Agentic AIについて非エンジニア向けにわかりやすくまとめてみた(後編)
前編の振り返り
前編では、Agentic AI(エージェント型AI)とは何か、AI Agentsや生成AIとの違い、そしてその可能性について解説しました。
Agentic AIは複数のAIエージェントが協調して複雑なタスクを自動化する革新的な技術で、人間のチームワークを模倣した協調システムとして機能します。しかし、素晴らしい可能性がある一方で、現実には多くの技術的課題が存在することも明らかになりました。
後編では、これらの課題の詳細と、それを克服するための最新の技術的取り組み、そしてNTTデータグループの具体的な研究開発について詳しく解説していきます。
課題と現実
Agentic AIの夢のある未来像とは裏腹に、現実には多くの技術的課題が山積しています。実際のところ期待ばかりが先行していると言える状況であり、冷静な現状認識が求められています。
現状:「デモ」と「実用」の大きな壁
テスト上では動くが、現場での運用には課題が残る:
GitHub上には数多くのAgentic AIが公開されており、複数のエージェントが連携して複雑な作業をこなすデモが数多く存在します。しかし、これらの多くは「理想的な条件下での成功例」にとどまっているのが実情です。
実際の利用場面では、予期しないエラー、データの不整合、システム間の競合など、デモでは起こらない問題が日常的に発生します。きれいに整理された実験環境と現実世界では、大きな差が存在します。
「完全自律」には程遠い現実:
メディアでは「なんでも自動でやってくれる万能システム」として紹介されることがありますが、現在のシステムは人間の継続的な監視と調整を必要としています。特に、複雑な判断が必要な業務や、クリエイティブな作業では、まだまだ人間の能力には及びません。
技術的な3つの壁
Agentic AIの実用化を阻む主な技術課題は、以下の3つに集約されます:
1. AIの根本的な限界:因果関係が理解できない
現在のLLMは「AとBがよく一緒に起こる(相関)」は分かりますが、「AがBの原因だ(因果)」は理解できません。
具体例:
「病院に行く人は病気が多い」というデータから、「病院に行くと病気になる」と誤学習してしまう可能性があります。
Agentic AIでの深刻化:
複数のAIが情報を共有するため、一つのAIの間違いが他のAIにも伝染する「間違いの連鎖」が起こります。医療診断や投資判断など、正しい因果関係の理解が重要な分野では致命的です。
2. チームワークの難しさ:エージェント間の協調問題
理論上は美しいチームワークでも、実際には以下のような問題が頻発します:
- 競合: 同じデータに複数のAIが同時アクセスして混乱
- 無限ループ: エージェントA→エージェントB→エージェントAと延々と情報を回し続ける
- 目標の不整合: 各AIが自分の担当だけを最適化し、全体のバランスが崩れる
- コミュニケーション不全: 自然言語での通信における意味の曖昧性や解釈のずれ
3. ブラックボックス化:説明できない判断
複数のエージェントが連携して出した結論について、「なぜそう判断したのか?」を人間が理解することが困難です。
具体例:
「なぜこの投資を推奨したのか?」と聞いても、「市場分析エージェントが調べて、リスク評価エージェントが確認して、最適化エージェントが推奨したから」という表面的な説明しかできず、具体的な理由が分かりません。
運用面での2つの現実的な壁
1. レガシーシステムとの連携問題
多くの企業が使っている既存システムとの連携は、大きな障壁です:
- データ形式の不一致
- 連携方法の非標準化
- セキュリティ設定の不整合
- 処理速度のボトルネック
2. 新しいセキュリティリスク
Agentic AIは、従来のシステムより攻撃を受けやすい構造を持っています:
- プロンプトインジェクション: 悪意のある指示をエージェント間通信に紛れ込ませる
- データ汚染: 学習用データに間違った情報を意図的に混入
- エージェント乗っ取り: 特定のエージェントを外部から操作
- 情報漏洩: エージェント間の会話内容の傍受
セキュリティ専門家の93%が2025年に日々AIへの攻撃が発生すると予測しています。実際に、世界最大級のセキュリティコンペティションであるPwn2Own Berlinでは、2025年5月に史上初めてAIインフラストラクチャが攻撃対象に加わり、わずか3日間で28個のゼロデイ脆弱性が発見されました。AI特有の新しい攻撃手法が急速に増えており、従来の対策では対応しきれなくなっているため、AI時代に対応した新しいセキュリティアプローチが求められています。
