最強の組織とは何か? − 『エンジニアリング組織論への招待』に学ぶ最強組織の作り方 −
ご挨拶
はじめまして、vana4と申します。
とあるITスタートアップ企業でプロジェクトマネージャー/プロダクトマネージャーをやらせていただいております。
私の詳しい自己紹介はこちらのnote記事をご参照ください。
先日Zennに投稿されていたこちらの記事を読み、その内容に大変共感しました。
以前読んだ書籍『エンジニアリング組織論への招待』が、この記事の内容を補足するのに大変有用だと感じましたので、この記事を執筆しています。
少々小難しい話ですが、最後まで読んでいただけますと幸いです。
はじめに
急成長するスタートアップ企業にとって、組織の拡大は喜ばしいことです。
しかしその一方で、組織の急拡大は新たな問題を生み出す原因ともなり得ます。
その筆頭と言えるのが 「コミュニケーションコストの増大」 でしょう。
組織が小さければ、情報は自然と共有され、全員が同じ理解を持つことができました。
しかし、人数が増え、役割が多様化するにつれ、「なぜこの決定がされたのか」「誰がこの問題を担当しているのか」といった情報の流れが滞りがちになります。
結果として、重複作業や認識のズレによる手戻りが発生しやすくなり、本来の創造的な業務に集中できなくなっていくのです。
『エンジニアリング組織論への招待』に、この問題を解決するためのヒントが書かれていました。
あえてひとことで言ってしまえば、それは 「エンジニアリング力の向上」 です。
「エンジニアリング」というとものづくりのイメージが強いですが、それがなぜ、組織のコミュニケーション問題を解決することにつながるのでしょうか?
本記事では、『エンジニアリング組織論への招待』の中で語られているエンジニアリングの本質について解説することで、「エンジニアリング」という言葉の解像度を高めてもらうとともに、先の問いに対する私なりの解を提示してみたいと思います。
それでは早速、「エンジニアリング」という言葉の本質について、一緒に理解を深めていきましょう。
「エンジニアリング」とは何か?
エンジニアリングという言葉から、多くの方はおそらく橋や建物を設計する土木技術や、ソフトウェアを開発するプログラミング技術を思い浮かべるでしょう。
しかし、エンジニアリングの本質はもっと普遍的なものです。
『エンジニアリング組織論への招待』の要点を整理すると、「エンジニアリング」の本質は以下のように定義できます。
- エンジニアリングという行為は 何かを「実現」すること である。
- 何かを「実現」するとは、不確実な状態を確実な状態に近づけていく行為(不確実性の削減) である。
- 不確実性を削減するためには、仮説検証によって 有益な情報を獲得し、それを利用すること が必要である。
→ すなわち「エンジニアリング」の本質とは、「情報を処理すること(情報を生み出し、利用すること)」 である。
このように定義することで、「エンジニアリング」という言葉はものづくりに限らない、より広範囲に適用できる概念であることが理解できます。
私たちの仕事や生活には、常に「わからないこと」が付きまとっています。
今日の天気は晴れなのか雨なのか、開発中の新機能はユーザーに受け入れられるのか、この意思決定は組織全体にとって最適なのか—。
こうした不確実性と向き合い、それらを一つひとつ減らしていく営みのすべてが、エンジニアリングなのです。
「エンジニアリング」と「組織」の関係性
「エンジニアリング」がものづくりに限らない概念であることが理解できましたので、この章では「エンジニアリング」と「組織」の関係性について探っていきたいと思います。
ところで、そもそも「組織」とは何でしょうか?
