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「不安に怯える普通の人」を統率するための「大本営」と「大本営発表」

2022/09/12に公開

全てはこのツイートから始まった

tokorotenさんのツイートの「大本営」という部分。
「我々は勝っている、我々は価値がある」という常勝の発表を社内向けに繰り返す上層部というニュアンスで大本営が使われているように見えます。

そもそもなぜ「大本営」なる組織が必要になるのでしょうか?
体感では40人程度の組織までは、大本営なしでも組織は機能します。
ところが100人を超えたあたりで抽象的な問題を扱い、非抽象的な問題に転換するための組織である「大本営」が設立されます。

この記事で書きたいこと

  • なぜ大企業で「大本営」が必要とされるのか?
  • また「大本営」が「大本営」であるがゆえになぜ途中でつまづくのか?
    という話を書いていきたいと思います。

そもそもなぜ「大本営」が存在するのか?

はいここから私の仮説。

大体こちらの通り、一般の人は抽象度が高い問題を抽象度が高いまま扱うことができません。

ではどうするかというと「司令部」で抽象度が高い問題を分解して、抽象度が低い具体的な問題にまで分解した後、現場部隊に手渡す形になります。
この分解を行うために「司令部」は存在します。

またこういう不安を不安耐性のない従業員に感じさせないために、景気の良い発表が必要になります。
「本当に我々はうまくいっているのか?イケイケなのか?この会社に自分はいて大丈夫なのか?」
この不安を取り除くため、司令部は景気の良い発表を繰り返します。
このため「司令部」は「大本営」となります。

具体例として

(あるSaaSビジネスの会社だとして)
「従業員数の多い企業向けにこういう機能を作れば刺さるはず」という企画があったとします。
自分達のプロダクトにその機能を追加した上で、営業部隊には顧客先に営業してぶっ込んでもらう。
ぶっ込んでもらってARRを爆上げすることがゴールです。
この大きな仕事の単位をあとで扱うために「プロジェクト」と呼称しましょう。

この企画を作る前の段階では抽象度は高いですし、このレベルでも抽象度は高いです。
なにしろ個人個人がどうすべきか?が具体的にイメージできません。

なのでプロジェクトの問題を分解していきます。

前段階としてインサイドセールス部隊は架電しまくって見込み顧客リストを作り、開発部隊は完了目標日までにその機能を実装させます。
営業は機能がプロダクトに追加された段階で営業しまくるとします。

するとこういう形にすれば、極めて具体的で抽象度の低い目標にブレイクダウンすることができます。

  • 営業部隊には「商談件数XX件、受注件数XX件、目標受注ARR XX,XXX,XXX円」
  • 開発部隊には「完了予定日XX/XXまでにこの機能を開発完了させること」
  • インサイドセールス部隊は「1日XX件架電、XX,XXX件の商談担当者リストを作成」

大本営制度のメリットとデメリット

メリット(1):チームや個人の評価が簡単

このスタイルのメリットは職種ごとに目標数値を渡せば個人レベルまでの目標のブレイクダウンが簡単な点です。

営業には受注できる人が評価されます。
開発エンジニアは完了予定日までに進捗を出せる人が評価されます。
インサイドセールスは担当者の連絡先をゲットできる人が評価されます。
カスタマーサクセスはユーザーの問題を解決させ、チャーンさせない人が評価されます。

チームもまた然りです。

逆に低評価人材の評価も簡単です。
契約が取れない営業、納期スリップを繰り返すエンジニア、名簿を作れないインサイドセールス、ユーザーの問題を解決できないカスタマーサクセス。
みな一様に価値がありません。

メリット(2):「普通の人」を採用しやすい

大本営で問題を分解し、目の前の数字さえ追っていれば良い状態にしてあります。
なので不安耐性の低い人、抽象度の高い問題を扱えない人。つまり「普通の人」でも戦力化できます。
また評価のかんたんさもあいまって、組織をスケールするのに非常に適したやり方です。

ARR$1Mを超えてからのT3D2みたいな急成長が求められる組織にとって、凡人でも戦力化できる という点は非常に大きなメリットです。

メリット(3):「大本営」の判断も簡単

むかし大学の先輩でFF5だかなにかのRPGのゲームを遊んでいる時に「全員の職業をバーサーカー」にすると言っていました。
理由は簡単。エミュレーターを使っていて3倍速でプレイするので「通常攻撃のみで全ての戦闘を終わらせられる」のに最適化したパーティーにしたいと言っていました
その方がプレイ負荷や判断に要するコストが低減されるからです。
(エミュレーターで版権ゲームすることの是非についてはここでは議論しません)

同様の考えで、シンプルなコマンドだけ出せば組織がワークする仕組み にした方が大本営の負荷も軽くすみます。
情報をもとに臨機応変に判断し、短期間ごとに最適な戦略へと組み替えていく 形にすると大本営も組織も負荷が大変です。
具体的な数字を目標として渡すというシンプルな形で回るようにできるなら、それが一番という考えです。

デメリット(1):大本営のミスは隠蔽される

上記のスタイルはプロジェクト職種ごとに仕事を分解して、各チームに具体的な目標数値を割り振るスタイルです。

いわば赤青緑の3色で塗る範囲をインクごとに指定してカラー印刷するプリンタのような仕事を大本営は行います。
ではもし、それぞれのインクが指示された通りに色を塗ったのに出てきたプリンタ用紙の上に印刷された内容がぐちゃぐちゃだったら?

