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人的資本の開示に、ブロックチェーンを活用した「職歴トークン」は有効か?

ymoe2022/12/13に公開

こんにちは。PitPaの吉井です。今回は、昨今話題となっている人的資本経営における「職歴トークン」活用の可能性についてお届けいたします。

▼PitPaはアジア最大規模42.5万人の学生数を誇るネパール最高学府トリブバン大学と戦略的覚書を締結し、二国間にまたがる人的資本証明書のNFT化を進めてまいります(※12月27日追記)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000027.000037448.html

まず、本記事のテーマである「人的資本経営」とは、経済産業省によると「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義されています。

つまり、企業の人材を「コスト」と捉えるのではなく投資の対象である「資本」として捉え、優秀な人材の確保や従業員の育成を通じて持続的に企業価値を高めていく経営の在り方です。


※出典:「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書 人材版伊藤レポート2.0」 - 経済産業省

第四次産業革命による産業構造の変化やグローバル競争の激化、さらに少子高齢化や副業・兼業の推進による個人のキャリア観の変化、コロナ禍によるリモートワークの普及などにより、企業を取り巻く環境は大きく変化しています。

先進国の中でも特に少子高齢化が進行している日本においては、労働人口の減少は深刻な課題です。2050年には人口が約1億人まで減少し、生産年齢人口の比率は約50%にまで低下するとの予測もあります。

こうした背景を踏まえ、競争力の源泉である「人材」の重要性がますます高まっており、その価値を最大限に引き出すことで企業の価値向上を目指す人的資本経営を実践する企業が国内外で増加しています。

投資家の視点からも企業の将来的な価値を評価するにあたって、財務指標だけでなく「どれだけ人的資源に投資しているか」という点が重要な判断材料とされるよう変化してきました。

※出典:指針(たたき台)https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jinzai_management/pdf/004_02_00.pdf

この潮流に沿って、日本国内においてもここ数年間で人的資本情報の開示に関するガイドラインが整備されています。

人的資本が重要視されるきっかけになったのは、2020年9月に公表された「人材版伊藤レポート でしょう。同レポートは、「第1章 人材戦略の変革の方向性」「第2章 経営陣、取締役会、投資家が果たすべき役割」「第3章 人材戦略に共通する視点や要素」の3章から構成され、6回にわたって開催された研究会の内容がまとめられました。その後、2022年5月には、その実践に向けて具体的なアプローチ方法を明示した「人材版伊藤レポート2.0」が公開されています。

最近の動きとしては、2022年8月30日に内閣官房によって上場企業を対象とした「人的資本可視化指針」が発表されました。また、同31日には金融庁が「2022事務年度金融行政方針」を公表し、2023年度より有価証券報告書において人的資本情報開示を義務付ける方針が示され、大きな話題を呼びました。

ここで留意しておきたい点として、人的資本経営において重要なのは情報の開示だけを行ったり義務化に対応する姿勢ではなく、データを活用して人材戦略を立て、人材投資を行うことで中長期的な成長に繋げていく”攻めの姿勢” です。

そうした”攻めの姿勢”を促すものとして注目されているのが、昨今のweb3の隆盛により身近な存在となった 「ブロックチェーン」の存在 です。

そこで今回は、人的資本経営が求められている背景から人的資本の情報開示による経営インパクト、そして開示にあたってブロックチェーンが寄与することまで詳しくお伝えします。ぜひ最後までご覧ください。

<目次>

  • 1.企業の競争力向上のためにも「人的資本経営」が求められる2つの理由
  • 2.人的資本を可視化することで見込まれる、3つの経営インパクト
  • 3.スキルの可視化でリスキリングを促進し、人的資本の価値向上に繋げた事例
  • 4.人的資本の開示において、ブロックチェーン技術が有効な3つの理由

