“誰がやるの?” 問題を秒で解決するRACIチャート活用法
RACI の定義と基本原則(各ロールの意味と役割)
RACI(レイシー)とは、Responsible(実行責任者)、Accountable(説明責任者・最終責任者)、Consulted(協議/相談相手)、Informed(報告先) の頭文字からなる責任分担マトリックスです。プロジェクト内のすべてのタスクやマイルストーンに対して誰がどの役割を担うかを表形式で明確化する手法で、日本語では「責任分担表」とも呼ばれます。RACIを用いることで、「誰が何をするか」が一目で分かるようになり、チーム内の責任の所在や作業範囲の曖昧さを防ぐことができます。
基本原則として、特に重要なのは各タスクにおけるAccountable(説明責任者)を必ず1人に限定することです。Accountableとはそのタスクを最終的に承認し結果に責任を負う人物であり、一人に絞ることで「誰が最終決定権を持つか」が明確になります。Responsible(実行責任者)は実際にタスクを遂行する担当者で、各タスクにつき最低1人必要です(状況によって複数人が関与する場合もありますが、実務上はResponsibleも可能な限り少人数に絞る方が望ましいです)。Consulted(相談先)はタスクに対して専門知識や助言を提供するステークホルダーで、事前・事中に意見を求められる人たちです。Informed(報告先)は意思決定やタスクの完了について経過報告や結果共有を受けるだけの立場で、進捗を把握しておくべき人たちを指します。この4つの役割をメンバーごと・タスクごとに明確に定義することで、メンバー間の責任範囲や関与度合いのズレが解消され、プロジェクトの混乱防止に大きく寄与します。
各ロールのポイントをまとめると:
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Responsible(実行責任者)
- タスクを実際に担当し遂行する人。通常は各タスクにつき1名が割り当てられますが、どうしても複数名で実作業を分担する場合は役割の混乱を避ける工夫が必要です(可能な限り主担当者を1人に定めることが推奨されています)。
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Accountable(説明責任者/最終責任者)
- タスク完了に対して最終的な責任を負う人。意思決定権や承認権限を持ち、タスクの成果物をレビューし最終承認します。各タスク1人のみで、「最終的に誰が責任を取るか」を明確にする役割です。しばしば実行者(R)が兼任するケースもありますが、その場合は客観性が損なわれないよう注意が必要です。
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Consulted(相談相手/協業先)
- タスクの実行前後に意見や専門知見を提供する役割の人たち。主題の専門家(SME)や、そのタスクの成果によって影響を受ける部門の担当者が該当します。プロジェクト遂行上、有益なフィードバックやアドバイスを与える立場で、必要に応じて複数人いても構いません(ただしあまり多すぎると意見が衝突して意思決定が遅れる恐れがあります)。
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Informed(報告先)
- タスクの進捗や結果について情報提供を受けるだけの人たち。プロジェクトの状況を把握しておく必要のあるステークホルダーや上長などがこれに当たります。「作業に直接関与しないが知っておくべき人」であり、基本的にフィードバックは求められません。必要な情報を適宜共有し、“聞いてない”による認識齟齬を防ぐことが目的です。
以上がRACIの4役割です。特に「ResponsibleとAccountableの違い」(実作業担当者と最終責任者の違い)や、「ConsultedとInformedの違い」(意見提供者と報告先の違い)をチーム全員が正しく理解することが、RACI導入の効果を最大化する上で重要です。
なぜ RACI が必要か(背景と導入効果)
プロジェクトが複雑化し、関係者が増えるほど「誰が主担当なのか分からない」「このタスク、誰も手を付けないまま放置されている…」といった事態が起こりがちです。 特にPM・エンジニア・デザイナー・ビジネス部門など複数職能が関わるクロスファンクションな開発組織では、役割分担があいまいなままだとタスクの抜け漏れや責任の押し付け合いが発生しやすくなります。RACIチャートはそうした問題の予防策として非常に有効であり、国内外の様々な企業で導入事例が増えている手法です。
RACIを導入することで得られる主な効果は次のとおりです:
