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読書メモ「THE 創薬 少資源国家にっぽんの生きる道」

2024/09/20に公開

概要

日本薬学会が2021年に刊行した書籍。
https://yakuji-shop.jp/SHOP/9784840815536.html

新薬がどのように開発されているのか、一般の人にはあまり知られていないのではないでしょうか。
そこで、本書では、創薬研究や医薬品開発の現状や将来の可能性などについて、専門的な用語については説明を行うなど、医薬品業界の関係者や専門家のみならず高校生を含めた一般向けにわかりやすく紹介することを企画しました。

読み終わった感想として、大学で化学生物学熱力学を習った人が、「知識は習ったけど、それをどう創薬に応用できるのか?」を理解するのには最高の本に感じた。また、工学・理学の他業種で研究をしてきた人が創薬業界に入る前に一読しておくと、かなり理解が深まりそうだ。ただし、前提知識のハードルはけっこう高めな気もする。。。

以下、内容を自分の振りかえり用にまとめ。

第一部:創薬概況

創薬イノベーションの目的

  1. 健康寿命の延伸
  2. 服薬など治療の持続性を高める
  3. 国民が負担する医療コストを下げる

創薬の難しさ

2019年のデータによると、

  • 基礎研究で低分子化合物を合成する
  • 0.02%が非臨床試験(動物試験、薬物動態試験)に進む
  • 45%が臨床試験に進む
  • 37%が承認される
    ということで、新薬を作るためには、平均的に26000種類の化合物合成が必要。これを何とかしたい。

<ここから自分調査>
日本製薬工業協会が出している創薬データブックというものを発見した。とても詳細で、一次データとして参考になりそう。
https://www.jpma.or.jp/news_room/issue/databook/ja/rs40ob000000139v-att/DATABOOK2024_J_ALL.pdf

  • 6~7ページが世界の製薬会社。
  • 24~25ページが売上高・営業利益率などの業績面。
  • 60~61ページが研究開発費の推移。この30年で研究開発費が10倍に膨れ上がっていることも書かれている。

<ここまで自分調査>

創薬モダリティ

医薬品の作られ方のこと。転じて、医薬品の種類そのものを表す言葉になっている。

<ここから自分調査>
各モダリティについて、具体的にどのような特徴があり、どのような薬として活用されているのかが良く分からなかったため、追加で調査した結果を以下にまとめる。例として挙げた薬は、自分が聞いたことがあるものや、ネットで一番上に出てきたものを挙げただけのため、これらが一番有名というわけではないので注意。

