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医療現場のデジタル課題 - エンジニアが知るべき医療システムの実態

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はじめに

現代のソフトウェア開発において、エンジニアは常に最新のアーキテクチャやパターンを追求します。
  マイクロサービス
  サーバーレス
  イベント駆動設計...
次々と現れる新しい概念を学び、取り入れていく文化がエンジニアリングの世界には存在します。

しかし、医療現場に足を踏み入れると、そこには全く異なるデジタル風景が広がっています。
2025年現在もなお、多くの医療機関では10年以上前の技術スタックでシステムが構築され、運用されています。

この状況は単なる「レガシー問題」ではなく、患者ケアの質や医療安全に直結する重大な課題です。
本記事では、エンジニアの視点から医療現場のデジタル課題を掘り下げ、なぜこのような状況が続いているのか、そしてそれを変革するためにはどのようなアプローチが必要なのかを考察します。

医療現場とITのギャップ

シャドーITの蔓延

医療機関で最も顕著な問題の一つが「シャドーIT」の存在です。
公式なシステムが現場のニーズに応えられないとき、医療従事者は自ら解決策を見つけようとします。
その結果、LINE、個人のスマートフォン、USBメモリなど、セキュリティ上問題のあるツールが日常的に使われています。

例えば、緊急を要する患者の状態を素早く共有するため、医師や看護師がLINEで患者の画像を送信するケースが少なくありません。
公式システムの使いづらさ、アクセスの煩雑さ、遅延の問題などが、こうした危険な行動を誘発しています。

// LINEでの情報共有の危険性を示す概念コード
fn share_patient_info_through_line(patient_data: PatientData) -> Result<(), SecurityRisk> {
    // この関数は一見便利だが、以下のリスクが存在する
    let risks = vec![
        "エンドツーエンド暗号化されていない",
        "サーバー上にデータが保存される",
        "スクリーンショットの制御不能",
        "アクセスログの欠如"
    ];
    
    Err(SecurityRisk::new("患者情報漏洩のリスク", risks))
}

これらのシャドーITは、医療従事者が「仕事を効率的に行いたい」という正当な動機から生まれている点が重要です。
単に「規則に従え」と言うだけでは解決しない、ワークフローの本質的な問題が根底にあります。

認証と権限管理の矛盾

医療情報システムにおける認証と権限管理も大きな課題です。
多くの病院では「院内だから安全」という前提のもと、初回ログイン時のみMFAを要求し、その後は長時間のセッションが維持されます。

この「シングルサインオン」の過度な簡略化が、意図しないアクセスリスクを生み出しています。
特に医療画像の出力など、重要な操作に追加認証が求められないケースが多く、「誰が何をしたか」の追跡可能性が損なわれています。
システム上の操作が個人に紐づかないことで、セキュリティ意識も希薄になりがちです。

// 現在の多くの医療システムの認証フロー
func authenticateUser(user User) AuthSession {
    if isFirstLogin() {
        performMFA()  // 初回のみMFA
    }
    
    // 一度認証されれば、あらゆる操作が可能になる
    session := createSession(user)
    session.expirationTime = time.Now().Add(12 * time.Hour)  // 12時間有効
    
    return session  // この後、画像出力も患者データエクスポートも同じ権限
}

物理インフラの課題

通信環境の脆弱性

医療現場、特に地方や中小病院では、ネットワークインフラが不十分なケースが目立ちます。
ポータブルX線装置などの移動型医療機器が、院内のどこでも安定した通信を確保できるわけではありません。
これは単なる利便性の問題ではなく、緊急時の対応速度や診断精度に直結する課題です。

ある救急外来では、ポータブルX線で撮影した画像がネットワーク不良のために転送できず、何度も端末を再起動したり、ネットワークが安定している場所を探すという非効率な作業が日常的に行われています。
このような「人力ワークアラウンド」が医療DXの大きな障壁となっています。

クライアント環境の制約

医療機関では予算制約などから、クライアントPCの更新サイクルが長い傾向にあります。
その結果、高解像度な医療画像の処理に必要なGPUリソースや十分なメモリを備えていないPCで、日々の診療が行われています。
システムの応答速度が遅いと、医療従事者は別の手段(前述のシャドーITなど)に頼りがちになります。