- 責任所在の明確化によるプロジェクト推進力向上: あらかじめ各タスクの実行責任者(R)・最終責任者(A)・相談先(C)・報告先(I)を決めてチーム内に周知しておくことで、作業の抜け漏れや重複、権限不明確による意思決定の遅れを防ぎます。誰が何を担当しているかが一目瞭然になるため、「結局この作業は誰がやるの?」という混乱が減り、チーム全体が機敏に動けるようになります。また、2人のメンバーが同じ作業を無駄に重複して行ってしまう事態も避けられます。
- トラブル対応の迅速化: プロジェクト中に変更や問題が生じても、RACIで責任範囲が明確になっていれば「誰が対応すべきか」すぐ判別でき、迅速な対処が可能です。現場では責任の所在が曖昧なせいで問題発生時に対応者が決まらず対処が遅れることがありますが、RACIでは例えば「どの障害対応の責任者が誰か」まで事前に決まっているため、対応の初動が格段に早くなります。
- 部門間・チーム間連携の円滑化: 現代のプロジェクトは複数部署や外部パートナーとの協業が避けられません。RACIはその「部門横断タスクの中間部分」で責任者不在になりがちな箇所を埋めるのに役立ちます。例えば「企画部門はコンセプト作成まで、開発部門は実装のみ」と役割を分けただけでは、その間の調整や仕様確定の責任が曖昧ですが、RACIマトリクスで中間工程にもA(最終責任者)やR(実行者)を割り当てておけば責任の断絶を防げます。結果として組織全体の透明性とコラボレーションが向上します。
- 意思決定プロセスの改善: 複数のステークホルダーが関与する複雑なプロジェクトでは、RACIが決定フローを整理し誤った意思決定や承認の遅延を防ぐのに役立ちます。誰が最終判断者(A)か明確になるため会議が長引きにくくなり、また相談相手(C)を適切に設定することで関係者から必要なインプットを得つつも、最終的なDecision Makerはブレない状態を作れます。
- プロジェクト管理効率の向上(定量効果): RACI導入によりコミュニケーションコストや進捗管理コストが削減されます。責任分担の可視化は無駄な確認作業や手戻りの削減につながり、チームの生産性向上に寄与します。
以上のような理由から、特に職能横断型の開発組織や複数の専門家・意思決定者が関与するプロジェクトではRACIが強力な武器になります。RACIチャートを導入することで、「誰が決めるべきか・動くべきか」が明文化されるため、組織改編や人事異動があっても役割が混乱しにくくなり(役割と責任がドキュメントで管理されているため)、新メンバーのオンボーディングもスムーズになるという副次効果も期待できます。現に、チームメンバー数の多い複雑なプロジェクトほどRACIの恩恵は大きいとされ、大規模プロジェクトでは「RACIなしでは誰が何をしているか把握できない」という声もあるほどです。
実践ステップ:RACI の作り方と更新・運用方法
RACIチャートの基本的な作り方は次のステップで進めます:
- タスクとメンバーを書き出す – まずプロジェクト内のすべてのタスクや成果物を洗い出しリスト化します。同時に、そのプロジェクトに関与するチームメンバーやステークホルダーも一覧にします(役職や担当部署でもOKです)。Excelやスプレッドシート、プロジェクト管理ツール上で「行にタスク、列にメンバー」を配置した表を作り、チャートの枠組みを用意します。
- 各タスクに R/A/C/I を割り当てる – リストアップした各タスクについて、誰がResponsible・Accountable・Consulted・Informedに該当するかを決定し、表の該当セルに「R/A/C/I」を記入します。この際のポイントは、どのタスクにも必ず1人のAccountable(最終責任者)を割り当てることです。まず全体を統括するAを各タスクで決め、それから実行役のRや協力者のCを決めるとスムーズです。関係しない人はそのタスク行では空欄にします。またResponsibleも原則1人が望ましいですが、複数人が担当する場合は明確に誰が主担当かを決めておくか、協力者側に回ってもらうことを検討します。ConsultedやInformedは必要に応じて複数指定できますが、Cが多すぎると調整コストが増え、Iが漏れると伝達ミスにつながるので注意しましょう。
- メンバーに共有して合意を得る – 完成したRACIマトリクスはチーム全員がいつでも閲覧できる場所に共有し、自分の役割を認識してもらいます。たとえばプロジェクトのキックオフ時にRACIチャートを説明し、各担当者に了承を得ます。チャートはNotionやConfluenceなどドキュメントツールに貼り付けたり、プロジェクト管理ツール内に保存したり、紙に印刷して掲示するなどして常に参照できる状態にしてください。メンバーの中に割り当てられた役割に不安を示す人がいる場合は、他の人と調整して役割を交代したり、相談役(C)を増やしてサポート体制を整えるなど柔軟に対処します。
運用・更新のポイント:
