FASTとデュアルシステム〜FASTではどのように「階層型組織」と「ネットワーク型組織」を共存させるのか〜
1. はじめに
この記事では、FASTがどのようにして「階層型組織」と「ネットワーク型組織」を共存させているのかについて解説します。
FASTは階層型組織とネットワーク型組織の両方の利点を活かす設計になっています。もちろん、FAST以外のフレームワークでもこれらを両立させることは可能ですし、そもそもフレームワークに頼らず実現することも可能です。ここで述べているのは、FASTはこれらを両立させることが容易な構造になっているということです。
この記事では、ジョン・P・コッター氏が提唱する「デュアルオペレーションシステム」の考え方も参考にしながら、FASTの組織設計について、私なりに整理してみようと思います。
ぜひ最後までお付き合いください。
2. FAST とは
FAST(Fluid Adaptive Scaling Technology または Fluid Scaling Technology)は、人々が仕事を中心に自己組織化する方法です。今回の記事ではFASTそのものの解説は割愛しますので、詳しく知りたい方は以下を参考にしてください。
3. 階層型組織とは
3.1. 階層型組織の特徴
階層型組織は、明確な指揮系統と権限の階層を持つ伝統的な組織形態です。図にするとピラミッドのようになるため、「ピラミッド型組織」や「ヒエラルキー型組織」とも呼ばれます。トップダウンの意思決定が基本となり、明確な役割分担と責任の所在が明確になっています。組織内の序列や上下関係がはっきりしているのが特徴です。
3.2. 階層型組織のメリット
3.2.1. 戦略的意思決定の迅速性
基本的には特定のリーダーが責任を持って決めるため、抽象的で範囲が広い意思決定あっても迅速に行うことができます。
3.2.2. 責任の明確化
誰が何に責任を持つかが組織の構造によって明確に定められており、責任の所在がはっきりしています。
3.2.3. 組織全体への浸透力
指揮命令系統を通じて意思決定が組織全体に明確に浸透し、一貫性のある実行が可能になります。
3.2.4. 資源の効率的な配分
中央集権的な管理は、組織全体としての効率性に寄与し、限られたリソースを効果的に活用できると考えられます。
3.2.5. 安定性
明確な指揮系統と定められたルールや手続きにより、組織運営に安定性をもたらし、予測可能な運営が可能です。
3.3. 階層型組織のデメリット
3.3.1. 柔軟性の欠如
組織が大きくなるにつれて階層が増えるため、情報伝達に時間がかかり、変化への対応が遅くなりがちです。
3.3.2. 現場の意思決定の制限
現場での細かい意思決定や創意工夫が制限され、メンバーの自律性や創造性の発揮が阻害される可能性があります。
3.3.3. イノベーションの制限
画一的な思考や創造性が抑制されることがあります。X理論に基づくマネジメント(厳しい監督や命令・指示)では、従業員の自律性や創造性の発揮が制限される可能性があります。
3.3.4. 情報の歪み
多層的な情報伝達経路は、情報の伝達に時間を要するだけでなく、情報が階層を通過する中で意図せず変質するリスクも生じることがあります。
3.3.5. 従業員のモチベーション低下
トップダウンの指示や厳しい監督(X理論の特徴)は、従業員の自律性や創造性の発揮を制限し、結果としてモチベーションの低下につながる可能性があります。
3.3.6. リーダー依存のリスク
階層型組織の戦略的意思決定は、そのリーダーが正しい判断を常に下すことができるという状況下においてのみ非常に有用です。また、適切な意見吸収と合意形成を行わなかった場合、単に目標を与えるだけでは現場の自律性を損なうリスクがあります。
4. ネットワーク型組織とは
4.1. ネットワーク型組織の特徴
ネットワーク型組織は、特定のリーダーを設定せず、チームメンバーがフラットな立場として、チームの皆でアイデアを出し合いながら一つの仕事に取り組む組織形態です。階層型組織とは異なり、明確な指揮系統や権限の階層を持たないのが特徴です。
その構造は、多様な複数の相互接続された要素から成り、変化する能力と経験から学ぶ「複雑適応系」 と捉えることもできます。この組織形態では、ボトムアップの意思決定と自己組織化、自己管理が基本となります。
4.2. ネットワーク型組織のメリット
4.2.1. 高い柔軟性
トップダウンな指揮命令を必ずしも待つ必要がないため、階層による情報伝達の遅延が少なく、組織全体として変化に迅速に対応できるようになります。予測不可能な顧客の要求にも対応しやすくなります。
