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なぜ「文化」が大切なのか

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はじめに

文化というものはとても強力で、侮れない。それこそ企業の長期的成長には絶対に欠かすことができません。頻繁に聞く概念にカルチャーフィットという言葉もあるくらいで、多くの企業から「企業文化は戦略と同じぐらい重要である」「文化なき企業は並の業績しかあげられない」と言われるほどに企業文化との一致は重要視されているようです。では、そもそも文化がなぜ大切だと言われているのか。いざ聞かれてみると中々言語化することができません。言語化が出来ないということは、自分の中で「文化」というものを理解していない、本当の大切さを理解していないということです。理解をしていないということは物事を判断する際に「文化を守っていくのは良さそうだから」と曖昧な判断で進める原因になります。それは何も考えずにルールを守り、改善をせず、古くなる原因になります。古くなり、改善しないということは時代の変化に弱い企業になるということです。それは企業にとって成長の頭打ちの原因になったり、企業生存において致命的になることもあり得ると考えています。逆に、正確に言語化が出来ていれば迷いがなく、確実に目的を見据えた上で何かを判断することができます。なぜ、文化が大切なのか。エンジニアの背景を持つ自分の視点から言語化していきたいと思います。

文化とは何か

文化とは、その団体の価値観であり、自然なものであり、普通であり、目に見えないものであり、受け継がれていくものなのだと考えています。例えば、今の日本の文化。あくまで自分が観測した限りの勝手な認識ではありますが、平等を重んじ、人間関係を重視し、改善よりは安定を望んでいるように思います。もちろん反論はあるとは思いますが、個人的には全体的にはこのような文化が日本には根付いているのではないかと考えています。また別の例でいえば、エンジニアの文化。全体的に合理的で効率や改善を重んじ、感情を否定し、実力主義で政治的アプローチに嫌悪し、短期的な解決より長期的な解決を好んでいるように思えます。こういう団体の性格、価値観、考え方を「文化」と呼ぶのではないか、と考えています。

文化の特性

超長期的に継続するという特性

あるチームには改善の文化があるとします。改善が文化になっているので、それがそのチームでの普通であり、共通の価値観であり、当たり前のことです。チームの当たり前ということは「改善しろ」と指示されずとも一人一人が改善の重要性を理解し、自主的に改善活動をします。そして、一人がチームから抜けても、このチームの改善する文化は変わらずにずっと続きます。自分はこの文化というものが良い意味でも悪い意味でも非常に強力であると考えています。一度文化になってしまったものは個人の力では変更が難しく、一人が辞めたとしても残った他のメンバーにその価値観、考え方が受け継がれ、生き続けます。悪い文化についても同様で、「残業は普通である」という文化がもし企業に存在していればそれもまた長期的に続いていきます。その文化の中で働く人々自身もそれが普通であると、社会人として当然我慢すべきものであると考えます。実際その人自身が収集したサンプル自体は少ないにも関わらず、あたかも「日本全体でこれが普通である」と思い込み、その文化に染まった上司はそれを部下に「残業は普通だ」とその価値観に染めていく。これがいつまでも繰り返される。悪い文化はこのように非常に長いスパンで人を不幸にすることも出来ます。従って、本気で変えようとしなければ永久に変わらないことだって有り得ます。最悪、個人がいくら努力したところで変えることができないものでもあると考えています。だからこそ、文化作りには細心の注意を払う必要があります。