例として、社長をトップとするピラミッド構造の企業を想像してみましょう。
このような構造の組織において、すべての活動に対する意思決定と具体的な指示を社長自らが行うことは、非効率かつ非現実的であることは想像に難くないと思います。
ではどうするかというと、社長を含む上層部が組織戦略に関する曖昧で抽象的な指示(ミッションやビジョン、方向性など)を出し、組織の下層部がその指示を解釈して具体化することで組織戦略を実行に移していく、という流れを作ることになります。
この流れはまさに、不確実性の高い状態(抽象的な指示)を不確実性の低い状態(具体的な行動)に近づけていく行為であり、先に示したエンジニアリングの本質と一致します。
すなわち、
組織とは、「エンジニアリングを実践する仕組み = 情報を処理する仕組み」 である。
と言えるのではないでしょうか。
これで、「エンジニアリング」と「組織」が繋がりました。
これを足がかりに、急成長する組織が直面する「コミュニケーションコストの増大」の原因とその解決策を探っていきましょう。
解決のカギは「情報処理能力」
組織の規模が大きくなるとコミュニケーションコストが増大することは、感覚的・経験的に理解できるかと思います。その原因は大きく2 つあります。
1つ目は 「コミュニケーションパスの増加」 です。
メンバー間の一対一のコミュニケーションを考えた場合、組織の人数が2人であればコミュニケーションパスは1本ですが、3人になると3本、4人になると6本、と増えていき、10人の時点で45本になります。
このように、コミュニケーションパスの本数は、組織の人数が増えるにつれて指数関数的に増加していきます。
2つ目は 「情報のロス」 です。
人と人とのコミュニケーションにおいて、意図した情報を100%完全に相手に伝達することは不可能です。
仮に1回の伝達で情報の正確性が5%失われると仮定すると、1人目に伝えた時点では正確性は95%、2人目に伝わった時点で約90%、10人目に伝わった時点では約60%になります。
このように、情報伝達の回数が増えるほど、正確性は急速に失われてしまいます。
この問題を軽減するための方策が、組織内に部やグループなどの階層構造を作ることです。
部やグループを1つのまとまりとみなし、組織の最上部から最下部までのコミュニケーションパスを短くすることで、情報ロスを減らすことができます。
しかし、まったくのゼロにはできないので、そのロス分が組織の「コミュニケーションコスト」になるのです。
では、どうすれば組織のコミュニケーションコストを小さくすることができるでしょうか。
組織が「情報を処理する仕組み」であったことを思い出すと、以下のような関係が成立するのではないでしょうか。
コミュニケーションコストが低い組織 = 情報の処理能力が高い組織
たとえば、組織全体の情報処理能力を100、コミュニケーションコストを10とすると、情報処理能力の10%がコミュニケーションに使われることになります。
しかし、組織全体の情報処理能力が500になれば、コミュニケーションコストは情報処理能力全体の5% となり、相対的に小さくなります。
すなわち、組織全体の情報処理能力を向上させることで、コミュニケーションコストを相対的に小さくすることができるのです。
では、組織全体の情報処理能力を向上させるにはどうしたらよいでしょうか。
『エンジニアリング組織論への招待』では大きく3つのポイントが提示されています。
- 適切な組織構造の設計:事業構造とコミュニケーション構造を一致させることで、不要なコミュニケーションを減らす
- 権限と責任の移譲:組織の各層で意思決定できるようにすることで、コミュニケーションの必要性を減らす
- 透明性の確保:必要な情報にアクセスできる関係性を作ることで情報の非対称性(知っている情報に差がある状態)を減らし、伝達時の情報ロスを減らす
1.については、組織の上長とプロジェクトの上長が同じ場合と異なる場合とでは、前者の方がコミュニケーション量が少なくてすむ、という例から理解できるかと思います。
2.については、プロジェクトの実行方針を決めるのに、直属の上長の承認を得ればいいのかその上の部長承認まで必要なのか、という例から理解できるでしょう。
なお 3.については、ただ情報を公開すればよいわけではないことに注意が必要です。
情報を公開すれば情報そのものにアクセスしやすくはなりますが、その情報をただ知っていることと理解できていることとは違います。
何かわからないことがあった時に、情報発信元の人に直接聞いて理解を深めることができる「関係」こそが透明性の本質 であり、そのためのコミュニケーションの仕組みを作ることが3.の本当の意味なのです。
エンジニアリング組織が最強の組織である
改めて、コミュニケーションコストが低い組織の特徴をおさらいしましょう。
コミュニケーションコストが低い組織 = 情報の処理能力が高い組織
ここで、エンジニアリングの本質を思い出してください。
エンジニアリングの本質とは「情報を処理すること」でした。
また、エンジニアリングという行為は、何かを「実現」することでもありました。
以上のことから、先の特徴は次のように拡張できます。
コミュニケーションコストが低い組織 = 情報の処理能力が高い組織 = エンジニアリング力が高い組織 = 組織戦略の実現力(すなわち「生産性」)が高い組織
この関係を逆から見ると、組織の生産性を上げたければ、組織全体の情報処理能力を上げればよい ということがわかります。
「生産性向上」というと個々人の能力をどう伸ばすかが議論の中心になりがちですが、それと同等かそれ以上に、組織全体の情報処理能力をどう伸ばすか、という議論が重要なのです。
その意味で、この議論を乗り越え、エンジニアリング力を向上させた組織、すなわち「エンジニアリング組織」こそが、最強の生産性を誇る組織だと言えるのではないでしょうか。
まとめ
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。長々と書いてきましたが、本記事の要点は以下の一文に集約されます。
高い情報処理能力を持つ組織 =「エンジニアリング組織」こそが最強の組織である
そして、このような組織を実現するためのポイントは 1.適切な組織構造の設計, 2.権限と責任の移譲, 3.透明性の確保 の3つでした。
文字で書くとしごく単純ですが、実践するのは容易ではありません。
それでも、本記事の内容が、自組織をどう成長させていけばいいのか悩んでいるリーダーやマネージャーのみなさまのお役に立てるようであれば、大変うれしく思います。
ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました。
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