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公開情報から見るラボオートメーションの現況 (~2024)

2025/01/07に公開

はじめに

こんにちは、今年からラボオートメーション業界で務めることとなった、t_rakkoです。

今回の記事では、2024年現在のラボオートメーション業界の動きを、論文やWebなどの公開情報から追ってみたいと思います。

ラボオートメーションの現況

2023年8月時点で、ニュースイッチの記事がラボオートメーションの現況についてまとめていたため、まずはこちらから紹介します。
https://newswitch.jp/p/38104

曰く、

  • 出口(社会実装の対象)が見つかりづらいロボット研究の分野において、ラボオートメーションが出口の一つとして注目されている。
  • 将来的に、ロボットに実験や計測をさせて品質のそろった大規模データを集め、さまざまな研究タスクに展開できる基盤モデルを作ることが期待されている。
  • ただし、現状では、旗艦プロジェクトと各研究室の間の中間層が手薄である。

つまり、現状は、「学術-産業」という意味でも、「国プロ-各研究室」という意味でも、 まだ中間の領域であり未整備の部分が多い ということです。

ラボオートメーションの標準規格

LADS OPC UA (2023)

2023年12月、ラボオートメーションに関する国際標準規格 「Laboratory and Analytical Device Standard(LADS) OPC UA」 が策定されたようです。

https://jp.opcfoundation.org/wp-content/uploads/sites/2/2023/12/2-3_LADSLaboratory-and-Analytical-Devices-Standard.pdf

これにより、ラボオートメーションに必要な情報をベンダー非依存でやり取りできるようになりました。めでたい。

三菱ケミカルがLADS OPC UAの実証実験を2024年8月から開始したようで、今後の普及速度や、使ってみた際の課題点等、いろいろ気になるところです。
https://www.mcgc.com/news_release/02048.html

補足:OPC UAについて

OPC UAとは、2008年に発表された、産業用機器における国際標準の通信規格の一つです。
https://www.fa.omron.co.jp/product/special/sysmac/nx1/opcua.html

もともと産業機器は、ベンダごとに独自の通信プロトコルが定められており、そのプロトコルに合わせないとデータ取得などができない状況でした。また、外部との通信ができないものすらありました。

その中で、「どのベンダでも、どのプラットフォームでも、統一的に通信ができるようにしたい」という要望が高まった結果、定められた通信規格が「OPC UA」です。OPC UAの規格に沿ったクライアントを接続することで、統一的な通信規格で、外部から制御機器のデータを取得したり、あるいはロボットに指示を飛ばしたりできるようになります。

OPC UAの実装については、以下のサイトがとても実用的に見えました。
https://misoji-engineer.com/archives/opc-ua-use.html

補足:ラボオートメーションにおける統一規格のうれしさを、実例から紹介

「統一的に通信ができないと何が困るの?」という疑問がある方は、下の論文をご参照ください。
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0956566323004323

この論文は、膜タンパク質の解析に有用ではあるものの、耐久性が低くすぐに張り直しが必要になる人工細胞膜に対し、信号取得~異常検知~膜張り直し制御のフィードバックシステムを組み合わせることで、無人での長時間計測を可能にしたという研究です。即ち、ラボオートメーションの一例です。

この研究のサイエンス的な意義自体は、取得した信号への応答速度が大幅に向上したことにより、バイオセンサとしてのロボットへの搭載や、創薬スクリーニングへの応用が可能になったことにあります。

しかし、この研究のテクニカルな点は以下の2点です。

  • 通常は外部への信号出力に対応していない計測器に対して、計測器メーカからAPIの使用許可を取り付け、APIを組み込んだPCアプリを自作することで、(無理やり)信号を取得している
  • 通常は外部からの信号入力に対応していないシリンジポンプに対して、マニュアルを徹底的に調査して外部入力の端子を発見し、Arduinoを介して電圧を直接加えることで、(無理やり)ポンプを駆動している

まさしく、統一的に通信ができなかったがゆえに、非常に大きな手間が発生した例です。

もし計測機器がOPC UAに対応していれば、おそらくこの論文を書くために必要な苦労は半分くらい消滅したことでしょう。このように、統一的な規格は、ユーザにとってはとても望ましいものです。。。

