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衛星画像を活用した事業開発の現状・課題・打開策

2025/01/04に公開

はじめに

衛星画像・衛星データ(以下「衛星画像」と呼びます)を活用した事業開発では、日々悩むことが多いです。どうすれば衛星画像の利用を広げられるのか、衛星画像を上手く活用した事業アイデアはないのか――そんな思いから、SNSを中心に様々な媒体で情報収集を続けています。

先日、日本衛星データコミュニティにて「衛星画像を活用した事業開発」というテーマで第4回勉強会を開催させていただきました。普段からあれこれ考えているのですが、資料を作成・発表する際に、頭の中を十分に整理しきれていないと感じていました。そこで年末年始の機会を活かして改めて考えをまとめ、本記事に備忘録として残すことにしました。ちなみに、第4回勉強会の資料は以下のリンクから閲覧できます。

https://zenn.dev/syu_tan/articles/fed1603c43de60

なお、タイトルの「衛星画像を活用した事業開発の現状・課題・打開策」と一口に言っても、組織や個人によって直面している状況や経験は様々だと思います。多様な視点や意見があると思いますので、コメント欄やSNSでご意見をいただけると嬉しいです。

当然ながら、本記事はあくまでも個人の意見となり、所属組織とは一切の関係はありません。

衛星画像ソリューションの現状

衛星画像ソリューションの市場全体を俯瞰してみると、図1のようにざっくりと整理できると思います。

 

図1:衛星画像ソリューションの市場全体の俯瞰図

 
KGI(重要目標達成指標)である「衛星画像ソリューションの市場全体の売上」は多様な切り口から分析可能です。今回は「toG市場の売上」「toB市場の売上」「toC市場の売上」の3つに分けて考えてみます。さらに各切り口をブレイクダウンすると、「単価」「顧客数」「プロダクト数」「セクター数」といった要素が、ビジネス上の重要な指標として浮かび上がってきます。

一般的な製品・サービスでは、「プロダクト数」や「セクター数」はあまり含まれないことが多いですが、衛星画像ソリューションにおいては大きな意味を持つと考えています。その背景として、現在の衛星画像ソリューションのビジネスモデルが、single-use(特定の目的に限定)かつsingle-customer(特定の顧客に限定)になりやすい点が挙げられます。これは顧客ごとにニーズが多少なりとも異なるため、複数の顧客へ一斉に横展開することが難しいためです。

筆者の情報収集範囲では、衛星画像ソリューション企業は、「顧客数」と「プロダクト数」の両方を増やすことに注力しているように見えます。ただし、「注力している」というよりは、「注力せざるを得ない」という表現がより正確だと感じます。先述のとおり、衛星画像ソリューションのビジネスモデルは「single-use, single-customer」モデルであるため、売上を伸ばすには必然的に「顧客数」と「プロダクト数」を連動させて増やさざるを得ないからです。また、特定のセクターに限定せず事業を展開する企業の場合は、「顧客数」「プロダクト数」に加えて、「セクター数」も同様に増やせるかどうかが大きなカギを握ります。

こうした現状のビジネスモデルの構造上の制約が理解できると、衛星画像ソリューションの事業開発において、各企業がより幅広い顧客獲得や複数プロダクト開発に力を注いでいる理由が見えてきます。

※「single-use, single-customer」という用語は、SpaceNews「Why the Earth observation business model is flawed – and what must change」から引用。良い用語と思いました。

衛星画像ソリューションの課題

では、衛星画像ソリューションの市場全体の売上を高めるには、どのような施策があるのでしょうか。当然ながら「顧客数」を増やすことです。

他の要因が変わらない場合、顧客数が増えれば売上が伸びるのは自然な話です。一方で、「顧客数」以外の要因、例えば「プロダクト数」を増やしたところで、顧客のニーズは異なるので、それが必ずしも「顧客数」の増加に繋がるとは限りません。したがって、売上を伸ばすためには、まず第一に顧客数をいかに拡大できるかが重要になります。このため、衛星画像ソリューション企業各社は、MoUなどを通じて顧客獲得の取り組みを積極的に進めています。
 