1. 企業の競争力向上のためにも「人的資本経営」が求められる2つの理由

冒頭でお伝えした通り、人的資本経営は投資家向けに限った話ではなく、企業の競争力向上のためにも重要な考え方です。以下、その理由を2つ挙げます。

①今後、企業価値を向上させる推進力は「無形資産」に

まずは、世界的にマクロ経済の構造が変化し、「無形資産」が企業の競合優位性や持続的な企業価値向上の推進力となっているという事実です。

企業が行う投資は、不動産や機械設備などの実物的な「有形資産」への投資と、実体のない「無形資産」への投資の二つに大きく分類されます。

「無形資産」については、内閣府が以下の3つに分類しています。

①情報化資産:ソフトウェアやデータベース
②革新的資産:研究開発やデザインなど
③経済的競争力:ブランド資産や人的資本、組織構造など

アメリカではすでに2000年に有形資産と無形資産の割合がほぼ同水準になって以降、無形資産が有形資産を上回る逆転現象が起きています。しかし、下図のとおり日本は未だ有形資産投資の割合の方が高く、無形資産への投資に積極的でないことがわかります。

▼無形資産、有形資産投資(民間企業)の推移

※出典:第2章 新たな「開国」とイノベーション - 内閣府

さらに、Elsten and Hill(2017)によると、米国の代表的な株価指数であるS&P500に採用されている企業において、2015年時点で84%が無形資産が構成されているとのこと。

また、欧州においても、S&P Europe350に採用されている企業の市場価値は71%が無形資産とされ、グローバル企業は無形資産への投資によって企業の競争力を向上させてきたことがわかります。

※出典:持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会(第1回)事務局資料 平成28年8月24日 経済産業省

では、なぜこれまで日本企業は無形資産への投資が積極的ではなかったのでしょうか。

日本において人材投資のピークはバブル経済崩壊直後と言われています。そこから徐々に減少し、リーマンショックを経て、企業は生き残りのために「コストの削減」を名目に正社員や研修費用を削減してきたという背景がまず一つあります。

また、日本が無形資産に投資してこなかった理由として以下のようなものも挙げられます。

  • 無形資産の投資は短期的な費用対効果が見えにくく、経営において「コスト」として認識されてしまっていた
  • 多角化経営によって黒字を維持できたため、長年に渡ってグローバルな環境変化が認識されず無形資産への投資の必要性が小さかった
  • 従来の日本企業の知財部の主なミッションは特許出願・管理業務であり、無形資産を企業の価値向上に繋げていく戦略が不足していた

※参考:知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン Ver1.0 - 知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会(令和4年1月28日)

海外の企業はすでにIoTやAI、ビッグデータといった成長産業へ参入して競争力を高めています。日本が「失われた30年」から脱却するためにも、無形資産への投資を積極的に行いながら多様な人材を活かし、競争力を高めていく姿勢が各企業に求められるでしょう。

②「学歴ベース」から「スキルベース」の採用方法へ

日本において「新卒一括採用」が主流であるように、学歴をベースとした採用方法が依然として機能しています。

しかし、世界的にIT人材の不足が深刻化する中、採用時に学歴フィルターをかけることで候補者プールを狭め、採用効率を損ねてしまっているのではないかとする見方が広まっています。また、機会の不平等は貧富の拡大を助長しかねず、経済に与える影響も無視できません。

とある調査によると、アメリカでは**四大卒の従業員の方が給料が11~30%高い傾向にあるものの、生産性や他の成果を比較しても必ずしも給料に見合うスキルを保有しているとは限らないとされています。こうした背景を踏まえ、同国では2017年から2019年にかけて四大卒を採用条件とする求人は、ミドルスキル職で46%、ハイスキル職で31%減少しているとのこと。

実際に、下図を見てみると総合コンサルティング会社アクセンチュアでは2017年と2021年で比較して四大卒を採用条件とする割合がIT職において低下していることがわかります。

※出典・参考:アメリカで広がる学歴よりスキル重視傾向 - Daijob HRClub

この、スキルベース採用の動きは、コロナ禍を経て世界的に加速しています。

Microsoft社はコロナ禍の影響により、2020年の失業者は世界で約2億5,000万人にのぼると予測。そこで、失業者の再雇用の促進と現有人材のリスキリングを目的に「Global Skills Initiative」を発表し海外では話題を呼びました。