ラボオートメーションの実例

まだ大きく広まってはいないとはいえ、一部の研究室や企業においてはラボオートメーションの研究が進められています。

ここでは、2020~2024年におけるラボオートメーションの実例をいくつかピックアップしてみたいと思います。

より多くの実例が知りたい方は、こちらの本も合わせてご参照ください。
https://www.amazon.co.jp/マテリアル・機械学習・ロボット-現代化学増刊48-進化するマテリアルズ・インフォマティクス-現代化学増刊-48/dp/4807913484

iPS細胞を網膜色素上皮細胞に分化させる作業を自動化し、ベイズ最適化と組み合わせて細胞培養レシピを改善 (2022)

https://elifesciences.org/articles/77007

タイトル

  • Robotic search for optimal cell culture in regenerative medicine

著者情報

  • 高橋 恒一 氏、理化学研究所
  • 夏目 徹 氏、ロボティック・バイオロジー・インスティテュート

内容

  • 日本語の説明資料はこちら。
  • iPS細胞からRPE細胞への分化誘導工程を、ロボティック・バイオロジー・インスティテュート社の双腕ロボット「まほろ」を用いて全自動で行えるようにした。
  • また、当初人間が行っていた工程をそのまま全自動化したところ、分化誘導効率(着色細胞率)が43%程度と、改善の余地があった。そこで、ベイズ最適化と組み合わせて、細胞培養レシピの改善に取り組んだ。
  • ベイズ最適化のために工程をパラメタライズし、単純計算で40日間×216回にわたる、細胞培養⇒分化誘導率評価⇒パラメータ修正の改善ループを繰り返した。実際には、バッチベイズ最適化によって並列に最適化を実行することで、185日間、ロボット駆動時間にして995時間の実験となった。
  • 改善ループを3ラウンド回したところ、81%程度の分化誘導効率(着色細胞率)を得られ、細胞培養レシピを改善できた。
  • また、従来の手法通りの遺伝子発現やタンパク質の生成も確認でき、移植医療の研究などに適する品質であることも確認された。
  • 本研究では、生命科学実験における試行錯誤をロボットに任せて自律的に行えることを明らかにした。試行錯誤をロボットに任せることで、生命科学研究の加速に寄与できると考えられる。

ロボットの動作については、Figure 2—video 1を参照。双腕ロボットがインキュベータを開けたり培地を交換したりしている。ディッシュを扱うために、3Dプリンタでジグを作っているようにも見える。

マルチモーダルな分析が必要な合成化学にも適用できる、複数の分析装置とモバイルロボットを組み合わせた化学合成システム (2024)

https://www.nature.com/articles/s41586-024-08173-7

タイトル

  • Autonomous mobile robots for exploratory synthetic chemistry

著者情報

  • Andrew I. Cooper, University of Liverpool (UK)

内容

  • 研究者を介在しない「完全自律」型の実験自動化プラットフォームが長らく求められているが、化学合成におけるdecision-makingは、単に一つの指標を最大化すればよいという訳ではないものが多く、LC-MS(液体クロマトグラフィー/質量分析)やNMR(核磁気共鳴装置)のデータを複数見た"Multimodal"な解析が必要になる可能性がある。例えば、MSで分子量、NMRで分子構造を推定するなど。この場合、内部に計測器が組み込まれている一般的な実験自動化プラットフォームでは対応できない。
  • 本研究では、モバイルロボット・自動合成プラットフォーム・LC-MS・NMR・光合成装置を組み合わせ、より汎用的な探索合成化学の自動化を行えるModular robotic workflowを作り上げた。
    • "Synthesis-Analysis" process では、商用の自動合成装置ChemSpeed iSynthで合成を行い、合成が完了したら、KUKA社のモバイルロボットを使って生成物をLC-MSとNMRに輸送してデータの取得を行う。LC-MSとNMRは研究室で一般的に使われているもので、"unmodified"で使用した。そのため、人間の研究者との共同作業や、人間の空き時間にロボットが装置を使う、といったことが可能になる。
    • "Decision-making" process では、専門家が事前に定めたヒューリスティックを用いて、次の合成操作を決める。
  • 完成したワークフローを用いて、合成化学に関する自律実験を実際に行った。
  • まず、本システムを structural diversifcation chemistry に適用した。
    • 合成化学においては、複数の共通前駆体分子を合成し、成功した基質をスケールアップし、それをもとにさらに発展的に構造を分岐させていく、という流れが良く取られる(らしい)。
    • ターゲットとして6つの尿素を指定したところ、5つの基質がスケールアップに成功し、そこからさらに4つのターゲット分子が得られた。
  • 続いて、本システムを supramolecular host–guest chemistry に適用した。
    • 「超分子化学」とは、共有結合以外の結合(水素結合、疎水性相互作用など)による物質の構造を調べる学問で、「ホストゲスト化合物」はその一種。クラウンエーテル、シクロデキストリンなど、分子間相互作用によって分子やイオンを内包する物質のこと。1987年のノーベル化学賞。
    • ホストゲスト化合物は、ホストとゲストの相互作用が三次元構造や溶媒によって変化するため、単一の指標で評価しづらく、今までは研究者の思考錯誤でしか解析できなかった。
    • 本システムのdecision-makingのアルゴリズムを「偶然の発見」をもたらすように設定した。具体的には、NMRで対称的な自己組織化構造が出ていること+LC-MS上で金属–有機アセンブリを示す反応が出ていることを設定したところ、特定のホストに結合するゲスト化合物を3つ発見できた。
  • 最後に、本システムを photochemical synthesis に適用した。
    • これは、iSynthsには光化学反応の実験モジュールが含まれておらず、市販の別の装置を組み込んで本システムを容易に拡張できることを示す良い機会だったためである。
    • 実際に、光反応のサンプルを別のところに置いた光反応器に入れて反応を行わせ、目的の化合物を生成できることを確認した。
  • 今回システムを適用した3領域は、「収率を最大化する」というような1個の測定でのみ行えるものではなく、従来の自動化システムでは対応できない新しい領域への自律実験の可能性を示した。

