GitLabに学ぶ、コミュニケーション・バリュー・ドキュメント
はじめに
2025年になりました。年末年始は大掃除だけすませてダラダラしていました。
年末休暇に入る前は「あれも勉強しよう」「これも勉強しよう」と思っていましたが、いざ蓋を開けてみれば家族や友人とずっとゲームをしていました。Steamの売り上げに沢山貢献したのではないでしょうか。Steamステッカーください。
さて本題ですが、年末年始も読んでいた本が一冊だけあります。それが今回の主題にもなる『GitLabに学ぶ 世界最先端のリモート組織のつくりかた』(著:千田 和央)です。
なんとなくジャケ買い的に購入した本でしたが、チームや組織のありかたについて再考させられる良書でした。
何事にもベストプラクティスは無い、常に見直し・カイゼンが必要なのだという視点を忘れないようにしつつ、この本から学んだこと・感じたことをメモしていこうと思います。
すべての原点、ハンドブック
GitLabはオールリモート(GitLabではフルリモートと言わない)の働き方を採用しているそうですが、
- GitLab Value
- 仲間意識
- ワークスタイル
という3つの軸を元にコミュニケーションを含む働き方について本気で考え、力を入れています。
ちなみに昔ブラック企業で働いていた身からすると「仲間意識」という言葉に拒絶反応を感じますが、横文字で言うとフェローシップという感じでしょうか。同じくブラック企業出身の方は脳内でフェローシップに変換してください。
また、GitLabでは非同期のコミュニケーションをとても大切にしているといいます。この非同期の働き方を採用する上で大切なポイントの一つがハンドブックとドキュメントです。
GitLabのハンドブックには、会社の歴史やコミュニケーションのルールだけでなく、評価等についても記載があります。GitLabに勤める場合はこのハンドブックに記載されている内容を遵守する必要がありますが、このハンドブック、結構膨大な内容です。全部目を通すのはかなり時間がかかりそうです・・・。
SSoTという考え方
SSoTとは Single Source of Truth(信頼できる唯一の情報源) という概念です。
社内のドキュメントを探しているときに、「同じ名前のファイルが複数あるんだけど・・・」とか「探したら該当のドキュメントが見つかったのでそれを参考にしていたら、結構古い情報だった😭」といった経験はないでしょうか。
ドキュメントのメンテナンスは非常に面倒な作業ですが、非同期なコミュニケーションを必要とするチームではSSoTに基づいたドキュメントが必要不可欠です。本の中でも解説がありますが、一人に対しては10分程度のことでも同じ説明を10人に行えば100分かかってしまいます。一年に何名採用するかによりますが、規模が拡大するにつれて小さな説明のコストは大きくなっていきます。
ドキュメントを整えておけば組織の規模が拡大しても問題ありませんし、新しく来たメンバーがドキュメントの場所を分からなくても「ここにあるよ!」とURLを連携するだけで済みます。そして、GitLabはハンドブックを定義・公開することによってこれを実現しているようです。
余談ですが、Wikiに情報を集約するのは非推奨とされています。GithubやRedmineなど色々なツールにWiki機能がありますが、後々構造を変えたいと思ったときにWikiでは難しいというのが理由のようです。
カルチャーマッチ<カルチャーアド
最近の企業では採用や評価においてカルチャーマッチよりもカルチャーアドを大切にしているといいます。字面だけ見ているとマッチなのかアドなのか、大した違いはないように感じますが、カルチャーアドというのはカルチャーマッチとは似て非なるものです。
そもそもカルチャーマッチが何かというと、企業の文化(暗黙的な部分も含めて)に合っているか?という価値観です。極端な例を出すと、
- 毎週土曜日は社員で集まってBBQをしているので、積極的に参加すること
- 暗黙的に定時退社が禁止されており、毎日ちょっと残業していかないといけない
- 勤務開始30分前には出社し、フロアの掃除をする
などの風土にあっているか?という考え方です。ここまで極端でなくても