自己選択的であるという特性

Team Geekでも語られている通り、文化の特性として「自己選択的」というものがあります。攻撃的な文化には攻撃的な人がよりつきやすく、また防御的な文化には防御的な人が集まります。例えば、全体として残業が普通になっていれば、文化の自己選択的な特性により新しい人を採用したとしてもその人自身も「残業が普通である」「仕方のないこと」とこれから属する団体と同じような考えを既に持っている傾向にあります。何故このようなことが起きるのか。もしも「残業しないことが当たり前だ」という考えを持った人が企業に面接にいった際に「残業を普通である」という考えに染まっている面接官と会話をしたらそれを感じ取って「ここは悪い企業だ」と他の企業へ行ってしまいます。「残業くらい普通だよね」と考える人が確実に残ることになり、結果自己選択的になっているのだと思います。そして、その文化に例え合わない人が企業に入社しても価値観が合わず、「染まれなかった人」は辞めていきます。企業でなくても、この自己選択的な特性は存在すると考えています。学校で「オタクにネガティブな印象がある」「いじめはよくある」という文化が根付いており、そこに転校生として典型的なオタクがやってきた場合、隠しでもしない限り確実に排除されることは自明です。その人をいじめ、転校させるか、不登校にさせるなどして排除され後に残る者のは同じ価値観を持った人達です。集団には信じられないほどの「エゴ」があり、文化に合わない個人の「エゴ」を通そうする者は排除されていきます。余談ですが、いじめを発見しても一教師がどうすることもできないのはそれがその学校の文化になっており、個人で改善できる限度を超えたものになっているからなのだろうと考えています。そして、それに立ち向かう教師もまたその文化の強力な力によって消えていっているように感じます。

共通の目的、価値観を持つのでスムーズに進む

チームでプロジェクトを進める際に良い文化を取り入れておくと非常に強力な効果を発揮します。チームに改善する文化があればそれはそのチームでの「当たり前のこと」であるため、会議の際に「新しくこの仕組みを取り入れてみようと思うのですが、いかがでしょうか」と提案すればすぐにその提案は通ります。誰も「面倒だからやめよう」と嫌がる人はいません。少なくとも、そういう発言をする人は文化の自己選択的な特性から同調圧力で黙らされるか、排除されます。改善することが文化になっていれば基本全員同じ価値観を共有しているので嫌がる人の説得に時間が掛かることもなくスムーズに議論が進み、嫌でもそのチームは改善に向かいます。逆に、改善の文化のないチームにある一人が「改善しよう」といっても「これがルールだから」と誰も耳を傾けなかったり、膨大な時間が掛かり、最悪目的を果たせずに終わります。

文化を変化させる

文化は超長期的で、自己選択的で、排他的です。では、この文化を変えることは絶対にできないのかというと、いくつか方法があると考えています。それは「仕組み」、「強力な個人」です。

「仕組み」による文化の変化

ある企業には「Thanks」という仕組みがありました。「Thank」とは「感謝」を意味し、定期的に相手に感謝の意を相手に伝える仕組みです。やることは簡単で、「Aさん、この前自分の代わりにこのタスクを巻き取ってくれてありがとう!」「このプロジェクトで詰まっていた時にBさんがサポートに入ってくれて本当に助かりました」というように感謝すべき相手にちゃんと感謝を伝えるというものです。個人的にこの仕組みに対してはじめは「なんだこれは」と否定的ではあったのですが、実際にやってみると印象が一気に変わりました。チームに話しかけやすくなり、「もしかしたら相性が良くないかも」と考えていた人の態度が明らかに柔らかくなり、それによりこちらも友好的に接することができるようになりました。実際に、助けてくれるようにもなりました。この仕組みによって「協力し合い、多くコミュニケーションを取る文化」になった部分も大きいのだろうな考えています。「仕組み」に乗って実際にやってみることで「全体の意識」を間接的に変えることができます。今の例では「Thanks」という仕組みが導入されたことにより「協力する文化」がより強固なものになりましたが、他にも「仕組み」を作ることにより、文化を変化させることが可能になると思います。しかし、良いことだけではありません。新しい仕組みをしばらく運用してみた結果、「悪い文化が形成されてきた」ということがわかったらすぐに修正を入れるべきです。文化とは「変えることができない」と人に思わせ、実際個人が不満をいったところで変化することはほとんどありません。仕組みの責任者が悪い影響に気づかず、良かれと思ってその仕組みを運用し続けてしまうと折角の良い文化が失われ、最悪合わなくなった社員は辞めていきます。超長期的に続くはずだった、一人一人が自主的に改善してくれる「改善の文化」が無くなってしまったら企業にとっては最悪です。だからこそ、「この仕組みを入れたら文化にどのような影響を与えるか」を慎重に考えて導入する必要があり、仕組みによる悪い影響を見つけたらただちに運用を見直し改善する必要があるのです。

