OpenAIのOperatorの裏側で起きていること ─ CogAgentから読み解くGUI操作エージェントの技術スタック
はじめに
2024年、OpenAIがChatGPT Proユーザー向けに公開した「Operator」は、Webブラウザ上で人間のようにGUIを操作できるAIエージェントです。ユーザーの自然言語による指示に応じて、フォームに情報を入力したり、特定のWebページを開いてボタンを押したり、商品を注文したりといった一連のGUI操作を自律的に実行します。(GUIエージェントについてはこちら)
一見すると単なる便利な「Web操作ツール」に見えるかもしれませんが、実際にはその裏側で、視覚認識・自然言語理解・マルチモーダル統合・逐次的意思決定・GUI操作エミュレーションといった複雑な処理が密に連携して動作しています。このような高度な機能を安定して実現するには、相応の技術的基盤が不可欠です。
本記事では、Tsinghua大学とZhipu AIが共同開発したGUIエージェント「CogAgent」(arXiv:2312.08914v3)を題材に、Operatorのようなエージェントが実際に何をしているのか、その技術的な「裏側」を推察します。CogAgentはGUIナビゲーションに特化した視覚言語モデル(Visual Language Model)であり、その構造と実験結果は、Operatorのようなエージェントの設計を考えるうえで非常に参考になります。
CogAgentのアーキテクチャと仕組み
CogAgentは、GUI理解と操作に特化した視覚言語モデル(VLM)で、以下のような構成から成り立っています。
1. 高解像度視覚エンコーダ
スクリーンショットは672×672以上の解像度で入力され、小さなUI部品(ボタン、ラベル、チェックボックスなど)も識別可能です。視覚エンコーダは、ResNetなどのバックボーンを持ち、多層的な特徴を抽出し、空間的な構造を保ったまま次の処理ステージに渡します。この高解像度の処理により、微細なUIの違いや画面レイアウトのバリエーションにも対応可能になります。
2. テキストエンコーダ
タスク記述やユーザー指示は自然言語で与えられ、BERT系などのエンコーダによって意味的ベクトルに変換されます。視覚と連携するため、エンコーダは命令に含まれる対象語(例:「予約」「Googleカレンダー」など)を正確に抽出・構造化するように訓練されます。
3. クロスモーダル統合モジュール
視覚的特徴とテキスト情報はこのモジュールで融合され、「画面上に何があるのか、そして何をすべきか」が1つの表現空間で解釈されます。TransformerベースのFusionモジュールが一般的で、注意機構によって重要な視覚・言語要素の関連性を学習します。
4. 行動計画・実行モジュール
統合された情報をもとに、次に行うべきGUI操作(クリック、入力、スクロールなど)を逐次的に決定し、エージェントの操作コマンドとして出力します。行動は1ステップずつ実行され、操作の結果を再観察したうえで次のアクションを選び直す、いわばループ構造となっています。
CogAgentのモデルアーキテクチャ
引用:CogAgent: A Visual Language Model for GUI Agents
CogAgentから見えてくる「Operatorの内部で起きていること」
高解像度な視覚処理
GUI理解において、高解像度入力は不可欠です。CogAgentは672×672の画像を扱い、細かなUI要素まで認識できます。Operatorもおそらく、高精細な画面キャプチャをCLIPやResamplerベースの視覚モデルに渡してUIの空間構造を理解していると考えられます。
これにより、Operatorは「予約ボタン」や「次へ」など、ページによって微妙に異なるUIラベルやアイコンを正確に見分け、適切な操作ができるようになっています。
マルチモーダルな推論
テキストと視覚を統合して操作を判断するモジュールは、GPT-4oによって担われていると考えられます。ユーザーの意図とUIの状態を合わせて処理することで、より柔軟で汎用的な操作が可能になります。プロンプトの内容に応じて、Operatorは画面の情報を踏まえながら「次に何をするべきか」を自然に導き出します。
逐次的なタスク分解と意思決定
Operatorが複数の操作を段階的に行えるのは、CogAgent同様の「観察→判断→操作→再観察」というループがあるからだと推察されます。実行時には、行動のフィードバックを活用したオンライン的な再評価が行われており、誤クリックや情報不足があっても軌道修正が可能です。
Tree-of-ThoughtsやReActのような手法で、思考と行動を交互に繰り返しながら精度を高めている可能性も十分にあります。
アブレーション分析から学ぶ設計の要点
CogAgent論文ではモデル内の各要素が性能に与える影響を詳細に分析するため、アブレーションスタディ(要素除去実験)が行われています
検証された構成要素:
- 高解像度クロスモーダルモジュールの有無
- GUI特化事前学習の有無
結果の要点:
- 高解像度+クロスモーダル統合がGUIナビゲーションに必須
- GUI画像での事前学習が性能を大きく引き上げる
Operatorでも、GUI特化の事前学習データとクロスモーダルな推論構造が導入されている可能性は極めて高いです。また、CogAgentは「自然なナビゲーションシナリオ」に近い形式のGUIデータセットで訓練されている点も見逃せません。Operatorが実環境の多様なWebサイトでスムーズに動くには、同様にユーザーインタラクションを模倣したデータでの事前学習が鍵を握っているはずです。
Operatorが安定して“動いている”理由を再考する
CogAgentの知見を踏まえると、Operatorが安定してGUIタスクをこなすためには次のような技術が必要です:
- 高解像度な画面入力と構造解析
- 視覚・テキスト統合によるタスク解釈
- 段階的行動計画(逐次観察+計画)
- GUI特化の事前学習による適応力
- 安全確認や人間による承認設計(デフォルトで「確認しますか?」と聞く等)
- マルチターン処理能力(ユーザーとの追加やりとりを含む)
これらがうまく統合されているからこそ、OperatorはWeb操作タスクを「自然に」「柔軟に」こなせているのだと考えられます。ユーザー体験がスムーズである裏には、上記のような複合的な設計思想とエンジニアリングが隠されているのです。
おわりに:CogAgentはOperatorの設計思想を映す鏡かもしれない
Operatorの内部構造は非公開ですが、CogAgentのような研究からその実像を推察することは非常に有効です。また、GUIは非構造的で変化も激しいため、LLMやVLMが環境を逐次理解し、柔軟に判断・操作する必要があります。CogAgentのような設計は、その要求に高いレベルで応えるものです。
CogAgentは単なる実験的モデルにとどまらず、「汎用GUI操作エージェント」を目指すうえで必要な設計思想を体現しています。スクリーンショットから何を見て、どこを押すかを考え、指示に従って実行し、結果を確認する──この流れを再現できることが、次世代のインターフェース操作AIには不可欠です。
GUI操作エージェントを作ってみたい、自社に導入したいと考えているエンジニアにとって、CogAgent論文は設計上の出発点となり得るはずです。その先には、単なるオートメーションを超えた「人間のように振る舞うAI」が見えてくると思います。
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