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フツーのデータベースとしてのSpannerを使うには

2024/12/17に公開

この記事の目的

Spannerはスケーラビリティに優れたデータベースであると説明されることの多いデータベースです。スケーラビリティの面が強調された結果、「Spannerは何か特殊なデータベースではないか」「名前は聞いたことあるけど、普通のアプリケーションでは使えないんでしょ」というイメージを持たれていると感じています。スケーラビリティに特長があるのは事実ですが、データベースとしてみるとテーブル定義とデータ型があり、トランザクションが実行可能で、SQLでクエリーや更新ないわば「普通のリレーショナルデータベース」としての側面もあります。

実際にSpannerを普通のリレーショナルデータベース(以下、RDB)として使うと、MySQLやPostgreSQLとどこがどのように違うのか、どこを意識すればアプリケーションの移植が可能であるかという解説をしたいというのがこの記事の目的となります。後半では普通のRDBと比較してSpannerのスケーラビリティ以外のメリットについて解説します。

Spanner はどれぐらい普通のRDBか

SpannerはGoogleが開発した分散データベースです。2012年に論文として発表されて、当初はGoogle社内のサービスで使われておりましたが、その後に2017年にはクラウドサービスとしても一般に利用可能となりました。当初は専用のAPIでのアクセスのみが提供されていましたが、2017年の論文でSQLによるアクセス方法も実装したことが発表されました。

Spanner以前にもGoogle社内にはBigtableというキーバリューストア(KVS)の一種であるワイドカラム型のデータベースは存在しました。KVSはスケーラビリティやレイテンシーに優れていますが、アプリケーションを開発するという観点ではそのままでは使いにくい場面もあります。複雑なアプリケーションを実装するにはRDBと併用するか、トランザクションの仕組みを独自に実装する必要が出てきます。Spannerでは開発者にとってより使いやすいデータベースを目指してリレーショナルモデルを採用しました。そのため、RDBで慣れ親しんだテーブル定義があり、カラムにはデータ型が存在し、トランザクションによりアトミックな操作が可能です。

クエリーはSELECTで行うことができ、更新はINSERT,DELETE,UPDATE文が使えます。経緯のところでもご紹介した通り、Spannerの開発当初はAPIによる更新のみが提供されている時期がありました。現在でもAPI(ミューテーション)での更新も利用可能です。バルクロードしたいときなどSQLを書くほどではない場面では、今でもミューテーションの方が便利なときもあります。

Spannerがサポートしている現代的なRDBに求められる機能を列挙してみました。

一覧をみて、一般的なアプリケーションから使う機能は一通り揃っているなと実感いただけるのではないかと思います。

接続ライブラリ

接続されないことには話が始まらないので、まずは接続ライブラリから始めます。
Spannerはクライアントアプリケーションとの接続にgRPCを使います。これは既存のRDBとは異なるため、クライアントライブラリは専用のものが開発されています。対応プラットフォームは以下の通りです。

  • C++
  • C#
  • Go
  • Java
  • Node.js
  • PHP
  • Python
  • Ruby

クライアントライブラリはいわばSpannerへのネイティブの接続方法です。
ライブラリの使い方はさほど特殊でありませんが、Spannerに独自の概念を利用するために一般的なRDBのドライバーと少し違う部分もあります(たとえば、SQL以外での更新方法もサポートしている、トランザクションのリトライを考慮しているなど)。
新規のアプリケーションでSpannerのフル機能を活用されたい場合はこちらの使用もオススメですが、一般的なRDBのドライバーに慣れておられる場合や既存のアプリケーションの移植では後述のドライバーを使う方が良い場合もあります。

クライアントライブラリとは別にドライバーというものも提供されています。
クライアントライブラリがSpannerに接続するための専用のライブラリであるのに対して、ドライバーは各言語向けのデータベースを扱うための汎用的な仕組みに沿うようにクライアントライブラリをラップしたものです。具体的にはたとえばJavaでのJDBCやGoのdatabase/sqlがそれにあたります。この仕組みに乗って操作していれば、データベースがMySQLやPostgreSQLでも多くの操作を共通した記述で行うことができるものです。

ORマッパーもドライバーの一環として提供されています。たとえばJavaのHibernateやRubyのActive Record、PythonのSQLAlchemyなどです。これらを使えば既存のアプリケーションの移植に際して、SQLの書き換えも必要がありません。

ドライバーは既存アプリケーションを移植するときには便利ですが、Spannerの独自機能などには対応していない場合もあります。各ドライバーとSpannerの機能の対応状況は対応表があります。

まとめると、まったく新規のアプリケーションの場合はクライアントライブラリを使うと良いですが、既存のアプリケーションの移植したいときや開発者にノウハウがあるフレームワークやドライバーからの移行の場合はSpannerのドライバーが便利です。

