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本当のコンパイル時variant

2022/12/29に公開約22,900字

Iです.忘年会シーズンですが皆さん忘年どうですか?私は数日寝込む規模で体調を崩して忘年どころではありませんでした…
さて,寝込んで9日遅れの大遅刻かましたC++ AdC 2022 20日目ですが,当初書こうと思っていたネタはうまくいきませんでしたし(という話はまた別途書きますが→書きました),その他没ネタもいくつかあったのですがいずれも思ったほど膨らまなかったので,C++20のコンパイル時処理の話でもしようと思います.

本当のコンパイル時variant

tl;dr:

の話をします.

constexpr decade

みなさん今日もコンパイル時処理してますか? constexpr (定数式)の機能がC++11で導入されて10年ちょっと経ちましたね.今日はちょっと昔話でもしましょう.

C++11以前のコンパイル時処理は template を用いたメタプログラミング(TMP: Template Meta Programming)かCPPを用いたメタプログラミング(PMP: Preprocessor Meta Programming)の2択で,これらはいずれも実行時のC++プログラムとはかなり異なる構文や意味を用いるため扱いにはかなり慣れが必要でした.
C++11で導入された constexpr は普通のC++コードがコンパイル時に動く,という当時では画期的な機能であり,これによってコンパイル時処理における値の計算にTMPを用いた奇っ怪なコードが不要になり,型の処理は template ,値の処理は constexpr …という住み分けができるようになりました.

ところで,C++11時代の定数式は 死ぬほど何もできませんでした
具体的には,C++11時代の constexpr 関数には以下のような制約が課されます(これでも一部ですが):

  1. ユーザー定義デストラクタは使用できない
  2. コンストラクタはメンバ初期化子でメンバを初期化する以外のことはできない(bodyを持ってはいけない)
  3. 可変参照(非const参照)は取れない
  4. typedef , using , static_assert , 単一の return 文以外書けない
    • 型の別名は作れるが(変数宣言の形で)値に名前付けできない
    • 一般的な条件分岐・ループ構文(if , for , while など)が使えない
  5. reintepret_cast やplacement newは使えない

これらのびっくりするほど厳しそうに見える制約はC++14やC++20を経て徐々に緩和され今では殆どが無くなっていますが,ほんの10年前はこの過酷な環境下で「コンパイル時処理楽しい!」と言いながらコンパイラにICEを吐かせていました.
また,C++11ではラムダ式も導入されましたが,ラムダ式が constexpr な文脈で使用できるようになった・ cosntexpr 指定を明示できるようになったのはC++17以降です.
つまり,C++11当時は constexpr の文脈でラムダ式は使用できなかったんですね.
その結果,C++11 constexprで使えるラムダ式ライブラリを自作する人が現れたりしました.一体何者なんだ…

さて,上述のような極めて制約されたC++11環境で constexpr はまともに実用し得たのかというと…当時の時点で最早悪用の域に達していました. だってC++11の時点で概ねチューリング完全だったし… [1]
関数内では単一の return 文しか記述できず,また条件分岐やループなどに iffor などの構文が使用できないというのは先に述べた通りですが,実際には条件分岐に条件演算子( ?: ),ループには関数の再帰呼び出しを用いることで普通に(というには一般的なC++コードとはだいぶ見た目が違いましたが――少なくともC++03の template ゴリゴリのメタプロに比べれば,普通のC++の見た目に近い形で)プログラミングできてしまったんですね.
ただし,コンパイル時の再帰呼び出しの深度には処理系側で制限が課されていることがほとんどで[2],素直にコンパイル時処理を記述すると結構な頻度でこれに引っかかってしまう問題がありました.
そこで,これを解決すべく様々な技法が編み出されたりしたのですが…今日の本筋からは逸れるので,これはまた別の機会に.