図2:衛星画像ソリューション会社の注力領域

 
しかし、実際のところ、どの企業も(真の意味での)顧客獲得において厳しい状況に置かれている印象を受けます。その根本的な原因は、ビジネスモデル自体が「single-use, single-customer」モデルであるからです。single-use, single-customerゆえに、顧客ニーズを個別で把握・理解する必要があり、また、新たな顧客を獲得するたびに個別のプロダクトを検討・開発する必要があり、低単価を設定しづらいという課題も生じます。つまり、ある程度の単価を見込めるソリューションでなければ、衛星画像ビジネスとして成立しにくいということです。

ここで、「ある程度の単価」の確定的に定義しにくいですが、筆者の経験や各企業が上場を見据えていることを考え、1,000万円以上として話を進めます。「single-use, single-customer」という現状のビジネスモデルを踏まえると、衛星画像ソリューション企業は、1,000万円以上の単価が狙えるソリューションを発掘して開発し、顧客を獲得する必要があるわけです。

ということで、「衛星画像ソリューションで1,000万円以上の価値を提供できるのか?」「1,000万円以上の予算を衛星画像ソリューションに割ける企業•セクターはあるのか?」といったことを念頭に事業開発を進めることになります。が、正直なところ、筆者自身、現状、そうしたセクターは安全保障や防衛分野以外に良いアイデアはありません。

巷では注目されているサービスがありますが、衛星画像の貢献度や価値が本当の意味で立証されているのか不明なため、そういったものは除外して考えています。

「single-use, single-customer」モデルが生じる理由

衛星画像を活用した事業開発を考えるうえで、必ず検討すべき基本要件があります。それは「解析対象」「解像度」「観測頻度」「観測場所」の4つです。

 

図3:衛星画像を活用した事業開発の基本要件

 
衛星画像ビジネスが「single-use, single-customer」モデルになりやすい大きな理由としては、この4つの要件が顧客ごとに異なることが挙げられます。例えば、固定資産税向けに衛星画像を活用するソリューションでは、「解析対象」「解像度」「観測頻度」はある程度統一できても、「観測場所」は顧客によって変わります。具体的には、福島県を解析して得た結果が東京都にそのまま流用できるわけではありません。そのため、単一の顧客向けに個別のプロダクト(解析作業といった方が正しい表現かもしれません)を提供することになり、結果的にsingle-use, single-customerに留まってしまいます。本来であれば、目指すべきは「single-use, multiple-customer」モデルや「multiple-use, multiple-customer」モデルといえますが、現状はそう簡単にはいきません。

上記4つの要件を踏まえて、「single-use, multiple-customer」モデルや「multiple-use, multiple-customer」モデルを実現しようとすると、特に「観測頻度」と「観測場所」で大きな壁に直面します。「解析対象」「解像度」については、現状で最高クラスの30cm解像度を使用すれば賄えます。しかし、「観測頻度」「解析場所」は顧客ごとのニーズに合わせて統一するのが非常に難しいです。技術的には、例えば日本全土の衛星画像を購入すれば解決できるかもしれませんが、その場合はデータ費がほぼ線形的に増えていきます。そうなると、それだけのコストを回収できるだけの顧客数を確保しなければならず、現状ではそれが難しいため、「観測頻度」と「観測場所」を一律に揃えることは実質不可能となっています。

このような事情から、衛星画像ソリューション企業は、意識の有無にかかわらず、無料の衛星画像を中心としたソリューション展開をしているのが見受けられます。「展開させられている」といった表現の方が、現状を正確に言い表しているかもしれません。

