日清製粉ウェルナのAI需給管理システム導入事例から学ぶDX実践ガイド【物流2024年問題への挑戦】
日清製粉ウェルナは、冷凍食品400品目の需給管理を自動化するAIシステムを開発し、計画策定時間を3日から1日に短縮することに成功しました。
物流2024年問題に直面する中、熟練担当者の暗黙知を言語化し、AIに定型作業を任せ、人はイレギュラー対応に集中する役割分担を実現。開発パートナーのグリッドと20カ月にわたる密なコミュニケーションを重ね、業務担当者の熱意を確認したうえでプロジェクトを推進しました。
AIに100%を求めず、人との協働を前提とした設計思想が、実用的なシステム構築の鍵となっています。
深掘り
深掘りを解説
日清製粉ウェルナの取り組みは、単なるシステム導入ではなく「物流危機への戦略的対応」という経営課題の解決策として位置づけられています。
物流2024年問題の深刻さ
トラックドライバーの時間外労働規制により、2024年には輸送量が14%、2030年には34%不足すると試算されています。この状況下で「物流事業者から選ばれる荷主」になることが生き残りの条件となっています。
多層的な物流改善戦略
同社は3つのレイヤーで改善を進めています。
- 商品設計の見直し(パレット積載数1.5倍化)
- 業界連携(F-LINEプロジェクトによる6社共同配送)
- 業務プロセスのデジタル化(AI需給管理システム)
開発における重要な意思決定
システム開発前に「業務担当者の熱意と本気度」を見極めたことが特筆されます。熟練者の暗黙知を言語化する作業は膨大な時間を要するため、担当者が本気でコミットできるかが成否を分けると判断したのです。
AI技術の選択眼
同社は当初、AI=需要予測というイメージを持っていましたが、グリッドとの検討を通じて「計画立案の自動化・最適化」というAI活用の第4の分類を知り、自社業務に最適な技術を選択できました。
深掘りを図解
用語解説
物流2024年問題
2024年4月から施行されたトラックドライバーの時間外労働上限規制により、輸送能力が不足する問題。ドライバーの労働環境改善が目的だが、物流量の減少が懸念されています。
需給管理(需給計画)
製品の需要と供給のバランスを取る業務。いつ、どこで、どれだけ生産し、どこに配送するかを計画します。在庫過多や欠品を防ぐための重要な管理業務です。
暗黙知
経験や勘に基づく知識で、言葉で説明しにくいもの。熟練者が「なんとなく」判断している業務ノウハウを指します。対義語は「形式知」(文書化・数値化された知識)。
AI最適化アルゴリズム
複数の制約条件の中で最良の解を見つけ出す計算手法。倉庫の在庫状況、工場の稼働率、輸送距離などの条件から最適な生産・配送計画を導き出します。
パレット積み
荷物を平らな台(パレット)に載せて運ぶ方法。フォークリフトで一括移動できるため、手作業に比べて作業時間を大幅に短縮できます。
F-LINEプロジェクト
食品メーカー6社(日清製粉ウェルナ、味の素、カゴメ、日清オイリオ、ハウス食品、ミツカン)による共同物流の取り組み。物流量が少ない広域エリアで配送を共同化しています。
ルーツ・背景
サプライチェーン管理の進化
需給管理の概念は1960年代の在庫管理理論に遡ります。当時は「経済的発注量(EOQ)」など単純な計算式で在庫を管理していました。1980年代にMRP(資材所要量計画)、1990年代にはERP(統合基幹業務システム)が登場し、企業全体の資源を統合管理する考え方が広まりました。
AI最適化技術の発展
計画最適化のAI技術は「オペレーションズ・リサーチ(OR)」という数理最適化の学問領域から発展しました。1940年代の軍事作戦研究が起源で、1950年代には線形計画法などが企業の生産計画に応用され始めました。
近年では機械学習と組み合わせることで、より複雑な制約条件下でも高速に最適解を導けるようになっています。
日本の物流危機の構造
日本の物流問題は、少子高齢化による労働力不足、EC市場の急成長による小口配送の増加、長時間労働への規制強化という3つの要因が重なって発生しています。2013-2014年の「トラック手配困難」事態が最初の警鐘となり、F-LINEプロジェクトのような業界連携の動きが加速しました。
