FASTにおける「流動的なチーミング」と「集合知」について詳しく解説します
1. はじめに
この記事では、FASTにおける 流動的なチーミング(Fluid Teaming) と 集合知(Collective Intelligence) について詳しく解説します。
FASTに関する話をする際、この2つの概念についてよく質問を受けます。特に 「流動的なチーミングって、結局どういうこと?」「集合知って、みんなで話し合うこと?」 といった疑問が多いです。
実際、これらの概念は誤解されがちで、それによってFASTに対してネガティブな印象を持たれることも少なくありません。そして、これらの概念を正しく理解することはFASTの真の価値を発揮するために非常に重要です。
この記事では、私が1年間FAST実践を通じて得た学びを惜しみなく公開します。それでは早速本題に進みましょう。
2. FAST とは
FAST(Fluid Adaptive Scaling Technology または Fluid Scaling Technology)は、人々が仕事を中心に自己組織化する方法です。今回の記事ではFASTそのものの解説は割愛しますので、詳しく知りたい方は以下を参考にしてください。
3. 流動的なチーミングとは
流動的なチーミングとは、仕事を中心に自己組織化するアプローチのことです。FASTは「最小限の構造と流動的なチーミングを通じて適応性と創発を実現する超軽量な方法」と定義され、流動的なチーミングはFASTの柱としても定義されています。これは単なる無秩序ではありません。コレクティブメンバーは、FASTミーティングなどの明確なプロセスに従い、各自が自律的に貢献できる仕事を選ぶことでチームを組成します。
従来の静的なチーム編成はサイロ化や知識共有の制約をもたらすのに対し、FASTは静的なチーミングではなく流動的なチーミングを推奨する初のアジャイルメソッドです。従来のトップダウンの割り当てとは異なり、FASTはメンバーが自ら仕事を選ぶ自己選択を重視し、高い自律性を促します。これにより、知識やスキルの共有が促進され、サイロ化や依存関係といった問題を解消します。
FASTが流動的なチーミングを重視する主な理由は、現代の複雑な問題への適応性とスケーラビリティを最大化するためです。仕事中心の自己組織化は、コンテキストスイッチを減らし、メンバーが最優先のアイテムに集中するスウォーミングを促進することで、プロセス効率と生産性を向上させます。また、個人の自律性、自己組織化、自己管理といった価値を尊重することで、従業員のエンゲージメントを高め、離職率を低減し、予測不能な顧客要求にも迅速に対応できる環境を構築します。
4. 流動的なチーミングのよくある誤解
よくある誤解として、以下のようなものがあります。
- 流動性は高い方が良く、チームは頻繁に変わる
- どんなメンバー構成であっても、チームを組成できる
- リーダーが存在しない
- 計画性がない
このような誤解は、従来の静的で階層的な組織構造に慣れていることから生じます。
流動的なチーミングは、無秩序ではなく変化する状況に最適な貢献をするための意図的な流動性です。しかし、過度に流動性を高める必要はありません。流動的なチーミングを実現するための仕組みは用意されているが、それを使うべき状況になるまで無理に使う必要はないという解釈をするのが良いと思っています。状況の変化に応じてチームを再編成が必要になった際に、コストを抑えながら迅速にチームを作り直すことができるのが、流動的なチーミングのもたらす本当の価値です。
しかし、チームを気軽に作り直せる仕組みがあっても、チームにとって必要なメンバーは適切に見極めが必要です。ある作業を遂行するに当たって、チームメンバーのケイパビリティが不足していた際に、無理やりチームを作って良いという考え方ではありません。そのため、作業に対して効率の良いチームメンバーが集まるように、FASTミーティングでは必要性を丁寧に訴える必要があります。
そしてリーダーがいないという誤解も、固定マネージャーの不在によるものが大きいと感じています。しかし、FASTではプロダクトマネージャーが価値最大化を、チームスチュワードがバリューサイクルを主導する明確な役割が存在しています。そして、ナチュラルリーダーシップという価値が存在しており、状況に応じて誰でもリーダーシップを発揮できる状態を目指します。まずは、固定のリーダーを置く考え方とは、そもそもアプローチが異なるという理解をすることが必要です。
最後に計画性がないという誤解についてですが、これも全くそんなことはありません。FASTミーティングでスチュワードが作業を提示する時点で、本来であればそれなりに計画が立てられているはずです。むしろ、そこで計画が立っていないのであれば、計画を立てるという作業から提示されるはずです。しかし、精緻な計画を立てることに注力しすぎた結果、本来やるべき価値が高い作業が遅れてしまうというのは、FASTに関係なく注意したいですね。
5. 流動的なチーミングの正しい実践方法
繰り返しになりますが、流動的なチーミングは無秩序に集まるではなく、人々が仕事を中心に自己組織化するための仕組みです。
具体的には、FASTミーティングの3部において、以下のような手順で流動的にチームが作られます。
- チームスチュワードが自ら奉仕したい活動アイテムを提案する
- メンバーは自分が最も貢献できると考える活動アイテムに自律的に参加する