Sprout

近年では随分と名前を聞く機会も減ってきましたが,SproutというC++11/14時代の有名な汎用 constexpr ライブラリがあります.
作者の故・ボレロ村上氏は上述の処理系の制約を回避しつつ実用的な処理を記述するために倍分再帰などの様々な技法を編み出した人物ですが,その結晶がSproutです.
SproutはC++11 constexpr にとっていわばC++03時代のBoostのような,実用上必須な準標準規模ライブラリの立ち位置であり,基本的なデータ構造,アルゴリズム関数を始めとした様々なライブラリ群で構成されています(そしてその殆どがC++11 constexpr の制約のもとで実装されている)[3]

Sprout.Variant ―― 偽りのコンパイル時variant

そしてSproutにはC++11時点では constexpr ではなかった tuple や,当時から必要性こそ叫ばれていたものの標準入りはC++17にずれ込んだ optionalvariant についても実装されています.しかも全部コンパイル時処理に使えちまうんだ!
では sprout::variant の実装を眺めてみましょう:

https://github.com/bolero-MURAKAMI/Sprout/blob/6b5addba9face0a6403e66e7db2aa94d87387f61/sprout/variant/variant.hpp#L35-L74

			typedef sprout::tuples::tuple<Types...> tuple_type;
			tuple_type tuple_;

おや? varianttuple で実装されています.これはどうしたことでしょう?

tuplevariant

ここで念のため tuplevariant とは何なのか説明しておきましょう.
tuple<Ts...>Ts... の型の値全てを保持する型です.
全ての型の値を同時に保持する必要があるため, tuple<Ts...> のオブジェクトサイズは単純に考えて sizeof(Ts)... の和と同程度になることが予想できます[4]
一方, variant<Ts...>Ts... のうちいずれか1つを保持する型です.
いずれか1つの値を保持できれば良いため, variant<Ts...> のオブジェクトサイズは単純に考えて std::max({sizeof(Ts)...}) と同程度に抑えることが可能なことがわかります[5]

他にも tuplevariant にはいくつか想定される挙動があるため, varianttuple で実装してしまうと variant に想定される挙動に対して以下のような差異が出てしまいます:

  • オブジェクトサイズが大きくなる
    • 上述の通り, variant<Ts...>Ts... の中で最大のオブジェクトのサイズと同程度であることが期待されますが, tuple<Ts...> で実装すると Ts... のサイズの総和と同程度の大きさとなってしまいます.
  • 未使用の型のオブジェクトが variant<Ts...> 本体と同じ寿命で生成されてしまう
    • 本来 variant<Ts...> では Ts... のうち保持していない型のオブジェクトは生成されませんが, tuple<Ts...> では当然全ての型のオブジェクトが生成されてしまいます(し,破棄もされます).
    • これはコンパイル時の文脈ではあまり気にならない性質ですが, constexpr なクラスは実行時でも使えてしまうため,コンストラクタやデストラクタで副作用を伴うクラスを非コンパイル時文脈で sprout::variant に食わせると一見不可解な挙動を起こします.
      • 尤も,これはコンパイル時の文脈に限って言えばあまり気にしなくて良いため, constexpr のための variant だから…と言い張ればまぁ逃げれなくもない
  • Ts... に対して default_constructible を要求する
    • 本来 variant<Ts...>Ts... は(ユーザーコード上でデフォルト初期化しないのであれば)デフォルトコンストラクタを持たなくても問題ありません.
    • tuple<Ts...>Ts... のどれか1つを何かのコンストラクタで初期化する場合,他の型のオブジェクトは現実的にはデフォルト構築するしかありません.そのため, variant<Ts...>tuple<Ts...> で構築する場合は Ts... (のうち1つ以外)に対して default_constructible を要求することになります.

このように tuplevariant を実装するのはあまり自然に思えません. sprout::variant は何故 tuple を用いて実装されているのでしょうか?

constexpreither を考える

実際に constexprvariant を実装すればこの謎は解明できそうですね.
といっても,任意の数の型を扱おうとするとけっこう大変なので,本節では constexpreither<T, U> ,つまり型 T または型 U のオブジェクトいずれかを保持する型の実装を考えることでこれを代替したいと思います.
2つができればn個もできる.

要件

本節では以下のような template クラス either<T, U> を考えます.

  • constexpr な文脈で扱える
    • T , U がそれぞれコンパイル時の文脈で扱える時, either<T, U> もまた同程度にコンパイル時の文脈で扱えること
    • 簡単のため,非コンパイル時文脈における使用ついては考慮しないものとする
      • 具体的には T および U についてリテラル型(死語[6])であることを仮定する
        • 特に trivially_destructible であることを利用する
  • either<T, U>(left, args...)T(args...)either<T, U>(right, args...)U(args...) なオブジェクトの初期化が行えること
  • either<T, U> なオブジェクト e に対して, e.get(left)T のオブジェクト, e.get(right)U のオブジェクトが得られること
    • 保持していない側のオブジェクトを取得しようとしたとき,コンパイル時の文脈ではコンパイルエラーとすること
  • オブジェクトサイズは std::max(sizeof(T), sizeof(U)) + sizeof(bool) + (パディングのサイズ) となること
    • T および U のうち大きい方が収まるストレージ + TU どちらが保持されているかの bool フラグ + コンパイラが挟むパディングサイズ