4.2.2. 従業員のエンゲージメント向上
メンバーが自律的に仕事に取り組み、意思決定に関与することで、自身の仕事への満足度やモチベーションが高まります。Y理論に近いアプローチであり、個人の自律性や成長が重視されるため、エンゲージメントが高まるとされています。
4.2.3. 知識共有の促進
部署や役職に関係なく交流が持てるため、横断的な情報共有がしやすくなります。これにより、社員同士がお互いを高め合う相互学習の環境が自然と構築されます。
4.2.4. 現場主導による課題発見と解決策の創発
現場主導でさまざまな活動が推進されることで、現場の人間にしか見えなかった課題や解決策などが可視化され、特定の人間が出せる力を超える可能性があります。これにより、組織全体の知見が集約され、より革新的な解決策が生まれる可能性が高まります。
4.3. ネットワーク型組織のデメリット
4.3.1. 責任の所在が曖昧になるリスク
階層構造がないため、役割分担や「誰が何に責任を持つか」が曖昧になりやすい側面があります。特に危機的状況では組織が空中分解する可能性もあります。このため、組織のメンバーには、高い責任感や自律的に行動できる能力が求められます。
4.3.2. まとまりが欠如する可能性
制約が少ないため、各メンバーがバラバラな行動をとり、企業組織としてのまとまりがなくなるリスクがあります。規模が拡大するにつれて意識の統一が難しくなり、部分最適化が進むことで「サイロ化」を招き、「全体最悪」につながる可能性もあります。
4.3.3. 合意形成の難しさや一貫性維持の課題
明確な指揮系統が存在しないため、大規模な合意形成には時間や調整を要するケースが生じることがあります。また、組織全体の方向性や優先順位の一貫性を維持することが難しくなる可能性もあります。
4.3.4. 戦略的意思決定の困難さ
抽象的で範囲が広い意思決定や、組織全体に影響する大きな戦略的判断においては、階層型組織のような明確な責任所在や権限を持つリーダーが不在のため、意思決定が困難になる場合があります。
4.3.5. 大規模化における複雑性
小規模な組織であれば意識統一が図りやすいですが、組織の拡大に伴ってメンバーが増えることで、複雑性が増す傾向があります。そのため、組織の目的を明確に定め、メンバーの自己管理能力や問題解決能力を高める必要があります。
5. デュアルオペレーションシステムとは
5.1. 概要
デュアルオペレーションシステムは、ジョン・P・コッター氏が提唱するとされる概念で、階層型組織とネットワーク型組織を並行して運用する考え方です。これは、従来の階層型組織を維持しながら、並行してネットワーク型組織を構築し、それぞれの利点を活かすアプローチです。
5.2. なぜデュアルオペレーションシステムが必要なのか
現代のビジネス環境は「VUCA」とも呼ばれ、安定性(効率性)と柔軟性(適応力)の両立が強く求められています。
5.2.1. 複雑性の増大と意思決定の課題
現代の組織は、技術の急速な進歩、グローバル化、顧客ニーズの多様化などにより、複雑性が大幅に増大しています。このような状況において、すべての意思決定をトップダウンで行うことは現実的に困難になっています。
階層型組織だけでは、現場で発生する多様で複雑な課題に対して迅速に対応することができず、トップとボトムの両面からのアプローチが必要になっています。つまり、戦略的な意思決定は階層型組織で、現場での迅速な意思決定と適応はネットワーク型組織で、という使い分けが求められているのです。
5.2.2. 二つの組織形態の課題
従来の階層型組織は、責任や権限の所在が明確でトップダウンの統制がしやすい安定性を持つ一方で、組織が大規模になるほど情報伝達に時間がかかり、変化への対応が遅いという課題を抱えています。
ネットワーク型組織は、特定のリーダーを置かずフラットな関係性で迅速な意思決定やイノベーションの創出を可能にする高い柔軟性を持つ一方、企業の成長に伴い規模が大きくなると責任の所在が曖昧になり、組織としてのまとまりを失うリスクがあります。
デュアルオペレーションシステムは、この二律背反を解消し、階層型組織が既存業務の効率と安定性を保ちながら、ネットワーク型組織が新しい取り組みの迅速な推進と柔軟性、そして予測不可能な顧客要求への適応を確保できることで、両者の強みを活かし、複雑で変化の激しい現代に適応することを可能にします。
5.3. よくある誤解
デュアルオペレーションシステムは、しばしば他の組織形態、特にマトリクス組織と混同されたり、その運用方法について誤解されたりすることがあります。
5.3.1. マトリクス組織と同じだよね?