- チャートは簡潔かつ実用的に保つ: 欲張って細かすぎるタスクまでRACIを設定すると運用が煩雑になります。主要なタスク・マイルストーンにフォーカスし、表も見やすくシンプルに維持しましょう。必要に応じて色や記号を使って視覚的に分かりやすくするのも効果的です(Notionやスプレッドシート上でハイライトを付ける等)。サブタスクの詳細な追跡はJiraやTrelloなど別のツールに任せ、RACIチャート自体は責任分担の全体像を俯瞰できるものにすると良いでしょう。
- チーム全員を巻き込んで作成・更新: RACIはトップダウンで一方的に決めるより、関係者全員でディスカッションして決めた方が現実に即したものになります。メンバーの役割設定にはチーム全員を関与させ、更新時には該当者にタグ付けして通知するなど、常に自分の役割を認識できるよう配慮します。こうすることでメンバーの納得感も高まり、形骸化を防げます。例えばConfluence上でページ更新時に自動通知したり、チャットツールで変更点を共有する運用がおすすめです。
- 定期的な見直しとアップデート: プロジェクトの進行に伴いタスクや担当が変化したら、その都度RACIチャートもアップデートします。少なくとも定期レビューの場(週次会議やフェーズ切替時)で役割のズレがないか確認することが重要です。役割の空白や重複が生じていれば早めに再割当てし、チャートに反映させます。特にプロジェクトのフェーズごとに関与度が変わる場合、フェーズ開始時にチャートを更新すると良いでしょう。定期レビューと更新の責任者を決めておくのも有効です(例: PMやEMが議事録の一環でRACIをチェックする習慣をつける)。
- 変更履歴を残す: チャートの内容を更新したら、何を変更したか記録に残しておきます(ドキュメントのバージョン管理や更新ログを活用)。こうすることで「いつ誰がどの役割になったか」をあとで追跡でき、認識違いによるトラブルを防げます。Notionならページ履歴、Confluenceならページ履歴機能で変更差分を確認できます。
- ガイドラインを徹底する: RACI運用上のルール(例: 「一つのタスクにAは一人」「Rが複数いる場合は主担当を決める」「迷ったらCかIで参加させる」等)をチームで共有しておきます。例えば「1タスクにつきResponsibleは1人まで。複数担当の場合は他のメンバーはConsultedとして関与」というのは重要な原則です。またAccountableは一人というルールも絶対に守ります。これらのガイドラインを明文化しておくことで、誰が見ても一貫性のあるRACIチャートになり、混乱を避けられます。
以上の手順とポイントを踏まえて運用すれば、RACIチャートは単なる書類ではなく生きたプロジェクト管理ツールとして機能します。チャートをプロジェクト管理ツール(NotionやJiraなど)に組み込んで運用することで、チームのコミュニケーションハブとしても活用できます。
チーム構成に応じた RACI の具体例
では、実際にPM・EM・Tech Lead・エンジニア・デザイナーがいる開発チームでRACIを適用するとどのようになるでしょうか。以下に、新機能開発プロジェクトを想定したRACIチャートの一例を示します(列が担当ロール、行がタスク)。各セルにそのロールの担う役割(R/A/C/I)を記入しています。
タスク | PM (プロダクトMgr) | EM (エンジニアMgr) | Tech Lead | エンジニア | デザイナー |
---|---|---|---|---|---|
要件定義 (仕様策定) |
R(仕様策定のドラフト作成) A(最終決定・承認)※ |
C(技術的観点で助言) | C(技術的フィージビリティ確認) | I(内容共有・把握) | C(UX観点で助言) |
UI/UXデザイン (画面設計) |
A(最終承認) | I(進捗を報告) | C(技術要件フィードバック) | I(将来の実装に備え情報共有) | R(デザイン作成) |
実装(開発) | C(要件の確認・調整) | I(状況報告を受ける) | A(技術的最終責任) | R(コード実装) | C(デザイン仕様確認) |
テスト(品質検証) | C(受入基準の定義支援) | A(品質に対する最終責任) | C(技術的な検証支援) | R(テスト実行) | I(結果を共有) |
リリース判断・展開 | A(公開のGo/No-Go判断) | R(リリース作業遂行) | C(技術リスクの確認) | - | I(リリース結果共有) |
※ 上記例では要件定義タスクにおいてPMがResponsibleとAccountableを兼ねています。これは、小規模プロジェクトで同一人物が企画作業とその決定権を担うケースを表現しています。
このチャートは一例であり、実際のプロジェクトでは組織や人材に応じて役割の割り当てが変わることに注意してください。しかしどの場合でも、各タスクについて「誰が実行し(R)」「誰が決裁し(A)」「誰に相談し(C)」「誰に報告する(I)」かを明示するという原則は共通です。