つまり,以下のようなコードが動くことが期待されます:

constexpr either<int, float> f(bool integer){
    return integer ? either<int, float>{left, 42} : either<int, float>{right, 3.14f};  // intまたはfloatを引数に応じて返す
}

int main(){
    constexpr auto x = f(true);   // int, 42
    constexpr auto y = f(false);  // float, 3.14
    constexpr auto z = x;         // int, 42 のコピー
    static_assert(y.get(right) < z.get(left), "");  // 3.14f < 42 -> true
}

同一ストレージへの複数の型によるアクセス

上述の通り either<T, U> はオブジェクトサイズを T および U のうち大きい方に合わせようとするため,あるオブジェクトストレージに対して T および U 2つの型でアクセスする必要があります.
これを実現する方法は大まかに2つあり,

  • alignas(T, U) std::byte storage[std::max(sizeof(T), sizeof(U))] な配列 storage を用意し,その先頭アドレスを reinterpret_cast を用いて T*U* に変換して利用する
  • union{T t; U u;} な共用体を用意し, tu を用いる

の2通りです.このうち前者については reinterpret_cast なり void* からの static_cast なりが必要であり,これらの操作はC++20になっても constexpr 文脈では使用できないため今回使うことはできません.
従って,必然的に後者,つまり共用体を用いたオブジェクトストレージの共有を行うことになります[7]

ところで,C++03までは union のメンバにユーザー定義のコンストラクタやデストラクタを持つクラスを持たせることができませんでした.
そのため,例えば

class just_initialization{
    int x;
  public:
    constexpr just_initialization() : x{0}{}
    constexpr just_initialization(int i) : x{i}{}
    constexpr int get()const{return x;}
};

のようなクラスを union のメンバに持たせることができませんでした.
しかし,都合よくC++11ではこの制限は緩和されたため,問題なく union にクラスメンバを持たせることができます.
というわけで, union を用いてパパっと実装してみましょう:

#include<type_traits>
#include<utility>
#include<stdexcept>

struct left_t{}static constexpr left = {};
struct right_t{}static constexpr right = {};

namespace detail{

template<typename T, typename U>
union storage_t{
  static_assert(std::is_literal_type<T>::value, "T is not literal type");
  static_assert(std::is_literal_type<U>::value, "U is not literal type");
  T t;
  U u;
  template<typename... Args>
  constexpr storage_t(left_t, Args&&... args)noexcept(std::is_nothrow_constructible<T, Args&&...>::value) : t(std::forward<Args>(args)...){}
  template<typename... Args>
  constexpr storage_t(right_t, Args&&... args)noexcept(std::is_nothrow_constructible<U, Args&&...>::value) : u(std::forward<Args>(args)...){}
  constexpr storage_t(const storage_t&) = default;
  constexpr storage_t(storage_t&&) = default;
  static constexpr storage_t copy(const storage_t& x, bool is_left){
      return is_left ? storage_t{left, x.t} : storage_t{right, x.u};
  }
  static constexpr storage_t move(storage_t&& x, bool is_left){
      return is_left ? storage_t{left, std::move(x.t)} : storage_t{right, std::move(x.u)};
  }
};

template<typename T, typename U>
struct base{
  bool is_left;
  storage_t<T, U> storage;
  template<typename... Args>
  explicit constexpr base(left_t, Args&&... args)noexcept(std::is_nothrow_constructible<T, Args&&...>::value) : is_left(true), storage(left, std::forward<Args>(args)...){}
  template<typename... Args>
  explicit constexpr base(right_t, Args&&... args)noexcept(std::is_nothrow_constructible<U, Args&&...>::value) : is_left(false), storage(right, std::forward<Args>(args)...){}
  constexpr base(const base& other) : is_left{other.is_left}, storage{storage_t<T, U>::copy(other.storage, is_left)}{}
  constexpr base(base&& other) : is_left{std::move(other.is_left)}, storage{storage_t<T, U>::move(std::move(other.storage), is_left)}{}
};

template<typename T>
constexpr T throw_with_cref(const char* str){
    throw std::runtime_error(str);
}