マトリクス組織は、一人の社員が「機能軸」と「プロジェクト軸」という二つの異なる指揮命令系統に同時に属する構造です。これにより、一人の社員が複数の上司から指示を受ける「二重報告ライン」が常態化し、コンフリクトや混乱のリスクを伴います。
一方、デュアルオペレーションシステムは、「階層型組織」と「ネットワーク型組織」という、異なる目的を持つ二つの組織システムを並行して運用する概念です。社員が主にどちらかのシステムに属することもあれば、異なる役割で両方のシステムに貢献することもありますが、マトリクス組織のように二重の上司関係が恒常的に発生するわけではありません。
目的も、マトリクス組織が「限られたリソースの効率的活用」であるのに対し、デュアルシステムは「安定とイノベーションの両立」にあります。
5.3.2. 組織図を二つに物理的に分割することと同じだよね?
デュアルオペレーションシステムは、単に組織図を物理的に分割するものではありません。
従来の階層型組織は、日常業務や安定した効率的運営を担う「実行のシステム」 として存続し続けます。これに対し、イノベーションや変化対応のための「ネットワーク型組織」は、その階層型組織の枠を超えて、あるいはその中に「並行して構築・運用される」 イメージです。
多くの社員は階層型組織に所属しながらも、特定のプロジェクトにおいては、ネットワーク型組織の一員として活動する「兼任」の側面が強いです。これは、組織図の物理的な変更というより、組織全体の「動かし方」を変革する概念であると理解すべきです。
5.4. 実現には何が必要なのか
デュアルオペレーションシステムを実現するために必要となる要素をいくつか考えてみましょう。実現のための鍵となる要素は「それぞれのシステムの連携」と「人材の流動性」だと考えています。具体的には以下のようなイメージです。
5.4.1. 強力なリーダーシップとビジョンの共有
デュアルシステムの意義を深く理解し、二つのシステム間の連携を積極的に推進するための明確な意図とコミットメントを示すことが不可欠です。これがなければ、どちらか一方のちからが強まってしまうリスクが高まります。
5.4.2. 情報とリソースの流動性
階層型組織とネットワーク型組織間で、情報が円滑に流れ、プロジェクトやイノベーションに必要なリソースが適切に配分される仕組みが重要です。社員が特定の組織構造に固定されず、必要に応じて両方の活動に参加できるような流動性が求められます。
5.4.3. 共通の文化と信頼
異なる働き方をする二つのシステムが 「対立」するのではなく、「協業」 して機能するためには、組織全体のビジョンや目的を共有し、互いを理解し、信頼し合う文化の醸成が不可欠です。
6. FASTとデュアルオペレーションシステムの関係性
先ほど述べた通り、現代の組織において、「デュアルオペレーションシステム」の考えは必要不可欠になりつつあります。そして、FASTは、その実現において重要な役割を担います。ここではその関係性を見ていきます。
6.1. FASTと階層型組織
FASTは、自己組織化と流動的なチーミングを核とするアジャイルフレームワークであり、その性質上、従来の固定的な階層型組織構造とは異なる自律分散型の形態を推進します。しかし、これは階層型組織が持つ 「戦略策定」や「組織全体の大局的な方向付け」「大規模な資源配分」といった重要な「機能」が不要になる、あるいは相容れないという意味ではありません。
むしろ、FASTは、階層型組織が持つ戦略的な強みを、より効果的かつ迅速に「実行」と「適応」に繋げるための強力な手段として使うことができます。
6.1.1. 戦略的な「Big Picture」の源泉
FASTにおけるコレクティブの目的とミッションである「Big Picture」(プロダクトゴールに相当)は、階層型組織のトップや戦略部門から提供される「組織全体の戦略」を具現化したものであることがほとんどです。これにより、階層型組織が「どこへ向かうべきか」という大局的な戦略の「原点」を設定し、それをFASTのコレクティブが具体的なプロダクトゴールとして明確化します。
6.1.2. 戦略実行の「エンジン」としてのFAST
