結婚すべきか別れるべきか?恋愛を数学モデルで考察する
恋愛の意思決定を数学モデルで考察しよう
「今付き合っている恋人と結婚すべきか別れるべきか」という問題は、真剣に恋愛をしている方々にとっては深刻な問題の一つです。1か月後、1年後の恋人との関係性はどうなるかは予想できないし、どのタイミングで決めるのが合理的な選択なのだろうと悩みは尽きません。
そこで「現在の恋人と付き合い続けるか、結婚するか、別れるか」という意思決定について、確率微分方程式を用いた数学モデルで考察してみようと思います。
数学的な部分に特に関心が無い方でも、物語の設定や考察の部分を読んでいただくだけで十分楽しめるかと思いますので、ぜひご一読ください。
なお本記事の執筆にあたっては、以下の記事を参考にさせていただきました。大変興味深い記事となっておりますので、こちらもぜひご覧ください。
物語の設定
山田さん(仮名)は現在ある恋人と付き合っています。
カップルとしての関係性は揺らぎやすいものです。恋人との関係が良好な時は楽しいですが、ときにはけんかをして恋人との関係が悪化することもあります。この世界では、ある時点
山田さんには、二つの選択肢があります。一つ目は、今付き合っている恋人と結婚することです。この世界では、結婚をすることで安定した関係性を築けるものとします。すなわち、恋人として付き合っている時には将来の関係値は予測できないものでしたが、結婚をするとその時点での関係値が一生続くとします。
もう一つの選択肢は、今付き合っている恋人と別れることです。関係値が低い恋人と付き合い続けるくらいならば、いっそ別れてしまって独身としての人生を謳歌した方が幸せかもしれません。独身でいる場合には、関係値
数学モデルの構築
それでは上で述べた設定を基に、数学的に定式化をしていきましょう。なお、モデルの構築手順に関しては一通り説明していきますが、詳細な導出に関しては一旦割愛させていただきます(記事の反響があれば追記しようと思います)。
なお本記事では、リアルオプション理論を恋愛現象にあてはめてモデルを構築していきます。リアルオプション理論とは、簡単に言うと「株価や為替の変動など不確実な現象を扱う数学的な枠組みを、金融以外の様々な分野での意思決定にも活用しよう!」という、経済学(特に金融工学)における考え方の一つです。本記事を通じて、少しでも当該分野に関心を持っていただければ幸いです。
恋人との関係性の変化
恋人との関係値
に従うとします。これは幾何ブラウン運動と呼ばれる確率過程(確率微分方程式)の一種です。第1項は時間的な変化を表し、第2項は予測できない変化を表します。株価の変動などを表す際によく用いられるものです。
なお、以下では
恋人と付き合い続けることの価値
この世界では、この恋人との関係値がそのまま幸福度を表すと仮定します。山田さんは将来にわたって得られる幸福度を比較し、恋人とこのまま付き合い続けるか、今結婚するか、それとも別れるかを考えるものとします。
まず、恋人と付き合うことで得られる幸福度を考えます。その価値は、現在の関係値
カップルとして恋人と付き合っている時に享受できる純粋な生涯幸福度は
で計算できます。ここで
ここで伊藤の公式(伊藤の補題、Itô's lemma)と呼ばれるものを使うと
とできることがわかります。これより
となります[1]。ここで
となるので、最終的に
を得ます。これが、結婚したり別れたりするといった選択肢を考慮しない場合の生涯幸福度となります。
結婚・お別れができる状態で恋人と付き合い続けることの価値
次に、結婚やお別れの選択肢がある場合を考えましょう。この場合の価値関数は、
となります。ただし
です。また
一方、
リアルオプション理論ではこのように、将来の不確実性があるときには、より柔軟な選択ができる方が価値が高いと考えます。
なお、
恋人と結婚・お別れすることの価値
次に、結婚をした場合に山田さんが享受できる価値を考えましょう。結婚した時点から将来にわたって山田さんが得られる幸福度は
となります。
最後に、別れた場合の価値を考えましょう。別れた時点から将来にわたって山田さんが享受する価値は
となり、
結婚・お別れするタイミングの計算
山田さんは上で導出した生涯幸福度を比較することで、いつ恋人と結婚あるいはお別れするべきかを合理的に判断します。
関係値がある値
同様に、関係値が
山田さんの意思決定
山田さんの意思決定を分析するには、結婚閾値と離別閾値を計算する必要があります。またこれに伴って、価値関数で登場した未知の定数
関係が切り替わる瞬間を考えると、まずその前後での価値は一致していなければなりません。この条件は価値対等条件(value-matching condition)と呼ばれます。
例えば結婚閾値では、結婚直前の価値関数
が成り立ちます。