}

template<typename T, typename U>
class either{
  detail::base<T, U> data;
 public:
  constexpr either() = default;
  template<typename LorR, typename... Args>
  constexpr either(LorR x, Args&&... args) : data{x, std::forward<Args>(args)...}{}
  constexpr either(const either& other) : data{other.data}{}
  constexpr either(either&& other) : data{std::move(other.data)}{}
  constexpr const T& get(left_t)const noexcept{
      return data.is_left ? data.storage.t : detail::throw_with_cref<const T&>("not left");
  }
  constexpr const U& get(right_t)const noexcept{
      return !data.is_left ? data.storage.u : detail::throw_with_cref<const U&>("not right");
  }
};

class just_initialization{
    int x;
  public:
    constexpr just_initialization() : x{0}{}
    constexpr just_initialization(int i) : x{i}{}
    constexpr int get()const{return x;}
};

constexpr either<int, float> f(bool integer){
    return integer ? either<int, float>{left, 42} : either<int, float>{right, 3.14f};
}

int main(){
    constexpr auto x = f(true);
    constexpr auto y = f(false);
    constexpr auto z = x;
    static_assert(y.get(right) < z.get(left), "");

    constexpr either<just_initialization, int> s{left};
    static_assert(s.get(left).get() == 0, "");
    constexpr either<just_initialization, int> t{left, 42};
    constexpr auto u = t;
    static_assert(u.get(left).get() == 42, "");
}

あなたとWandbox,今すぐ動作確認

どうやら上手く動いているようですね.…あれ?では sprout::variant は何故 tuple を…?

汎用実装の難しさ

実際には,上記の実装は不完全です.以下の型を考えます:

struct metamorphose_at_copy{
  bool copied;
  constexpr metamorphose_at_copy() : copied{false}{}
  constexpr metamorphose_at_copy(const metamorphose_at_copy&) : copied{true}{}
};

この型は以下のように振る舞います.

constexpr metamorphose_at_copy a;
static_assert(s.copied == false, "");  // コピーされていない
constexpr auto b = a;
static_assert(t.copied == true, "");   // コピーされた

さて,この型は非trivialなコピーコンストラクタを持っており,そのためムーヴコンストラクタは削除されています.
そのような型であっても union はメンバにすることが可能ですが,メンバが非trivialなデフォルト・コピー・ムーヴコンストラクタやデストラクタを持つ union は当該コンストラクタ・デストラクタがデフォルトで delete されます.
そのため,上記の either と組み合わせた以下のコードは storage_t のコピー/ムーヴコンストラクタが存在しないため動作しません[8]

constexpr either<metamorphose_at_copy, int> a{left};
static_assert(a.get(left).copied == false, "");
constexpr auto b = a;                                // ここでエラー
static_assert(b.get(left).copied == true, "");

このように, constexpr 文脈で問題なく動作するが either のメンバとしては正しく振る舞えない型が存在するため,上記の実装では

T , U がそれぞれコンパイル時の文脈で扱える時, either<T, U> もまた同程度にコンパイル時の文脈で扱えること

の要件を満たすことができません.
そして,単にプリミティブ型の値,特に整数値を取り回すだけであれば従来のTMPでもできたわけで, constexpr はクラスを作って取り回せる点が1つの強みなわけです.
となると,非trivialなコピー・ムーヴコンストラクタに対してサポートが貧弱な現行の either では使用感にかなり難があります.

この問題を解決するためには, base のコピーコンストラクタから直接 tu のコンストラクタを呼び出してやるか,あるいは storage_t にユーザー定義のコピーコンストラクタを実装する必要があります.ではどのように実装するのか,というと, 実はC++11では constexpr な実装はできません
先述の通りC++11 constexpr においてコンストラクタはbodyが持てないため,メンバ初期化子で初期化してやる必要があります.
しかし,初期化子は引数の値に応じて書いたり書かなかったりできません.
従って,フラグに応じて tu の初期化を呼び分ける…といったコードは実装できないのです.
従って base から直接 tu のコピーコンストラクタを呼び出すことはできません(そのため copymove といった静的メンバ関数を storage_t に実装しておいたのですが…).
また storage_t 側ではコピーコンストラクタ上で is_left を読む術がないため,これもやはり無理です.
この時点で,C++11 constexpr において variantunion で実装するのは無理があることがわかりました.