具体的な取り組みとして、LinkedIn、GitHub、Microsoftのリソースを組み合わせて「需要の高い仕事とその仕事に必要なスキルの提示」「スキル開発のための学習環境の提供」「認定資格と人材ツールの活用によるマッチング」といったサービスを提供し、約3,000万人の再雇用をサポートしたとのこと。

またLinkedInは、シンガポールでスキルベールの採用を促進するツール「Skills Path」の試験運用を2021年に開始しています。Skills Pathを利用する企業は、求人情報に必要なスキルを職種ごとに記載。求職者はオンライン学習サービスでスキルを獲得し、その後リクルーターとの面接が保証されるという仕組みです。


※出典:Introducing Skills Path, a New Way to Help Companies Hire - LInkedIn Talent Blog

冒頭でお伝えしたとおり、日本は少子高齢化により労働生産人口は減少の一途を辿ると予測されています。そうした中、いかに効率的に国内外の優秀な人材を獲得できるかが重要なのはいうまでもありません。また、web3時代は、国境を超えた人材の流動性が大きくなり、特定の知識や技能を活かして、プロジェクト毎に人材を雇い入れるジョブ型雇用が推進するとの見方も広がっています。

こうした変革に備えて、自社にとって必要な人材・スキルを定義し、適所適材を促進することで企業価値の向上を図る姿勢が重要になるでしょう。

※参考:Introducing Skills Path, a New Way to Help Companies Hire - LikedIn talent Blog

2. 人的資本経営を実践することで見込まれる、3つの経営インパクト

人的資本情報を開示することは、投資家、求職者はもちろん企業側にもメリットがあります。以下、3つの視点から経営面でのインパクトをお伝えします。

①無形資産への投資による、労働生産性の向上

まずは、労働生産性の向上です。無形資産への投資は、他の革新的投資と連動することで生産性の向上に寄与するとされています。

内閣府の「平成30年度 年次経済財政報告書」では、社員教育や社会人の「リスキル」などによる人的資本投資が1%増加すると、労働生産が0.6%上昇すると試算されています。

また、人的資本への投資額と労働生産性の弾力性が高まる企業の属性として、従業員の自主的な学習を支援する制度がある企業はそうでない企業と比較して弾力性が0.14%ほど高く、企業内訓練の効果を高める可能性が指摘されています。

※参考:平成30年度 年次経済財政報告 第2節 人生100年時代の人材育成 - 内閣府

②スキルや経験の可視化による、従業員エンゲージメントの向上

二つ目は、スキルや経験の可視化によるエンゲージメントの向上です。

そもそも、なぜ人的資本の開示においてスキルの可視化が必要かという点ですが、人的資本経営の本質は「人材版伊藤レポート」でも強調されている通り、「経営戦略と人材戦略の同期」にあります。つまり、中長期的な経営戦略を立てながら現有人材が保有するスキルとのギャップを可視化し、「リスキリング」等の施策を実行しながらスキルギャップを埋めることが重要になります。

2022年10月に開かれた「第210臨時国会」においても、岸田首相は構造的な賃上げの実現に向けてリスキリングに5年間で1兆円の投資を行うと表明しており、今後、社内でリスキリング環境を社内で整えることは必須となるでしょう。

しかし、リクルート社の調査によると従業員のスキル・能力の情報把握とデータ化に課題感を感じている企業は半数以上にのぼり、人的資本経営の第一歩でもある「把握」の段階で躓いている企業が多いことがわかります。


※出典:人的資本経営と人材マネジメントに関する人事担当者調査(2021)- 株式会社リクルート(2022年1月27日)

ここで興味深いのが、同レポートによると、スキルの可視化によって従業員エンゲージメントの向上が示唆されている点です。なかでも、「個人の能力などを形成する業務上での経験(職歴・参加プロジェクト)」や「個人の能力などを形成する業務外での学び・経験」を可視化するとエンゲージメントの向上が見られるといいます。

エンゲージメントの向上によって更なる経営インパクトも期待できます。Gallupが2022年に公表した「State of the Global Workplaceレポート」によると、以下のような効果が見込まれるとのこと。

  • 生産性の向上 : 欠勤が41%減少し、生産性が17%向上
  • 離職率の低下 : 離職率が24%低下
  • 製品品質の向上 : 品質欠陥が40%減少
  • CXの向上 : 10%高い顧客指標と20%高い売上を達成