このように具体例を通じて見ると、RACIによって各メンバーの責任範囲がクリアになり、誰がどこまでやるかで悩む余地がなくなることが実感できるでしょう。“それって誰の担当?”といった疑問が出たら、RACIチャートを確認すれば即座に答えが得られる状態が理想です。
よくある失敗例・アンチパターンとその対処法
RACIは強力なフレームワークですが、導入・運用の仕方を誤ると逆効果になったり形骸化したりする恐れがあります。ここではRACI運用のよくある失敗パターンと、その対処法について解説します。
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❌ AccountableやResponsibleを複数人に設定してしまう
- 「重要なタスクだから念のため2人に責任を持たせよう」「共同リードにしよう」といった判断で、1つのタスクに複数のAやRを割り当てるのは典型的なアンチパターンです。責任が分散すると誰も真の責任を負わない状態になりがちで、意思決定の遅れや作業のたらい回しを招きます。
- 対処法: 原則どのタスクもAccountableは1人、Responsibleも主担当1人に絞ります。複数人で作業する場合でも、最終責任者(A)は必ず単独にし、他のメンバーは協力者としてConsulted(C)に回すなど役割を明確に分けましょう。「責任者がいないタスク」や「責任者が多すぎるタスク」を作らないことが鉄則です。
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❌ ConsultedとInformedの混同・設定ミス
- 相談相手(C)と報告先(I)の区別があいまいだと、コミュニケーション上のトラブルが発生します。例えば本来Informedに留めるべき人(結果だけ知りたい上層部)をConsultedに入れてしまうと不要な意見介入が増えて現場が混乱したり、逆に本来フィードバックが欲しい人をInformedにしてしまうと有益な助言が得られない場合があります。また、Consultedに人を入れすぎると意見集約に時間がかかりすぎることにも注意が必要です。
- 対処法: Consultedにはそのテーマについて専門知識や強い利害関係を持つ人だけを厳選し、明確な理由なく増やしすぎないこと。Informedには「後で『聞いてない』となると困る人」を漏れなく入れます。相談と報告の違いをチームで共有し、Consultedに入った人には事前に意見提供を依頼、Informedの人には最終決定のみ伝達する運用に徹します。もしResponsibleとConsultedの意見が衝突した場合は、あらかじめ決めておいたAccountableが最終判断する旨を周知し、RACIチャート上でも「誰が意思決定者か」を明示しておきましょう(テスト工程のRとCが対立した際、チャートで役割の境界線を可視化したことで解決したケースもあるようです)。
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❌ Consulted が過度に意思決定や実行に影響力を持ってしまう
- 相談役 (C) は本来「助言・レビュー」専門の立場ですが、専門知識の高さや組織内での発言力の強さから、実質的に意思決定や実行工程まで主導してしまうケースがあります。結果として、Accountable (A) や Responsible (R) のオーナーシップが薄れ、決定が遅延したり責任の所在が曖昧になったり、最悪の場合プロジェクトが迷走してしまうリスクが高まります。特に権限の強い上級エンジニアや外部の有名コンサルが C に入ると、提案がほぼ命令になり、チームが「従うしかない」空気になることが典型的なパターンです。
- 対処法: まず、RACI チャート上で 「助言・承認・実行の境界線」を明文化 し、C が意見を出すタイミングや範囲を明示します。フィードバックは事前に決めたフォーラム(レビュー会議やコメント欄)に集約し、個別 DM や口頭での横槍を極力減らす 運用にします。また、意思決定のタイムボックス を設け、C の提案は期限内に A/R が取捨選択する──というフローを徹底すると議論の長期化を防げます。もし C が継続的に指揮を執る必要があるほど影響力を行使するのであれば、正式に R または A へロール昇格 し、責任と権限を一致させる判断も有効です。最後に、レビュー会議では A がファシリテータ を務め、C の意見を整理しつつ最終判断を宣言することで、「C が実質決定者になる」構図を予防できます。
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❌ RACIを作ったまま更新しない/参考にしない
- RACIチャートを作成したものの、プロジェクト進行中に役割変更や新タスク追加があってもチャートを放置したまま…というのはありがちな失敗です。これでは次第に実態とチャートが乖離し、誰も参照しなくなってしまいます。またRACIを作って共有しただけで満足し、日々の業務で参照・活用しないのも宝の持ち腐れです。
