JuliaCon 2025 参加レポート
2025年7月22-26日にアメリカ・ピッツバーグで開催されたJulia言語の国際会議『JuliaCon 2025』に参加しました!参加レポートをまとめます.
JuliaConとは?
Julia言語のコミュニティが主催する国際会議です. これまでアメリカを中心に欧米諸国で開催されており, アメリカ以外ではイギリス, オランダ, ドイツ(来年)で開催されています. これまでの開催場所の一覧はこちらです. 2025年は7月にアメリカ・ピッツバーグで開催されました.
飛行機トラブル
結論としては, U社ではなくD社の利用をおすすめします. U社は安いものの, 遅延や欠航の割合が高いので, もしU社を利用する場合, スケジュールに余裕を持たせるほか, 手荷物に1日分以上の着替え一式を入れておくことをお勧めします. 服を洗濯しに行くための服が必要です. また, ロストや盗難の対策としてスーツケースにAirTagなどの位置を追跡できるものを入れておきましょう. 後学のためにメモを残しておきましたので, 詳細に興味がある方はお読みください.
詳細
次のワシントン・ダレス国際空港(IAD)経由で羽田空港(HND)からピッツバーグ国際空港(PIT)に向かいました.
- 2025/7/21 15:45 HND - 15:45 IAD
- 2025/7/21 17:40 IAD - 18:51 PIT
しかし, 実際にIADに到着したのは10時間遅れの01:50でした. PITに到着するまでの出来事をまとめます.
- 搭乗時刻がPM3:45(15:45)なのにWeb上の航空券にはAM3:45と書いてある. 保安検査場の前でこれに気付き, 予約を間違えて乗れなかったのかと思い心臓が止まりかけました. U社のWebサイトは遅い上に表示内容も信頼できないので, 必ずアプリを入れましょう. おかげで, これから何が起きても驚かないという心構えができました.
https://x.com/ohnolab/status/1947202753887109607 - テーブルが汚れており, モニターのネジも外れている. 果たしてこの飛行機は飛ぶのだろうか?という不安がありました.

- システム障害で80分遅延. 案の定, なかなか動きません.
- 部品が届かず欠航. 飛行機を降ろされました. このパターンは初めてでした.
- ロビーで4時間ほど放置. なかなか代わりの便が手配できないとのこと. お詫びの品としてお水とチョコレートを頂きました. お詫びの品のチョコレート, 溶けてしまっています.
- 飛行機が直る. 代わりの便が容易できましたとのことで, 搭乗してみると先ほどと同じ飛行機でした.
- 机が傾いてて機内食が置けない. いざ機内食を置いてみると手前に滑り落ちてくるので, 手で支えながら食事を摂ります.
- 謎の中継地で燃料補給. 乗務員の勤務時間が限界とのことで, サンフランシスコ国際空港(SFO)に着陸. 乗務員だけ入れ替え, 燃料補給をして再度離陸.
- 到着するも乗り継ぎ便がない. なんとかIADに到着するも, 10時間遅れの01:50でした. もちろん, 乗り継ぎ便はありません. ホテルとライドシェアが手配されたとの通知がメールで届いていました.
- スーツケースはまだ羽田. なぜ24時間も放置されていたのか疑問ですが, 明日の便で届くとのこと. 日付け変更線を跨ぐとGoogle Photosの写真の並びがバグることを発見しました.
- 午前4時にホテルに到着するも3時間でチェックアウト. シャワーを浴びますが, 持ち込み手荷物にTシャツと下着一式を入れていたため着替えはなんとかなりました.
- ライドシェアチケットを利用するも近くに車両が無いとのことで手配できず, タクシーを呼ぶも飛行機に乗り遅れる. かなり粘って交渉したもののタクシー代は自腹. タクシーの運転手さんはかなり飛ばしてくれたので感謝しています.
https://x.com/ohnolab/status/1947649419794632764 - なんとか次の飛行機に変更してもらい, PITに到着.
- ピッツバーグのバスは現金かアプリのみ対応だがクレジットしかもっていなかった.「お金は次でいい」と言われたので意味がわからずボケっとしていたら「いいから座れ!」と女性のバス運転手に怒鳴られました. 乗車中にアプリをインストールできたので支払いました.
40時間ほどかかって目的地に到着し, なんとか学会に参加することができましたが, この後も手荷物がさらに1日遅れたり夜中まで受け取りのために起きていたりと最初の4日間程はまともに寝れない状況でした. かなりダメージを受けて記憶が一部混濁しているところもありますが, 無事に生還はしました. 発表についても, どのような状況でもパフォーマンスを発揮できるよう入念に準備しておくことの重要性を痛感しました.
会場
ピッツバーグ大学のローレンスホールがメインの会場でした. 羽田空港(HND)からワシントン・ダレス国際空港(IAD)を経由し, ピッツバーグ国際空港からバスで1時間ほどです.