暗黙知の研究
暗黙知という概念は、ハンガリー出身の科学哲学者マイケル・ポランニーが1966年に提唱しました。日本では野中郁次郎氏が「SECI モデル」(暗黙知と形式知の変換プロセス)を提唱し、ナレッジマネジメントの分野で広く知られるようになりました。
技術の仕組み
技術の仕組みを解説
日清製粉ウェルナのAI需給管理システムは、3つの主要機能で構成されています。
機能1: 未来の在庫シミュレーション
まず、各倉庫にある400品目それぞれについて、今後の在庫がどう推移するかを予測します。これは「今ある在庫」に「予定されている入荷」を足し、「予想される出荷」を引くことで計算されます。
たとえば、横浜倉庫のスパゲッティA商品が現在100ケースあり、明日50ケース入荷予定、毎日平均30ケース出荷されるなら、1週間後には約20ケースになる、といった計算を全品目・全倉庫で自動実行します。
機能2: 補充優先順位の算出
シミュレーション結果から「在庫が少なくなる順番」を自動的にランク付けします。在庫が不足しそうな商品ほど優先的に生産・補充する必要があるためです。
この際、単純に在庫数だけでなく「何日分の在庫があるか」を考慮します。1日100ケース売れる商品の在庫200ケースは2日分、1日10ケース売れる商品の在庫50ケースは5日分なので、前者の方が緊急度が高いと判断されます。
機能3: 最適な生産工場の提案
補充が必要な商品について、どの工場で作るべきかをAIが提案します。判断基準は複数あります。
- その商品を製造できる工場はどこか
- 各工場の稼働日数に余裕があるか
- 需要地(商品が必要な場所)に近い工場はどこか
- 輸送コストが最小になる組み合わせは何か
これらの条件を同時に満たす「最適解」を、AIの最適化アルゴリズムが高速に計算します。人間が手作業で考えると数日かかる計算を、AIは数分で完了させます。
人とAIの役割分担
重要なのは「AIに全てを任せない」設計思想です。新製品発売、大口の特別注文、工場設備の突発的なトラブルなど、イレギュラーな事態はAIに教え込むのが困難です。
そこで、AIは「通常パターンの80-90%」を処理し、残りの10-20%は人が Excel上で修正・調整する前提で設計されています。これにより、システムが複雑化しすぎず、実務で使いやすいシステムになっています。
技術の仕組みを図解
実務での役立ち方
製造業のサプライチェーン管理者
多品目・多拠点の在庫管理や生産計画で悩んでいる方にとって、このケースは直接的な参考になります。特に「AIに100%を求めず人との協働を前提にする」という設計思想は、実用的なシステム構築の成功パターンとして応用できます。
DX推進担当者
「業務担当者の熱意確認」「暗黙知の言語化プロセス」「開発パートナーとの密なコミュニケーション(週1回×20カ月)」といった、システム開発の成功要因は他のDXプロジェクトにも適用可能です。
物流・ロジスティクス部門
パレット積載効率の改善、業界連携による共同配送など、物流2024年問題への多層的な対応策は、同様の課題を抱える企業にとって実践的なヒントになります。
経営企画・事業企画担当者
「物流事業者から選ばれる荷主になる」という視点は、今後のビジネス環境変化への戦略的対応として重要です。業界構造の変化を先読みし、早期に対策を打つ経営判断の参考になります。
システム開発のプロジェクトマネージャー
要件定義の深掘り(2-3時間×10回のヒアリング)、段階的開発(フェーズ1で3カ月の実現可否検証)、柔軟な要件変更対応など、プロジェクト管理の実践ノウハウが詰まっています。
中小企業の経営者
大規模なシステム投資が難しい中小企業でも、「業務の一部をシステム化し、残りは人が対応」というハイブリッドアプローチは取り入れやすい考え方です。
キャリアへの効果
データ分析スキルの市場価値向上
需給管理のようなデータドリブンな業務スキルは、製造業・小売業・物流業など幅広い業界で需要が高まっています。AI活用経験があれば、さらに希少価値が上がります。
業務改革リーダーとしての実績