- 対処法: 定期的なレビューとアップデートの仕組みを組み込むことです。例えば「毎週のチーム定例でRACI変更点がないか確認する」「フェーズ移行時にRACIを見直す」というルールを運用に入れます。プロジェクト管理ツールに組み込んでいるなら、タスク完了/追加時にRACI項目もチェックする習慣をつけます。変更があればすぐメンバーに周知し、最新版を常にみんなが見られるようにします。「RACIチャートを常に最新の計画書とみなす」くらいの意識で運用しましょう。加えて、会議や計画時に積極的にRACIを参照することも大事です(例:「この新タスク、RACI上で誰がAか確認しましょう」など)。これによってチャートが生きた文書となり、形だけ作って誰も見ないという事態を防げます。
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❌ チームへの十分な教育・周知なく形だけ導入
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RACIの概念をチームが理解しないまま形式的にマトリクスだけ配布しても、現場では混乱します。例えば「Accountableって結局何する人?」「Consultedに入ったけどどのタイミングで意見すれば?」といった疑問を放置すると、メンバーは戸惑い役割を無視して動いてしまうかもしれません。
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対処法: RACI導入時にはキックオフミーティング等で各役割の意味を丁寧に説明し、具体例を挙げてチームの共通理解を醸成します。「Responsibleは手を動かす人、Accountableは意思決定者、Consultedは意見を求められる人、Informedは報告を受ける人」という基本を全員が腹落ちするまで確認しましょう。加えて、小さなプロジェクトで試行導入し、メンバーに経験してもらうのも効果的です。まずは影響範囲の小さいプロジェクトでRACIを運用しフィードバックを得てから、チーム全体に展開するとスムーズです。また、不明点が出たらQ&Aドキュメント(後述)で答えを共有するなど、継続的な教育も行います。
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❌ RACIへの過度な依存・細分化しすぎ
- RACIチャートは便利ですが、プロジェクトの動的な変化までは記述できないという限界もあります。細かいタスク一つ一つに役割を当てはめすぎると管理が煩雑になり、アジャイルな動きにブレーキがかかる恐れもあります。また、RACIに頼るあまり口頭や非同期のコミュニケーションがおろそかになるのも問題です。
- 対処法: RACIはあくまで意思決定権限と責任の地図であり、日々のチーム運営を置き換えるものではないと認識しましょう。動的なやりとりはデイリースクラムやチャットで補完しつつ、RACIは主要な責務の確認に使います。アジャイル開発と両立させるなら、スプリント計画時にRACIマトリクスを参照して担当を確認するといった形で組み合わせるのが有効です。つまり、RACIで土台となる責任範囲を固め、詳細な進め方はチームの裁量に委ねるバランスが重要です。また、「RACIに載っていないから自分の仕事ではない」という態度を助長しないよう、あまり粒度を細かくしすぎないことも大切です。
以上のアンチパターンに注意し、必要に応じて手当てすることで、RACIチャートは組織に大きなメリットをもたらし続けます。要は「責任の明確化」という本来の目的を見失わないことが肝心です。「人に責任を押し付ける道具」にしてしまうとメンバーの士気が下がるので、そうではなく「責任と権限を与えて皆が動きやすくする仕組み」として前向きに捉えてもらうようにしましょう。定期的にチームから運用上の悩みを聞き、必要ならRACIの使い方自体を改善していく柔軟さも大事です。
Big Tech企業における RACI 導入事例
RACIによる責任分担の明確化は、多くの大手テック企業でも重視されています。実際、GoogleやAmazon、Appleといった企業は独自の手法で同様の考え方を実践しており、RACIと共通する原則を組織文化に組み込んでいます。
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Google(Alphabet): Googleではプロジェクトマネジメント研修などでRACIチャートの活用が推奨されています。例えばGoogleの提供するプロジェクト管理認定コースの教材でも、RACIの各役割を明確に定義し、チームメンバーに明確な役割と方向性を与える手法として紹介しています。これはGoogleが組織内の役割分担の明確化を重視していることの表れです。実プロジェクトでも、複数部門が関わる製品開発においてRACIを用いて責任の所在を整理するケースが報告されています(非公開事例も多いですが、Google社内ではOKRなどと並びプロジェクト進行の基本ツールの一つとしてRACI概念が浸透していると言われます)。