- コミュニケーションにおいて否定的な言葉を使わない
- 新しいことにチャレンジする
- 互いに感謝を忘れないこと
などもカルチャーに該当するのではないでしょうか。これらの風土・文化を明示し(もしくは周囲の様子から学び)、メンバーが遵守します。
対してカルチャーアドは、企業のカルチャーをより良くしてくれるか? という価値観です。
システムのアーキテクチャでも何でもそうですが、”一度決めたら見直しが不要なもの・こと”というのはほぼ存在しないと感じます。カルチャーも同様で、”今のままでいい・一度決めたらいい”訳ではなく、より良くできるという面から考えます。そして、「この人はカルチャーをより良くしてくれるか?」という視点で見るのがカルチャーアドです。ちなみに私はこの本で初めて知りました。
新しくメンバーが加わるということは、自社のカルチャーが外から見たときにどう見えるか?を知る機会でもあります。GitLabはこれを見直しの良い機会ととらえているようです。日本では(私だけかもしれませんが)郷に入っては郷に従えの考え方もあり、自分がどう感じるかよりもまず慣れる・馴染むことに重きを置いている気がします。だとすると、その考え方は改める必要があるかもしれないと私自身は感じました🤔
コミュニケーション
リモートワークにおけるコミュニケーションは課題に上がりやすいと感じます。隣に座っている人に声をかけるよりも、リモートで誰かと通話をするのは少し気が引ける・・・というケースもありますし、孤独感や疎外感を感じやすいのも問題です。
反面、膝を突き合わせたリアルでのコミュニケーションがすべて正解だったかというと疑問も残ります。そもそも職場のコミュニケーションにおけるルールや定義は少なく、ハラスメントに関してさえきちんと定義され禁止されたのは意外と最近の話です。調べてみたのですが、厚労省の資料によると2019年頃に労働施策総合推進法が改正されたようです(思っていたよりも最近でした)。
ここでやっと企業内のコミュニケーションにおけるルールが少し明文化されたのでしょうが、まだまだ定義化・見直しは不足しているのでは?と感じます。そもそも出社したときのコミュニケーションがすべて正なのであれば、ブラック企業に勤めていた時のコミュニケーションも正解ということに・・・😭
まぁ、あまり極端な例を出しても仕方ないのですが、兎にも角にもコミュニケーションのルールや見直し、よりよいコミュニケーションのあり方について考えることは必要です。
GitLabではこのコミュニケーションの課題について色々な面から取り組んでいるようです。以下、心理的安全性・ビロンギング・多様性とバイアスという視点から見ていきます。
心理的安全性
GitLabでは孤独感やビロンギング(後述)について組織的に取り組んでいます。コミュニケーションスキルなんて言葉があるように、孤独感やコミュニケーションの問題というと個人の管理・スキル・責任(自己責任というやつですね)という考え方に囚われがちです。ですが、GitLabではそれを個人の問題として放り出さずに組織として対応しています。
そのうちの1つとしてまず心理安全性を上げますが、この言葉、耳が痛い方も多いのでは無いでしょうか。ここ数年一気に認知度が高まった言葉で、社の朝会などでも「心理的安全性が~」という言葉を耳にする方も少なくないでしょう。私もその一人でしたが、では心理的安全性の本質を理解しているか?というと自信が全くありません。
Googleは心理的安全性について以下のように表現しています。
心理的安全性: 心理的安全性とは、対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方、つまり、「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうかを意味します。心理的安全性の高いチームのメンバーは、他のメンバーに対してリスクを取ることに不安を感じていません。自分の過ちを認めたり、質問をしたり、新しいアイデアを披露したりしても、誰も自分を馬鹿にしたり罰したりしないと信じられる余地があります。