「強力な個人」による文化の変化

「強力な個人」とは、「特定領域において信頼性が高い人」と考えています。「権力のある人」「その人が発言をすれば皆が従う人」と言い換えても良いです。例えば、技術顧問です。いくら個人が「テストコード入れたほうがいいと思うんだけどな」と愚痴を言ったとしても、テストコードを書かない状況はいつまでも変わらないことはよくある話だと思いますが、もしも業界でも有名な技術顧問が「企業は悪い方向に向かう」と発言をしたらその流れが途端に変化します。企業にいる技術者達はそれを再認識し、温度感は全体として高くなり、「テストコードを入れよう」という人が多数派になるからです。一度ではここまでうまくいかないかもしれませんが、技術顧問の言葉でこれを繰り返せば文化を変化させられる可能性が高いと思います。このやり方は個人的には企業にとって非常に費用対効果が高いと考えているので、「今の停滞している状況をなんとか打破したい」と考えている企業があれば、信頼性のある技術顧問に定期的に来ていただくと良いかもしれません。「『強力な個人』よる文化の変化」は、後述する「天才プログラマー vs 文化」の話にも繋がっていきます。

天才プログラマー vs 文化

文化を重んじない天才プログラマーを雇うか、文化を選ぶか。企業はどちらを選ぶかを迷うかと思います。そもそも「文化」が頭になく迷わず天才プログラマーを雇うかもしれませんが、自分がもし採用者であれば間違いなく文化を選びます。確かにその天才プログラマーが入社してきた時、売上が3倍になるかもしれません。しかし、それはあくまでそのプログラマーがいる間だけの短期的な話です。天才プログラマーという誰も歯向かえないような人がもしもチームに入ってきた場合、そのチームにあった超長期的に続いたはずの良い文化が軒並み薙ぎ払われてしまう可能性があるからです。文化が変わることによってコミュニケーションをあまりしない文化に変化し、ギスギスした人間関係になるかもしれません。一人一人自主的に改善活動をしていたものがただただその天才にぶら下がるだけの存在になるかもしれません。そうして形成された「悪い文化」もまた長期的に継続し、自己選択的な特性によりそのような人達が集まっていき、企業としてゆっくりと衰退していきます。だからこそ、技術力があるというその一点だけで天才プログラマーを雇うことは非常に危険だと考えています。もしも天才プログラマーを雇うのであれば、「我々の文化はどのような状態だったか」「今の企業文化にマッチしているか」を最低限確認する必要があります。もしも今の企業文化にあっている人であれば、その人はチームにとって、企業にとって強力な見方になってくれるかもしれません。

「有害な振る舞い」の改善

良い文化は強力な個人によって壊されやすく、我々が出来ることとしたらその良い文化を守っていくことだと思います。しかし、守るとはなにも排除するだけではありません。その人自身ではなく「文化にとっての有害な振る舞い」を正すことができれば、もしかしたらその人はチームにとって掛け替えのない人になるかもしれません。

文化を個人が形成しても評価はされない

文化は非常に強力で影響が大きいものである一方、悲しいことにそれを個人が努力の結果文化の形成に成功したとしても本人が評価されることはほとんどないように思います。なぜならそれは目に見えないものであり、すでにあって当然のものになっているからです。もしも「自分がこの文化を作った」と主張しようものならば「なんて傲慢な人だ」と不満に感じる人が出てくることは想像に難くないと思います。しかし、本来文化作りは企業に与える影響が大きいことから高く評価されるべきものであると考えているので、メンバー一人一人「この文化は誰が形成したのか」を認識し、その人の代わりに周りが評価することが大切なのかなと考えております。大体EMやTL辺りが文化を形成しようとしてくれていることが多いと思うので、もしもそれを認識したならば「この文化は自分達にこんなに良い影響があり、働きやすくなりました。ありがとうございます」と感謝してあげてください。それだけでその方達は報われます。

最後に

以上、文化についての言語化でした。このように言語化してみると文化の大切さを再認識します。これらが必ずしも正しいとは考えてはおりませんし、実際「Team Geek」の主張と自分の意見が所々異なる部分があります。しかし、もしも一人一人が「文化がなぜ大切なのか」を言語化し、自分達の言葉でその重要性を理解し、「文化の改善」を重ねていくことができれば、最終的には途方もなく強力な企業に化けるのかなと、そう思います。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

参考文献

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