よって、人的資本経営を実践するにあたって、担当業務の内容や勤務年数といった比較的捉えやすい情報だけでなく、職歴や参加プロジェクト、業務外での活動や学習の記録なども記録・蓄積していくための社内体制づくりや従業員との密なコミュニケーションが必要となると考えられます。

※出典・参考:人的資本経営と人材マネジメントに関する人事担当者調査(2021)- 株式会社リクルート(2022年1月27日)

③優秀な人材の獲得

世界のCEOの約8割が、鍵となる人材の獲得を懸念しているとするデータがあります。このデータから、人的資本が企業の持続的な成長の鍵であるとの認識が広がる一方で、優秀な人材の獲得競争が激化していることがわかります。

その背景には、「生産年齢人口の減少」「企業が求める求人要件の高度化」「採用コストの大きさ」「介護離職の増加」など様々な要因が挙げられるでしょう。

※出典:「人的資本経営は「社員を大切にする経営」ではない」坂下 秀樹(リンクアンドモチベーション社長) - 日経ビジネス

そうした中、企業による人的資本の開示は優秀な人材を惹きつける一つの手段になり得るのではないかと考えられています。パーソル総合研究所によると、優秀人材ほど転職先の検討に「有価証券報告や決済書」「統合報告書やサステナビリティレポート」を情報源とする比率が高いとのこと。また、開示項目においては**「リーダーシップ」「サクセッション」「採用」「エンゲージメント」「育成」といった人的資本情報開示項目に関心が相対的に高い** とされており、こうした項目の開示に加えて、関連する取り組みや入社後のキャリアパスを示すことが優秀な人材の確保に有効だということが示唆されます。


※出典:人的資本情報開示に関する調査【第2回】〜求職者が関心を寄せる人的資本情報とは〜調査報告書 パーソル総合研究所(2022年10月)

3. スキルの可視化でリスキリングを促進し、人的資本の価値向上に繋げた事例

これまでお伝えしてきたように、スキルベースの採用が加速していることや、スキルの可視化によって経営インパクトが見込める点を踏まえても、従業員の「スキルの可視化」は人的資本経営の実践において重要な意味をもつといえるのではないでしょうか。

先日公開した記事でもお伝えした通り、「デジタルバッジ(オープンバッジ)」や「マイクロクレデンシャル」などの技術を活用し、学歴や職歴、スキルの証明書をデジタル上で発行する事例が海外では既に多く存在しています。

▼用語解説:「オープンバッジ」とは
IMS Global Learning Consortiumが運営管理するデジタル認証(Digital Credentials)のこと。スキルや知識の証明や、イベントの参加、コミュニティにおけるアイデンティティの証明などを目的として利用されることが多い。ブロックチェーン技術を適用すれば偽造・改ざんが不可能な信頼性の高いものとなり、様々な利用用途が期待されている。

▼用語解説:「マイクロクレデンシャル」とは
学位という形式に捉われずに個人の学習成果や身につけたスキルを認証する証明書、バッジのこと。

この章では、実際にスキルの可視化を行い、人材投資を行うことで人的資本経営を実現する2社の事例をお伝えします。

①【海外】IBMの事例

IBMでは、2015年にオープンバッジ規格を用いたデジタルバッジプログラム「IBM Digital Badge Program」を立ち上げ、大きな成果を上げています。

受講者に対して行われた調査では、IBMバッジを受領した87%がデジタルバッジによってエンゲージメントが向上したと回答しています。また、マネージャーの72%がバッジを元に従業員を表彰するなどして、評価にも活用しているとのこと。

▼実際に発行されているデジタルバッジの一例

同プログラムの活動は、デジタルバッジの発行に留まりません。戦略的に人材育成を行うために世界195カ国で統合されたスキルレジストリを作成し、従業員に対してスキルの習得を促すプログラムも展開しているとのこと。2020年8月時点で、およそ2,500のプログラムが開講され300万個以上のバッジが発行されているそうです。