// 実際の医療現場でのハードウェア制約の例
struct TypicalClientPC {
    cpu: "Intel Core i5 (5年前のモデル)",
    ram: "8GB (現代の医療画像処理には不十分)",
    gpu: "内蔵グラフィック (3D画像処理に不向き)",
    os: "Windows 7 (サポート終了)",
    network: "100Mbps有線 (高解像度画像転送に遅延)"
}

データ保存と継続性の問題

「永久保存」の虚構

医療データには5年や10年、場合によっては「永久保存」が法的に求められています。
しかし、多くの医療機関ではこれをオンプレミスサーバーのみで実現しようとしており、地震や火災などの災害リスクに極めて脆弱な状態です。

サーバーが物理的に破壊された場合、バックアップも同時に失われるリスクがあり、「永久保存」の実質的な担保がされていないという矛盾が生じています。
クラウドへの移行を「セキュリティ上の懸念」から躊躇している施設が、実は物理的な損失というより大きなリスクに無防備という皮肉な状況があります。

データアクセスの非効率性

「あのデータはどこにありますか?」—これは医療現場でITスタッフが日常的に受ける質問です。
情報が複数のシステムに分散し、統一されたインターフェースがないため、必要なデータにアクセスするだけで多大な時間が浪費されています。

この非効率性は、医師の診断時間を奪い、患者との対話を減らし、医療の質そのものを低下させる要因となっています。
データの物理的所在に関わらず、必要な情報に素早くアクセスできるインターフェースの欠如は、医療DXの最優先課題の一つと言えるでしょう。

エンジニアリング的解決の方向性

ここまで述べてきた課題は、技術的に解決不可能なものではありません。
むしろ、現代のエンジニアリング手法を適切に適用することで、大きく改善できる可能性を秘めています。

ゼロトラストアーキテクチャの導入

「院内だから安全」という前提を捨て、すべての接続を不信頼と見なすゼロトラストモデルへの移行が急務です。
Rustなどのメモリ安全性が保証された言語での実装と、多層防御の考え方を組み合わせることで、セキュリティと使いやすさを両立できます。

医療特化型コミュニケーションプラットフォーム

LINEのような使いやすさと、医療グレードのセキュリティを兼ね備えたコミュニケーションツールの開発が求められています。
エンドツーエンド暗号化、厳格なアクセス制御、監査ログの自動生成などを実装しつつ、医療従事者が直感的に使えるUIを提供する必要があります。

分散型医療データ管理

地理的に分散したバックアップと、コンテナ技術を活用した移植性の確保により、真の意味での「永久保存」を実現できます。
また、ブロックチェーン技術を応用した改ざん検知と監査証跡の実装は、医療データの完全性を保証する新たな手段となり得ます。

おわりに

医療DXは単なる「デジタル化」ではなく、医療の質と安全性を高めるための本質的な変革です。
そのためには、医療現場の実態を深く理解したうえで、最新のエンジニアリング手法を適切に適用することが不可欠です。

次回は「医療データセキュリティの真実 - オンプレミスからゼロトラストへ」と題して、より具体的なセキュリティアーキテクチャの設計について掘り下げていきます。

https://zenn.dev/kazuma0606/articles/0664ea988f48f1

医療とテクノロジーの架け橋となる挑戦に、ぜひご期待ください。


より深く学ぶには

医療データセキュリティに興味を持たれた方は、以下のリソースが参考になります:

  • BISHOPプロトコルのプレプリント

https://www.preprints.org/manuscript/202504.1895/v1

実践的スキル獲得へ

記事で紹介した課題を実際に解決するには、チーム開発の経験を通じた学習が効果的です。
医療現場の要件を理解し、最新技術で解決策を設計・実装する実践的なスキルは、座学だけでは身につきません。

B2Tプログラムの紹介

「Bohr Blacksmith Teams(B2T)」プログラムでは、医療DXの実践的なプロジェクトを通じて、Rust/Goなどの最新言語とアーキテクチャを学ぶことができます。

単なる知識ではなく、実際の医療現場で価値を生み出せる環境です。

詳細は公式サイト(準備中)をご覧ください。

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