ではC++14ではどうでしょう?C++14ではコンストラクタのbodyが空でなくても良いはずですし, if 文も使えます.
base のコピーコンストラクタで is_left の値に応じて t または u を初期化するコードをbodyに書いてやればいけそうです.
以下のようなコードになります:

  base(const base& rhs) : is_left(rhs.is_left){
    if(rhs.is_left)
      ::new(&storage.t) T(rhs.storage.t);
    else
      ::new(&storage.u) U(rhs.storage.u);
  }

…あれ? constexpr でなくなってしまいました… コンストラクタを呼び出すためにはplacement newする必要がありますが, placement newは constexpr 文脈で使用できません
C++11の時と同様にメンバ初期化子での初期化はできないため,C++14でも constexpr 文脈でメンバコピーが可能な either を実装することはできません.

また,C++14では constexpr の制限緩和によって constexpr 文脈中でのコピー代入・ムーヴ代入が可能になったため,それらについても考える必要があります.
しかし, C++14の時点では union のアクティブメンバは constexpr の文脈では変更できないため,代入操作について constexpr にすることはできません

そしてこの状況はC++17でも改善されていません.

型を捻じ曲げるということ

ここまでで見てきたように,C++17までで union を用いて either を実装すると,一部の型に対してコピーコンストラクトができなくなること,代入操作全般が constexpr にできないことがわかりました.
constexpr では種々の操作が制約されてきましたが,とりわけ強く制約され続けてきた操作として「型を捻じ曲げる操作」が挙げられます.
具体的には, reinterpret_cast やplacement new, union のアクティブメンバ変更が規制されてきたため, 同一オブジェクトストレージを複数の型と見做して扱うことができませんでした
これは処理系の実装の負担を考えると一定程度頷ける制限ではある一方で,実行時の性能を充分に保った上でコンパイル時にも実行可能な処理を記述する際の妨げとなります.

以上のことから, sprout::variant の実装が 誤っていた わけではありません.そもそもC++17までは 実用上 constexprvariant のバックエンドに tuple 以外を使うことができなかった のです.

C++20 : goal of the decade

結局こうした状況が改善したのはC++20になります.
C++20では指定したアドレス上に constexpr にオブジェクトを構築するstd::construct_atが導入され,また指定されたアドレスのオブジェクトを破棄するstd::destroy_atconstexpr に対応しました.また,デストラクタに constexpr が付けられるようになり,非 trivially_destructible な型であっても constexpr なデストラクタを持っている型については constexpr 文脈で扱えるようになりました.
これによってコンストラクタやデストラクタについてのtrivial性に関わらず constexpr 文脈で使用可能な型は either でも扱えるようになりました.
さらにunion のアクティブメンバを constexpr 文脈で変更可能になり,これによって代入操作も constexpr にサポートできるようになりました.

これらを反映したのが以下のコードです[9]:

#include<memory>
#include<type_traits>
#include<utility>
#include<stdexcept>

struct left_t{} static constexpr left = {};
struct right_t{} static constexpr right = {};

namespace detail{

template<typename T, typename U>
union storage_t{
 private:
  std::byte dummy;
 public:
  T t;
  U u;
  constexpr storage_t()noexcept : dummy(){}
  template<typename... Args>
  constexpr storage_t(left_t, Args&&... args)noexcept(std::is_nothrow_constructible<T, Args&&...>::value) : t(std::forward<Args>(args)...){}
  template<typename... Args>
  constexpr storage_t(right_t, Args&&... args)noexcept(std::is_nothrow_constructible<U, Args&&...>::value) : u(std::forward<Args>(args)...){}
  constexpr ~storage_t()noexcept{}
};