▼デジタルバッジの活用によるビジネスインパクト

※出典:Do digital badges really provide value to businesses? - IBM

上記の取り組みだけでなく、IBMでは以下のような最先端のテクノロジーを活用した人事施策を通じても、人的資本への投資が積極的に行われています。

  • 「Skills Value Framework」…世の中のトレンドの分析から「これからどんなスキルを身につけるべきか」を可視化
  • Your Learning」…各個人のスキルや経験から見出されたギャップを克服するためのコンテンツが提示される、オンラインの学習コンテンツ
  • IBM Watson Career Coach」…AIキャリア・コンサルタント

※参考:「AI + ヒト」の力で、人事領域にもアジャイルな意思決定を。日本IBMのビジネスHR戦略 - SELECK

②【国内】富士通の事例

国内の事例として、富士通の取り組みをご紹介します。富士通では、2022年4月より国内グループの一般社員45,000人向けにジョブ型人事制度を導入 し、同時に適所適材の推進を目的としてスキルの標準化・可視化が行われています。

さらに、社内外でスキルを公開できるように「オープンバッジ」も取り入れられており、富士通のバリューを伴った行動や特定プロジェクトへの参加、また研修の履修の証として発行されているとのこと。

バッジを導入したことで顧客に対してより安心感を提供できるようになったことに加え、社内でも同じバッジを持っている人同士で会話が弾んだりなど、新たなコミュニケーションのきっかけとして機能しているそうです。

▼富士通のバッジの発行例

※出典:ジョブ型人事制度とスキル可視化で育成は新時代へ。 富士通が従来の社内資格制度をやめた理由 - SEplus

また、ジョブ型雇用とオープンバッジの導入により、社内でのキャリア形成の形も新しくなっているといいます。かつては用意された階段を上がる形の人事制度だったものの現在はスキルベースの挙手制に近いものとなっており、年次に関係なく能力さえあればチャレンジできる環境が整いつつあるそうです。

4.人的資本の開示において、ブロックチェーン技術が有効な3つの理由

ここまで、人的資本情報開示の必要性についてお伝えしてきました。義務化に伴い、人的資本の情報開示に取り組む企業は増えていくでしょう。

しかし、ここで、開示された「情報の真正性」をどう判断するのかという問題が生じます。

実際、法律で虚偽記載の防止が図られているとはいえ開示書類の情報が100%正しいとは言えず、人的資本の情報がブラックボックス化しているのが現状です。そこで、この真正性を担保しながら、人材データの活用を促す可能性があるのがブロックチェーン技術です。

この章では、人的資本経営の実践にあたってブロックチェーン技術がなぜ有効かについて3つの視点からお伝えいたします。

①ブラックボックス化されていた無形資産を可視化し、人的資本情報の透明性を担保

例えば、幾つかの企業が職歴やスキルに関するトークンを発行するとします。ブロックチェーン上に記録されたトランザクションデータを参照すれば、その企業の人材投資に関する履歴を誰でも閲覧することができます。

下図はブロックチェーン分析プラットフォーム「Dune」を用いて、PitPa社が適当な値を用いて実験的に可視化した企業情報です。例えば、複数の企業の情報を集約させることで、どの企業が積極的に職歴トークンを発行しているかを可視化した「職歴発行数ランキング」 を表示できます。

▼Duneを活用した人的資本開示①

しかし、先ほどの職歴発行数は、従業員規模や該当する企業が「何を職歴とするか」といった要素に左右されてしまうため、トークンの発行数だけでは「その企業が人材に積極的に投資しているか」はわかりかねます。

そこで、職歴トークンに「start_date(就業日)」と「end_date(離職日)」を追加することで、平均勤続日数を可視化できます。下図は実験的に「従業員維持率ランキング」を表示したもので、維持率が高い(平均の在籍日数が長い)ほど人材投資を積極的に行っている可能性が高いといえます。

▼Duneを活用した人的資本開示②

しかし、これまでの職歴発行数と従業員維持率だけではやはり不十分です。そこで、個社別に職歴トークンの発行状況を参照してみます。

下図は、PitPa社の職歴発行数を適当な値を用いて可視化したものです。先ほど同じように、職歴の発行数や職歴保有者数、離職率などを可視化できるのはもちろん、従業員個人がどのようなトークンを保有しているかを参照することで企業内でのロール(役割)の変化がわかり、経験やスキルを企業内でどう活かしているのかも予測できます。

