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スクラムや炎上の際役立ちそうなコミュニケーションの基礎

2022/12/10に公開約8,500字

はじめに

本記事は、スクラムや炎上の際役立ちそうなコミュニケーションの基礎について書いていきます。
なお、本記事は Engineering Manager Advent Calendar 2022 の11日目(12/11)の記事になります。

※12/14更新:謝辞並びにリンクや参考文献の提示を行いました。

立ち位置と課題感

わたしは、職域として一言でいうとIoTシステムの研究・開発を勤しんできました。
その中で学んだことは、いくらデータをとって分析・共有していっても、必ずしも受け入れられるとは限らないという厳然たる現実でした。データから導かれた事実から「これが正解だ」とつきつけても何も変わらなかった、そんな苦い経験もしてきました。
一方で、過去複数の職場で設計手法やプロセスを導入してきました。2000年代前半に、デザインパターンや eXtremeProgramingやスクラム に出会い、普及・促進、あるときはうまく行き、あるときは見事に失敗してきました。
失敗しかけたときには「じゃ、いったい次どうするの?どうしていくの?」で悩み、苦しんできました。

最近、スクラムが普及してきましたよね。
わたしの理解では、スクラムは非常にシンプルなプロセスかつフレームワークで、特に初期の段階では確実に失敗する仕組みです。その際、やっぱり「じゃ、いったい次どうするの?どうしていくの?」という問いが浮かんでくるのではないでしょうか。そのとき、肩をすくめてなかったことにするのか、あるいはすくっと立ち上がって、何が起こっているのか話しあえるのか。
そこが be Agile になれるかなれないかの最初のハードルなのかもしれません。

本記事は、そんな際の知識や態度、取り組みの際のヒントになれれば望外の喜びです。

コミュニケーションとは

そもそもコミュニケーションとは一体何でしょうか。
P.ワツラヴィック「人間コミュニケーションの語用論」[1]によると、コミュニケーションには5つの公理(特性)があるそうです。

  1. 人はコミュニケーションしないことはできない 全ての行動はコミュニケーション
  2. コミュニケーションには伝達と命令がある
  3. コミュニケーションは区切り記号で意味が変わる
  4. コミュニケーションはデジタルとアナログがある
  5. コミュニケーションによって何らかの関係性が生じる

以下、ひとつひとつ順に追ってきましょう。

1. 人はコミュニケーションしないことはできない 全ての行動はコミュニケーション

無視するのはコミュニケーションしないことじゃないかと思われるかもしれません。しかし、Line既読無視が象徴されるように、「無視する」という行為もまた、コミュニケーションをしないというコミュニケーションになってしまうのです。

2. コミュニケーションには伝達と命令がある

これは計算機のアセンブリ言語を想起するとわかるかもしれません。アセンブリ言語には Data と Instruction がありますよね。同様に、自然言語でも、伝達(Data)と命令(Instruction)を含んでいます。
例えば、とてもエライ人が部屋を入ってきて一言「寒いよね」といったとしましょう。すると、部下がさっと「暖房つけます」と言いながらエアコンのスイッチをオンするかもしれません。
このように、コミュニケーションには「温度が低い」という事実の伝達と「寒いから暖かくしろ」という命令が含まれていることがわかります。

3. コミュニケーションは区切り記号で意味が変わる

これは文章を思い浮かべてもらえるとすぐわかるかと思います。指示語がどこにかかってくるのか、句読点の付け方により意味が変わってきます。例えば、「あくまのぬいぐるみ」という伝文が送られた際、「あくま」で区切って「悪魔のぬいぐるみ」と受け取るか、「あ」で区切って「あ、クマのぬいぐるみ」と受け取るかで、随分と受け取る意味が変わってきますよね。

4. コミュニケーションはデジタルとアナログがある

デジタルとは記号・言語を意味し、アナログとは表情・声色・声の強さ・所作といった非言語なことをあらわしています。「メラビアンの法則」という法則によると、話の内容が7%、声のトーンや話の速さといった聴覚情報が38%、見た目や相手の所作による視覚情報が55%と、言語な情報よりも非言語な情報が伝わりやすいと言われています。

5. コミュニケーションによって何らかの関係性が生じる

そして、コミュニケーションを繰り返していくと、何らかの関係性が生じていきます。例えば、世話焼きと甘え坊、サドとマゾ、ボケとツッコミといったものです。中には、ドSとドSといった対立をはらんだ関係性に発展するケースもあり、また外部状況によっては、関係性が逆転するケースもありえます。

