Mapping the Prompt (MTP):普遍語の地図 — AI との対話を「UX」として再定義する
Mapping the Prompt (MTP) の設計思想を解説するシリーズ記事の第一弾です。
はじめに
生成 AI(LLM)との対話は急速に高度化しています。
しかし、そのインターフェースは依然として「テキストチャット」という旧来の枠組みに留まっています。
AI は、テキストの背後にある私たちの**「意図」**をどのように読み解いているのでしょうか。
そして私たちは、その曖昧で感覚的な意図を、どうすればより正確に、直感的に伝えられるのでしょうか。
本稿では、AI との対話を「もっともらしい」応答から一歩進め、ユーザーの感性やニュアンスを反映させるための新しいフレームワーク Mapping the Prompt(MTP) を紹介します。
20 ノード構造:普遍語としての「感性の地図」
MTP の中心は、20 個の「普遍語」ノードから構成される独自の分類体系です。
これは、かつてのカセットテープの A 面と B 面のように、性質の異なる二つの層で成り立っています。
- A 面:「Start」「Open」「Power」「Return」「Grow」「Helix」「Focus」「Enter」「Flow」「Close」といった、明快で前向きな性質のノード。
- B 面:「Still」「Void」「Abyss」など、より深いニュアンスや裏側を表現するノード。A 面を補完し、対話に奥行きを与えます。
Mapping the Prompt(MTP)の A 面の 3x3 グリッド
| Open | Power | Return |
| Grow | Helix | Focus |
| Enter | Flow | Close |
UI 利用: Mapping the Prompt(MTP)の A/B 面を統合したグリッド
普遍語は覚える必要はない
ノードの名称はあくまで概念を示すものであり、暗記する必要はありません。
例えば、赤いネクタイは情熱と活力を与え、青いネクタイは信頼と落ち着きを与えるといった具合です。
MTP の設計思想は、ラベルではなく 色と空間で直感的に操作できること にあります。
UI 上では、東洋の五行思想(木・火・土・金・水)を基盤にしたグリッドや色相環で表現されます。これにより、抽象的な意図を視覚的な座標として捉え直すことができます。
| | 火 | |
| 木 | 土 | 金 |
| | 水 | |
| 黄 | 赤 | 紅紫 |
| 緑 | 透明 | 白 |
| 水色 | 青 | 紫 |
これらの普遍語は、感性の地図を示す**「座標」**として機能するのです。
CMYK と RGB の補完関係
| Y | R | M |
| G | T | K |
| C | B | P |
この配置は、加法混色(RGB, 光) と 減法混色(CMYK, 色材) の関係に基づいています。
MTP の普遍語を色の補完関係に結びつけることで、概念を二重の座標系で理解できます。
-
中央の空白 =
T(Transparent)
「Helix(螺)」ノードは五行思想の「土」に対応し、他の要素をつなぎ、調和させる中立的な役割を担います。
T(透明)は色を持たず、周囲を透過させ、互いに作用させます。これは、対話における方向性を定めない余白であり、多様な解釈や発想を許容する「ワイルドカード」として機能します。 -
右下の
P(Purple)
紫は、RGB では「青(B)」と「赤(R)」の加法混色、CMYK では「マゼンタ(M)」と「シアン(C)」の減法混色によって生まれる色です。
二系統の混色が交わるこの位置に紫を置くことは、理論的にも象徴的にも自然です。紫はしばしば境界や転換の色とされ、MTP においても多義的な解釈を導く位置づけになります。 -
右中央の
K(Key / Black) と White の対比
CMYK におけるKは「Key plate(黒)」を意味し、収束点としての黒を表します。一方、RGB では三原色が重なると「白色光」となります。- 白は「光がすべて重なったときの発散」
- 黒は「色材がすべて吸収したときの収束」
この対比は、MTP が発散と収束の両義性を併せ持つことを象徴しています。
補完関係が示すこと
MTP は抽象概念を色と空間に投影するだけでなく、加法(光)と減法(色材)の両方の視点で概念を操作できる枠組みを提供します。
これは、単なる「色彩表現」ではなく、二重の論理構造を持つ座標系として、AI との対話を多層的に支える可能性を示しています。
UI 操作:対話空間における「新しいマウス」
MTP では、以下の 3 つの要素を使って、対話の状態を視覚的に操作します。
- Vertex(バーテックス, 点):プロンプトの特徴や分類されたアンカー(基準点)
- Gizmo(ギズモ, 平均点):セッションの重心を示す操作ハンドル。複数 Vertex の平均座標として算出
- Transformed Gizmo(変換後のギズモ):ユーザーが希望する目標座標。出力のトーンや挙動を直接制御
これらの UI 操作により、AI が生成した応答を自己評価し、セッションの状態を 「意図からのズレ(ドリフト)」 として可視化できます。
ユーザーはそのズレを直感的に補正し、対話を望む方向へと導くことが可能になります。
レコードやカセットテープのような A/B 面
MTP:AI ネイティブな UI コンポーネントとしての再定義
MTP は単なる補助ツールではありません。
AI との対話そのものを再定義する、AI ネイティブな UX レイヤーです。
意図の座標化と共有
「少し憂鬱な曲」といった曖昧な指示を、MTP は「Flow ノード(青)と Enter ノード(シアン)の座標」といった具体的データに変換します。
これにより、ユーザーと AI は意図を共通の空間で理解・操作できるようになります。
トーンとリズムの直接操作
MTP の UI は単なるスライダーやボタンではなく、セマンティック・コントローラーです。
ノードをドラッグするだけで、AI のトーンやリズムを直感的に制御でき、これはまさに 「対話空間における新しいマウス」 と言えます。
非擬人化と倫理的デザイン
MTP の目的は AI を人間らしく見せることではありません。
むしろ、人間の曖昧さや感情の揺らぎをノイズではなく 「表現のシグナル」 として扱います。
この設計思想により、AI は曖昧な要求を共創的なインターフェースへと変換し、より人間的で豊かな対話を実現します。
例: スタイルの切り替えを直感的に
グローバルな潮流との接続
OpenAI の共同創設者 Sam Altman 氏は、次のように述べています。
「AI は静的なテキストチャットから、文脈に合わせて動的に生成される UX へと移行する」
これは、MTP の方向性と完全に一致しています。
MTP は Altman 氏が示す未来像を、実装可能な UI コンポーネントとして提示しているのです。
技術的統合と将来性
MTP は既存の技術スタックに、例えば HTML カスタム要素 <intent-map> のような形で統合可能です。
これにより、テキストプロンプトを保存するだけでなく、**ユーザーの意図の軌跡を「空間データ」として記録する「意図ログ」**を生成できます。
この仕組みにより、AI は対話ごとに異なる「感情的な記憶」を構造化された形で保持でき、パーソナライゼーションやモデル調整に新たな道を開くことになります。
例: インタラクティブな MTP UI の生成
まとめ
MTP は、AI との対話に 「意図の共有」 という新しいレイヤーを導入します。
それは単なる UI の工夫にとどまらず、私たちの思考様式そのものを拡張する提案です。
感性の地図を AI と共有することで、より直感的で人間的なコミュニケーションが可能になり、AI との共同作業を次のレベルへと引き上げることができるでしょう。
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