2020年に同じグループが出した A Mobile Robotic Chemist という論文が非常に有名です。2020年以降の「ロボット×機械学習×材料・創薬」のラボオートメーションブームの発端だったのではないでしょうか。

また、2つ下で紹介するSamsungの自立材料探索プラットフォームの研究は、確かに計測器はLC-MSの1個だけであるため、この論文のMultimodal性には強い新規性があると言えそうです。

ロボットアームとインテリジェント輸送箱による、病院での血液サンプル仕分けの自動化 (2020)

https://www.kuka.com/en-at/company/press/news/2020/04/blood-samples-aalborg

内容

  • 少し毛色を変えて、病院におけるラボオートメーションの事例を紹介。
  • 臨床分析のために毎日3000本の血液サンプルを分類する必要があり、それを独KUKA社の「KR 4 AGILUS」ロボットアームを用いて自動化。
  • 「インテリジェント輸送箱」に貼られたRFIDタグから、温度管理などに関する情報を取得してクラウドで管理しつつ、ロボットアーム2基で箱を開けて中身のサンプルを取り出し、必要な分析装置ごとに仕分けていくシステムを構築。
  • 現状のシステムでは仕分けるところまでで、分析まで全自動化しているわけではない。それでも、「人が、サンプルの仕分けではなく、分析の方により時間をかけられる」こと、「温度管理ができるため、エラーが少なくなる」こと、という大きなメリットを享受できている。

標的分子の収率を最大化する有機合成レシピを自律的に探索する汎用化学実験プラットフォームSynbot (2023)

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adj0461

タイトル

  • AI-driven robotic chemist for autonomous synthesis of organic molecules

著者情報

  • Youn-Suk Choi, Samsung Advanced Institute of Technology (Korea)