  • 低分子医薬
  • 化学合成で単純に作れる。分子量は小さい (500以下)。安定性が高く、品質管理も比較的楽。
  • 例:ゾルピデム (商品名:マイスリー)
    • 睡眠導入剤。中枢神経細胞の過分極を引き起こし神経伝達を阻害するGABAA受容体...のアロステリック結合部位に結合することで、より強い神経伝達阻害作用を引き起こす。
    • Sanofiが開発、アステラス製薬が販売。
    • https://ja.wikipedia.org/wiki/ゾルピデム
  • 抗体医薬
  • 抗体を細胞に作らせる。分子量は大きい(数千~数十万)。不均一であり、質の管理が大変。
  • 例:ネモリズマブ (商品名:ミチーガ)
  • 抗体薬物複合体(ADC)
  • 抗体と低分子医薬をリンカーで繋げたもの。低分子医薬の強力な細胞殺傷力と、抗体の高い選択性を両立させることで、薬効を大きく高められる。
  • 例:トラスツズマブ-デルクステカン (商品名:エンハーツ)
    • HER2陽性型の乳癌、胃癌などの治療薬。HER2タンパクに特異的に結合する抗体医薬トラスツズマブと、DNA複製に必須なトポイソメラーゼの働きを阻害して細胞を殺傷するデルクステカンを組み合わせている。トラスツズマブ単体 (商品名:ハーセプチン) よりも再発リスクが低い。
    • 第一三共が開発。
    • 中外製薬が開発したトラスツズマブ-エムタンシン (商品名:カドサイラ) と競合している。
    • https://ja.wikipedia.org/wiki/トラスツズマブ_デルクステカン
  • ペプチド
  • 分子量が500~一万程度の「中分子医薬」の一種。抗体のような選択性を保ちつつ、分子量が小さいので化学合成ができるという特徴がある。
  • 例:シクロスポリン (商品名:ネオーラル)
    • 免疫抑制剤。T細胞の活性化を引き起こす酵素カルシニューリンを阻害し、免疫機能を抑える。臓器移植の必需品で、WHO必須医薬品モデル・リストに登録されている。
    • https://ja.wikipedia.org/wiki/シクロスポリン
  • 核酸医薬
  • 中分子医薬の一種で、次世代モダリティの一つ。DNAやRNAの特定の配列を標的とし、遺伝子発現や転写の調節を行うことで病気を治療する。
  • 例:ヌシネルセン (商品名:スピンラザ)
    • 脊髄性筋萎縮症の治療薬。これはSMN1遺伝子欠損に伴う遺伝病で、運動ニューロンの活性化につながるSMNタンパク質の生成量が少ないために起こる。ヌシネルセンは、mRNAの選択的スプライシングを制御するヘテロ核リボヌクレオタンパク質...を阻害することで、別の遺伝子からSMNタンパク質を生成できるようにする。
    • https://ja.wikipedia.org/wiki/ヌシネルセン
  • 遺伝子細胞治療
  • 次世代モダリティの一つ。T細胞に、特定の抗原を認識する認識部位の遺伝子を導入する治療法。
  • 例:チサゲンレクロイセル (商品名:キムリア)
    • B細胞性の急性白血病の治療薬。患者のT細胞を抽出し、白血病の原因になっているB細胞を認識する抗体「キメラ抗原受容体(CAR)」...をコードする遺伝子を挿入する。
    • 薬価およそ3000万円。
    • https://ja.wikipedia.org/wiki/チサゲンレクロイセル
  • 遺伝子治療
  • 次世代モダリティの一つ。宿主の細胞に直接外部からDNAやRNAを送り込み、必要なタンパク質を作らせる。「核酸医薬」は宿主の細胞がもともと持っているDNAやRNAの発現を制御するものなので、作用機序が違う。
  • 例:オナセムノゲンアベパルボベク (商品名:ゾルゲンスマ)
    • 脊髄性筋萎縮症の治療薬。アデノ随伴ウイルスベクターという、非常に弱い免疫反応しか起こさず、宿主細胞のDNAを書き換えないという非常に優れた性質をもったウイルスベクターを用いて、SMN1遺伝子を直接患者の体内に送り込み、SMNタンパク質が生成できるようにする。
    • 薬価およそ1.5億円で、堂々の1回投与費用最高額。ただし、運動ニューロンは細胞分裂せず、かつアデノ随伴ウイルスベクターで作られたDNAは細胞分裂しない細胞では長期間保持され続けるため、1回投与すれば生涯持つ、と言われている。
    • ノバルティスが開発。
    • https://ja.wikipedia.org/wiki/オナセムノゲンアベパルボベク
    • https://ja.wikipedia.org/wiki/アデノ随伴ウイルス
  • 細胞治療
  • 次世代モダリティの一つ。再生医療や遺伝子細胞治療などを含んでいる。
  • 例:ハートシート
    • 心不全治療用再生医療製品。患者の筋肉細胞を抽出・培養し、シート状にして心臓に貼ることで、心不全の治療を行う。
    • テルモが開発、2015年から10年間の期限付き承認されていたが、2024年7月に有効性が認められなかったとして承認却下されている。

<ここまで自分調査>

第二部:今までの新薬開発の例

田辺三菱製薬 / フィンゴリモド (商品名:イムセラ)