Power Threat Mean Framework

以上、コミュニケーションには5つの特性があることをお話してきました。このコミュニケーションの5つの特性と外部環境から、ひととひととの関係性が構築されていきます。と同時に、コミュニケーションにより、人は何かしらの意味づけ・抽象化された認知をしていきます。
ここでは、英国心理学会 (The British Psychological Society) での研究の一つである Power Threat Mean Framework[2][3] をとりあげます。PTMF(Power Threat Mean Framework)は、心理・精神的 な苦悩、問題とされる行動、社会的な困難への新たな理解、支援、改善と改革の枠組みを見直そうとする中で、開発されてきたフレームワークです。

Power(パワー)

年の差パワー、性差のパワー、体力的なパワー、法的/制度的パワー、社会・文化としてのパワー、イデオロギーのパワーなどなど。。パワーにはいろいろあります。そして、全ての行動はコミュニケーションであり、コミュニケーションが伝達だけでなく命令を含んでいる以上、どうしてもパワーがかかります。

Threat(脅威)

パワーがコミュニケーションによってかかる以上、人は何かしら影響を受けます。その際、身体・感覚・感情・動作といったアナログな面でも影響を受けるのです。
強いパワーがかかった場合は脅威となりうるでしょう。コミュニケーションによって人間は感覚・感情と一緒に記憶され、極端なケースでは、あるときはフラッシュバックのように想起され、またあるときは全く受け付けられない、聞かれなかったことになることもありえます。

Mean(意味(づけ))

何かしら影響を受けると、人は認知をします。 これらは一部は言語化・可視化することもできますが、一方で、思い込み・とらわれといった誤学習、過学習を引き起こすこともあります。

そして、どんな人でも(問題となる)行動は、人の内部で Power→Threat→Meanのプロセスをへり、Threat Response として現れます。PTMFに限らず、最近のメンタルヘルスの研究によると、第3者によって判定される「患者」の異常行動は、精神「病」ではなく、Powerの因果による正常の反応である仮説が有力になっているそうです。面白いですよね。ソフトウェアでいうと、仕様であるけど仕様不備・機能不全に例えられるかもしれません。

PTMF が意味していること

以上のことから、どんな人でも多かれ少なかれ事実と感想を分けるのは難しいことがわかります。特にパワーがかかっている状態ではなおさらです。これが曖昧さの拡大をさせていきます。
また、パワーをかけている側は、パワーをかけているという状況を認知できない・忘れがちなことも、問題の複雑さに拍車をかけていきます。パワーがかかっている側は被害認知が高まり、より弱い側により一層強いパワーをかけていきます(パワーの連鎖)。
オルポート『デマの心理学』[4]によると、デマの流布量と速度は、重要さと曖昧さの積に比例すると言われています。
重要さ故にパワーが促進され、パワーがかかる故にさらに曖昧さが促進され、正しい情報は誤った情報や曖昧模糊としたデマに変質し、流布量と速度が加速度的に促進されていく。

これがいわゆる「炎上」ではないでしょうか。

コミュニケーションの公理と PTMF の応用

以上、コミュニケーションの公理と PTMFについて紹介していきました。

このふたつの理論から導き学べることは一体何があるのでしょうか?
ともにコミュニケーションの基礎的な部分を取り扱っているので、採用、オンボーディング、評価。。いろいろな局面で応用できそうです。
例えば、採用の際、印象に残っている過去の行動をふりかえってもらい、どんなパワーがかかっていたのか、それによってどんな影響(脅威)が受けていたのかに着目して、その人がどんな局面に強いのか・あるいは脆弱なのかを観測することができそうです。また、多様なパワーのうち、どのパワーに強い人なのか、あるいは多様な影響のうちどんな影響を受けやすい あるいは 受けにくいか人なのかを的確に判定することで、弾力性の強いしなやかなチームを作り上げ維持していくことも可能になるかもしれません。
このように応用範囲が広い2つの理論ですが、ここでは、さらにリスクコミュニケーションおよびクライシスコミュニケーションをとりあげていきます。

クライシスコミュニケーション

クライシスコミュニケーションとは、危機に際して被害を最小限にすべくかつ情報開示を基本としたコミュニケーション活動のことです。
ファイアーマンとなるマネジャーは、パワーをかけず脅威にならないように コミュニケーションを取る必要があります。例えば、パワーをかけない質問としては

  • 何かありました?
  • どんなことが起こったの?

がありえるでしょう。
また、Threat(影響)をきく質問としては、

  • どんな影響がありました?
  • どんな種類の影響がありましたか?

が適切かもしれません。
その際、身体や感覚を思い起こしてもらうのも時にはいいかもしれません。

  • そのとき身体や感覚はどうなりました?
  • ドキドキしましたか?

さらに Mean(受け取った意味)を聞く質問としては、

  • どう理解しました?
  • どう受け取りましたか?
  • どんな苦労をされましたか?

がよそさそうです。

一方で、クライシスな状況下でしがちな質問としては、

  • なぜだ?
  • なんでこうなった?