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Amazon(AWS): Amazonでは「シングルスレッドオーナー(Single-Threaded Owner)」と呼ばれる明確な責任者を定める文化がありますが、クラウドサービス部門であるAWSも公式にRACIマトリクスの活用を提唱しています。AWSのPrescriptive Guidanceでは、クラウド移行プロジェクトにおいて全ての関係者の役割・責任を定義するための強力なツールとしてRACIマトリクスを作成することが推奨されています。(クラウド運用モデルの RACI または RASCI マトリックスを作成)同ドキュメントによれば、RACIは大規模組織からスタートアップまで有効であり、小規模な組織では一人が複数の役割を兼任することもあるものの、RACIによってそれを整理できるとされています。実際、AWSのサービス運用設計では、お客様(ユーザー)とAWS側の責任分界をRACI表で示す例も公開されており、明確な責任区分が信頼性向上につながると説明されています。
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Apple: Apple社はRACIそのものではありませんが、「DRI:Directly Responsible Individual(直接責任者)」という概念を古くから社内文化として根付かせています。(メンバーが増えると出力が落ちる「リンゲルマン効果」と対策としてのDRI)DRIは「この事項について最後は誰が責任を負うのか」を徹底的に明確にする仕組みで、プロジェクト大小にかかわらず必ず一人の責任者をアサインします。この考え方はRACIのAccountable(一人の最終責任者を決める)に通じるものがあります。実際DRIという言葉自体は社外にも広まり、DRIの発展型としてRACIがよく使われるとも言われます。Apple出身者の証言では「会議で各アジェンダごとにDRIが誰か確認する」のが日常だったとのことで、責任の所在を明確にする重要性を物語っています。Appleの事例は「責任ある人を一人決める」ことの威力を示す代表例であり、RACI導入の意義とも重なるでしょう。
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その他の企業: Facebook(Meta)やMicrosoft、GitLabなども、プロジェクトやOKR達成において「オーナーシップ(Ownership)」を強調する文化があります。例えばGitLabではAppleの影響もありDRI制度を取り入れているほか、Microsoftでも社内ガイドラインでRACIに触れる文書があると言われます(クラウドセキュリティの分野ではMicrosoftがRACI類似のモデルを提示)。また、プロジェクト管理ツールを提供するAtlassian社(JiraやConfluenceの開発元)は、自社のワークマネジメントガイドでRACIチャートを詳細に解説し、Confluenceテンプレートとしても提供しています。(RACI チャートとは?)Atlassianはアジャイル開発とRACIの併用にも言及しており、スクラムの文脈でもRACIが有用であるとしています。
このように、ビッグテック各社は名称や形式こそ違えど、「誰が責任を持っているかを明確化する」という原則を重視しています。RACIマトリクスはそのための普遍的なフォーマットと言え、GoogleやAmazonのような巨大組織からスタートアップまで幅広く適用可能なフレームワークとして認知されています。日本語で情報発信している大手企業の具体事例は限られますが、たとえばヌーラボ社(Backlog開発元)が自社の管理部門でRACIを試行したブログ記事を公開しており、そこで「責任の所在が曖昧になりがちな業務にRACIが有効だった」旨がレポートされています。(RACIとは?RACIチャートで管理部門の業務責任を可視化した話)Big Techの事例から学べることは、組織が大きく複雑になるほど明確な責任割り当てが不可欠であり、それを支えるツールとしてRACI(やDRIのような概念)が不可欠だという点です。
よくある質問と回答(Q&A)
最後に、チームメンバーから想定されるRACIに関する疑問とその回答をまとめます。導入時によく出る質問に対し、以下のように説明すると理解が深まるでしょう。
Q1. うちのチームは人数も少ないのですが、それでもRACIは必要ですか?手間が増えてしまいませんか?