つまり前述のこの仮説が誤りだったら?あるいはそれを分解する作業が失敗していたら?という話です。
「従業員数の多い企業向けにこういう機能を作れば刺さるはず」という企画があったとします。

上記のケースにおいても、完成させてみたら話にならなかったにも関わらず、営業も開発もインサイドセールスも言われた通りに目標数値を達成しているため問題に気づきません。
大本営に指示された通りに達成しています。
なので最終的な決算の数字も上向くに違いないと無邪気に信じています。

ところが顧客は違います。
「使えない機能しかないものを強引にブッ込まれた」
「1年契約だから次で更新せずに解約しよう」
と考えます。
チャーン率は上がり、ARRも下方向に力が働くでしょう。

実際にはプロジェクトや施策はポートフォリオとして打っているので「打率」が想定を下回らなければ大本営の外には問題は露見しません。
数個ある施策のうち、いくつかは毎回失敗していますが最終的な対外的に発表している達成目標を下回らなければバレるはずもありません。
大本営に加えるメンバーに、口が堅い人間だけを選んでいれば大丈夫なはずです。

……では打率が想定を下回ったら?
そしてそれが続いたら?

決算に数値があらわれ、不安耐性の低い従業員は不安になり、株価は低迷するでしょう
つまりはスタートアップの終わりの始まりです

デメリット(2):「優れた人」が採用しづらい/離職しやすい

理由はここに要約されてしまったので私が語ることはありません
https://twitter.com/tokoroten/status/1567000536284827653

デメリット(3):「大本営」に情報が集まらなくなる

「大本営」の外にいる人間には、いったい何の情報を元に「大本営」が判断しているのか分かりません。
なので"「大本営」が必要だと認識している情報"だけが集計され「大本営」へと吸い上げられていきます。
それ以外は行きません。
「大本営」に本当に必要な情報が何なのか、コンテキストを知らされていない現場に知る術はありません。
「大本営」とのパイプとなるべき人物がそれに無頓着であれば尚更です。

そして判断に必要になる情報はフェーズが変わるにつれて変化していきます。
何しろ現実は常に同じ形をしているわけではないので。

組織の判断に必要な観察力が「老眼」になる原因の1つでもあります。

なので「最近施策が失敗し続けている」場合でも「原因が分からない」OR「原因を見誤っている」ケースが発生しがちです。
その場合施策が失敗する可能性は下がりません。

デメリット(4):「大本営」の外にいる人間には何が問題なのか分からない

施策がうまく回っていないのは分かっても、何を考えてその施策を打ったのか。なにがいけなくて施策が不発だったのか。
これは大本営の外には分かりません。
「大本営」は敗北を隠し、勝利だけを喧伝します。
また本来施策が失敗したときの原因究明に必要なコンテキストの部分を、不安耐性が低い人間に見せないようにしてあるからです。
不安耐性が低い彼らに感じられるのは「自分達は目標を達成できている。「大本営」も勝利を喧伝しているのに、なぜか会社の業績と株価が振るわない」という漠然とした不安だけです。

問題が分からないのに打開策が出せるわけがありません。
あるいは無理に出させようとすれば、偏った情報を元に見当はずれの打開策が出るでしょう。

「大本営」が衰えるとき

認知負荷という問題があり、プロダクトが大きくなりすぎるといつか「大本営」は現実を正しく認知できなくなります。
大本営の中心を占める経営陣の脳の中に、大きく膨らみ複雑化した現実はいつしか把握できる規模を超えてしまうためです。

また現場から離れすぎると現場からのフィードバックを正しく受け止めることができなくなります。
現実からの重要な情報がいくつかマスキングされているにも関わらずそれに気づかず、ピントのずれた施策を打つことになります。
するとプロダクトの成長は鈍化し、やがて業績も株価も低迷し始めます。
これが「大本営」方式の終わりです。

そして「普通の人々」が抜ける

また不安耐性が低い人間といえど、野心がない人間というわけではありません。
大本営が"大戦果"を強調しようと、下がっている株価やyahoo株価掲示板を見て、「どうやらうちの会社はダメっぽいぞ?」と遅まきながら理解してくると、転職を考え始めます
「なぜダメなのか?なにがダメなのか?はわからないが、どうやらこの会社はもう"勝ち続ける"ことはできないようだ。」

そう言って彼らは転職してしまいます。

現在残っている普通の人々は不安耐性が低いのです。
なにしろそれ以外の人間は既に退職しています。

「巻き直し政策」

「大本営」は不安に怯える人々を安心させる必要があります。
第二創業期!改革期!五ヵ年計画!中長期的な成長!

かっこいい言葉がいっぱいですね。
そういえば全滅を玉砕、撤退を転進と言い換えたのも旧日本軍の大本営でしたね。

ところで現場との情報を遮断しすぎて、現実が見えなくなってしまったという問題は解決できるんでしょうかね。

さいごに

  • なぜ大企業で「大本営」が必要とされるのか?
  • また「大本営」が「大本営」であるがゆえになぜ途中でつまづくのか?
    という話を書いてきました。

まあ結論とかないんですけどね。
私は抽象度の高い話にさわれなくなるとやる気が一気に減退してしまうタイプなのでそこから先どうするか?を考えるの苦手なんですよね。

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