そして、心理的安全性を保つためにできるファーストステップとして以下を紹介しています。
1, 仕事を実行の機会ではなく学習の機会と捉える。
2, 自分が間違うということを認める。
3, 好奇心を形にし、積極的に質問する。
GitLabはエイミーエドモンソン氏の考え方をベースに、心理的安全性のページをハンドブックに追加しています。安全性だけでなく危険性との比較なども記載してあり、英語ですがとても参考になります。
また、GitLabの心理的安全性における考え方のうちで個人的に気に入っている項目を以下に記載します。
- 効率だけでなく有効性も促進
- 同意しない、コミットする、同意しない
- 相手がベストをつくしていたという前提に立つ
- フィードバックを受けたときは、そのフィードバックに前向きな意図が込められていることを忘れない。また、自分がより向上・成長できるチャンスだと考える
内容について簡単に記載します。
効率だけでなく有効性も促進: これはメンバーを歯車のように扱うな、というものです。生産性や効率を追い求めて数字ばかりが気になりだすと、働いているのが血の通った人間なのだという基本的なことが見落とされがちです(特に繁忙期)。これではメンバーも「数値を改善しなければ怒られる」といった不安感でいっぱいになってしまいますし、チームの雰囲気も悪くなります。
同意しない、コミットする、同意しない: 相手の意見に同意しなくても、コミットはすべきというものです。ミーティングでA案とB案が出たときに、自分がB案を推していたのにA案に決まってしまった・・・という経験は誰しもあると思います。少し不貞腐れることもありますが、それでもコミットしましょう。そもそもA案だけでなくB案も試すまで、どちらが本当に良い案だったかは分かりません。A案がうまくいかなくても「だから言ったのに・・・」なんて呟かずにさっさと方向転換しましょう!という考え方です。この考え方、ぜひ自分も取り入れたい。
相手がベストをつくしていたという前提に立つ: バグや障害が発生したとき、何かしらの手違いがあってクレームにつながったとき、人は「なんでちゃんとやらなかったんだ!」と批判しがちです。ですがミスしようと思ってミスする人はいません(片手でゲームしながら仕事していたとかなら別ですが)。何か問題が起きた時も、その時点で相手が全力で仕事をしていたことを念頭にコミュニケーションをとりましょう、というものです。
フィードバックに関しては読んだままなので省略します。他にもいろいろ学ぶことが多かったのですが多すぎて書ききれないので省きます。
ビロンギング
ビロンギングというのは 「ここは自分の居場所だ」 と感じる感覚のことを指すそうです。最初は帰属意識と書こうかな?と思っていましたが、日本でいうところの帰属意識とは少しニュアンスが異なるので止めました。
帰属意識というと日本の「家・内」という感覚が強いですが、家族というとどうしても同じ価値観を共有するものというニュアンスが強くなってしまいます。これは次項に記載する多様性とは異なるニュアンスになってしまうので、帰属意識ではなくそのままビロンギングと記載しました。
GitLabはビロンギングを高めるために様々な取り組みをしています。個人的に気になった項目を以下に記載します。
- 非同期コミュニケーションを優先
- 不快な考えを受け入れる
- 安全なコミュニティを構築
- 家族・友人ファースト。仕事はその次
非同期コミュニケーションを優先する、というのはいろいろな場所・時間で働く人がいるチームにおいて、同期コミュニケーションを行える人だけがメリットを受けてしまわないように、といった考えがあるようです。
また、不快な考えを受け入れるというのは、価値観が異なる場合でも相手の価値観に向き合うというものです。同意しなさいと言っているわけではなく、価値観の違いを認識して、自分が固定概念にとらわれていないか?を見直します。
そもそもの話ですが、ビロンギングを高めるというと抽象的に聞こえてしまうかもしれません。帰属意識を高めてみんなで頑張ろう!みたいなノリでしょ?と。ですが、ビロンギングを高めることで具体的に以下のような効果があるそうです。
- 仕事のパフォーマンスが56%上がる