  • 薬効:
    • 多発性硬化症の治療薬の一つ。冬虫夏草由来の免疫抑制物質マイリオシンをリード化合物として、「不斉炭素を全て無くす」という従来の常識と離れたアイデアを試した結果創成された。
    • また、作用機序が分からないまま免疫抑制作用が確認されており、後の調査で、マイリオシンをフィンゴリモドにした時点で、標的分子が変わっていたことが明らかになった。
    • https://ja.wikipedia.org/wiki/フィンゴリモド
  • 開発期間:
    • 約20年 (1980年代後半発想 ~ 2010年承認)
  • 成功の鍵:
    • 一般常識とはかけ離れたアイデアを試すこと
    • セレンディピティ

JT医薬総合研究所 / トラメチニブ (商品名:メキニスト)

  • 薬効
    • メラノーマに特に強い効果を発する抗がん剤。細胞増殖を引き起こすMAPK/ERKシグナル伝達経路を阻害することで、BRAF変異を有する腫瘍細胞の増殖を抑える。
    • 標的分子の活性化部位のペプチドを使ってスクリーニングする普通の手法ではなく、癌抑制遺伝子「RB」を活性化させる薬物を(標的分子は分からないままに)探索する「RB再活性化スクリーニング」と呼ばれる手法を大学の研究室で開発し、企業の共同研究に繋げた。
    • https://ja.wikipedia.org/wiki/トラメチニブ
  • 開発期間:
    • 約20年 (1991年発想 ~ 2013年承認)
  • 成功の鍵:
    • 開発中止と言われてもやり続けること
    • 通常ではない手法がアカデミアにはあるので、産学連携が大事

中外製薬 / エミシズマブ (商品名:ヘムライブラ)

  • 薬効:
    • 血友病Aの治療薬。血友病Aは遺伝病で、血液凝固反応を引き起こす「活性型血液凝固第VIII因子 (FVIIIa)」をコードする遺伝子が欠損したときに発生する。FVIIIaは「酵素FIXaによる血液凝固第X因子基質FX活性化反応」を活性化させる補因子であり、FIXaとFXに同時に結合してその距離を近づける。エミシズマブはFVIIIaと同様にFIXaとFXに同時に結合できるため、同様に血液凝固反応を活性化させられる。
    • また、FVIIIaを定期補充する治療法と比べ、週2~3回の静脈注射ではなく、月1回の皮下注射でも薬効が持続するほか、中和抗体が発現しにくい。
    • https://en.wikipedia.org/wiki/Emicizumab
  • 開発期間:
    • 約20年 (2000年発想 ~ 2017年承認)
  • 成功の鍵:
    • バイスペシフィック抗体の工業生産に必要な、新規の技術を開発したこと
      • バイスペシフィック抗体は通常抗体と比べ、目的の抗体の収量が著しく落ちる、同時に生成されるモノスペシフィック抗体と分離できないという課題があるため、それぞれの課題を解決する必要があった。
    • 「補因子の代替」という、今までにない抗体医薬の作用機序を考え出したこと
      • 従来の抗体医薬の作用機序は、低分子医薬とリンクさせる(ADC)にしろ、抗体のアロステリック結合部位を調べて活性を上げるにしろ、「標的細胞への殺傷力を高める」という路線しか無かった。

塩野義製薬 / ドルテグラビル (商品名:テビケイ)

  • 薬効:
  • 開発期間:
    • 約20年 (1989年発想 ~ 2013年承認)
  • 成功の鍵:
    • 市販のキットに頼らずに、作用機序から最適なアッセイ系を考え抜いたこと
      • 市販のウイルスインテグレーションアッセイキットは、インテグレーション後のDNAを基質として使うため、HIVインテグラーゼと同じ位置に結合するドルテグラビルはヒットしない。ターゲットとする反応をよく理解するのが必要。
    • プロジェクトが開発中止になっても諦めないこと

アステラス製薬 / ミラベグロン (商品名:ベタニス)

  • 薬効:
  • 開発期間:
    • 約20年 (1980年代後半発想 ~ 2011年承認)
  • 成功の鍵:
    • 経営陣の理解を得るのが大事
      • 当時アステラス内で同時に開発されていた過活動膀胱治療薬「ソリフェナシン」と競合していたため、上層部の理解を得るのに時間がかかったとのこと。ミラベグロンの方が副作用が少ない。
    • 自社開発の徐放性製剤を採用したこと

