夢に辿り着くことに意味があるのではなく、夢に向かうことに意義がある
夢に辿り着くことに意味があるのではなく、夢に向かうことに意義がある
こんなことNoteか何かで書きなよ、という内容なのですが、今やっている媒体が他にないのでここに自分のメモとしても残させてください。今は金曜の24時ですが、なんだかお酒も飲んでいい気分だし。
夢を持つ……もしくは迷っている、失った、失いそう、そんな部下を持った時は必ず話す内容です。
なぜ「結果」より「過程」が重要なのでしょうか
僕たちはつい、「夢を叶える」という結果に価値を置きがちです。しかし、もしそうだとすると、夢が叶わなかった人生は意味がなかったことになってしまうのでしょうか。
僕はそうは思いません。本当に大切なのは、夢に向かう「過程」そのものだと考えます。なぜなら、その道のりには、自分自身との対話、新しい学び、人との出会いなど、その人を形作るすべてが詰まっているからです。
夢は人生のゴールではなく、進むべき方向のようなものです。時には形を変えたり、遠ざかったり、たとえ叶ったとしても、また新たな問いが生まれることもあります。
夢に向かって悩み、傷つき、それでも立ち上がる。その一つひとつの経験こそが、「自分として生きた」という確かな実感と足跡を残してくれるのです。それが、生きている実感というものなのです。
ある曲が教えてくれたこと
この考えは、僕が大好きなCyclamenの「Never Ending Dream」という曲の歌詞に強く影響を受けています。
この夢が叶うまで、僕はずっと歩き続ける
たとえこれが叶わぬ夢であっても
なぜならそれは夢に辿り着くことに意味があるのではなく
それに向かうことに意義があるから
この一節は、壁にぶつかり自信を失いそうになった時、何度も僕の背中を押してくれました。ライブでもダイブしました。モッシュしました。夢に向かう道のりは決して平坦ではありませんが、その不完全さも含めて、人は強く成長していくのだと教えてくれます。
夢は「義務」ではない
ここまでお話しすると、「誰もが夢に向かわなければいけないのか」と感じるかもしれません。しかし、決してそんなことはありません。
夢は義務ではなく、無理に追いかけるものでもありません。疲れた時は立ち止まってもいいし、一度手放してみてもいいのです。僕自身も、かつて追いかけた音楽の道を離れ、今は別の場所で挑戦を続けています。
夢とは、「こうありたい」という自分の内なる願いです。もし今、夢に向かうことに疲れているなら、その気持ちを大切にしてください。そして、人生のどこかで、また自然と「向かいたい」と思えた時に、手を伸ばせば良いのだと思います。
夢に向かうとは「自分自身の輪郭をなぞる」こと
結論として、夢に向かうという行為は、「自分自身の輪郭をなぞる」ということなのだと思います。
私たちは日々、社会の期待や役割の中で、本当の自分が分からなくなることがあります。そんな時、「自分は何を大切にしたいのか」「どうありたいのか」という心の芯(輪郭)を確かめる行為が、夢に向かうことなのです。
たとえ夢に届かなくても、その過程で自分と向き合い続けた時間は、あなただけの確かな価値となります。だからこそ、夢は「叶えること」以上に、「向かうこと」そのものに意義があるのです。
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