暗黙知の言語化、業務プロセスの再設計、システム導入といった経験は、DX人材として評価される重要な実績になります。特に「現場の抵抗を乗り越えてシステム化を推進した」経験は転職市場でも高く評価されます。
業界横断的な視野の獲得
F-LINEプロジェクトのような業界連携の動きを理解することで、1社内だけでなく業界全体を俯瞰する視点が身につきます。これは経営幹部候補として必要な資質です。
AI・DX領域での専門性構築
「AI技術の4分類(画像認識、予測、言語処理、最適化)」のような知識を持ち、自社業務に最適な技術を選択できる能力は、今後10年間で極めて重要なスキルになります。
問題解決能力の証明
物流危機という経営課題に対し、商品設計・業界連携・システム化という多角的なアプローチで解決した事例は、問題解決能力を示す具体的な証拠になります。
生成AIリテラシーの基礎
需要予測や計画最適化といったAI技術の理解は、ChatGPTなどの生成AIを業務活用する際の基礎知識にもなります。AI全般への理解が深まります。
学習ステップ
学習ステップを解説
ステップ1: 基礎知識のインプット(1-2カ月)
まず、サプライチェーン管理とAI技術の基本を学びます。オンライン講座や書籍で「需給管理とは何か」「在庫最適化の考え方」「AIの種類と使い分け」を理解しましょう。週に3-5時間程度の学習で十分です。
ステップ2: 自社業務の可視化(1カ月)
自分の職場で「暗黙知で行われている業務」をリストアップします。日清製粉ウェルナの事例を参考に、ベテラン社員がどんな判断をしているか観察・ヒアリングし、業務フローを図解してみましょう。
ステップ3: 小さな自動化の実践(2-3カ月)
いきなり大規模システムは難しいので、ExcelマクロやPythonで「繰り返し作業の自動化」から始めます。たとえば在庫データの集計、レポート作成、簡単な需要予測などを自動化してみます。
ステップ4: データ分析スキルの習得(3-6カ月)
Excelのピボットテーブル、Power BI、Tableauなどのツールでデータ可視化を学びます。さらにPythonのpandas、scikit-learnライブラリで基本的な分析・予測モデルを作ってみます。
ステップ5: AI最適化の理解(2-3カ月)
線形計画法、制約充足問題など、最適化アルゴリズムの基礎を学びます。PythonのPuLP、Google OR-Toolsなどのライブラリで簡単な最適化問題を解いてみましょう。
ステップ6: 実業務での提案・実装(6カ月-1年)
学んだ知識をもとに、自社で改善できる業務を特定し、小規模な改善提案から始めます。成功体験を積み重ね、徐々に大きなプロジェクトに挑戦します。
ステップ7: 専門性の深化と横展開(継続的)
機械学習、ディープラーニング、生成AIなど、より高度な技術を学びつつ、他部署への横展開や業界連携など、活動範囲を広げていきます。
学習ステップを図解
あとがき
日清製粉ウェルナの事例が教えてくれるのは、「完璧なシステム」よりも「現場で使えるシステム」を目指すことの重要性です。AIに100%を求めず、人との協働を前提とする設計思想は、多くのDXプロジェクトが見習うべき姿勢でしょう。
また、システム開発前に「業務担当者の熱意」を確認したエピソードは印象的です。どんなに優れた技術も、現場の理解と協力なしには機能しません。2-3時間のヒアリングを10回重ね、徹底的に暗黙知を言語化したプロセスは、地道ですが確実な成功への道筋を示しています。
物流2024年問題という経営課題に対し、商品設計・業界連携・AI活用という多層的なアプローチで挑む姿勢も学びになります。一つの施策だけでなく、複数の打ち手を組み合わせることで、構造的な問題に立ち向かう。これこそが、真の問題解決力ではないでしょうか。
この事例から得られる最大の教訓は、「DXは目的ではなく手段」という言葉に集約されます。浮いた時間で新しいチャレンジに取り組むという前向きな姿勢こそが、継続的な成長の原動力になるのです。
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