「single-use, single-customer」モデルをどう脱却するか

上記の内容を踏まえると、「single-use, single-customer」モデルを脱却するためには、「単価」に含まれるデータ費の大幅な低減が避けて通れないと考えています。もちろん、技術的・会社戦略的な工夫などの他の方法も考えられるとは思いつつ。しかし、データ費である衛星画像の価格を決定しているのは衛星画像ソリューション企業ではなく、衛星プロバイダーです。両者は同じ方向性を持っているようでいて、必ずしも利害が一致しているわけではありません。そのため、ソリューション企業が望むようなレベルにまで衛星画像の価格を下げるのは難しいと考えられます。

では、衛星画像ソリューション企業に何ができるのでしょうか。唯一の手段としては、データの使用量、つまりトランザクションを圧倒的に増やすことです。幸いなことに、現在は衛星プロバイダーが多様化しており、大量のトランザクションを獲得できれば、複数のプロバイダーに対して交渉力を持てるようになります。その結果、「single-use, multiple-customer」モデルや「multiple-use, multiple-customer」モデルの導入ハードルが一気に下がり、単価を柔軟に設定できるようになります。こうして単価が1,000万円以上の顧客層しか対応できなかった状況から、それ以下の顧客層にもサービスを拡大できるようになり、顧客数が一気に拡大する可能性が高まります。ただし、鶏と卵の話になることは言うまでもありません。

また、データが十分に揃えば、解析作業を一括で行えるようになり、顧客ごとに個別対応する必要もなくなります。加えて、プロダクトの検討・開発も格段に容易になるなど、様々な恩恵を受けることができます。

したがって、「single-use, single-customer」モデルを脱却するためには、最終的にはいかにデータ費を安く設定できるかが決定的なポイントとなると考えています。とは言いつつ、その道のりは非常に険しいと感じています。。

その他の取り組み・活用の可能性

ここまで述べてきた内容は、あくまで「toG市場」「toB市場」に関するものです。筆者が有望だと考えているのは未開拓市場である「toC市場」です。衛星画像は広範囲を撮像しているため、その範囲に含まれる情報の中には、画像の対象地域やそこに暮らす人々にとって重要な意味を持つものがあるはずです。もしその情報を上手く抽出できれば、画像内の全ての人にとって有益なものとなり、複数の顧客が同時に利用できる「single-use, multiple-customer」モデルや「multiple-use, multiple-customer」モデルを実現できる可能性があります。

実際、toC市場では、このモデルが自然に成立しやすいと考えています。逆に、toC市場において single-use, single-customerが成立するのは基本的に想定しにくく、あったとしても非常に稀なケースだと思います。

以上を踏まえると、衛星画像ソリューション企業が取り組むべき今後の施策の一つとして、toC市場向けのソリューションやサービスの検討・開発とは十分に考えられます。筆者個人としても、現状を考慮すると、これが最優先で取り組むべき事項ではないかと考えています。

おわりに

今回は、衛星画像を活用した事業開発の現状・課題・打開策について、筆者自身が考えていることをまとめました。細かい部分にいろいろと突っ込みどころがあるのは重々承知していますが、今のところ思い描いている大枠が伝われば嬉しいです。

今回の記事では書きませんでしたが、以下のようなことも考えています。

  • プラットフォームは、single-use, single-customerモデルから抜け出せない
  • 衛星画像を活用する/したい企業の中に衛星画像エンジニアが雇用・駐在されるようになる
  • 衛星画像ソリューション市場は少人数でほどほどに稼ぐビジネスなのではないか

ご覧いただいた方は、ぜひコメントなどください。「自分はこう考えている!」という熱い思いがある方とは、オンラインでもオフラインでもお話しできると嬉しいです。意見交換を通じて、衛星画像利用の方向性や考えを更に深められればと思っています。

今後も、衛星データに関する情報を引き続き発信していきますので、よろしくお願いします。

衛星データコミュニティが設立されましたので、ご関心ある方はご参加ください。

https://zenn.dev/syu_tan/articles/593d27ec7f2de3

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