- 退職リスクが50%下がる
- 病欠が75%減る
数字のインパクトが大きすぎて「ホントか・・・?」と疑いたくなりますが、この数値はハーバート・ビジネスレビューが出しています。以下に記事URLを記載してありますので、気になる方は読んでみてください。
多様性とバイアス
ダイバーシティ・多様性という言葉も耳にするようになってから随分経ちました。ダイバーシティとは価値観や性別・文化・年齢など多様な属性を持った人が一緒に働いている状態を指しますが、ダイバーシティを高めると以下のようなメリットがあると述べます。
- ダイバーシティが平均以上の場合、イノベーションが促進される
- デジタルイノベーションを重視する場合、業績が向上する
ただし、ダイバーシティを実現しようと試みると価値観のギャップが生まれます。その際に組織として対策を行っていない場合は生産性が低下するとしています。
そもそも私たちはアンコンシャス・バイアスというものを持っています。これは無意識の思い込みというものです。確証バイアスがとても分かりやすいのですが、確証バイアスというのは自分の価値観にマッチする情報ばかりを無意識に探し、価値観を補強してしまうというものです。
最近は検索エンジンでもSNSでもオススメ機能が強化され、私たちが好む情報ばかりが表示されるようになっています。気に食わない意見はミュート・ブロックできてしまいます。そのおかげもあり、私たちの確証バイアスはどんどん強化されてしまう危険性があります。
誰かが決定的に悪く見えたり、自分の意見が絶対的に正しく感じてしまうこと、ありませんか?(自戒)
GitLabのValue
記事もぼちぼち終わりに差し掛かりました。ここでは個人的に気に入っているGitLabのValueを3つだけご紹介します。
-
前向きな意図を想定する
-> また出てきましたが、この考え方はとても気に入っています。「正義」というと独善的になりますが「前向きな意図」というとそのニュアンスが薄れるのも好きです。 -
誰も失敗させない
-> チーム全体で勝利しよう、という考え方です。一人だけタスク消化率100%でも、サービスが障害を起こしてしまったら本末転倒です。 -
仕事を基準に話す
-> 振る舞いや言動が、チームのパフォーマンスを向上するために適しているか?という面から考え・話します。そうすることで、個人的な攻撃・人格の否定などを防ぎます。
リモートワークをうまく動かすためのチェックリスト
リモートワークがうまく機能・浸透しているかを測るチェックリストを、GitLabが公開しています。もし気になる方はやってみてください。所要時間おおよそ10分です(英語なのでもう少しかかるかもしれません)。
最後に
本を通してGitLabのことを深く知りました。最初はリモートワークで働く上で、チームワークやコミュニケーションにおいて改善できる点が見つかればいいなぁ程度の気持ちでした。ですが、想像以上に深く考えられ、定義・改善されているということを知りました。チームや組織として参考になる内容だけでなく、個人としても気を付けたいこと・マネしたい項目が沢山ありました。定期的に自分の記事と本を読みなおして、自分の考え方をチェックしていきたいですね。
話は変わりまして。随分前から、労働者人口の減少・少子高齢化が進むと言われ続けています。労働者の不足に反比例するようにIT技術の進歩は目覚ましいものがあります。プライベートでも、子育てだけではなく介護や求職・キャリアチェンジなど私たちを取り巻く環境はどんどん変化していきます。生き方の多様化により、子育てをする人・しない人、死ぬほど働きたい人・定時退社したい人などのギャップを埋めるのも大切な課題です。コロナという社会的な困難によって私たちの働き方は変わりましたが、我々を取り巻く環境の変化と見比べると”働き方”自体の変化は十分なのでしょうか?
そして本当の最後に一つ。
この記事は、GitLabの仕組みを紹介している本を紹介しているので間接的にGitLabの話ばかりになりましたが、とても良い本です。気になった方はぜひポチッてみてください!
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