内容

  • 今度は有機合成におけるラボオートメーションの事例を紹介。まさかのSamsung。
  • 有機合成を自動化したいという要望は昔からあるが、AI学習に使えるデータの量や人の実験との互換性も考えると、フロー合成ではなくバッチ合成での自動化を行いたい。
  • 本研究では、標的分子が与えられたときに、AIによって最適な合成条件を探索しながら合成経路を計画し、一般的なフラスコやバイアルをロボットで動かしながらその合成経路を実行できる、自律型の化学実験プラットフォーム 「Synbot」 を開発した。
  • ユーザは、標的分子と、達成するべきタスク (例えば、収率を一定以上にする、コストを一定以下にする、反応速度を一定時間以内にする等)を入力する。
  • [Method] Synbotは「AI S/W」「Robot S/W」「Robot H/W」の3つのレイヤーに分かれている。
  • 「AI S/W」レイヤー では、過去のデータをもとに、最適だと考えられるレシピを生成する。
    • Retrosynthesis module ... データベースから合成経路を合成する本体モジュール。Template-basedとTemplate-free Transformerの2つの手法を両方搭載し、基本的に性能の良いTransformer、化学原理に合っていない出力をはじくTemplate-basedというように使い分けている (アンサンブル)。
    • Database module ... 過去の実験結果のデータベース。Elsevierの商用化学合成データベースReaxysDBに、実験結果を結合して使用している。Suzuki coupling, Heck reaction, Sonogashira coupling, Stille reaction, Buchwald amination, and Ullmann reactionの6つのプロセスを今回は抽出して使用。
    • Recipe repository ... 次に実験するべきレシピの保管庫。想定スコア順にソートしている。
    • Decision-making module ... Robot H/Wレイヤーからの結果を受け、今の合成経路・条件で実験を継続するか、枝刈りして別の条件を試すか、全く別の合成経路を試すかを判断する。
    • Design-of-Experiment / Optimization module ... 実験が完了した際に、その結果をもとにRecipe repositoryを更新する。ベイズ最適化とMPNN(Message Passing Neural Network)の2つの手法を採用しており、データがしっかり確立されているときにはMPNN、データ数が少ない時にはBOが有効と使い分けることで性能を上げている。
  • 「Robot S/W」レイヤー では、ロボットに発行するコマンドを生成する。
    • Recipe generator moudle ... 「Robot H/W」に空きがあることを確認し、Recipe Repositoryから現時点で最高スコアのレシピを抽出。対象物の必要純度や分子量などをもとに、より具体的な実験計画(Action Sequence)を生成。
    • Translation module... Action Sequence を、ロボットの具体的な行動コマンドに変換。
    • Online scheduling module ... タスクスケジューラを用いて、「Robot H/W」層にコマンドをうまく分散発行する。そもそも反応にかかる時間の予測がつかないこと、および「Robot H/W」層が6つのスロットをやりくりする必要があることからDynamic schedulingが必要。
  • 「Robot H/W」レイヤー では、実際にロボットを制御して実験を行う。専有面積は9.35 m × 6.65 m。
    • Pantry module (Pantry:食品貯蔵庫) では、酸・塩基、溶媒、有機物、冷凍などの試薬瓶を移動レール上のスカラロボットで取り出し、次のDispensing moduleに渡す。ロボットはPrecise Automation社のPreciseFlex™ 3400。
    • Dispensing module では、レシピ通りにガラスバイアルに試薬を分注し、次のReaction moduleに渡す。キャップ取り外し装置、粉体分注装置、液体分注装置、静電気除去装置などを含めた構成。分注装置はQuantos自動分注システム、バイアルの移動にはユニバーサルロボット社のUR3eを使用。
    • Reaction module では、一定の温度・攪拌の条件にバイアルを保ち、化学反応を行う。6個のスロットを用意して並列に実験を進めることで、装置稼働率を上げる工夫をしている。独Festo社のXYZステージ「3D gantry」を使用。
    • Sample-preperation module では、Reaction Moduleから少量(20–25 μL)の反応液を抽出し、LC-MSに注入する。商用のサンプラーロボットである「MPS Robotic」を使用。
    • Analysis module では、質量分析で得られたデータを取得するとともに、その結果を「AI S/W」レイヤーにフィードバックし、サロゲート最適化を行う。
    • Transfer-robot module では、異なるモジュール間のバイアルのやり取りを行う。Festoの1軸レール+ユニバーサルロボットUR3e+バイアルの情報を読むためのバーコードリーダー。
  • Synbotを作り上げたのち、Suzuki coupling、Buchwald reaction、Ullmann reactionの3つに関して再現性を検証したところ、12回の実験での収率の差の変動係数は5%以下になり、十分にばらつきが小さいことが確認できた。
  • [Result] 実際にSynbotを用いて、「M1」「M2」「M3」の3つの分子を合成した。
    • 「M1」はSuzuki couplingを用いるものだった。先行文献の報告だと収率は37.7%だったが、同じ経路をSynbotで行ったところ86.5%となった。これを基準にレシピの探索を行ったところ、溶媒・リガンド・触媒・塩基などが探索され、1回目の探索で100.0%の収率を達成した。別ルートの合成でも、9回目に基準レシピを上回る収率を達成した。
    • 「M2」はBuchwald aminationを用いるもので、Reaxys DB内のデータの偏りの都合で、AIに学習させられたデータ量が少なく、より難しい探索になった。先行文献をもとにした基準レシピではSynbot収率は15.0%だったが、36回目の実験で収率100.0%を達成した。
    • 「M3」、N-arylation of Buchwald aminationで、文献のリガンドが入手できないため別の分子で探索を開始した。文献から作った基準レシピでのSynbot収率は50.9%だった。初めに考えていたレシピを深化させる方法では収率が上がらなかったが、塩基を弱塩基にするなど偶然の探索を広げる側でヒットし、42回目の実験で最高の収率97.2%を達成した。
  • [Discussion] Synbotの利点
    • Retrosynthesisまで含めた閉ループの構築により、有機合成の全探索空間を効率的に探索しつつ、収率の高いレシピを探せた。
    • Sample-preparation moduleによって、実験中に定期的に結果を測れるので、人手を介さずに質の良いデータを集められる。
    • 実験時間を劇的に減らせる。Synbotは1日当たり12の反応を実行でき、研究者は1日当たり2の反応が限度であることを考えると、単純な実験効率で6倍。さらに、合成計画自体の最適化も行えるため、実験効率はさらに加速している。今は消耗品や試薬の補充は人手で行っているが、大型化することで相対的に手間が軽減されるため大した問題ではない。
    • 有機合成の知識がそこまで無い人にも展開可能。
    • 集められるデータの品質が良く、将来の化学実験データベースを大きく拡張できる。
    • バッチ合成方式のため、自動化されていない研究室の研究者でも参照できる。
    • 通常の論文では公開されにくいNegative Dataも合わせて取得・公開できるため、次の実験の参考にできる。