策定されたBig Pictureを、現場で迅速に実行し、市場のフィードバックに基づいて適応させる 「強力な実行エンジン」 としてFASTは機能します。戦略が立てられるだけでなく、それが生きた形で実行され、状況に合わせて調整されるようになります。
6.1.3. フィードバックを通じた戦略の進化
FASTでは、現場で得られた知見や市場からのフィードバックを、階層型組織の戦略策定プロセスへと還元します。これにより、「戦略策定(階層型)→実行と適応(FAST)→フィードバック(FASTから階層型へ)」という、ダイナミックな循環が生まれ、組織全体の戦略が常に進化し続けます。
6.2. FASTとネットワーク型組織
デュアルオペレーションシステムにおけるもう一つの柱である「ネットワーク型組織」は、まさにFASTの概念と非常に高い親和性を持っています。FASTは、このネットワーク型組織の 「実体」あるいは「設計思想」そのものであると言えます。
6.2.1. FASTはネットワーク型の体現
FASTの核となる、自己組織化されたチーム、流動的なチーミング、そして分散された意思決定の仕組みは、ネットワーク型組織の原則と完全に一致しています。メンバーは固定的な指示系統ではなく、共通の目的と信頼に基づいて、水平に連携し、自律的に活動します。
6.2.2. スピードとイノベーションの推進
ネットワーク型組織の強みである 「変化への迅速な対応」や「イノベーションの創出」 は、FASTが目指すところと合致しています。突拍もないアイデアを柔軟に試し、市場からのフィードバックを素早く取り入れ、適応していく能力を最大化します。
6.2.3. プロダクトゴールを超えた自律的な取り組みの推進
FASTの現場では、必ずしもプロダクトゴールに直接結びつかないような探索的な活動や、ボトムアップな活動が自律的に生まれます。チームスチュワードが提案する活動アイテムは、メンバーの興味や将来性への洞察に基づいて選択され、新しい技術検証や仮説検証を現場主導で素早く開始することができます。これは、ネットワーク組織が持つ 「現場の主体性」と「予測不能な価値創造」 を具現化したものです。
6.3. 共存させることの価値
このように、FASTと階層型組織の共存は、まさに「デュアルオペレーションシステム」の実践そのものであり、この二つのシステムを連携させることで、組織がこれまで以上の大きな成果を得られる可能性が高まります。
6.3.1. 安定とイノベーションの究極の両立
階層型組織が既存のビジネスの効率と安定性を強固に維持し、同時にFASTを基盤としたネットワーク型組織が未来の価値創造とイノベーションを高速で推進します。これにより、相反する二つの要素を組織全体として両立させることが可能になります。
6.3.2. 戦略策定から実行までのシームレスな流れ
階層型組織が担う大局的な戦略策定と、FASTによる現場での高速な実行・適応が、密なフィードバックループを通じて結びつきます。これにより、戦略が絵に描いた餅で終わらず、生きた形で組織に浸透し、成果へと繋がるようになります。
6.3.3. 組織全体のレジリエンス(回復力)の向上
片方のシステムが一時的に不安定になっても、もう片方のシステムがそれを支えることで、組織全体としての回復力が高まります。また、変化の波が来たときに、柔軟に対応し、新しい形を自己組織化できる能力も増します。
7. 実践における注意点
実際にこれらを共存させようとするに当たって、以下のような失敗パターンが見られることがあります。
- 階層型組織の過度な介入
- ネットワーク型組織の無秩序化
- 役割の曖昧さ
それぞれを深掘りし、FASTの原則に照らして解決策を検討しましょう。
7.1. 階層型組織の過度な介入
従来の階層型組織からの過度な介入は、FASTが目指す自律性や創造性を大きく阻害します。これは、権限による強制ではなく、影響力と信頼に基づくFASTの哲学に反するからです。これを避けるためには、以下の点が不可欠です。
7.1.1. 明確な境界線の設定と、権限の再定義