PostgreSQL互換ドライバー

Spannerはアプリケーションとの間の通信をgRPCを使った独自プロトコルを使っていますが、これをPostgreSQLのワイヤープロトコルに変換するPGAdapterも提供されています。これを使えば、アプリケーションもPostgreSQLへの接続ドライバーをそのまま利用できますので、移植の手間がひとつ省略できます。

PGAdapterはライブラリや独立したソフトウェアのいずれの方法でも利用できます。スタンドアロンでも実行できますし、アプリケーションがコンテナで実行されている場合はPGAdapterをサイドカーとして実行されると良いでしょう。

認証

RDBへの接続にはIDとパスワードの組み合わせを利用されることが多いと思います。Spannerの場合はIAMで認証と認可を行います。

Spannerに限定される話ではありませんが、IAM認証ではアクセスキーを使います。
固定のアクセスキーをファイルに記述して利用する方法は、漏洩のリスクやローテーションの問題があるため、サービスアカウントを利用することがお勧めです。実行環境がAWSやAzureだった場合にはWorkload Identity連携を使うことで、やはり同様の仕組みは実現可能です。

クラウドでの認証方式に慣れておられないとIDとパスワードに比べて煩雑に感じられるかもしれませんが、IAMでの認証はクラウドのサービスを使う上では必要な認証になりますし、IAMとデータベースで二重管理にならずローテーションや漏洩のリスクを避ける手段が確立されているというメリットは大きいと思います。

プライマリキー

ここがRDBとSpannerの一番の違いかもしれません。SpannerにはAUTO INCREMENTはありません。代替としてシーケンスとBIT_REVERSE関数があります。

じゃあ、AUTO INCREMENTを使っているところは機械的にこれに書き換えればいいかと言うと、それはちょっと待ってください。AUTO INCREMENTをプライマリキーとして使う場面の多くで必要なのは以下のような条件ではないでしょうか。

  • データベース側で自動採番される
  • 一意性がある
  • 追記順(昇順)

このとき単調増加する、つまり追記順が保証されている性質が必要ないのであれば、UUIDなど衝突の恐れがほぼない一意な文字列を使うという方法もあります。UUIDの自動生成をデフォルトとすることにより、データベースで自動的に生成され重複がないという目的は達成することが可能です。

追記順が維持されている必要がある場合には、BIT_REVERSE関数が有効です。

プライマリキーとして単調増加する数値を使うべきでない理由は負荷の集中する箇所(ホットスポット)が発生し、それがインスタンス全体の性能のボトルネックになるためです。回避策としては単調増加して欲しい範囲が限定できるか検討する。たとえば、マルチテナントで各テナントの範囲内でのみ昇順・降順の並び替えが欲しいのであればインターリーブインデックス(簡単に言うとテーブルとインデックスを物理的にまとめて配置する方法)を作るという方法が考えられます。また、更新頻度が高くないのであれば極端に昇順・降順を忌避する必要がない場面もあります。たとえば、更新頻度が高くないマスタテーブルでは昇順のキーをつかっていたとしても性能のボトルネックとはならないためです。

SQL

Spannerは2種類のSQL方言をサポートしています。ANSI準拠のGoogleSQLPostgreSQL互換です。SQLにはANSI標準があるものの、RDBの実装ごとに拡張が多い言語です。そのため、標準へ準拠によって相互運用性が保証されるわけではありませんが、基本的な構文については概ね互換性があります。

MySQLを使っている小さいアプリケーションを数本移植した感触としては、SQLの構文レベルでの互換性があるため多くの場合はそのままで動作しましたが、関数名や引数の取り方など表記違いの箇所は書き換えが必要でした。

INSERT 〜 ON DUPLICATE KEY UPDATE

MySQLではINSERT時にすでに同じプライマリキーのレコードが存在した場合には更新を、なかったときには追記をするという INSERT 〜 ON DUPLICATE KEY UPDATE構文があります。PostgreSQLではINSERTのON CONFLICT句がそれにあたります。この構文は便利なのでアプリケーションで使われることも多いと思います。

この機能はSpannerのINSERT OR UPDATEという構文で実現が可能です。この構文がサポートされる前はトランザクション中でSELECTによる存在確認と、アプリケーションロジックでの分岐によってINSERTUPDATEを出し分ける必要がありました。この部分の書き換えはロジックの変更を伴うため移植のハードルでしたが、現在はこの構文を使うことにより書き換え箇所を大幅に省略できます。

対話的操作

DBを使うアプリを開発しているとMySQLにおけるmysqlコマンド、PostgreSQLにおけるpsqlのようにCLIでSQLを実行し、サッと結果を確認したい時があると思います。Spannerではクラウドサービスとして提供しているため強力なウェブインターフェイスが提供されていますが、CLIで操作するためのコマンド spanner-cliも開発されています。

SELECT文のクエリーを実行する、DMLで更新する、トランザクションを発行する、ヒストリとライン編集機能など基本的な操作が揃って。その他には実行計画を表形式で表示する、バッチモードで結果をテキストに書き出すなども可能です。Spanner特有の機能としては優先度の指定、トランザクション・リクエストタグをつけて実行なども可能です。