戦艦級のラボオートメーションです。3つ上の「まほろ」での実験はレシピの大枠自体は与えられていてパラメータを最適化するだけでしたが、こちらの「Synbot」ではレシピの合成そのものを最適化に含めることで、化学実験全体のデータベース構築まで見据えた話になっています。「生命科学実験の再現性が低い」という言葉は、Synbotが普及した世界では覆る可能性すらありそうですね。

試料搬送アームとベイズ最適化を組み合わせた、最適な電気伝導度の薄膜を作る成膜レシピを自律的に発見するシステム

https://doi.org/10.1063/5.0020370

タイトル

  • Autonomous materials synthesis by machine learning and robotics

著者情報

  • 一杉 太郎 教授、(旧)東京工業大学

内容

  • 日本語の説明資料はこちら。
  • 従来は研究者が手作業で行っていた物質合成条件の最適化を、全自動で行えるシステムを構築した。
  • 薄膜生成用の成膜装置、電気抵抗評価を行う装置、試料を輸送するための半導体用の試料搬送アーム、そしてベイズ最適化による機械学習アルゴリズムを組み合わせ、自律的に薄膜合成~評価を繰り返しながら、最適な合成条件を探索できるようにした。
  • 二酸化チタン薄膜の電気抵抗最小化を行ったところ、14回目の最適化で最適な電気伝導度の薄膜が得られた。この探索には2日もかからなかった。(本システムでは24時間で12回の成膜ができる)
  • 人間が24回成膜を行うと約20日かかる計算であるため、実験効率を10倍にしたと言える。
  • より多数のパラメータを同時に最適化する「多次元最適化」が必要になった際に、本システムは真価を発揮するだろう。
  • 概要の説明動画はこちら (YouTube)
  • 使われているロボットは、半導体用のスカラアーム真空ロボットと思われる。論文中に記述が無く詳細なメーカーや型番の情報は不明。
    • スカラロボットは、水平方向にアームが動作する産業用ロボットで、軸数が少なく構造がシンプルなため、比較的安価に導入できるのが特徴。Omronの解説はこちら

この研究とは別ですが、東大の長藤先生も、同様の電池材料のための材料探索をロボットとベイズ最適化で行っているようです。マテリアル系での現在の潮流なのでしょうか。

補足:一つ目の研究との類似点について

  • ここで紹介した、一杉教授の 「最適な電気伝導度を持つ成膜レシピを、ロボットとベイズ最適化で自律的に発見する」 研究は、一つ目に紹介した理研高橋氏の 「最適な分化率を持つ細胞培養レシピを、ロボットとベイズ最適化で自律的に発見する」 研究と、ほぼ完全に内容が共通しています。
  • これは偶然ではなく、 「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」 という材料探索の分野と、 「インシリコ創薬」 という化合物探索の分野の類似点を示しています。
  • どちらも、もともとは「AIで材料/化合物の探索を行うことで実験を不要にする」ことを目的にした分野でしたが、実社会に適用する段になって、結局、「AIに提案された材料/化合物が本当に正しい物性を示すのかを実験で検証する必要がある」ことが分かってきました。
  • そのため、今はどちらの分野においても「ロボットによるプロセス自動化」を組み込む必要に迫られており、その観点から、プロセス自動化と相性の良い「ベイズ最適化による最適レシピの発見」を組み合わせる手法が主流になっていそうです。
  • MIの方が登場が早かったため、創薬DXの文脈においては、MIの分野に倣うのが進めやすいかもしれません。

