【小ネタ】無限級数の定義って変じゃない?

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はじめに

はじめまして。記事を開いていただきありがとうございます。

実数の無限級数\sum_{i\in\mathbb{N}}a_iは、一般には以下のような定義になっています。

\sum_{i\in\mathbb{N}}a_i :=\lim_{n\to\infty}\sum_{i=0}^na_i

無限を直接表す手段を我々は持ち合わせていないため、部分和の極限、すなわち、有限情報による近似という形で無限級数を定義しています。

しかし、本当にこれは「自然な」定義なのでしょうか?また、そうだとしても他にも「自然な」定義はなかったのでしょうか?

この記事では、非負実数に限れば、これが唯一の「自然な」定義であるということを有限近似の理論である領域理論の視点を用いて説明を試みます。
具体的には、上述の定義が有限和の(唯一の)連続拡張となっているという意味で「自然な」定義であることを述べます。
(他にも様々な視点からの根拠づけはありそうですが、定義の妥当性を裏付ける根拠の一つ程度に捉えていただけると助かります。)

よろしくお願いします。

結論

とはいえ、この記事の本筋とは無関係な領域理論の定義定理を長々と紹介してもくどいので、用語の説明は簡単にして、結論だけ簡潔に書きます。

非負実数の集合を\mathbb R\mathbb R上の有限列全体の集合を\mathbb R^*\mathbb Rに無限大元\inftyを加えたものを\mathbb R_\inftyとします。

今、\mathbb R^*接頭辞関係を入れると半順序集合になります。ただし、列u, v\in\mathbb R^*対し、uvの先頭に現れているとき、uvの接頭辞であるといい、u\leq vと書きます。
例えば、列(1, \pi, 0.5)は列(1, \pi, 0.5, 1, 2)の接頭辞となっております。

また、\mathbb R_\inftyは通常の順序に無限大元\inftyを最大元として加えた半順序集合になっており、特に有向完備半順序集合 (cpo)になっております。
cpoとは、すべての有向集合が上限を持つ半順序集合の中で、最小元を持つものを指します。半順序集合 Pに対して、 \emptyset\not=A\subseteq Pが有向集合とは、Aの任意の2点が上界をAに持つことを指します。

すると、今は非負実数に限っているため、有限和を取る関数\mathrm{sum}_\mathrm{fin}:\mathbb R^*\to\mathbb R_\infty単調関数となっております。
半順序集合 (P, \leq_P), (Q, \leq_Q)に対して、関数f:P\to Qが単調とは、\forall p_1, p_2\in P, p_1\le_Pp_2\implies f(p_1)\le_Qf(p_2)が成り立つことを指します。

また、cpo (D, \le_D), (E, \le_E)に対して、関数f:D\to E連続とは、任意の有向集合 A\subseteq Dに対して、f(A)が有向かつf(\sqcup A)=\sqcup f(A)が成り立つことを指します。
\sqcupで上限を表します。)

領域理論には、「単調関数の連続拡張は一意に存在する」という以下の定理があります。


定理1: (単調関数の連続拡張)

半順序集合 P, cpo E間の単調関数f: P\to EPのイデアル完備化\overline{P}に対して連続な拡張\overline{f}: \overline{P}\rightarrow{E}を一意に持つ

Proof:


半順序集合 Pイデアル完備化 \overline{P}とは、Pのイデアル、すなわち、有向な下方集合をすべて集めて、集合の包含関係により順序付けした半順序集合です。
X\subseteq Pが下方集合とは、\forall p\in P, (\exists x\in X, p\leq x)\implies p\in X、つまり自分より下の元は全部持ってる集合のことを指します。
半順序集合のイデアル完備化は必ず代数的cpoというcpoをなし、有限近似に関して非常に良い性質を満たします。

このとき、\mathbb R^*のイデアル完備化\overline{\mathbb R^*}は、実は\mathbb Rの無限列全体の集合\mathbb R^\omega
\mathbb R^*の和集合 \mathbb R^*\cup\mathbb R^\omega、つまり\mathbb R上の列全体の集合とcpoとして同型となっています。(\overline{\mathbb R^*}\cong\mathbb R^*\cup\mathbb R^\omega

つまり、\mathrm{sum}:=\overline{\mathrm{sum}_\mathrm{fin}}は無限和も取る関数と見なせるので、これがまさに我々が欲しかったものであり、定理1より有限和の「自然な」、つまり、連続な拡張はこの形でしか存在しません。
(値域には無限大元が含まれているので、ここでは発散する級数は\inftyという値を取ると考えています。)

さらに、定理1の証明において、\overline f:\overline P\to Eの形は以下であることが示されます。

\begin{equation*} \overline{f}(I) = \left\{ \begin{array}{ll} f(p) & \text{if}\ I = \{q\in P\mid q\leq p\} \\ \sqcup_{p\in{I}}f(p) & \text{otherwise} \end{array} \right. \end{equation*}

\overline{\mathbb R^*}\cong\mathbb R^*\cup\mathbb R^\omegaの同型において、無限列は、例えば(1, \frac{1}{2}, \frac{1}{4}, ...)なら\{(), (1), (1, \frac{1}{2}), (1, \frac{1}{2}, \frac{1}{4}), ...\}というイデアルに対応し、これはotherwiseのケースになります。

つまり、

\begin{array}{cl} & \mathrm{sum}\left(1, \frac{1}{2}, \frac{1}{4}, \ldots \right) \\ = & \sqcup\{\mathrm{sum_\mathrm{fin}}(), \mathrm{sum_\mathrm{fin}}(1), \mathrm{sum_\mathrm{fin}}(1, \frac{1}{2}), \mathrm{sum_\mathrm{fin}}(1, \frac{1}{2}, \frac{1}{4}), \ldots\} \\ = & \lim_{n\to\infty}\sum_{i=0}^n\frac{1}{2^i} \end{array}

となって、確かによく知られる定義に一致していることが分かります。

おわりに

個人的には大分納得できましが、どうでしょうか。

あくまでここでは領域理論的な視点からの説明しか与えてないので、他にも面白い根拠づけがありましたらぜひお聞きしたいです。

また、\mathrm{sum}_\mathrm{fin}を単調にするために、非負実数に対してしか妥当性の説明ができなかったのも少し心残りです。
領域理論は収束や発散を扱うのには長けておりますが、やはり振動は相性が悪いように感じます。
果たして負の実数まで含めた無限級数の定義は本当にあの形でよいのでしょうか。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

(もともとここで書いていた領域理論の文献紹介は別記事に移行しました)

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