中の様子はこちら!非常に立派なホールでした.
私も写真に写っています. 近くの別の建物も会場になっていました.


発表紹介
聴きに行った発表からいくつかピックアップして紹介していきます.
cuNumeric.jl : Automating Distributed Numerical Computing
欲張りなJuliaユーザーとしては「CPUとかGPUとか何でもいいから, 自動でいい感じに速く計算してほしい」と思うわけです. この講演の具体的な内容というよりは, セッション全体を通してアカデミアだけでなくNVIDIAやAMDのエンジニアもJuliaを使うためにパッケージ開発に加わっているという点に希望を感じました. いずれはKernelAbstractions.jlやJACC.jlのようにバックエンドを切り替えて自動で並列化してくれるようなパッケージがより強化されていくことを祈ります.
Code formatting with Runic.jl
私たちも使用しているRunic.jlの講演を聴きに行ってきました. JuliaFormatter.jlとの違いはgofmtのようにフォーマットがカスタマイズ不可という特徴です. ルールで悩まなくて済みますね. 他のスタイルガイドとの比較はこちらに置いておきました.(個人的には上記の比較表も作者に共有できて満足しています.) 講演概要にも書いてある通り, たしかにRunicのスタイルには議論の余地が少なく, ほとんどのJuliaプログラマーが同意するようなものになっています.
Let's read the Julia documentation in your preferred language
寺崎さんによる発表です. なぜ僕らはJuliaを作ったかやJulia: A Fresh Approach to Numerical Computingにもあるとおり, Juliaの利点は「二言語問題 (two language problem)」を解決することにあります. 科学計算におけるプログラミング言語における二言語問題はJuliaによって解決されましたが, 私たちは日本語と英語という自然言語における二言語問題に悩まされています. このような状況の中, 寺崎さんの開発したDocstringTranslation.jlによって, AIの力を借りてドキュメントを日本語で読めるようになりました. 私はJuliaの日本語記事の重要性を強く感じて多くの記事を執筆きたので, これは非常に意味のある仕事だと思います.
Fixing Julia's task-local RNG: a bother, a bug, a breakthrough
私はv1.0が出た2018年頃からJuliaで遊び始めましたが, 当時はFortranのように数値計算がしやすい言語の一つといった印象で, あまり特別視していませんでした. しかし, 5年ほど前, 学部の卒業研究で量子モンテカルロ法のコードを書くことをきっかけに印象が大きく変わりました. Juliaは高速かつ高品質な疑似乱数(当時はdSFMT, 現在は別)を提供しており, モンテカルロ計算で非常に有利なのです. さらにJuliaのバージョンをv1.5に上げたところ, 乱数が高速化されて卒業研究のコードが勝手に倍くらい速くなったという不思議な経験もしています. 今回の発表で, Juliaの開発者の一人であるカルピンスキー氏が乱数の専門家であることを知って腑に落ちました. 乱数については最先端の実装が提供され, 非常に精力的な改善が行われています. モンテカルロ法を使う研究者はJuliaを採用すると良質で高速な乱数が気軽に使えるという大きなメリットがあります. 様子:
Carlo.jl: high-performance Monte Carlo simulations in Julia
モンテカルロ法におけるMPIスケジューリングなどを行うことができるCarlo.jlの発表です. つい最近, 変分モンテカルロ法の実装のためにMetropolisAlgorithm.jlを開発したのですが, Carlo.jlの開発者にコードを見てもらったところ, こちらのパッケージにも適用できるとのことでした. 大規模計算を行うときに試してみたいと思います.
Optimizing Gaussian Basis Sets with Automatic Differentiation
個人的には量子化学計算におけるブレイクスルーの一つになると考えている発表です. 量子化学では, いくかのガウス関数の線形結合を1つの基底関数とみなし, 計算を行います. その線形結合の係数は既にデータベースがありますが, その係数を自動微分によって決定するという発表内容でした. この発表で恐るべきことは, 結果として得られた係数ではなく, その先に見えることです. 第1に, 上記のデータベースにある係数は原子によっても, その周りにある原子によっても, 他に併用する基底関数によっても, 計算手法(HF, CI, CCなど)によっても, 全ての場合において最適な値は異なるはずです. 我々はこれを妥協して同じ値を使っているわけですが, 上記のアプローチでは全てを最適化することが比較的容易になります. 第2に, 量子化学計算は解析的微分の実装が1つの仕事として認められており, 多くの研究者が人生を費やしてきました. 例えば, 量子化学計算におけるデファクトスタンダートとなっているGaussianというソフトウェアでも解析的振動数の計算は HF, DFT, MP2, CIS, CASSCF法のみであり, その他の手法では数値的振動数を計算する仕様になっています. こうした解析的微分の実装コストに由来する問題も全て自動微分によって解決されてしまいます. 第3に, 変分モンテカルロ法(VMC)をはじめとする計算手法の実装が非常に容易になるという点が挙げられます. VMCでは局所エネルギーをサンプリングします. 局所エネルギーの計算で2階微分を計算する必要がありますが, ここに自動微分を使うことができます. VMC以外にも多くの手法で自動微分が活用できるでしょう. 量子化学ではFortranがまだ支配的ですが, このプロジェクトからは量子化学におけるJuliaの可能性を強く感じます. Gaussianの開発者でありノーベル化学賞受賞者のPople博士が所属していたカーネギーメロン大学で開発されているという点もまた特別な何かを感じますね.
Makie.jl BoF
MakieはJuliaの可視化パッケージです. 私もとてもお世話になっており, 記事を書かせていただいます. いろいろ開発の話を聞いてきましたが, 一番印象に残っているのは読み方です. マキエやメイキーではなくマーキーとのことです. こちらに音声も含めて書いておいたので参考にしてください.
ポスター印刷
会場近くのFedEx Office Print & Ship Centerで印刷しました. 日本の電話番号ではオンライン入稿できないようだったので店舗に直接行ったところ, その場でメールでPDFを送るよう指示を受け, オンラインの注文メニューになかったA0サイズで対応してもらえました. 一番安いプランでお願いしましたが, 非常に高いクオリティでした. 今後もアメリカでポスターを印刷することがあればFedExを利用します.

