これからの「ユーザーファースト」の話をしよう
この記事はBoulder Advent Calendar 8日目の記事です。
この記事では、タイトルの通り「ユーザーファースト」という概念とそれを支える考え方や知識などについて、僕がプロダクト作りをする中で日頃考えたり思ったりしていることを書いていきます。
TL;DR
- ユーザーファーストが目指すのは、ユーザーが本当に求めている価値(本質的欲求)の実現
- ユーザーとサービスの全ての接点において、ユーザーの体験価値を最大化することを考える
- UXデザインの方法論は、ユーザーファーストな意思決定にとって大きな武器になる
- UXデザインの方法論は、基礎教養としてチームのみんながある程度知ってると強い
- ユーザーの求めている価値の実現には、わからないことを仮置きして学びを得るのが肝。負債のメタファーと同じ
ユーザーファースト
ユーザーファースト、という言葉はサービスやプロダクト開発に携わる人ならば、一度は耳にしたことがあると思います。言葉通り、ユーザーを最優先にして意思決定することです。ただし、それはユーザーの声をそのまま反映するという意味ではありません。
ユーザーファーストの目指すところは、ユーザーが本当に求めている価値(本質的欲求)を実現することです。当然、本質的な欲求は目に見えないので、ユーザの声や意見、あるいはもっとメタな行動のデータなどから分析し拾い上げる必要があります。
ユーザーの意見や声をそのまま反映しても、ユーザーが本当に欲しいものが出来上がらないことは、「顧客が本当に必要だったもの」という話で僕たちエンジニアはよく知っていると思います。
これら二つの根底にある問いは同じで「ユーザが本当に欲しいものはなんだろう?」というものです。この問いはかなり昔から考えられてきたテーマで、「顧客が本当に必要だったもの」のイラストのオリジンは、遡れば1960年代にすでに存在していたというから驚きです。
対して、ユーザーファースト(User First, user-first)という英語の出典については、明確な記述を見つけることができませんでした。少し調べて唯一検索に引っかかってきたのが、2013年ごろ日本で発売されたユーザーファーストという、当時Yahooの方が書いたマーケティングの本です。
この時期から、ユーザーファーストというトピックを扱うブログや記事が検索結果にもちらほらみられるようになっていきます。基本的な考え方としては昔からあったものなので、スティーブ・ジョブズの言葉が引用されていたり、Googleの掲げる10の事実が引用されていたりと様々です。
どうやら主にマーケティング用語として広まっていったもの(もしかすると和製英語?)のようなのですが、個人的にはシンプルで言いやすいし気に入っています。
ユーザーの求めている価値
ユーザーの求めている価値については、古くから様々な場所で議論されていることからも分かる通り、サービスやプロダクトを作る人々にとっては永遠のテーマです。もちろん、僕たちのようなエンジニアも例外ではありません。
このテーマの難しいところは、求められる価値はそのサービスやプロダクトごとに独立したものであるという点と、時世によって求められることが変わっていくという点です。
1点目はわかりやすいと思います。Webサービス一つとっても、ECサイトとSNSに求めることは全く異なります。これは、得られた知見を汎用的に扱うことが難しいということです。また、経済活動を行う企業が主体である以上、競合との差別化のため、提供価値に優位性がなくてはいけません。
2点目は、その時代によって人間の欲求がどの程度満たされているかということに関係があります。サービスの取り扱う対象は、人間が生きるために必要であり、かつ提供できる(実現可能な)ものから埋められていきます。マズローの欲求5段階説で言うと、一番下の階層からです。
昨今では、生存に必要な大体の欲求は既存のサービスによって満たされてしまっています。なので、新しいサービスを考える場合、より高い階層の欲求にアプローチするか、あるいは盤石な既存プレイヤーに勝負を挑むことになります。どちらにせよ一筋縄ではいきません。
特に、欲求の階層が変わると、ユーザが価値を感じる対象も変わるので、既存のアプローチが効かなくなります。法則に従えば、上の階層へのシフトは下の層の欲求が充足されると起きるのですが、まさに今(執筆時2020年現在)これが起きているのではないかと考えています。
具体的には、ユーザーは利便性などの「役に立つ」という価値よりも、もっと感情的な「自分にとって意味があるか」という価値を求めるようになっています。わかりやすい例ではD2Cの潮流があります。ブランドの世界観をストーリーとして伝えることが、ユーザーの価値を生むことに直結しています。
