『MCI・認知症のリハビリテーション | Assistive Technologyによる生活支援』書評
認知症の人が多数派となる社会が近づいていることもあり、認知症の人がよりよく生きるためにテクノロジーを活用すべく認知症フレンドリーテックというコミュニティを立ち上げました。
今回、MCI・認知症のリハビリテーション | Assistive Technologyによる生活支援という書籍に出会い、これがテクノロジーを活用した実践に富む素晴らしい内容であったため、多くの人に知っていただきたいと思い記事にまとめることとしました。
序文
視力障害、聴力障害、歩行障害がある人に、メガネ、補聴器、車椅子などの補助具を活用して生活の自立を促すのは当たり前のことになっている。
このため、軽度認知障害(MCI)や認知症の人が、主たる症状である記憶障害をおぎなうために記憶補助具(メモリーエイド)による生活支援が必要と考える。
今回、この支援をAssistive Technology (AT)という言葉でまとめた。
第一部 記憶の種類や記憶障害についての解説とATによる生活支援について
第一部の前半では、記憶の種類や記憶障害について解説がされている。
また、認知症の検査でどういったものが用いられているかや、認知症予防説の検証も行われている。
この部分については他書と重なる部分も多いため、ここでは詳細を省く。
ATによる生活支援について
第一部の後半は、ATによる生活支援について書かれている。
これまで認知症に関する対処法の多くは、認知症の症状を介護者に説明し介護者に受容的態度で接することを説くのみであった。
(具体的には、「認知症の人から同じことを何度も聞かれても、本人は前に聞いた頃を忘れているため、"さっきも言ったでしょ!"と怒らず受容的態度で接するように」 というものである。)
しかし、何度も同じ質問や行動をされると受容できず怒ってしまうのは仕方ない。
MCIや認知症の中核症状は記憶障害で、筆者はこの記憶障害とは情報が覚えられない(蓄えられない)、検索できない、活用できない、などの「情報障害」と考えている。
このため、MCIや認知症支援の原則は情報障害に対し本人が必要としている情報を適宜、速やかに本人に提供することである。
具体的には、トイレに接近したらトイレの場所を知らせる、同じことを聞いてくる前にその情報を事前に知らせる、などである。
また、情報がなく不安でパニックになっていると効果がないため落ち着いている時に情報を提示する、正しい情報を与えても納得しないことがあるため本人が納得できる情報を提示することが必要である。
MCIや認知症になったからといって急に何もできなくなるわけではない。
残されている能力とATを活用して、軽度の人は仕事の継続、中等度の人は生活の自立、重度の人は楽しみやコミュニケーションを支援する方法を考える。
第二部 Low-Tech ATについて
Low-Techとは、手作り可能で電源不要のテクノロジーのことである。
医師はメモ帳や日記帳を使うことを簡単に勧めがちだが、それらは健常者を想定して作られてきたため記憶障害があると使いづらい。
そこで、以下のLow-Tech ATを活用する。
- 新記憶サポート手帳
普通の日記は記憶が保たれている人向けだが、これは記憶障害がある人向けの作りになっていて、今日やることや、覚えておくべきこと、よくなくす物品の置き場所チェック欄などがある。
夜つけようとしても昼間のことを思い出せないため、普段から手帳を開いておき日に何度も書くようにする。
- ウェアラブルメモ帳
新記憶サポート手帳は持ち歩くのが大変。
そこで、付箋付き腕時計メモや時計バンド型メモ帳、名札式メモ帳、腰つけメモ帳、ブローチ式メモ帳、ループタイ式メモ帳、名刺入れ兼用メモ帳などを利用する。
そのほかにも、各種伝言板 1日伝言板、写真伝言板、帽子式目の前伝言板などを開発、使用している。
第三部 Middle-Tech ATについて
市販していて電源を要するのがMiddle-Techである。
- ICレコーダー(ICD-PX240)
入力した音声を設定した時間に再生できるためリマインダーとして便利
「薬を飲む時間です」などと録音しておき、薬を飲むべき時間に再生されるように設定しておく。
同じ質問を繰り返す人には、答えを録音しておいて一定時間ごとに再生する。
働いている人も、指示を聞きメモをとると同時に音声を録音しておくことで指示を聞き逃さない。
- 探し物発見器ここだよS
子機が4つついていて、親機のボタンを押すと同じ色の子機の音がなり、場所を知ることができる。
-
集中できる動画を探す。
動物や赤ちゃん、鉄道路線の風景などその人が好きなものなど、集中できる動画を探すことも有効。 -