- コレクティブは提案された活動アイテムとチーム構成を、依存関係や専門性といった感覚的な基準に基づいて調整する
- 取り組む活動アイテムとチームが確定する
この一連のプロセスに沿って進めることにより、流動的 ≠ 無秩序であることを保証します。
また、チームが形成された後も、モビリティの法則が適用されるため、メンバーは状況に応じていつでもチームを移動できます。これにより、FASTミーティングを待つことなく、個人が常に最も価値を生み出せる場所に身を置くことを促し、刻々と変化する状況への適応性を高めます。
そして、この流動的に作られたチームの成功に必要不可欠なのが、チームスチュワードと呼ばれる存在です。チームスチュワードについての詳細は割愛しますが、特定のバリューサイクルにおいてチームを主導する有志のメンバーです。固定的なリーダーではありませんが、リーダーシップを発揮する存在です。つまり、実質的にリーダーとなります。
また、チームを作る際は、常に適切な構成になっているかを意識することが必要です。集まったメンバーは仕事に集中できる状態になっているか?業務遂行に必要なケイパビリティはチームで担保できているか?など、さまざまな観点で確認が必要です。このようにして、スウォーミングを実現するための、小規模なチームを作り出すことが重要です。
また、最も大事になるのは、共通の目的・ビジョンの正しい理解と、コレクティブアグリーメントの遵守です。自律的に流動的なチーミングを実現するためには、その前提となる認識は正しく把握しておかなければなりません。これらの前提が揃った状態で、FASTの仕組みに則らなければ、知らぬ間に無秩序に陥っているかもしれません。
6. 集合知とは
FASTにおいて集合知は極めて重要で、価値の1つである目的の共有と同様に、高いパフォーマンスを実現するための本質的な基盤と位置づけられています。
集合知は、単に個人の知恵を寄せ集めたものではありません。従来の静的な組織編成では、サイロ化により知識や情報の共有が制限され、個人の能力が全体として十分に活かされないという問題がありました。しかし、集合知はメンバー間の活発なコミュニケーションと協調を通じて、個々では到達できない洞察や革新的な解決策を創発的に生み出す点に真価があります。
FASTは人々が仕事を中心に自己組織化し、流動的なチーミングを通じて適応性と創発性を実現する超軽量な方法であり、このプロセス自体が集合知に依存しています。マーケットプレイスボードでの自己選択によるチーム形成や、モビリティの法則による柔軟なチーム移動は、メンバーが最も価値を生み出せる場所で協働することを促し、集合知を最大限に活用します。
集合知をうまく使えなければ、FASTの目指す姿に到達することは難しいと感じています。
7. 集合知のよくある誤解
よくある誤解として、以下のようなものがあります。
- ステークホルダーが多くなってしまい、意思決定が遅くなる
- みんなの意見を寄せ集めたような意思決定にしかならない
- 意思決定者が不在
これらの誤解の原因は、ほとんどが集合知と合議という概念を混同してしまっている部分にあると考えています。集合知は、全員の意見を聞き、全員と対話を重ね、全員と合意を取ることではありません。
繰り返しになりますが、集合知とは、多数の個々人がそれぞれ独立した知識や意見を持ち寄り、それらを集約・統合することで、個人の能力や知識だけでは得られない、より優れた知見やアイデア、あるいは高い精度の予測が生まれる現象や概念を指します。目的は主に新しい知見の発見や問題解決です。
一方、合議とは、複数の人が集まって議論を行い、最終的に全員が納得する、あるいは少なくとも反対しない形で意思決定を行うプロセスです。目的は特定の議題に対する意思決定と、その決定に対する関係者全員の合意形成、そして共同の責任を持つことにあります。
これらの差分を表にまとめると以下のように整理できます。
特徴 | 集合知 (Collective Intelligence) | 合議 (Consensus / Deliberation) |
---|---|---|
目的 | 新しい知見の発見・創出、より正確な予測、問題解決 | 特定の議題に対する意思決定、関係者間の合意形成 |
プロセス | 個々が独立した意見を出し、それを統計的に集約・統合する | 参加者が意見を出し合い、議論し、調整することで共通の合意点を見つける |
アウトプット | 個人の知識を超える革新的なアイデア、高い精度の予測 | 全員が受け入れる意思決定、共通の行動指針 |
責任 | 個人の責任は希薄(集団の結果) | 参加者全員の責任(共同責任) |
効率 | 大量のデータ処理や予測には向くが、意思決定には不向きな場合がある | 時間がかかることが多いが、決定後の実行の確実性が高まる |
これらを混同してしまうと、以下のような問題が発生してしまうため、これらは明確に区別して理解することが必要です。
-
意思決定が遅くなってしまったり、または意思決定ができない状態に陥る
- 集合知は意見の収斂ではなく、多様な意見の集約に本質がある
-
独創的なアイデアの喪失
- 集合知の強みである多様な意見や、少数派の革新的なアイデアが、合議の過程で平均化されたり、多数派の意見に埋もれてしまう可能性がある
-
集団思考の発生リスク
- 集合知がうまく機能するには、個々の意見が独立していることが重要だが、合議のように議論を重ねる中で、他人の意見に同調したり、意見の偏りが生じる可能性がある