D2Cは主にtoCの話ですが、toBの世界でも価値のシフトは起こります。ただし、企業は経済活動によって成り立っているので、一般的に価値の定義はもっとシビアです。極論すれば、企業価値に影響があるかないかということです。とはいえ最終的に価値を決めるのは世の中の人々なので、人々の中でそれが企業の価値を測る物差しになればシフトが起こります。
例えば、環境問題や貧困など社会的な課題への貢献もその一つです。企業は利益を追い求めるだけでなく、社会に貢献するほうが良い、という物差しが人々の中で大多数になった今、真正面から否定しようとする企業はあまりないでしょう。
少し話はそれましたが、このようにユーザーの求めている価値は、場合によって異なり、時によって移りゆくものです。より多様性が重視されるこれから先の未来では、人々の中で自分にとっての価値の解像度が高まっていくことは想像に難くありません。
サービスやプロダクト開発に関わる僕たちエンジニアにとっても、ユーザの求める価値に目を向けることは、いまよりも有益なことになっていくはずです。
「ユーザーインターフェース」が価値を生む
ここまで、ユーザーの価値の話をしてきましたが、一度「ユーザーインターフェース」の話をしようと思います。
ユーザーインターフェースというと、どのようなものをイメージするでしょうか。Webサービスの画面だったり、あるいはゲームのコントローラーだったり、ある種の操作できるものを思い浮かべる方が多いのではないかと思います。僕も職業柄、Webサービスの画面が真っ先に思い浮かびます。
しかしここで話がしたいのは、そういった操作機能としてのユーザーインターフェースではありません。サービスがユーザーと接する境界面という意味です。UIと言わずにあえてカタカナでユーザーインターフェースと書いているのもそのためです。
ユーザーにとってのサービスは画面から見える情報だけではありません。ユーザーは、自身とサービスの関係性を境界面から接する全ての情報によって、意識的・無意識的に知覚しています。説明書やサポート情報、メールマガジン、営業、広告、ありとあらゆる境界面はすべてユーザーインターフェースであると言えます。
さて、インターフェースの概念を広げてしまったので、ユーザーの概念も広がってしまいました。通常、ユーザーというと何かサービスやプロダクトの機能を利用している人ですが、ここでは 機能を利用していなくてもユーザー ということになります。
この考え方はややこしく思えるかもしれませんが、自然ですし非常に有用です。機能を利用する前も後も同じ人間であることには変わりありません。ときどきその認識がすっぽり抜け落ちてしまうことがありますが、この考え方はそれを戒めてくれます。
もちろん、機能を利用している人とそうでない人で、サービスとの関係性に違いはあります。しかしそれは明確に0か1かという違いではなく、グラデーションがあるということです。
ユーザーがサービスから価値を受け取るときは、必ずユーザーインターフェースを介しています。つまり、サービスに関係する体験は、全てユーザーの価値になる可能性があります。ここで忘れてはいけないのは、価値は必ずしもプラスのものとは限らないということです。
ユーザーファーストの目指すところは、ユーザーの求める価値を届けることです。そのためには、全てのユーザーインターフェースにおける体験を丁寧に作らなくてはいけません。どこで、どんな体験を、どんなユーザーに提供し、それによってどんな価値を感じて欲しいかということを設計し実装するということです。
そのための方法論を取り扱うのが、UXデザインです。
ユーザーファーストとUXデザイン
ユーザーファーストとUXデザインの関係性は、ざっくり言えばスタンスと行為です。ユーザーファーストというスタンスで意思決定をし、UXデザインという行為によってそれを実現します。
UXというワードがバズってしまったが故に、UXデザインというものの定義がふわふわしているように思っている方もいるかもしれません。しかし、UX白書をはじめとして、専門家の方々のご尽力の結果、基本的な考え方はある程度統一されています。
僕のUXデザインの理解は、UXデザインの教科書という本に書かれているもので、次のような図で表現されています。教科書としてしっかり書かれていて、すごく良書なのでオススメです。
UXデザインの実践のためのインプット
UXデザインの実践によるアウトプット
図の内容を大まかに説明します。まず、UXデザインには、デザインの理論、デザインの実践、そしてデザインの対象領域があります。
理論は、学術的な研究や、実践によって培われた知識を体系化したものです。これには、ユーザーに関するものでは認知工学、人間工学、感性工学などがあります。実践とはそのまま、UXデザインという行為を示しています。対象領域とは、実践によって行為が行われる領域を示しています。