ゲーム
ゲームが有効な場合もあり、ソリティアをやると数時間夢中になる人もいた。
第三部五章 スマホの活用
スマホには、カレンダー、時計、歩数計、乗り換え案内、地図、天気、予定とアラーム、カメラなど、よく使う機能が初めから搭載されている。
シニア向けに操作が簡単なスマホが出ているし、一般のスマホにもアプリを入れてシニア向けの画面に変更できる。
TeamViewerというアプリを使えば遠隔画面操作が可能。
しかし、iPhoneにはシニア向けの機種はないためAndroidをおすすめする。
本書の中では、そのほかに、服薬と予定管理、会話の録音と音声認識、人名や顔の閲覧、探し物支援、居場所・方向探知、テレビ電話、難聴、その他のアプリについて紹介されている。
第三部六章 各種療法
- 思い出写真ビデオ
本人の写真50-100枚をビデオに録画し短い共感的なナレーションをつけて3-40分録音したもの。中等度の認知症の人は昨日みたことを忘れるから飽きない。
デイサービスに行くのを嫌がる方に、デイサービスのお迎え時間前に「青い山脈」や「丘を越えて」など、外に行きたくなるような明るい音楽をかけて気分を持ち上げる。
日記を書いたり散歩に行ったりしたがらない方にも、唱歌を15分ほど聞いてもらい指示すると受け入れが良いことが多い。
しかし、歌が無効で耳障りだと嫌がる場合もある。
- テレビ電話
テレビ電話でボランティアと会話することが有効。
実験の結果、テレビ番組を観ているよりも、テレビ電話で会話をしている方が心理的に安定しているということもわかった。
このため、テレビ電話支援会を立ち上げ、ボランティアが会話する仕組みを作った。
さらに、認知症の人同士の遠隔会話ができれば良いし、ボランティアが夜間対応難しい件については海外の方と時差を利用して遠隔会話する仕組みが作れれば良いと考えている。
第四部 High-Tech ATについて
High-Tech ATは開発中で市販されていないものである。
2000年前後から英国のBIME研究所を中心として、欧州で認知症のAT開発プロジェクトがはじまった。
日本では、2003年に筆者も参加してATR知能ロボティクス研究所が遠隔支援やIT支援の研究を開始した。
動画を自動表出し日課の遂行を支援する仕組み、トイレ内の患者の状態を赤外線ドットパターンで大まかに画像認識し次の手順を促すトイレ動作支援システムなどがある。
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孫エージェント回想法システム
このシステムでは、画面上の孫が祖父母に昔のことを尋ねて回想を促す。
相手の返答音が一定秒数検知できなくなったら次の質問をする。
これまでの仕組みは相手の質問にどう答えるかを前提にしていたが、この仕組みでは相手の残っている記憶を引き出し長く話してもらうことに主眼を置いている。
認知症の人同士の会話だと話題が持たないことがあるが、孫エージェントに司会をさせることで会話が弾む。 -
認知症支援犬
便利なAT機器があっても持ち歩かない問題がある。
そこで、犬の服にポケットをつけてスマホを入れ認知症支援犬とする。
スマホの音が鳴ったら必要物品をもっていったり、対象者の側に駆けつけてスマホから各種情報提示したりするよう訓練する。
3日ほどで訓練可能とのこと。ロボットを作るより簡単。
まとめ
本書の第五部では「その他の支援」として、もの忘れ外来の実施要領や診断後の地域支援、自助的・互助的支援、相談機関と有償見守りサービスなどについて紹介されています。
また、本書の初めには、「症状別対処早引き一覧」として、服薬を忘れる、やるべきことを忘れる、やったことを忘れる、楽しめない・怒りっぽい・落ち着かない・待てない・やる気が出ない、拒否する、行動を失敗する、と言った項目ごとに対処法が示されています。
認知症に興味がある人には、ぜひ本書を一読されることをお勧めします。
本書で紹介されているプロダクトは、こちらのサイトにも掲載されています。
安田清先生のお話を学会でお聞きしたことで本書を知り、この実践的な内容にとても感動しました。
2023年の春には、認知症フレンドリーテックの第二回ハッカソンを開催する予定であり、この際の特別講演を安田先生にお願いしたところご快諾いただけたため今から楽しみにしているところです。
(第一回ハッカソンの様子はこちら)
ハッカソンの日程などは、Twitterや認知症フレンドリーテックのコミュニティサイトでお知らせをしたいと考えており、ぜひフォローをお願いします。
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