A1. 規模の大小に関わらず、役割の明確化はチーム運営の基本です。小規模チームであってもRACIを使えば「誰の担当か分からない」タスクがなくなり効率的です。実際AWSのガイドラインでも、RACIは大規模組織からスタートアップまで有効とされています。少人数の場合、一人が複数の役割(RとAなど)を兼任することもありますが、それでもRACIで「どの帽子をかぶっているか」を可視化する価値はあります。運用上はタスク数も限られるため負担は大きくありませんし、まず小さなプロジェクトで試してみるのがお勧めです。RACI導入によりコミュニケーションコスト削減や抜け漏れ防止の効果が得られれば、少人数チームでも十分元が取れるでしょう。
Q2. うちはスクラムなどアジャイル開発を取り入れていますが、RACIも併用すべきでしょうか?スクラムのロール(POやSM)とはどう違いますか?
A2. アジャイルのスクラムではプロダクトオーナー(PO)やスクラムマスター(SM)など役割がありますが、これらはプロジェクト全体の役割です。一方RACIは各タスクごとの責任を明確化するものなので、アジャイルとも十分併用可能です。例えばスクラムではスプリントごとにバックログアイテムについて計画しますが、その際にRACIチャートで各作業のR/Aを確認することで、誰が主担当か明確にしたままスプリントに入れます。スクラムのRolesが「プロジェクト全体の責務範囲」を定めるのに対し、RACIは「各ストーリー/タスク単位の責任分担」を補完的に定めるイメージです。特に大規模な開発では、スクラムチーム内でもRACIを使っておくと意思決定や承認プロセスがスムーズになるという報告もあります。したがって、スクラムのフレームワークにRACIを組み合わせるとより責任関係がクリアになり、アジャイルな動きがしやすくなるでしょう。実際の運用では、スクラムイベント(スプリントプランニングやレトロスペクティブ)の場でRACIマトリクスを見直すといった使い方がおすすめです。
Q3. 「Accountable(説明責任者)」と「Responsible(実行責任者)」の違いがよく分からないのですが…
A3. 簡単に言うと、Responsibleは「タスクを実際に実行する人」、Accountableは「そのタスクが完了することに対して最終的な責任を負う人」です。Responsible(R)は手を動かす担当者で、複数いても構いません(ただし主担当は明確に)。Accountable(A)は結果に責任を持ち承認を行う人で、各タスク1人だけです。例えば、「コードの実装」タスクでは開発者がResponsibleとしてコーディングし、Tech LeadがAccountableとしてコードレビューと最終承認を行う、というイメージです。Accountableは進捗が滞っていれば介入して軌道修正し、必要ならリソースを確保する役割でもあります。要するにAはオーナーシップを持つ人、Rは実務を担う人です。両者を兼任するケースもありますが(小さなタスクで自分で作業して自分で最終判断する場合など)、プロジェクト全体で見ると客観性や責任の明確化のため可能な限りAとRは分けた方が良いとされています。この違いをチーム全員が理解しておくと、「作業担当は彼だけど決定は誰がするの?」といった混乱を防げます。
Q4. Consulted(相談先)と Informed(報告先)の違いは何ですか?どちらも関係者という感じがしますが…
A4. Consultedは積極的に意見提供や協議に参加してもらう人、Informedは最終結果や進捗を知っておくだけでよい人です。Consulted(C)はそのタスクに専門知識があったり利害関係があるため、事前に相談したり意思決定時にフィードバックを求める相手を指します。例えばデザイン変更タスクで、開発リーダーやマーケ担当をConsultedにして意見をもらうイメージです。一方、Informed(I)は決定事項や結果の通知先であり、会議への出席やフィードバックは求められません。上層部や他チームで「結果だけ教えてほしい」人たちが該当します。極端に言えば、Consultedには口を出す権利があるけれど、Informedには耳に入れることが必要なだけです。したがって役割としては全く異なります。設定のコツとして、そのタスクについて意見を言う機会が必要な人はC、進捗報告を受け取れば十分な人はIと覚えてください。両者を混同すると、必要な人に相談せず進めてしまったり、逆に知らせるだけでよい人を巻き込みすぎたりと非効率になるので注意しましょう。