template<typename T, typename U>
struct base{
  std::int8_t is_left;
  storage_t<T, U> storage;
  constexpr base()noexcept : is_left(-1), storage(){}
  template<typename... Args>
  explicit constexpr base(left_t, Args&&... args)noexcept(std::is_nothrow_constructible<T, Args&&...>::value) : is_left(1), storage(left, std::forward<Args>(args)...){}
  template<typename... Args>
  explicit constexpr base(right_t, Args&&... args)noexcept(std::is_nothrow_constructible<U, Args&&...>::value) : is_left(0), storage(right, std::forward<Args>(args)...){}
  constexpr base(const base& rhs)noexcept(std::is_nothrow_copy_constructible<T>::value && std::is_nothrow_copy_constructible<U>::value) : is_left(rhs.is_left), storage{}{
    if(rhs.is_left == 1)
      std::construct_at(std::addressof(storage.t), rhs.storage.t);
    else if(rhs.is_left == 0)
      std::construct_at(std::addressof(storage.u), rhs.storage.u);
    else
      throw std::runtime_error("rhs is not initialized");
  }
  constexpr base(base&& rhs)noexcept(std::is_nothrow_move_constructible<T>::value && std::is_nothrow_move_constructible<U>::value) : is_left(rhs.is_left), storage{}{
    if(rhs.is_left == 1)
      std::construct_at(std::addressof(storage.t), std::move(rhs.storage.t));
    else if(rhs.is_left == 0)
      std::construct_at(std::addressof(storage.u), std::move(rhs.storage.u));
    else
      throw std::runtime_error("rhs is not initialized");
  }
  constexpr base& operator=(const base& rhs)noexcept(std::is_nothrow_copy_assignable<T>::value && std::is_nothrow_copy_assignable<U>::value){
    if(this == std::addressof(rhs))
      return *this;
    if(is_left == 1)
      std::destroy_at(std::addressof(storage.t));
    else if(is_left == 0)
      std::destroy_at(std::addressof(storage.u));
    if(rhs.is_left == 1)
      std::construct_at(std::addressof(storage.t), rhs.storage.t);
    else if(rhs.is_left == 0)
      std::construct_at(std::addressof(storage.u), rhs.storage.u);
    is_left = rhs.is_left;
    return *this;
  }
  constexpr base& operator=(base&& rhs)noexcept(std::is_nothrow_move_assignable<T>::value && std::is_nothrow_move_assignable<U>::value){
    if(this == std::addressof(rhs))
      return *this;
    if(is_left == 1)
      std::destroy_at(std::addressof(storage.t));
    else if(is_left == 0)
      std::destroy_at(std::addressof(storage.u));
    if(rhs.is_left == 1)
      std::construct_at(std::addressof(storage.t), std::move(rhs.storage.t));
    else if(rhs.is_left == 0)
      std::construct_at(std::addressof(storage.u), std::move(rhs.storage.u));
    is_left = rhs.is_left;
    return *this;
  }
  constexpr ~base()noexcept(std::is_nothrow_destructible<T>::value && std::is_nothrow_destructible<U>::value){
    if(is_left == 1)
      std::destroy_at(std::addressof(storage.t));
    else if(is_left == 0)
      std::destroy_at(std::addressof(storage.u));
  }
};

template<typename T>
constexpr T throw_with_cref(const char* str){
    throw std::runtime_error(str);
}

}

template<typename T, typename U>
class either{
  detail::base<T, U> data;
 public:
  constexpr either() = default;
  template<typename LorR, typename... Args>
  constexpr either(LorR x, Args&&... args) : data{x, std::forward<Args>(args)...}{}
  constexpr either(const either& other) : data{other.data}{}
  constexpr either(either&& other) : data{std::move(other.data)}{}
  constexpr either& operator=(const either& other){
    either<T, U>{other}.swap(*this);
    return *this;
  }
  constexpr either& operator=(either&& other){
    either<T, U>{std::move(other)}.swap(*this);
    return *this;
  }
  constexpr void swap(either& other){
    if(other.data.is_left == data.is_left){
      using std::swap;
      swap(data, other.data);
    }
    else if(data.is_left){
      U u = std::move(other.data.storage.u);
      std::destroy_at(std::addressof(other.data.storage.u));
      std::construct_at(std::addressof(other.data.storage.t), std::move(data.storage.t));
      std::destroy_at(std::addressof(data.storage.t));
      std::construct_at(std::addressof(data.storage.u), std::move(u));
      std::swap(data.is_left, other.data.is_left);
    }
    else
      other.swap(*this);
  }
  constexpr T& get(left_t)noexcept{
      return data.is_left ? data.storage.t : detail::throw_with_cref<const T&>("not left");
  }
  constexpr U& get(right_t)noexcept{
      return !data.is_left ? data.storage.u : detail::throw_with_cref<const U&>("not right");
  }
  constexpr const T& get(left_t)const noexcept{
      return data.is_left ? data.storage.t : detail::throw_with_cref<const T&>("not left");
  }
  constexpr const U& get(right_t)const noexcept{
      return !data.is_left ? data.storage.u : detail::throw_with_cref<const U&>("not right");
  }
};

class just_initialization{
    int x;
  public:
    constexpr just_initialization() : x{0}{}
    constexpr just_initialization(int i) : x{i}{}
    constexpr int get()const{return x;}
};

struct metamorphose_at_copy{
  bool copied;
  constexpr metamorphose_at_copy() : copied{false}{}
  constexpr metamorphose_at_copy(const metamorphose_at_copy&) : copied{true}{}
};

constexpr either<int, float> f(bool integer){
  either<int, float> x{right, 3.14f};
  if(integer)
    x = {left, 42};
  return x;
}

