符である囟は「音だけ」で意味を持たない。 (松井)

本表紙: 思その3:こちらも、調べるとOK辞典という字源のソースとしては信頼性の低いとされるサイトのページがヒットする。OK辞典によれば確かに田は小児の脳だし、会意文字ということになってしまう。 (松井)

本表紙: heartという血液のポンプを「気持ちを司る臓器」であるとしている点も現代の知識に照らし合わせて言えば妥当ではないと思う。文学的表現であればもちろん話は別だが…。 (松井)

はじめに (p4-)

「ダ・ヴィンチ」 (p4)

は後p12でちゃんと「レオナルド・ダ・ヴィンチ」と書かれるので良いとして、「グーテンベルク」だけファーストネームの「ヨハネス」を省く意味が不明。p146ではフルネームで記しているので調べていないわけではなさそうであるし、字数に制限がある箇所でもない。それをいうなら「アントニオ・ガウディ」もファミリーネームだけであの「ガウディ」だとわかる(「アントニ」と表記すべきではないか、という議論はここでは置いておく)。(以下、2022-08-01追記)本全体を貫く「統一性」というものに関して早々に暗雲垂れ込め不吉な予感がする…。
(伊藤)

序章:創造とは何か (p8–)

「古来から創造性を発揮してきたデザイナーたちは、現在のような専門分化した姿はなく、ただ創造性を発揮するための技術と思考があった」 (p12)

ダヴィンチもコルビュジエも分業しまくっていたと思うのだが…。ダヴィンチはある程度描いたら弟子が続きを描くことはザラにあったし。 (松井)

「道管は水を吸い上げるポンプだ」 (p20)

例えるならポンプではなくパイプだろう。強いて言うなら能動輸送をするのは師(篩)管である。 (伊藤)

「あらゆる種のなかで、私たち人間だけが特にモノを作れる」 (p21)

その後自ら書いているがチンパンジーやゴリラなども道具は使うし、鳥は巣を作るし、ビーバーはダムを作る。ハチの巣、Bowerbirdの求愛用の飾り付けなどはモノではないのか?ここでの「なぜ石器を作っていた私たちがこうなったのか」についての回答が「生物の進化」というのは意味がわからない。マット・リドレーの「繁栄」の冒頭に回答が書いてあるので、それを読めばこの本を読む必要はないだろう。 (松井)