【心理学】ダブルバインドが横行する殺伐とした開発現場は実在するので、メンバーは自己防衛の手段としての心理学を身に付けて冷静に対処したい
はじめに
対象
- 船頭多くして船山に登る現場に、現状を説明したい開発者向け。
ダブルバインドを知る
ある人が、メッセージとメタメッセージが矛盾するコミュニケーション状況におかれること。
ダブルバインド - Wikipedia 『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2025/09/24(日) 09:00(日本時間)
教育におけるダブルバインド
ダブルバインドをよく聞くのは子育てや教育の場面です。
よくあるのが「怒らないから言ってみなさい」と言われて、素直に言ったら怒られたケース。これは1人の人間の言動に矛盾が生じている状態で、言われた側も周囲も気が付きやすいと思います。
また父親と母親の言うことが異なっており、どちらかの言い分を優先すると、どちらかの言い分が通らなくなってしまう場合もあります。例えば父親は勉強しろといい、母親は友達と遊んできなさいという、といったケースです。言う通りにしないと怒られます。
これは一見、ダブルバインドでないように見えますが、母親の言う通り遊びに行ったら、帰ってきた途端父親に怒られる、ということになりますよね。逆も同じです。メタメッセージとしてどちらにしても怒られる訳です。
ビジネスシーンにおけるダブルバインド
さて話は変わって大人のビジネスシーンです。残念ながら歳をとっても無意識にダブルバインドを行っている人はいます。
よくあるのが「自分で考えて行動しろ」「分からなかったら聞け」のパターンです。考えて行動したら聞けと怒られて、聞きに行ったら「そのくらい考えろ」と言われるやつです。あとは複数人の間で仕事のやり方が違っていて、一方のやり方に従っていたら別の誰かに怒られたとか。
ではこれが仕事にどのような悪影響を及ぼすのか。
まず信頼されなくなります。信用は今までの積み重ね、信頼は今後信じるかどうかです。聞けと言われたから素直に聞いたのに文句を言われる、これでは信頼できないでしょう。人によって言うことが違うケースにしても、先輩同士のコミュニケーション不足を後輩に押し付けるなという話で。
何より精神的に追い詰められます。何をしてもしなくても怒られるのですから、身動きが取れなくなっていくのは当たり前です。最低限の仕事、言われた通りの仕事、確認に次ぐ確認がメイン作業になるのは火を見るより明らかです。
そこから先は書きませんが、組織的に腐敗していくのはまず間違いないでしょう。
プルリクエストでダブルバインド
ここからは現場の具体例を通して、どうしたら良いか考えていきます。
決定権を持つ者が複数存在するコードレビュー
リーダーさんからコメント付いた。裏番さんたら真っ向から否定し始めた。仕方がないのでコメント書いた。ダブルバインドやめてもらっていいですか?
何回か遭遇したケースなので、恐らくどの現場でも可能性はあると思います。リーダーも裏番もコメントを個別で投げるまでは良いのですが、相反する指摘内容について話し合いをせず放置してしまうことがあります。困るのはレビュー依頼した側です。
酷いケースでは、チケットでリーダーと相談しながら進めていた作業を、プルリクエストで裏番がちゃぶ台返しするような状況もありました。大抵は「チケットを読んできてください」で解決せず、理解ではなく納得を求めていて説明に時間がかかり、妥協案にしても手戻りが多くなると。
レビューの段階になってから後出し孔明は、体制的にも問題ありますが。そもそもこのレベルで指摘が入るなら、最初から開発に参加させておけという話ではあります。もっとも裏番は平メンバーで、多くの場合は別の作業をしている筈ですが。
問題を自覚させた上でコストを払ってもらう
あちこちで似たようなことが起きていたら、仕事が進まないのは当然です。これで「進捗率が低いのは何でだろう」と悩んでいるのを目にします。個人的にはまずチケットやプルリクエストを、実際の現場を見てみた方がいいのではないかと思いますが。
最初のうちは適宜ファシリテーションを行っても良いかもしれません。しかし毎回穏便に済ませようとするだけでは、根本的な問題は解決しません。というよりも最終的には声の大きい側・粘った側の意見を取り入れる形に収束しがちです。
対価を頂いて仕事をしている以上、何らかの原因で作業が滞っているなら、私達はそれを明確にし報告する必要があります。またこういった手合は議論に発生する時間的・精神的コストを誰かに丸投げしていることも多く、自分で落とし前を付けるように言うと引き下がることもあります。
私自身が同様の事態に遭遇した場合、「これダブルバインドなので、やめてもらっていいですか? お二人でどうするか結論出してからメンションください」とバッサリ切り返すことにしています。また目に余るほど酷い場合は、裏で人事関係者に報告を入れるくらいでしょうか。
自分が当事者でないケースは下手にかき回すと事態を悪化させるので、この場合も基本的にはこっそり報連相が無難です。ミーティングで公開処刑する訳にもいきませんし。あとは1on1や少人数の飲みで個別にやんわり伝えるくらいですが、リモートワークだと機会がないことも。