武田薬品工業 / ボノプラザン (商品名:タケキャブ)

  • 薬効:
    • 胃酸抑制剤。胃壁細胞のプロトンポンプに作用することで、胃酸の分泌を減らす。
    • 従来のプロトンポンプ阻害薬では、効果の発現時間がばらつく、胃内のpH(個人差)によって薬効が変化する、血中半減期が短い、効果発現までに時間がかかるなどの課題があり、それらを一挙に解決することができている。
    • https://ja.wikipedia.org/wiki/ボノプラザン
  • 開発期間:
    • 約10年 (2003年開始 ~ 2015年承認)
  • 成功の鍵:
    • 既存薬の課題を一気に解決するコンセプトを考える
    • データを可視化して相関を探したこと
      • 最適化にあたって「細胞障害性を下げる」のが必要だったが、実験的にデータを集めるのは難航した。そこで、別の指標Dと細胞障害性の間に強い相関があることを発見し、「指標Dを下げる」ことで、細胞障害特性を改善できた。

協和キリン / モガムリズマブ (商品名:ポテリジオ)

  • 薬効:
    • T細胞由来の腫瘍に効果を発揮する抗がん剤。T細胞表面にあるCCR4受容体に結合し、ナチュラルキラー(NK)細胞のような免疫細胞を「通常抗体よりも特に強く」引き寄せることで、腫瘍細胞への免疫活性を引き起こす。
    • 抗体の生物活性を調節している「Fc領域」の糖鎖から「フコース」と呼ばれる領域を除去すると、引き寄せられたNK細胞との結合が100~1000倍強くできる、「ポテリジェント」と呼ばれる協和キリンの独自技術を用いている。
    • https://ja.wikipedia.org/wiki/モガムリズマブ
    • https://www.kyowakirin.co.jp/antibody/kyowakirin_antibody/enhanced_ab.html
  • 開発期間:
    • 約20年 (1996年発想 ~ 2012年承認)
  • 成功の鍵:
    • ポテリジェントのような画期的な技術力を持っていたこと
    • 適切な創薬標的を見つけるためのアカデミアでの基礎研究、そして臨床のサンプルを用いて臨床予測性を高めるための現場との橋渡し研究など、とにかく産学民連携での共同研究を進めたこと

<ここから雑感>
大雑把にまとめると、以下の3点が創薬研究では特に求められそう。

  • 自社独自の強みとなる画期的な技術力を持つこと。
    • 中外製薬や協和キリンにおいて、独自の抗体エンジニアリング技術が新薬に繋がったことは、「技術は力」であることを端的に示している。他社の薬の種を買ってくるモデルでは早晩行き詰ってしまう。
  • 従来の常識にとらわれないアイデアを試すこと。
    • JT医薬や協和キリンではアカデミアとの共同研究によりアイデアを得られた。中外製薬は抗体医薬の新しい作用機序を考え出した。田辺三菱製薬は化学構造を無理やり変えたら偶然うまくいった。
  • 壁にぶつかっても、何とかして乗り越えるか、たとえ折れてもどこかに繋がっていると信じ抜くこと。
    • 最初の一歩から承認まで20年かかる。短期的に物事を見ない。最後は根性論。

<ここまで雑感>

第三部:これからの話題

技術は力。自社にしかない強みを得るための方法は。。。?

この章もとても重要な内容が多く詰まっているのですが、どう要約してもネタバレになってしまうので、本記事には記載しないことにしました。iPS細胞やCRISPR/Casを最先端の研究でどのように使っているのかなど、とても興味深い話が多く載っているため、ぜひ購入してご一読ください。特に、第一部と第二部の内容をしっかり読み込んでおくと、第三部に入った時に「あ、この薬さっき調べた!」という繋がりが見つかり、過去から最先端への流れがうっすらと見えてとても面白いです。

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