がありえますよね、
ただ、これだと、パワーがかかり、事実と感想をわけるのが一層困難になります。
ただでさえ、マネジャーという役割は立場上パワーを持っています。危機的であればあるほど、マネジャーは可能な限りパワーを下げるようなコミュニケーションを心がける必要があるのです [5]

リスクコミュニケーション

リスクコミュニケーションとは、クライシス、即ち危機発生前に、起こる可能性のあるリスクを、ステークホルダーとでコミュニケーションをとっていく活動のことです。
マネジャーは、 コミュニケーションを取る仕組みを常日頃から構築しておく必要があります。その際、自らにもパワーをかけない質問を発し問いかける、といった訓練を行うのも有効となるでしょう。
また、チームで習慣化していくこともいいことなのかもしれませんね。そのためにも、スクラムの中のアジャイル・レトロスペクティブとして、ふりかえりをやっていくことは肝要だと思います。
PTMFをふりかえりに適用したふりかえり手法として、ORID、米軍で使われているOODC、Spotify で有名になった DIBBといった方法が挙げられると思います。

おわりに

本記事では、スクラムや炎上の際役立ちそうなコミュニケーションの基礎と題して、その課題感から始まり、コミュニケーションの公理と、PTMF(Power Threat Mean Framework)という二つの理論を紹介してきました。PTMFとデマの流布量と速度から「炎上」について論考していきました。
さらに、二つの理論から、リスクコミュニケーションおよびクライシスコミュニケーションをどうとっていくのが良いか、どう進めていくとよいのか、簡単ながらわたしの思うところ及びやっていることを紹介してきました。

いかがでしたでしょうか?
本記事が少しでもお役に立てれば幸いです。

明日は @inteltank さんの「Problemばかり増え続ける振り返りとお別れしよう」です。とても偶然ですがふりかえりの話につながりました。楽しみです。

謝辞

本記事は、EM雑談会#12ならびに【アジャイルのやさしい杯】第1回ビブリオバトル!!の中で話し合われたことを参考に生まれました。その場にいわせてくれた方々に感謝します。
また、PTMF は 臨床心理士白木孝二先生よりご教示いただきました。学び直しの場を作っていただいた白木先生、関西ダイアローグ実践研究会の皆様に感謝します。

参考文献

脚注
  1. P.ワツラヴィック「人間コミュニケーションの語用論」
    https://www.amazon.co.jp/人間コミュニケーションの語用論―相互作用パターン、病理とパラドックスの研究-ポール・ワツラヴィック/dp/4861080444/ref=sr_1_1?adgrpid=60163807904&gclid=Cj0KCQiA4uCcBhDdARIsAH5jyUlRF7O55vBvH5PcB0y6vw3LCidV6oD_XnXpjA1hQvOs16C6_fv9ctwaAkSHEALw_wcB&hvadid=618563459682&hvdev=c&hvlocphy=1009461&hvnetw=g&hvqmt=e&hvrand=13408721006147943574&hvtargid=kwd-363142624924&hydadcr=3637_13606464&jp-ad-ap=0&keywords=人間コミュニケーションの語用論&qid=1670974167&sr=8-1 ↩︎

  2. L.Johnstone他 "A Straight Talking Introduction to the Power Threat Meaning Framework: An alternative to psychiatric diagnosis (The Straight Talking Introduction series) Paperback – November 12, 2020"
    https://www.amazon.com/Straight-Talking-Introduction-Meaning-Framework/dp/1910919713 ↩︎

  3. L.Johnstone他 "The Power Threat Meaning Framework: Towards the identification of patterns in emotional distress, unusual experiences and troubled or troubling ... to functional psychiatric diagnosis Paperback – November 13, 2020 "
    https://www.amazon.com/Power-Threat-Meaning-Framework-identification/dp/1854337580 ↩︎

  4. オルポート「デマの心理学」
    https://www.amazon.co.jp/デマの心理学-岩波現代叢書-G-W-オルポート/dp/4000014307/ref=sr_1_2?__mk_ja_JP=カタカナ&crid=22FPXGWRBQEFF&keywords=デマの心理学&qid=1670974242&sprefix=デマのしn%2Caps%2C840&sr=8-2 ↩︎

  5. その他、パワーをできるだけかけない質問技法としては例えばW.サリヴァン 「クリーンランゲージ入門」があります
    https://www.amazon.co.jp/クリーン・ランゲージ入門―〈12の質問〉にもとづく新コーチング技法-ウェンディ・サリヴァン/dp/4393366336/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&crid=W0AB7NH9X5JS&keywords=クリーンランゲージ入門&qid=1670974585&sprefix=クリーンランゲージ入門%2Caps%2C444&sr=8-1 ↩︎

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