ノリと勢いでプログラミングサークルを創設したら3年目に突入した話 ① ~ 創設編 ~
はじめに
こんにちは。みそしる(@miso_shiru_app)と申します。
私は大阪大学の学生で、Flutter開発サークル「ぽちぽちのつどい」のメンバーです。
実は、このサークルは私と先代の会長が創設したサークルです。
現在は後輩に運営を任せて、一兵卒として活動している私ですが、そろそろ創設から3周年を迎えたということで、この2年間と「ぽちぽちのつどい」創設前の話を私の視点で振り返ってみたいと思います。
プログラミングへの挫折
時はサークルを創設する1年前に遡ります。
ITに興味があり、情報系の学部を選んで大学に入学した私は、当時4年生の先輩が作ったサークルに加入しました。
そのサークルもFlutterでアプリ開発を行うサークルで、プログラミングのプの字も知らないながら、作りたてのサークル特有の、アットホームさに惹かれて飛び込んでみました。
入会後、環境構築を終え、自分が作りたいアプリをサークルメンバーと一緒に作ることに。
当時作っていたのは、阪大豊中キャンパスにある「阪大坂」という坂をどれだけ速く登りきれるか競争するアプリでした。
今思えば、初心者にも手が届く、ちょうどよい規模感だったと思います。
しかし、結局そのアプリは完成させられず、夏休みが明けた頃にはサークルとも疎遠となっていました。
今俯瞰で考えると、完成しきれなかった要因は
- 自分が何がわかっていないかを言語化できていなかった
- 周りに頼ることを過度に恐れていた
- 一緒に開発していたチームメンバーと密に協力できていなかった
ということが大きいかと思います。
開発は上手くいかなかったものの、サークルの活動自体は楽しく、このサークルを通して、今も繋がり続けている先輩や友人と知り合うことができました。
ともかく、これが、大学入学直後のプログラミングへの挫折の体験でした。
足掻き
前述したサークルと疎遠になった後も、他のサークル活動や学業等にウェイトを置きつつも、プログラミング学習は細々と継続していました。
某企業のプログラミング講師のインターン研修でHTML,CSSやjQueryを触ったり、Progateをやってみたり。
自分なりに足掻いていたつもりでしたが、「本当にこの勉強を続けていて、何か作れるようになるのだろうか....」という漠然とした不安を持ち続けていました。
その間にも、現役で他大学の情報学部に行った地元の友人はWeb系開発のサークルに所属し、ハッカソンに出るなど、どんどんスキルを身に着けている。
何も身についていない自分と比較して自己嫌悪に陥ってしまうこともありました。
何か方法を変えてしっかり腰を据えてプログラミングに取り組むか、それとも新しく違うことに取り組むべきか。
答えを出せず、漫然と過ごすまま、季節は冬となり、1年生の春休みが近づいていました。
100 Program への参加 Flutter に再入門
1年生の春休みになる少し前。
友人に「100Program」というイベントの紹介をしてもらいました。
「何かをつくってみたいけど『アイデア・技術・チームがない』という学生のためのプログラム」
まさしく、「何かをつくってみたいけど『アイデア・技術・チームがない』という学生」だった私は、100Programへの参加を決めました。
私が参加した際は、開発・学習代として2万円が支給されるということもあり、バイトさえしていなかった私にとって参加するメリットしかありませんでした。
そして、この決断が私の大学生活を大きく変える決断となりました。
100Programは、春休みの約2ヶ月間を通した継続的なイベントです。
最初の1ヶ月は学習期間で、各々が学びたい内容を自分で好きに学ぶことになります。そして、後半の1ヶ月でチームを編成し、自分のこれまでの経験や前半の1ヶ月学んだことを基に、何かしらのプロダクトを開発し、発表を行います。
プロダクトの種類は特に問われず、ハードからソフトまで、多様なプロダクトの発表が行われます。
記憶が曖昧ですが、私は前半1ヶ月にウェブのフロント周りを学習していたような気がします。
そして後半のチーム開発では、歩数計と日記をかけ合わせたモバイルアプリを開発するチームに所属しました。
私のチームは3人編成で、自分以外のメンバーは100Programまで全くプログラミング経験のない方々でした。
私は前述したように、細々と学習していたこともあり、技術的な面で牽引することが求められました。
また、モバイルアプリのアイデアを形にするということだったので、私が経験のある、Flutterを採用することになり、更に私が技術的な面で貢献することが求められる構図となったと思います。
とはいえ、これまで1つのアプリも完成させたこともなく、明らかに自分は力不足でした。
開発期間中は、当時話題だったGPT 3.5を使い倒して実装を進めていきました。
実装量の大半を自分が担うプレッシャーの中、明確な期限に追われる開発を初めて経験しました。
迎えた最終発表日。
日記機能は完成したものの、歩数機能はまったく実装できず、当初想定していた要件は満たせませんでした。
それでも、この100Programで私はひとつの希望を得ました。
「ChatGPTをメンターにしながら開発すれば、継続して学習できるのではないか?」
入学直後に入ったサークルでは、うまく周囲に頼れず苦しんでいた私にとって、24時間いつでも、何度でも質問できるAIは最高のメンターでした。
そして何より、100Programに参加して本当によかったと感じたのは、「開発することの楽しさ」に気づけたことです。
アプリを完成できなかった悔しさも相まって、私はFlutterの学習をもっと続けたいと強く思うようになりました。
ノリと勢い
やっと「ぽちぽちのつどい」の話になります。
100Program期間中の2月某日、僕はこんなツイートを大学用のアカウントでしていました。
当時、100Programの途中ながら今後開発を続けていきたいと考えていました。
しかし、自分ひとりでコツコツ続けられるビジョンも見えない。
そんな中で、1年生のときに参加していたサークルは自然消滅していました。
どんな形であれ、一緒に勉強する仲間がほしい。
そんなことを考えていたのだと思います。
先程のツイート。今は謎に3くらいいいねが付いていますが、当時いいねをくれたのは1人だけ。その1人に速攻でDMを送り、後日Zoomで話すこととなりました。そして、それが前会長、僕と「ぽちぽちのつどい」を設立したメンバーです。
Zoomでは、お互いの自己紹介をした後、100Programの話や、開発を行う仲間がほしいというような話をしました。
そしてその場で、プログラミングのサークルを作り、運営していく。このことを即決しました。
- Twitter でいいねをしてきただけの相手にいきなりDM
- 初めて顔を合わせたZOOMでサークル創設を決定
見切り発車すぎます。
今になって、冷静に考えると、どうしてそんな行動を取ったのだろう...?と疑問が浮かびます。
しかし、そういうノリとか、勢いとかがあったからこそ今があると思うと、悪いものでもないのかもしれない、とも思います。
なにはともあれ、2人寄らばそれはサークル。
まだ名も付けられていない、後に「ぽちぽちのつどい」というポップな名前を冠する運命を辿る、謎のサークルは設立されたのです。
次回へ続く
おまけ
この流れと並行して、100Program終了の次の日から、個人開発に取り組んでいました。
そして、何とか完成・リリースまで持っていったのが「みそしるBot」というアプリです。
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