▼Duneを活用した人的資本開示③

つまり、ブロックチェーンに基づく人的資本データは、企業がどんな従業員を採用し、どう育成し、どのように活用しているかの参考指標となり得ます。

また、こうしたデータがすべてブロックチェーン上で管理されるようになれば、たとえ企業側で上図のようなデータを公表していなくとも、Duneなどの分析ツールを活用して自ら企業分析を行うことも可能となり、透明性の高い企業の人的資本情報により、求職者は就職先を判断する材料に、そして投資家は投資先を選定する基準となるでしょう。

②発行元の企業や大学に依存しないアイデンティティとして横展開が可能に

ブロックチェーン上に学位や職歴を記録することで、個人は発行元に依存しない形でデータ管理が可能になり、これまで企業内に留められていた情報を外で活用することが可能になります。IBMで行われた調査では、回答者の92%がブロックチェーンを活用したデジタルバッジの取得によって雇用の可能性が広がったと述べています。

この考え方は「SSI(Self-Sovereign Identity:自己主権型アイデンティティ)」と呼ばれる、管理主体が介在なしに、ユーザーが個人情報やデジタルアイデンティティを自らの意志で保有・コントロールできることを目指すデジタルムーブメントのことで、国際技術標準化団体のW3Cによって提唱されています。

このSSIを実現する1つの重要な要素として、W3Cは「Verifiable Credentials(VC)」を挙げています。VCとはオンライン上で検証可能な個人情報のことで、W3Cによって標準化されている規格です。


※出典:Verifiable Credentials: The Ultimate Guide 2022 - dock

VCの言葉に含まれる「Credential(クレデンシャル)」は、「資格」「経歴」「認定証」などと和訳されるため、VCをそのまま和訳すると「検証可能な認証情報」となりますが、VCは個人情報そのものを示すものではなく、その真正性を検証できる技術のことを指します。

このVCとNFTを掛け合わせることで個人情報を保護しながら、アクセシビリティを向上させることも可能です。VCはオフチェーン上の情報であるため「表」の見えるところには存在していません。さらに、情報の開示にあたって個人で「誰に、どこまで開示するか」を選択できます。

一方、NFTにパブリックチェーンを使用すれば完全にDecentralizedで永久に情報を残せることに加え、OpenSeaなどのプラットフォームやSNS上で表示させることも可能になり、インターネット上でのアイデンティティを形成・活用することもできます。

以前、PitPa社が技術支援を行った千葉工業大学のNFT学修歴証明書は、VCとNFTを掛け合わせた形で発行を行いました。

▼千葉工業大学のNFT学修歴証明書

また、千葉工業大学のNFT学修歴証明書の発行に貢献したメンバーに対し、その成果を証明するNFTの発行も行いました。下図はPitPa社で発行した職歴トークンの一例です。

NFTの詳細リンクを開くと、クレデンシャルの具体的な内容を閲覧できます。今回は千葉工業大学のNFT学修歴証明書発行のプロジェクト概要と、該当メンバーの優れていた点を記載しました。

職歴トークンの認証技術として、Blockcertsを活用しています。Blockcertsとは、ブロックチェーンベースの証明書を発行・表示・検証するサービスを構築するためのオープンスタンダードのことで、MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究機関Media LabとLearning Machine社により2016年に共同開発されたものです。

「資格情報を確認する」のボタンを押すと下図のような認証画面へと移行し、改ざんされていないことを担保する「完全性」、書類の発行元が正しいことを担保する「真正性」をすぐに確認できます。

こうした記録を残していくことで、将来サービスが拡大した際に 「ローンチ時に誰が所属していたのか」「誰がどのような実績を残したのか」といった情報を可視化でき、個人としてもキャリアアップに職歴トークンを活用できる可能性があります。

▼保有するトークンをOpenSeaなどのプラットフォームで一覧化し、ポートフォリオのような活用もできる

③職歴の真正性の確保とリファレンスチェックのコスト削減による、スキルベース採用の促進

最後に、②のスキルベース採用に関わる話になりますが、ブロックチェーンの強みは、やはり情報の「透明性」と「耐改ざん性」です。この2つの特性が、採用におけるリファレンスチェック時に効果を発揮します。