FASTでは、プロダクトマネージャーはコレクティブの一員として、プロダクトの価値最大化に責任を担います。彼らの役割は、権限によって決定を強制することではなく、プロダクトのビジョンや戦略的な指針を提供し、コレクティブ全体の共通理解を促すことです。メンバーは、プロダクトマネージャーの指針に基づき、最も貢献できる方法を自ら決定し、自己組織化によってチームを形成します。
7.1.2. 信頼関係の構築
階層型組織が、ネットワーク型組織としてのコレクティブを信頼し、権限による強制ではなく、影響力と専門知識によって導くプロダクトマネージャーの役割を尊重することが重要です。彼らは、トップダウンの意思決定を押し付けるのではなく、コレクティブが自律的に賢い選択をできるよう、対話を通じて導く存在になることが求められます。
7.1.3. 失敗を許容する文化
FASTは「複雑適応系」の特性を活かし、検査と適応を繰り返します。これは、常に学び、改善していく過程であり、試行錯誤や失敗から学ぶ姿勢が求められます。ダグラス・マグレガーの「Y理論」が示すように、人々が自己実現を求め、主体的に仕事に取り組むためには、彼らの自主性を尊重し、失敗を恐れない環境が必要です。この文化がなければ、たとえ表面上はFASTを導入しても、メンバーは自律的な行動を恐れ、結局は指示待ちになってしまうでしょう。
7.2. ネットワーク型組織の無秩序化
責任の所在が曖昧になり、各メンバーがバラバラに行動することで、効率性の低下や方向性の喪失を招く可能性があります。組織のサイロ化は、全体最適化を阻害し、「部分最適→全体最悪→自壊」へとつながることもあります。
これを防ぎ、FASTの強みを最大限に引き出すためには、以下の要素が不可欠です。
7.2.1. 明確な目的の共有
FASTでは、Big Pictureがコレクティブの目的とミッションとして明確に定義されます。プロダクトマネージャーは、これを「プロダクトゴール」として継続的にコレクティブ全体に再共有し、共通の方向性を浸透させます。これにより、メンバーは「自分たちの仕事が組織や顧客にとってどのような価値を持つのか」を理解できます。
7.2.2. 共通の価値観の確立
FASTには「自律性」「目的の共有」「熟達」といった明確な価値、および「自己組織化」「自己管理」「協働」といった原則があります。これらの価値基準が、コレクティブ全体の作業・行動・振る舞いの方向性を示し、信頼を構築します。
FASTの価値・原則・柱について詳しく知りたい方はこちらも合わせてお読みください。
7.2.3. 適切なガバナンスの設定
FASTには、意思決定や紛争解決の方法を記述するコレクティブアグリーメントというものが存在します。また、FASTミーティングは、コレクティブがセンスメイキング、適応、同期、自己組織化を行うための「心臓の鼓動」として機能し、無秩序化を防ぎます。
7.2.4. 定期的な調整と同期の実施
FASTのValue Cycleでは、短い周期でコレクティブが同期し、学びや進捗を共有して、プロダクトの状態と現在の状況について共通の理解を深めます。これにより、部門間の情報共有が促進され、共通のゴールに向けた行動変化が促されます。
7.3. 役割の曖昧さ
ネットワーク型組織の潜在的なデメリットの一つは、役割分担や責任の所在が曖昧になりやすい点です。これが進行すると、組織としてのまとまりが失われるリスクがあります。
FASTでは、この曖昧さを避けるために、流動的なチーミングの中でも以下のような役割とメカニズムを定めています。
7.3.1. 明確なロールの定義
FASTには「メンバー」「プロダクトマネージャー」「チームスチュワード」といった明確な役割が定義されています。
プロダクトマネージャーはプロダクトの価値最大化に責任を持ち、Big Pictureの設定と伝達、プロダクトバックログの管理を行います。
チームスチュワードは特定のバリューサイクルにおいてチームを主導する有志のメンバーであり、活動アイテムの提案やチーム形成を促進します。彼らは固定的なリーダーではなく、流動的なチーミングを体現する存在です。
流動的なチーミングについての解説記事もありますので、よければ合わせてお読みください。
7.3.2 コレクティブアグリーメントの活用