そのほか

  • 建物内での試薬の輸送を自動化するモバイルロボット

    • 2024年12月の最新の論文で、エレベータや自動ドアを開けつつ試薬を輸送できるようになったとのことですが、読んでも何が嬉しいのか良く分からないため省略します。
    • 新薬探索のプロセスのうち、輸送は大きな割合を占めないような。。。
    • 使ったロボットは自家製のMOLARロボット
  • ラボオートメーションの系を新規に立ち上げるのであれば、以下のような順番になるでしょうか。

    • 入門: LADSや共通プロトコルで、複数の装置を連携して動かす (目的は無し)
    • 初級: オールボー病院の事例のように、仕分けや分類といった単純作業を自動化する
    • 中級: 理研・東工大の研究のように、レシピ自体は与えて条件だけ最適化する
    • 上級: Liverpoolの研究のように、Multimodalな実験に適用拡大する
    • 超上級: Samsungの研究のように、レシピの合成も含めてすべてを最適化する

ラボオートメーションのコミュニティ

冒頭のニュースイッチの記事のとおり、「ラボオートメーション」はアカデミアだけでもインダストリーだけでも成り立たない分野であり、いかにコミュニティとしての活動を盛り上げていくかが重要になります。ここでは、いくつか関連コミュニティを紹介します。

AIロボット駆動科学シンポジウム (2023~)

https://ai-robot-science.connpass.com/event/338802/

内容

  • ※2024年12月時点で未参加のため、ふわっとした紹介になります。2025年のイベントに参加登録したため、感想を後ほど追記したいと思います。
  • ムーンショット型研究開発事業や未来社会創造事業の研究者が集った、この業界最大のコミュニティのようです。
  • 目的は 「AIと実験ロボットを利用して科学研究プロセスを再定義する」 ことで、もはや現場の自動化という次元ではありません。10X Innovationに近いものでしょう。
  • 2023年の開催報告書も必見です。
  • なお、2023年に文部科学省から、「基盤モデルとAI・ロボット駆動科学」と題した資料が公開されており、その中で「スマートラボによる新規化合物の発見加速」にも言及があります。国としても強く支援していきたい分野なのかもしれません。

Laboratory Automation月例勉強会 (2019~)

https://laboratoryautomation.connpass.com/

内容

  • 「自動化をしている・したい・興味のあるユーザーや開発者の情報交換を通してすべての方々の開発を加速する」 ことを目的とした、情報交換の場です。
  • 一度参加してみましたが、アカデミアの人もインダストリーの人も両方参加している裾野の広さや、ZOOM参加による参加ハードルの低さが魅力的です。
  • ベイズ最適化を用いた抗微生物ペプチドの探索研究については、ここで初めて知ることができました。
  • Laboratory Automation Developers Conference (LADEC) という大規模なカンファレンスも主催されているようなので、2025年は参加してみたいと考えています。

デジタルラボラトリー研究会 (2023~)

https://digital-laboratory.jp/index.html

内容

  • ※2024年12月時点で未参加のため、ふわっとした紹介になります。
  • 上記でも紹介した、材料探索の一杉太郎教授の研究会で、アカデミア・インダストリー合同で自律化・データ駆動科学を推進するための場のようです

最後に

自身が突然ラボオートメーションの業務に関わることになったため、まずは公開情報から調べようということで調査してみましたが、調べれば調べるほど奥が深く、来年以降も変化が楽しみな分野でした。

もしこのページを最後までご覧になった同業者の方がいましたら、ぜひお声がけください!一緒に勉強しましょう。(ラボオートメーションの関係者であれば、直接的に競合!利益相反!することは、、、ない、、、ような気が。。。)
また、「この論文も追加してほしい」等要望がある方も、ぜひお知らせください。

それでは、最後までご覧いただきありがとうございました。

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