日本は終身雇用制度や年功序列といった制度が主流だったため転職の機会が他国と比較しても少なく、経歴を詐称する必要がそもそもあまりないため、「経歴詐称」という言葉に馴染みがない人が多いのではないでしょうか。

しかし、下図からもわかるように海外では経歴詐称が多数報告されており、国によっては学位や職歴を売買するビジネスも蔓延しているのが実情です。なかでもアメリカは19.22%とトップで、約5人に一人が偽った経歴を履歴書に書いていたとされています。


※出典:海外の採用事情 経歴詐称が多い国・少ない国ランキング 日本は何位? - JAPAN PI

そこで求職者に対し、「採用調査」として過去の勤務先の上司や同僚、さらには取引先といった情報の提供を要求して雇用後のトラブルを防ぐ企業が多く存在します。しかし、昨今の個人のプライバシー保護の観点から採用調査は難易度を増しており、企業によっては、役員採用の場合に平均して約165万円まで調査費用を出費しているとするデータもあり、経歴の真正性を確認するだけでも時間・お金共に莫大なコストがかかっています。

また、職歴に関わらず学位に関しても同様のことが言えます。こちらは日本国内のデータですが、一般社団法人国際教育研究コンソーシアム(RECSIE)が2020年に、新卒採用を行う企業を対象に行った「大学発行の証明書とそのデジタル化」に関する調査では、「応募者が大学から取り寄せた紙の証明書を郵送または直接提出してもらっている」と答えた企業は91%にも及び、求職者にとってもリファレンスチェックにコストがかかっていることがわかります。

▼社員採用にあたっての現在の証明書提出方法

※出典:大学発行の証明書とそのデジタル化のアンケート調査結果 - 一般社団法人国際教育研究コンソーシアム

そこで、学歴や職歴の証明書発行にブロックチェーンを活用することで、企業側は信頼性の高い情報を元に採用を進めることができるだけでなく、リファレンスチェックにかかるコストも削減することができます。また、求職者側としても逐一大学や企業に証明書の発行や情報の開示を求める必要がなく、双方にとってwin-winな仕組みを構築できます。

実際にブロックチェーンを活用している事例を2つ挙げます。まず職歴に関して、IBM Garageではプライベートブロックチェーン上で人事が応募者の職歴と業績を確認できるようになっており、候補者は履歴書を提出しする際に選択した雇用主またはネットワーク全体で共有できるように選択できるとのこと。

学位に関しては、アメリカ、ドイツ、イタリア、メキシコ、タイ、香港、オーストラリアなどの国々で「Blockcerts」と呼ばれる技術を活用し、ブロックチェーン上で学修歴証明書の発行が行われています。また、シンガポールでは「OpenCerts」と呼ばれるプロジェクトが進められており、国家主導で大学の学位証書をブロックチェーン上で発行・管理する取り組みが行われています。

▼用語解説:「Blockcerts」とは
ブロックチェーンベースの証明書を発行・表示・検証するサービスを構築するためのオープンスタンダードのことで、MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究機関Media LabとLearning Machine社により2016年に共同開発された。

▼Blockcertsについて、詳しくはこちらの記事もご覧ください
学位や資格の「証明」にイノベーションをもたらす、Blockcertsとは?求められる時代背景や活用事例まで - Zenn

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は、人的資本経営を大きなテーマとして、求められる背景から経営インパクト、またブロックチェーンを活用した人的資本情報の開示までをご紹介しました。スキルや職歴の可視化にあたり、ブロックチェーンを活用する流れはグローバルでも不可逆かと思います。今後の動向が楽しみです。

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2022年8月には千葉工業大学と共同で、国内初となる学修歴証明書をNFTで発行いたしました。今後も、千葉工業大学と連携して各種クレデンシャルサービスの開発に取り組み、学位の証明に留まらず、社会人向け講座の修了書などさまざまな証明書のNFT化を進めながら、他大学や企業に展開することで社会全体のDX推進に貢献してまいります。

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