これには、主に意思決定の方法や対立の解消方法が記述されていますが、それ以外にコレクティブで取り決めた内容も書かれています。仮に個々の役割が流動的であっても、集団としての行動規範や協調のルールはここに明確に存在します。
7.3.3 透明性の担保
「マーケットプレイスボード」などにより、どの活動アイテムが選ばれ、誰がどのチームにいるか、スチュワードは誰かといった情報は常に可視化され、誰でも見れる状態を維持しておくことが重要です。これにより、誰がなにに取り組んでいるのかは明確に認識が揃います。
7.4. バランスの取り方
階層型組織とネットワーク型組織のどちらか一方が常に優れているわけではなく、組織の目的、文化、規模、従業員の特性、変化のペースに応じて最適なアプローチを調整する必要があります。
7.4.1. 安定性が重視される場面
予測可能性が高く、反復的な作業が多い環境では、従来の階層型組織の明確な責任と指示系統が効率的である場合があります。ここでは、標準化されたプロセスや厳格な品質管理が重視されるでしょう。
7.4.2. 変化対応が重視される場面
複雑で不確実性の高い環境、継続的なイノベーションが求められる場面では、FASTのようなネットワーク型組織の流動性、自律性、そして迅速な適応能力が強みとなります。この場合、組織は経験主義に基づき、検査と適応を繰り返すことで、変化に柔軟に対応していきます。
7.4.3. 段階的な調整
ジョン・P・コッターが提唱する「デュアルオペレーションシステム」のように、既存の階層型組織を維持しつつ、イノベーションに取り組むネットワーク型組織を共存させるアプローチが有効です。これは、急激な組織変革ではなく段階的に新しい働き方を取り入れていくことを意味します。FASTは「極めて軽量」であり、導入コストが低いとされるため、アジャイル変革の最初の一歩としても適しています。単一チームでの導入から大規模なコレクティブへのスケールアップも可能です。
このように、FASTは自己組織化と適応性を重視する一方で、その運用においては明確な目的、共通の価値観、そして適切なガバナンスが不可欠です。また、従来の組織構造との調和を図る際には、過度な介入を避け、権限の委譲と信頼に基づいた関係を築くことが成功の鍵となります。
8. まとめ
長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。
この記事では、FASTがどのようにして、安定性を重視する階層型組織と、柔軟性を重視するネットワーク型組織を共存させるのかについて解説しました。これは、ジョン・P・コッター氏が提唱する「デュアルオペレーションシステム」の考え方を実践するものです。
まず、階層型組織は、明確な指揮系統や責任の所在がはっきりしており、意思決定の迅速性や組織運営の安定性をもたらすメリットがあります。しかし、情報伝達に時間がかかり、イノベーションが制限されるといったデメリットも抱えています。一方、ネットワーク型組織は、高い柔軟性やイノベーションを促進するメリットがある反面、責任の所在が曖昧になったり、無秩序化するリスクがあります。
FASTは、これら両方の組織形態の利点を活かすためのアプローチです。従来の階層型組織が担っていた「戦略策定」の機能を活かしつつ、現場の「実行」と「適応」をFASTのネットワーク型組織が担うことで、シームレスな連携を可能にします。
FASTは、自己組織化されたチーム、流動的なチーミング、分散された意思決定といった仕組みを通じて、ネットワーク型組織の強みである自律性とイノベーションを現場レベルで具現化します。これにより、プロダクトゴールにない探索的な活動や、ボトムアップのイノベーションも自律的に生まれます。階層型組織からの過度な介入を避け、信頼に基づいた関係を築くことが、FASTの成功には不可欠です。
この両者の共存により、階層型組織が安定した基盤を支えながら、FASTが未来の価値創造を高速で推進する、バランスの取れた組織モデルが実現します。これは、変化が激しい現代における組織の課題に対する、実践的な解決策だと言えるでしょう。
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