UXデザインの実践では、理論と対象領域からインプットを行い、それらを活用してアウトプットを行います。理論からは役立つ知識やプロセス、ノウハウなどを、対象領域からは現状存在している体験や文脈、市場についての情報などを得ます。
UXデザインという行為の中心となるのは、人間中心デザインプロセス(HCD)と呼ばれるものです。UXデザインがHCDを活用して進められるのは、以下2点の大きな利点があるためです。
- ユーザー観点での手戻りや失敗を極力防ぐ
- 多様な立場からなるメンバーのプロセスの基準となる
図からも分かる通り、UXデザインの対象となるのはユーザーが触れる製品・プロダクトそのものに限らず、ビジネスモデルや組織・人材など幅広い領域が含まれます。ユーザーを中心としたプロセスに則ることでベースの効率を上げるとともに、領域横断的なチームであっても、動き方の基準ができることで連携しやすくなります。
HCDプロセスには種類があるものの、共通しているのはイテレーションを前提とした仮説検証プロセスだということです。ユーザーが求めている価値は「わからない」ものであり、大事なことほど「やってみなければわからない」ことが多いからです。
重要なのは、わからないことに対して筋のいい仮説を立て、なるべく早く検証を回していくことです。HCDプロセスは主に進め方についての方法論ですが、他のUXデザインの知識やノウハウと組み合わせ、うまく活用することで仮説検証プロセスを進める上での大きな力になってくれます。
UXデザインの知識は基礎教養になる
先の章で、ユーザーと接する全ての境界面が体験と価値を生むという話をしました。これはつまり、ユーザーとの接点をもつならば、業種を問わずユーザーの体験に目を向ける必要があるということであり、UXデザインの知識を業務に活かせるということです。
また、先ほど世界観とストーリーの話をしましたが、その観点で見れば、企業としてユーザーに提供する体験には一貫性があって然るべきです。これは企業として一貫した価値基準によってあるべきユーザー体験を設計するということであり、明らかに経営に関係する話です。
つまり、全体がまとまるという意味でも、各パートの体験を個々に改善するという意味でも、メンバーがUXデザインの知識を基礎教養としてある程度身に付けているということは大きな武器になります。
また、そうなって初めて、UXデザイナーと呼ばれる人々が真価を発揮することができます。UXデザインは、本来領域横断的な行為です。様々な領域の専門性を持つチームメンバーが集い、HCDプロセスに則ってUXデザインの実践を行い、アウトプットをまとめあげます。
UXデザイナーに求められる役割は、アウトプットをまとめあげるために、チームの舵取りをすることです。よく、UXデザイナーがいるとUXに関わることを丸投げしている構図を目にすることがありますが、本来そうあるべきではないはずなのです。
まとめ: エンジニアとして貢献できること
ここまで、ユーザーファーストから始め、ユーザー価値、ユーザーインターフェース、UXデザインと話を進めてきました。これらのトピックは、僕が今年1年、エンジニアとしてスタートアップでのプロダクト作りに関わる中で実際に触れて考えてきたことです。
ユーザーの価値というのは考えれば考えるほど深く、果てがないものです。考えすぎてどツボにはまると、もしかしたら、もしかしたら、というありもしない可能性に囚われ、本当にフォーカスすべきことはなにかということを見失いそうになります。
最も大事なのは、わからないことの輪郭を捉えることです。中身が見える必要はありません。わからないことは、いくら覗き込んでも姿を捉えることはできません。それこそ深淵が見つめ返してくるのみです。
わからないことの輪郭さえつかめば、その部分を仮置きした状態で、試して学びを得ることができます。これは技術的負債における「負債のメタファー」にも通ずるところです。まさに「わからない」ということを負債として前借りし、得られた学びをプロダクトに還元することで返済していきます。
そして、エンジニアとして貢献可能な領域は自分が思っているよりも広いということもよくわかりました。速度や安全性、あるいは操作性といった技術的なトピックはもちろん大事ですが、僕たちが貢献可能なのは必ずしもそれだけではありません。
エンジニアに必要とされるスキルセットには、汎用的で強力なものがいくつもあります。構造やプロセスの考え方と論理構築は最たる例ですが、これらは間違いなくUXデザインの知識と組み合わせることで、様々な問題を解く強力な武器になります。
プロダクトとしてもチームとしてもまだまだこれからですが、できることは全部やって、ユーザーの本当に求めている価値の実現に少しでも近づいていけたらと思います。最後まで読んでくださってありがとうございました。
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