またこの切り替えは山田さん自身の意思決定で行われたものです。この場合には、価値関数が滑らかにつながっている、すなわち一階微分の値が一致していなければなりません。これは滑らかな張り合わせ条件(smooth-pasting condition)と呼ばれます。
結婚閾値においては、
が成り立ちます。
同様に離別閾値について考えるとお別れの直前と直後で価値関数の値が一致しており、かつ一階微分が等しくなければいけません。そのため、
が成り立ちます。2つの閾値
なお、一次の連立方程式等であれば文字を整理してスッキリと解くことができるのですが、今回は
シミュレーション結果と考察
基本ケース
それでは、実際に値を当てはめてシミュレーションを行ってみましょう。
ここまで登場したパラメータとそれぞれの意味を以下に再掲しておきます。
:独身の場合に得られる幸福度 b :主観的な時間選好率(将来の幸せと比べてどの程度現在の幸せを重んじるかを表す) \delta :恋人との関係性の平均的な時間変化 \mu :恋人との関係性の変化における不確実性 \sigma
まずは基本的なケースとして、
結婚閾値 |
離別閾値 |
---|---|
関係値が
一方で関係値が
独身での満足度がより低いケース
次に
この場合の閾値は以下のようになりました。
結婚閾値 |
離別閾値 |
---|---|
まず結婚閾値に関して、基本ケースでは
また離別閾値も低下しており、基本ケースと比べて、関係値が下がっても山田さんはなかなか恋人と別れたがらないことがわかります。
これらの結果から、山田さんは誰かと一緒にいたい傾向が強いと言えます。山田さんは生涯独身でいる場合の満足度が低い、すなわち一人だと寂しいと感じるのですから、これらの結果は山田さんの特徴を上手く反映した結果になっているように思えます。
将来よりも現在の幸せをより重視するケース
次に
この場合の閾値は以下のようになりました。
結婚閾値 |
離別閾値 |
---|---|
まず、基本ケースと比べて結婚閾値が低下していることがわかります。関係値が高い状態でも、恋愛をそのまま続けていればさらに関係値が高い状態で結婚できる可能性もあるわけです。しかし、今の幸せをより重視する場合には、ある程度満足していればその段階で結婚に踏み切ってしまう傾向が強いことがわかります。
また、離別閾値は上昇しています。一旦冷めた関係になってしまったら、再び将来的に関係値が上昇するのを待つことなく、早い段階で別れて独身を楽しむ方が合理的だと考えることになります。
関係性がより悪化傾向にあるケース
また、
この場合の結果は以下の通りです。
結婚閾値 |
離別閾値 |
---|---|
まず結婚閾値が下がっていることから、関係性が悪化する前にさっさと結婚をしてしまった方が良いと考える傾向がより強くなることがわかりました。
また離別閾値は上がっており、ある程度関係値が下がってしまったら、さらなる関係性の悪化を避けてより早く別れようとすることがわかります。
現実においても、特に年齢を重ねた状態での恋愛では、恋愛においてより早く結婚するか別れるかを決める傾向にあるでしょう。年を重ねた場合には1年間の重みが大きく、だらだらと恋愛を続けた場合に関係値が下がっていくスピードが速いためである、と考えると上手く説明できそうです。
関係性がより予測しづらいなケース
最後に、
閾値を計算すると以下のようになります。
結婚閾値 |
離別閾値 |
---|---|
まず、結婚閾値は上昇していることがわかります。すなわち、急激に関係性が悪化するリスクはあるものの、もうちょっと恋愛の関係を楽しんでより関係性が良くなってから結婚したいという心理が働くと考えられます。
一方で、離別閾値が下がっていることがわかります。関係値が下がった状態でも、関係性が良かったあのときの関係値が取り戻せるかもしれないという心理が働き、なかなか別れようという踏ん切りがつかないことがわかります。
このように不安定な関係性の場合には、なかなか結婚もできないし別れるタイミングも見つけられないといった状況になり、いわば恋人に沼る(ぬまる)傾向が強いと言えるでしょう。
まとめ
この物語の主人公である山田さんは、「現在の恋人と付き合い続けるか、結婚するか、別れて一生独身でいるか」の意思決定を以下のルールに基づいて行います:
これらの閾値は、与えられたパラメータによって決まります。各パラメータと山田さんの意思決定には以下のような関係があることがわかりました:
-
が低い=独身での満足度が低い場合には、結婚の決断は早まり、お別れの決断は遅れる。b -
が高い=今この瞬間の幸せをより重視する場合には、結婚・お別れの決断が早まる。\delta -
が低い=恋人との関係性がより悪化傾向にある場合には、結婚・お別れの決断が早まる。\mu -
が高い=恋人との関係性が安定的でない場合には、結婚・お別れの決断が遅れる。\sigma
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