#include<iostream>
int main(){
    constexpr auto x = f(true);
    constexpr auto y = f(false);
    constexpr auto z = x;
    static_assert(y.get(right) < z.get(left), "");

    constexpr either<just_initialization, int> s{left};
    static_assert(s.get(left).get() == 0, "");
    constexpr either<just_initialization, int> t{left, 42};
    constexpr auto u = t;
    static_assert(u.get(left).get() == 42, "");

    constexpr either<metamorphose_at_copy, int> a{left};
    static_assert(a.get(left).copied == false, "");
    constexpr auto b = a;
    static_assert(b.get(left).copied == true, "");
}

あなたと犬小屋,今すぐ動作確認

まとめ

従来 constexpr な文脈において variant のインターフェースを充分に満たすためにはバックエンドに tuple を用いて余分なオブジェクトストレージを消費せざるを得ませんでした.
しかし過去のC++では不可能だった同一オブジェクトストレージに対する複数の型を用いたアクセスを含む, constexpr 文脈における様々な操作がC++20でサポートされた結果,余分なオブジェクトストレージを消費することなく constexpr 文脈で動作する variant の実装が可能になりました.
これは std::variant にも反映されており, trivially_destructible であればC++20で,そうでない場合でもC++23から constexpr な文脈で std::variant を利用可能です[10]

この10年で constexpr は厳しく制約された環境に対してかなりの緩和が入り,その過程で見出された一部の技法は現代では不要なものとなっています.
しかし,C++23で入る if consteval やC++20で入った constexpr 関数内での非コンパイル時文脈におけるinline asmの合法化によって,単一のインターフェースで実行時性能を損なうことなくコンパイル時実行可能な処理を記述できる時代がついにやってきました.
みなさんも積極的に constexpr していきましょう.

最後にお知らせですが,昨年に引き続き今年もC++ Advent Calendar全記事への感想ツイートを書いています
記事内容の解説や補足・関連する話題など,AdCをもう一口楽しめるかと思いますので,是非ご覧ください.

明日はyumetodo(@yumetodo)さんの「std::optionalとの比較演算子に潜む見落としがちな罠」です.

脚注
  1. 死ぬほど何もできない(できないとは言ってない) ↩︎

  2. 現実的にコンパイル時無限ループを止めるには妥当な制約です,停止性を判定するのは大変なので ↩︎

  3. 他にもコンパイル時レイトレーシング・コンパイル時音声波形処理・コンパイル時パーサーコンビネーターなど,誰が使うんだよみたいなライブラリもありますが,いずれもC++11の頃から constexpr がそれだけ強力な機能であったという証左でもあります ↩︎

  4. 実際にはパディングとかが入ってくるので全く同じにはならない可能性があります ↩︎

  5. 実際にはどの型のオブジェクトを抱えているかを識別するためのタグも必要なのでもう少し大きくなります ↩︎

  6. C++20以降,「リテラル型」という考え方はやめようという話になりました ↩︎

  7. で,型の数が任意の数あるとこの共用体をいい感じに木構造に落とす必要があって,本稿の本質から離れる割に実装がめんどくさい…ということで variant ではなく either で説明することにしました ↩︎

  8. ちなみに単にこのコードを動かしたいだけであれば, metamorphose_at_copy にtrivialなムーヴコンストラクタを生やせば storage_t のムーヴコンストラクタが生成されるため base のコピーコンストラクタが動くようになります ↩︎

  9. swap の実装が例外安全でない点に注意.面倒なので今回は端折りました.まぁコンパイル時に使う分には困らないし… ↩︎

  10. これ若干怪しい.C++20に対する遡及修正アリのDRとしてこの修正が入っていたらC++20でも行けます(ちゃんと調べてない) ↩︎

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