アンチパターンとダブルバインド
技術的に適切かより自分達が正しい
次はベストプラクティス・アンチパターンとの矛盾です。
あらかじめ断っておきますが、理想論とべき論は違いますし、その意味でベストプラクティスなどは理想論です。現場の製品にそのまま当てはめることができない場合ももちろんあります。既存のシステムと同じにして担保したいとか、複雑な歴史的経緯で厳しいとか。
ですが今回の場合は、明らかにそれらとは矛盾するし、別段採用しない理由もないケースです。
アンチパターンとして広まっているにも関わらず、設計や仕様検討の段階で根拠や理由なく推してくる場合があります。削除フラグを付ける、全てのAPIのHTTPステータスコードを200にする、SQLアンチパターンをまんま実装する、パスワードを平文で保存したいなど。
厄介なのはそれを言っているのが、顧客や責任者・リーダーなどの権限を持つ人々だということです。自分自身では、それらが技術的なアンチパターンをはらんでいることに気付けないのです。もちろん丁寧に説明すれば理解し合えることもあります。問題はそれ以外の場合です。
発言を証拠として押さえて、再三警告を重ねた上でそのまま実装することもあります。相手の出方次第です。この手の現場では権威論証やパワハラが横行していることもあり、理屈や理論で説明しても通じません。
自分を正当化するために周囲に偽りの正しさを押し付ける
これは開発者自身、自己完結型で起きることもあります。
「今まで自分がやってきたことが正しい、だから矛盾する事柄は認められない」という思考回路です。たとえ名著にベストプラクティスとして書かれていても、彼らはそれを自身の知識として吸収することができません。過去の自分が間違いになるからです。
それだけなら問題にはならないのですが、これが表面化するのはチーム開発で複数人と協働するときです。彼らは自分の間違いを認めることができず、自分の価値を損なうことを恐れています。このため周囲を自分の正しいに合わせようとしてしまうのです。
これらの件に関しては、謙虚でいることが解決策かと思います。自分が知っていることなんてほんの少しで、世の中には凄いことを考えてる人が沢山いて、ある分野では自分より博識な方がいるのが普通だという認識を持つことです。分からないなら分からないと言っていいのです。
常に勉強して、広い世界で知識を取り入れて、時に誰かの説明に耳を傾ける。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」とも申します。恥ずかしいのは勘違いや間違いを犯した過去の自分ではなく、自己の正当化のために何とか誤魔化し続けようとする今の自分です。
自己防衛としての心理学を
鬱病や適応障害になる人が多いITエンジニアだからこそ、各自で心理学を学んでおいた方が良いと思います。知識は力です。攻撃技で相手の攻撃は跳ね返せます。自分から攻撃しに行く必要はありませんが、身を守るための最低限の行動は直ぐに取れるようにしておくべきです。
人間は知らないことに対しての対応が遅れがちです。自分の気持ちを悲しいという言葉にして表現できるのは、それが悲しいという事象だと知っているからです。今自分に起きている現象がどういったもので、どのように呼ばれているか知っていれば、冷静に客観的に対応ができます。
プルリクエストのダブルバインドにしても、私はたまたま知っていたから「ダブルバインドじゃねえか、お前らええ加減にせえよ。これで3回目だぞ」と思いながら、丁寧に敬語でコメントを返せましたが、もし知らなかったら子どものように戸惑うだけだったかもしれません。
もっと酷ければ「これは自分のせいなのかな」「どうすればもっと上手く立ち回れたかな」などと見当違いな落ち込み方をしてしまったかもしれません。それは子どもが「自分のせいで親が喧嘩する」と思うのと性質的に似ています(専門的には違うかもしれませんが)。
今、正にダブルバインドに困らされている方がいるとしたら、それは決してあなたの責任ではありません。確かに何らかの行動で改善や回避は可能でしょうが、根本的な問題はこれまで解説してきた通り、ダブルバインドする側の責任が大きいです。適切に対処しましょう。
おわりに
私はこんな性格なので、本人に直接言うことも、退職前に人事に伝えていくこともあるのですが。
残念ながら改善されない現場はずっと変わらないままだと、風の噂で聞いています。さすがに噂なので、どこまで本当か、エビデンスを問われても出すのが難しいのですが。改善される現場は元々自浄作用がある現場なので、ここまで悲惨な状況になる前に対処されてるんですね。
このため月1の1on1や期ごとの面談などの改善イベントを経ても改善が見込めない場合、自分のキャリアと相談した上で早めに距離を取る・撤退をするなどの行動をおすすめして、この記事は終わりにしたいと思います。
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