Q5. RACIを導入するデメリットはありますか?注意点があれば教えてください。
A5. 大きなデメリットはありませんが、いくつか注意点や限界はあります。まず、RACIチャート自体は各タスクの責任「誰が何をするか」を示すだけで、実際にどう協力して進めるかまでは指示してくれません。そのため、役割の解釈に齟齬があると「責任の押し付け合い」になる可能性があります。これを防ぐには、前述のようにチームで役割定義を共有し、必要なら補足のルールやドキュメントを用意することです。次に、プロジェクトの動的な変化(スケジュール変更やタスク追加)には対応しきれない点です。RACIは静的な表なので、頻繁に状況が変わる場合はこまめに更新しないと逆に古い情報が誤解を生む恐れがあります。これも定期的な見直しと更新で対応可能です。運用上の注意点としては、最初に作る手間以上に運用の継続が重要ということです。チャートを作っただけで満足せず、プロジェクトの変化に合わせて育てていく意識が必要です。最後に、人によっては「形式ばった管理」に抵抗を感じる場合もあります。その場合はRACIの利点(効率化や透明性向上)を説明し、チームの助けになるツールであって監視や締め付けではないことを強調しましょう。実際RACIを導入した現場では「責任の所在がクリアになり逆にストレスが減った」という声も多いです。要は運用次第なので、デメリットと感じる部分(例えば手間など)は運用フローに組み込むことで自然と解消できるでしょう。
以上、RACIの基礎から実践までを網羅しました。責任分担が明確になれば、チームは自律的かつ迅速に動けるようになります。ぜひ自社のプロジェクトにもRACIを取り入れてみてください。最初は小さな一歩でも、定着すればプロジェクト成功率の向上や生産性アップに大きく貢献してくれるはずです。「誰がやるべきか」でもう迷わないチームを目指して、RACIを活用していきましょう。
参考資料・出典
- Lucidchart – RACI Matrixとは何か?RACIチャートの意味とメリット — RACIの基本概念とメリットを解説。
- Atlassian Workstream – RACI チャートの理解と使い方 — プロジェクト管理ツールとしてのRACIを詳細に説明。
- Asana ブログ – RACI チャートとは?すぐわかる完全ガイド (実例付き) — RACIの作り方・メリット・デメリットを網羅。
- AWS Prescriptive Guidance – Create a RACI or RASCI matrix for a cloud operating model — クラウド移行と運用でのRACI活用を示す公式ドキュメント。
- GitLab Handbook – Directly Responsible Individuals (DRI) — Apple発祥のDRI概念を採用するGitLabの公式解説。
- Coursera – What Is a RACI Chart? — Google提供 PM コース内でも紹介されるRACIの英語解説記事。
- Nulab Cacoo – Responsibility Assignment Matrix (RACI) テンプレート — NulabによるオンラインRACIテンプレート。
- Nulab Learn – How to create a RASCI chart in 6 easy steps — RACI拡張モデルRASCIの解説(英語)。
- Coral Capital ブログ – メンバーが増えると出力が落ちる「リンゲルマン効果」と対策としてのDRI — Apple社のDRI文化を日本語で紹介。
- Attendar ブログ – スティーブ・ジョブズが徹底していた会議のルール【DRI】 — Apple社内でのDRI活用例と会議運営の要点を解説。
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