そして、最後に意思決定者が不在という誤解についてですが、これは集合知によって起こる問題ではありません。集合知は意思決定をサポートし、その質を高めるための強力なツールであり、意思決定者の判断をより賢明なものにするためのものです。集合知どうこうとは関係なく、意思決定権は状況に応じて適切に決めておく必要があります。
8. FASTにおける集合知の活用方法
それでは、具体的な活用シーンと効果的な引き出し方を紹介します。
最も集合知が発揮されやすいのは、FASTミーティングです。FASTミーティングは以下の3部制に分かれており、それぞれ以下のような意味が定義されています(詳細は割愛します)
- 1部:バリューサイクルの完了
- 2部:バリューサイクルの開始
- 3部:マーケットプレイス
1部においては、チームスチュワードがそのバリューサイクルで何をし何を学んだかを共有します。これにより、コレクティブが共通の理解を得ることで、集合知が強化されます。逆に言うと、この1部での共通理解が不足していると、発揮できる集合知もたかが知れているということです。
3部においては、マーケットプレイスボードを用いてチームが仕事を中心に自己組織化されます。チームスチュワードが仕事を提案し、メンバーは自分が最も貢献できると考える仕事に自律的に参加します。コレクティブは提案された仕事やチーム構成を評価し、調整を行うことで、個々の知見が統合され、最適なチームが形成されます。この際、合議でマーケットプレイスボードを完成させる必要はありません。その時点におけるコレクティブの集合知により作られたマーケットプレイスボードが、その時点のコレクティブにおいては最適であるはずだと、そういう前提に立つ必要があると考えています。
さまざまな問題が発生した際にも、コレクティブアグリーメントに基づいて、自己管理的に解決することが求められています。この際も、すべてを合議にする必要はありません。その時点のコレクティブの集合知を使って解決すれば良いのです。スウォーミングを実現するために、何を選択し何を捨てるのかも、合議である必要はありません。集合知を用いて、最適と思う意思決定をすれば良いのです。
9. 流動的なチーミングと集合知の関係性
改めてですが、流動的なチーミングとは、メンバーが仕事を中心に自己組織化し、マーケットプレイスボードを用いて柔軟にチームを形成することです。これが実現されると、従来のサイロ化が解消され、組織全体で情報共有が活発化し、異なる部門や職能の人々がお互いの仕事や価値を理解しやすくなります。
この柔軟なチーム形成は多様性と集合知の関係を深めます。様々な専門性や視点を持つメンバーが仕事に応じて協働することで、個々の知見が統合され、より豊かで創造的な解決策やアイデアが創発されます。
このような相乗効果がありつつも、流動的なチーミングの精度を上げるためには、集合知を強化する必要があります。集合知が強化されることで、より適切なチーミングが可能になります。また、集合知を強化するためには、流動的なチーミングを実現し、組織全体で情報共有が活発化される必要があります。
つまり、流動的なチーミングと集合知は、依存関係にあり相乗効果を発揮するということです。
そして、これらはFASTのスケーラビリティを実現する上でも不可欠です。集合知を用いた流動的なチーミングを実現することができれば、個別のチームが別々に動いているように見えても、同じ目標に向かって全力を出すことができているはずです。これは絶対的なリーダーを置かずとも、個別最適が積み重なることで、全体最適に繋がるという考えだと私は理解しています。
10. まとめ
だいぶ長くなってしまいましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。FASTにおける流動的なチーミングと集合知について、誤解されがちな点を中心に解説してきました。
改めて要点を整理すると、FASTにおける流動的なチーミングと集合知は、一見すると矛盾する概念のように見えますが、実は密接に関連し合い、FASTの真の価値を実現するための重要な要素です。
流動的なチーミングは、無秩序なチーム編成ではなく、仕事を中心とした意図的な自己組織化の仕組みです。FASTミーティングのマーケットプレイスを通じて、メンバーが自律的に貢献できる仕事を選択し、適切なチームを形成します。これにより、サイロ化を解消し、知識やスキルの共有を促進することで、組織全体の適応性とスケーラビリティを最大化します。
一方、集合知は、個人の知恵を寄せ集めることではなく、多様な意見や知識を統合することで、個人では到達できない革新的な解決策を創発的に生み出す現象です。合議制とは異なり、独立した意見の集約と統合に本質があります。
この2つの概念は相互に依存関係にあり、流動的なチーミングが多様性を促進することで集合知を強化し、集合知が向上することでより適切な流動的なチーミングが可能になります。この相乗効果により、絶対的なリーダーを置かずとも、個別最適が積み重なることで全体最適を実現できるのです。
そして、これらの概念を正しく理解し実践するためには、FASTの「価値」「原則」「柱」を深く理解することが不可欠です。手前味噌ですが、もし「価値」「原則」「柱」についても知りたい方は、以下の記事も合わせてお読みください。
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