現在の取り組み
先述した多くの課題に対して、世界中の研究機関や企業が解決策を開発しています。現在最も注目されている技術的アプローチの一部を、できるだけ分かりやすく見てみましょう。
技術的なアプローチ
RAG(検索拡張生成):
AIが間違った情報を作り出してしまう「幻覚」問題を解決するための技術です。簡単に言うと、「AIが答える前に、まず正確な資料を調べてから回答する」仕組みです。
従来のAIは、学習時の知識だけで答えていたため、古い情報や間違った情報を答えることがありました。RAGでは、質問を受けると、まず関連する文書やデータベースを検索し、その情報を根拠にして回答を生成します。これにより「信頼できる回答」が増えます。
ツール拡張(関数呼び出し):
AIが「文章を書く」だけでなく、実際に「行動を起こす」ことができるようにする技術です。
従来のAIは「◯◯すべきです」という提案しかできませんでしたが、この技術により「実際に◯◯を実行する」ことが可能になりました。カレンダーアプリで予定を入れたり、メールを送信したり、データベースから情報を取得したりといった具体的な作業ができます。
推論・行動・観察のループ(ReActループ):
人間が考えて行動するプロセスを真似した仕組みです。「考える→やってみる→結果を見る→また考える」を繰り返すことで、より賢い判断ができるようになります。
従来のAIは一度答えを出したらそれで終わりでしたが、この方式では:
- 考える: 何をすべきか分析する
- やってみる: 実際に行動する
- 結果を見る: うまくいったかチェックする
- 改善する: うまくいかなかった場合は方法を変える
これを複数のエージェントが同時に行い、お互いの経験を共有することで、チーム全体がどんどん賢くなっていきます。

ReActループの概念図
役割分担とオーケストレーション:
人間の会社組織と同じような役割分担をエージェント間でも行う仕組みです。「社長エージェント、部長エージェント、担当者エージェント」のように、それぞれに専門分野と責任を持たせます。
例えば、ソフトウェア開発では:
- 企画担当エージェント: 何を作るかを決める
- 設計担当エージェント: どう作るかを考える
- 開発担当エージェント: 実際にプログラムを書く
- テスト担当エージェント:正しく動くかチェックする
全体を管理する「マネージャーエージェント」が、各担当エージェントの進捗を見守り、問題があれば調整します。
これらの取り組みにより、Agentic AIは着実に実用的なツールへと進歩しています。
NTTデータグループの取り組み
Smart AI Agent®︎の実現に向けた技術開発

NTTデータグループにおけるAgentの分類
NTTデータグループでは、実際のプロジェクト実装において、自動化技術を以下のように分類し、段階的なアプローチで開発を進めています。
NTTデータはグローバル全体で既に1,000件を超える生成AI活用案件を手がけており、これまでは文章作成や要約といった「タスク」単位の自動化が中心でしたが、2027年までに「プロセス」の自動化、そして「ビジネス」の自動化へと段階的に進化していくと予測しています。
AI Workflows(事前定義型)
概要: 事前に定義されたワークフローをベースとしたエージェント
従来のRPAや定型的な自動化処理を含む、人間が設計したフローに従って動作するシステムです。AIの力を借りながらも、基本的な処理手順は事前に決められており、予測可能で安定した動作が特徴です。
具体的な活用例:
- 定型的な書類処理の自動化
- データ入力・転記作業の自動実行
- 承認フローに沿った文書回付
- 月次・週次の定期レポート生成
メリット:
- 導入が比較的簡単で、ROIが見込みやすい
- 既存システムとの連携がしやすい
- エラーの原因が特定しやすく、メンテナンスが容易
Autonomous Agents(自律設定型)
概要: 自律的にワークフローを設定するエージェント
前編で解説したAI Agentsに相当し、与えられた目標に対して自ら計画を立てて実行します。人間による詳細な手順定義は不要で、状況に応じて最適な行動を選択できる柔軟性を持ちます。
具体的な活用例:
- インテリジェントな顧客対応システム
- 動的なスケジュール最適化
- コンテンツの自動生成・編集
- データ分析レポートの自動作成
メリット:
- 様々な状況に柔軟に対応可能
- 人間の工数を大幅に削減
- 継続的な学習により性能が向上
Agentic AI(協調・改善型)
概要: 自ら評価改善を繰り返すことによりさらなる「主体性」を獲得するエージェント
前編で解説したAgentic AIに相当し、複数エージェントの協調と継続的改善を実現します。各エージェントが専門性を持ちながら連携し、全体として人間のチームを超える能力を目指します。
具体的な活用例:
- 複合的なビジネス課題の自動解決
- 多部門連携型の業務プロセス最適化
- リアルタイム意思決定支援システム
- 創造的な企画・提案の自動生成
メリット:
- 人間では処理しきれない複雑な課題に対応
- 24時間365日の継続的な業務実行
- エージェント間の学習により飛躍的な性能向上
技術開発の重点領域
NTTデータグループでは、これらの分類に基づき、以下の技術テーマに注力して研究開発を進めています:
Task Planning(タスクプランニング)
複数のタスクからなる業務の処理を自律的に分割・整理し、最適なワークフローを自動生成する技術。人間が詳細な手順を指示しなくても、AIが自ら効率的な作業計画を立案します。
Multi Agent(マルチエージェント)
複数のAIエージェントを組み合わせて情報連携を実現し、アウトプットの質を向上させる技術。各エージェントの専門性を活かしながら、全体として統合された成果を生み出します。
Advanced RAG(高度検索拡張生成)
データの高度な解釈による検索を実現し、データ解釈の性能を向上させる技術。単純なキーワード検索を超えて、文脈や意図を理解した情報検索・活用を可能にします。
Agent Ops(エージェント運用)
業務ドキュメントから検証用データを生成し、各種手法の組み合わせを最適化・評価する技術。適用から運用までを一貫してサポートし、継続的な改善サイクルを確立します。
UITL(User-In-The-Loop:ユーザー参加型学習)
ユーザーのフィードバックをもとにエージェントのワークフローや出力を自律的に改善する技術。人間の知見とAIの学習能力を組み合わせ、継続的な性能向上を実現します。
おわりに
Agentic AIは産業革命のように社会構造自体を変化させるほどの可能性を持っています。複数のAIが連携して複雑なタスクを自律的にこなす未来は、もはやSFの世界ではありません。
しかし、後編で詳しく見てきたように、技術的課題や運用面での課題も数多く存在します。因果関係の理解、エージェント間協調の難しさ、セキュリティ課題など、解決すべき問題は山積しています。
NTTデータグループでも、Task PlanningやMulti Agent、Advanced RAGといった最先端技術の開発に取り組むとともに、AI Workflows、Autonomous Agents、Agentic AIの段階的なアプローチで実用化を進めています。
今後も、Agentic AIに関する記事をたくさん書いていく予定です!ぜひ、NTTデータのzennアカウントをフォローしてください!
参考URL
学術研究・論文
-
AI Agents vs. Agentic AI: A Conceptual Taxonomy, Applications and Challenges
- Cornell University, University of the Peloponnese (2025)
- arXiv:2505.10468
業界レポート・分析
-
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- Gartner Japan
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- State of AI Security Report 1H 2025
- Trend Micro Security Report (2025年7月29日公開)
- AIインフラへの攻撃、Pwn2Own Berlin 2025の脆弱性、Agentic AIのセキュリティリスク
技術解説記事
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