個人的にはロックの挙動を確認するときに、複数のターミナルから横に並べつつ実行してトランザクションを開始してDMLを実行するなどの操作をspanner-cliで行ったりしています。

ちなみに、gcloudコマンドのspannerサブコマンドからSQLを実行することも可能です。

スケーラビリティ以外でのSpannerのメリット

スケーラビリティについては他の記事などでも散々触れられているので、それ以外の話題を中心にSpannerのメリットを解説します。

可用性が高い

Spannerはリージョナル構成で99.99%、マルチリージョンとデュアルリージョン構成で99.999%の可用性のSLAが提供されています。後述の通りメンテナンスウィンドウもないため、この可用性にはメンテナンスウィンドウを除くといった注釈もありません。

メンテナンスの手間がない

Spannerには内部にコンピュートノードという概念がありますが、ノードへのハードウェアメンテナンスがある場合にもダウンタイムはありません。コンピュートとストレージが分離されており、コンピュートは物理的実体の上で動作してしていますがそれぞれのコンポーネントは冗長構成となっており、各コンポーネントをダウンタイムなく交換できるためコンピュートのメンテナンスが必要な場合もダウンタイムなしで自動的に実行されます。

これはソフトウェアの更新に関しても同様です。ソフトウェアの更新は順次適用され、更新中にダウンタイムなども生じません。そのため、ソフトウェアアップデートのためのメンテナンスウィンドウの概念も存在しませんし、パッチ適用のためのサービス中断の調整なども必要ありません。

2022年にはSpannerでストレージのレイアウトを変更したという記事を公開しました。ストレージのレイアウト変更はRDBではメジャーバージョンアップで行われるような大きな変更ですが、こういった変更もダウンタイムがないように計画と実施されました。

グラフデータベースとしても使える

2024年8月にSpannerはグラフデータベースへの対応を発表しました。Spannerのグラフデータベース対応はリレーショナルデータベースを拡張する形で提供されます。通常通りテーブルに書き込んだデータに対して、グラフとしてアクセスするときの定義を追加することで、SQLに加えてグラフ用のクエリー言語であるGQL(Graph Query Language/GraphQLとは異なります)でもアクセスできるようになるというものです。

リレーションデータベースで複数のテーブルをJOINして結果を得るSQLをよく使われると思います。このような処理はグラフ操作でのノード間の接続をたどる操作に相当します。GQLはグラフをたどる処理がシンプルに記述できます。グラフデータベースでなければ絶対に解けない問題は多くありませんが、SQLで記述すると非常に複雑になる処理もGQLで記述するとシンプルに書ける場合があります。GQLとSQLは混ぜて使うこともできるため、グラフ処理で書きやすい部分はGQLでそれ以外の部分はSQLといった混在も可能です。

データ自体はテーブルにあるため、グラフ操作のために既存のテーブルからデータを移動して二重に持ったり、データを同期する仕組みを作る必要がありません。

全文検索としての機能

全文検索の機能自体は多くのRDBで実装されています。Spannerの全文検索機能は、GoogleのWeb検索で培われた自然言語処理の技術を活かして多言語対応をしているのが特長です。

また、全文検索は更新頻度が高いと全文検索用のインデックスの更新がボトルネックとなる場合がありますが、Spannerでは書き込みのスケーラビリティを向上させる仕組みがあるためノード数を増やすことで書き込み性能もスケールアウトすることが可能です。

Google Cloudの他サービスとの親和性が高い

SpannerはBigQueryを始め、Google Cloudのサービスと連携できます。
SpannerのデータをBigQueryで分析したいときには、DataBoostという仕組みを使うことでSpannerのインスタンスに負荷をかけることなくデータが連携できます。逆にBigQueryで分析した結果を書き戻したい場合には、リバースETLを使えばBigQuery上ではクエリーを書くだけで連携できます。

その他、汎用的なCDCの仕組みであるDatastreamでデータを書き込むVertex AIを使ってMLのモデルで推論を行うなども可能です。

まとめ

この記事では、Spannerを従来のRDBとして活用する方法について解説しました。主なポイントは以下のとおりです。

  • Spannerはスケーラビリティだけでなく、従来のリレーショナルデータベースと同様の機能(SQL、トランザクション、データ型など)を備えている。
  • Spannerへの接続には、クライアントライブラリとドライバー(JDBC、ORMなど)の2種類の方法がある。既存アプリケーションの移植にはドライバーの使用が有用です。
  • プライマリキーの設計においては、AUTO INCREMENTの代替としてUUIDやBIT_REVERSE関数などを検討する必要がある。
  • Spannerはスケーラビリティに加えて、高可用性、メンテナンス不要、グラフデータベース機能、全文検索機能など、多くのメリットを提供する。

これらの点を理解することで、Spannerをより効果的に活用し、アプリケーション開発に役立てることができるでしょう。

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