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今年のJuliaConではSIAM(Society for Industrial and Applied Mathematics)がスポンサーに加わっており, APS DCOMP(アメリカ物理学 計算物理領域)がパートナーに加わるなど, 応用数学や物理学における有用性が高く評価されはじめたようです.

参加者への支援
アメリカ物理学会の計算物理領域(APS DCOMP)はJuliaCon 2025のパートナーとして参加者への支援を行いました. 私も APS DCOMP Travel Award for JuliaCon 2025 としてご支援を頂き, 宿泊費と旅費の一部をご負担いただきました.
次回
JuliaCon 2026は2026年8月10-15日にドイツのマインツで開催されます. またお会いできることを楽しみにしています.
現在, クラウドファンディングに関連して, JuliaCon 2026でのミニシンポジウムの企画に向けて準備を進めています.
おわりに
ここでは紹介しきれないほど多くの発表を聴きましたが, どの発表でも学術的な重要性だけでなく, 非常に熱い思いを感じました. SIAMやAPSがスポンサーやパートナーに加わっていますし, 終了後に連続して参加したJuliaHEP 2025 Workshopでの報告によれば, プリンストン大学だけでも100名以上の研究者がJuliaを活用しているとのことです. 学術分野での活用はこれまで以上に広がっていくと断言できます.
謝辞
本研究は理研の大学院生リサーチ・アソシエイト制度の下での成果です. また, GitHub Sponsorsを経由したご支援を頂いている全てのスポンサーの皆様に感謝いたします.
今回の渡航にあたって, American Physical Society DCOMP様より「Travel Award for JuliaCon 2025」として費用の一部をご支援いただきました. 計算物理学との関連性, 物理学およびJuliaコミュニティへの貢献に基づいて選考が行われたとのことです. 心より感謝申し上げます.
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