Specification-Oriented Modeling ― 標準化された情報要件に基づくBIMの再構築
はじめに
建設業界においてBIM(Building Information Modeling)の導入が2009年のいわゆる「BIM元年」以降、設計・施工・維持管理の各フェーズで急速に広まりました。しかし今日に至っても、プロジェクト全体を通じた一貫した情報の受け渡しや相互運用性を実現できている事例は多くありません。主な原因は、情報の「何が・いつ・どの程度」必要なのかという要求が、明確かつ構造的に定義されていないことにあります。
こうした課題に対し、buildingSMART Internationalが策定するopenBIM標準群の中には、IFCを中核としつつ、情報の意味や構造、要求を扱うさまざまな技術標準が存在します。本稿では、それらを活用する新たなBIM運用の考え方として、筆者が提唱するSpecification-Oriented Modeling(SOM)を紹介します。
著者が所属するONESTRUCTION株式会社は、buildingSMART Internationalの技術標準開発チームにおいて、アジア発・ソフトウェアベンダーとして唯一参画し、国際標準の設計・実装に貢献しています。その経験をもとに、建設業界におけるBIMの運用における新たな考え方を提唱するものです。
Specification-Oriented Modelingとは
SOMとは、モデルの見た目やLOD(Detail)だけではなく、情報の要件(Specification)を軸に据えてモデルを作成・運用するBIMの新たな運用哲学です。
この哲学を実装する技術的基盤として、buildingSMART Internationalの策定する以下の3要素が中核となり、「What」「Why」「How」をつなぐ情報運用のインフラとして機能します。
- IFC(Industry Foundation Classes)
- IDS(Information Delivery Specification):
https://zenn.dev/miyamiyaumya/articles/6714ef2c6e2c6c - bSDD(buildingSMART Data Dictionary):
https://zenn.dev/miyamiyaumya/articles/02fa7f232475b2
Specification-Oriented Modeling概念図
SOMでは、これらのopenBIM技術標準を組み合わせることで、情報の整合性・検証性・再利用性(情報循環)を担保し、情報駆動型のBIM運用を目指します。
ISO 19650と「人間生活」に例える情報要件の重要性
SOMの情報起点の思想背景には、ISO 19650シリーズにおける情報管理の概念と深く関係しています。ISO 19650の情報要件は、人生設計のような全体構想から、他者とのやり取りに必要な具体指示までを階層的に整理しています。この規格では、情報の必要性をOIR、PIR、AIR、EIRの4つに分けて整理しています。情報モデルの世界とは一見無関係に思える「人間生活」において、Specification-Orientedな情報処理が人間の頭の中では無意識に行われており、それらに例えて情報要件を概説します。
- OIR(Organizational Information Requirements):
企業・組織として、どのような情報があれば意思決定できるか。
これは人間生活において「人間の人生観」に近い。どんな価値観や信念を持って生きていきたいか等を定めてある情報要件セット。 - PIR(Project Information Requirements):
特定プロジェクトで何を達成するか、そのために必要な情報は何か。
これは人間生活において「人生の個別シーンの評価基準」にあたる。家を建てる、転職する、デート、プロポーズなど、人生におけるライフイベントのいち場面にフォーカスして、その目的を果たすための情報要件サブセット。 - AIR(Asset Information Requirements):
資産(建物など)を維持管理するために必要な情報。
これは人間生活において「結婚後の生活の要望」などに相当。身体や暮らしを維持するために必要な情報要件サブセット。 - EIR(Exchange Information Requirements):
上記の情報ニーズを踏まえ、契約に落とし込むべき具体的な要求。
これは人間生活において「パートナーに伝える依頼書、要望」等に相当。自分のニーズを他人に伝えるために整形された情報要件サブセット。
人々は自然に、自身のOIRをもとにEIRを組み立て、PIRで相手を判断し、AIRの実現可能性を人間生活の中で見極めています。しかし、これらの情報要件が不明瞭であればあるほど、顧客との齟齬・摩擦・係争(人間生活における喧嘩・破局)が発生しやすいと言えるでしょう。BIMにおける情報要件の設計と極めてよく似た構造が、日常生活の中に内在しており、情報の構造化と要件明示の重要性が、建設業界のみならずあらゆる人間活動に通底する普遍性を持っていることが想定されます。SOMではこの情報要件をopenBIM技術標準に適切にマッピングし、建設ライフサイクルの各場面で明確な情報定義を行うことを目指します。
SOM導入の実務的効果
従来のBIM運用では、見た目や形状の整合が重視される一方で、情報の内容や構造の整合性が後回しになってきました。その結果、以下のような課題が多くのプロジェクトで顕在化しています。
- 情報要件が曖昧なままモデルが納品され、後工程での手戻りや属性の再入力が発生
- モデルの中身(形状、プロパティ、設計内容等)が発注者の要求に合致しておらず、設計変更や追加業務が発生
- フェーズ間(設計→施工→維持管理)での情報断絶により、同じ情報を複数回入力・整備する非効率な作業が常態化
- モデル品質のチェックが人手に頼り、属人化・形式化・形骸化
こうしたBIMの課題に対し、運用哲学であるSOMを導入することでBIMの運用は次のように変革されます。
第一に、SOMは情報要件が明文化されたIDSを起点とするため、設計者・施工者は「何を、どのように、どの粒度で」入力すべきかを明確に理解した上で作業が可能となり、手戻りや無駄な情報の入力を削減できます。仕様に従う文化が組織内に定着すれば、教育コストの削減にも寄与します。
第二に、IDSは機械可読であるため、モデル検証を自動化でき、チェックリストや目視確認に依存しない客観的かつ効率的な品質管理が実現できます。納品直前に慌てて確認するといった従来の状況から脱却できます。BIMデータがどれだけ情報要件に合致しているか定量的に評価することができます。これはLODやLOINの評価にもつながります。
第三に、PIRやEIRといった情報要件と連動したIDSを用いることで、建設ライフサイクルの各段階で必要な情報があらかじめモデル内に整備され、データ引き継ぎの確実性が向上します。これによりライフサイクルBIMへの移行が促進されます。既にIDSはRevit、Civil3D、Archicad、Vectorworks等のモデリングソフトウェアでサポートされています。
さらに、情報要件に基づく設計は、発注者と受注者の間の期待値のズレを最小化し、BIM成果物の「契約準拠性」を高めることにもつながります。
このように、SOMの導入は単なるワークフローの改善にとどまらず、BIMを情報駆動型の“意味ある仕組み”へと昇華させる運用哲学の転換といえます。
おわりに
Specification-Oriented Modelingは、BIMにおける“形”や“見た目”から、“意味”や“目的”へと価値基準を転換する新たな概念です。その中心には、「どんな情報が、誰のために、どのタイミングで必要か」という視点が据えられます。
情報要件を起点にモデリングを進めることで、業務は合理化され、モデルの再利用性が高まり、引き渡し後の活用可能性も大きくなります。RevitやCivil3Dのような柔軟性の高いオーサリングツールと、IDSやbSDDといった標準技術を組み合わせることで、BIMはより信頼できる「デジタル資産」となり得ます。
BIM元年である2009年から16年の月日が経ちましたが、BIMという哲学はその運用においてはまるで船頭の居ない船かもしれません。いまこそ、BIMの運用哲学として、Specification-Orientedな発想であるSOMを取り入れ、BIMを“意味ある情報の集合体”として再構築していくのはどうでしょうか?著者の所属企業で開発するopenBIM準拠ソフトウェアである“OpenAEC”とopenBIMコンサルタントがそれらをサポートします。
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