🧚

「キャリア」という概念

に公開

今月、就活中の学生さんや新卒入社した後輩向けのイベントで「キャリア」について話す機会が3度ほど続いたので、考えたことをまとめておこうと思います。
なお、会社としての意見を表明するものではなく、あくまでも個人の感想です。

自己紹介

Amazon Web Services (AWS) Japan というクラウドコンピューティングの会社で、生成 AI スタートアップ企業担当の Solutions Architect (SA) という技術職をしています。生成 AI の基盤モデル・大規模言語モデル (LLM) や、AI エージェント、生成 AI アプリケーションを構築するスタートアップのお客さんに対し、エンジニア目線の専門的な知見をもって、ディスカッションやアドバイスを行うという仕事です。

大学は理学部数学科だったのですが、ずっと軽音部のバンド活動で熱心にドラムを叩いていたので2回留年し (3回生の時には部長もやってたので勉強どころではなかった)、心機一転大学院で情報系を受け量子コンピュータの研究室に入りました。5年間研究をした後、自分でスタートアップを始めようかとも考えていたのですが、縁あって AWS に新卒入社することになりました。

https://www.youtube.com/@HARIPSYCHOEXPERIENCE
バンド・ドラムは今でも続けていて、Amazon Music の Studio126 Tokyo でレコーディングした動画などを公開しています。

AWS に入ってからの仕事

2018年4月に入社して1年ほどは TechU という研修プログラムがありました。入社半年経った頃には顔認証イベント受付サービスを作りました (顔認証入館管理サービスに作り替え、実際に外部のモデルさん・カメラマンさんなどが出入りする Amazon Fashion 撮影スタジオ等への導入実績があります)。その後半年の OJT ののち2019年よりスタートアップ担当 SA として働いており、今では生成 AI スタートアップと呼ばれるようになった企業と、当時から仕事をしています。
担当しているスタートアップのお客さんは元々機械学習のプロダクトを提供していましたが、2022年12月ごろから OpenAI ChatGPT の台頭により生成 AI が世の話題になるにつれ、「自分たちでも基盤モデル・LLM を作りたい」という相談を受けるようになりました。そこで、2023年には日本における生成 AI 基盤モデル開発の支援プログラム「AWS LLM 開発支援プログラム」を立ち上げたり、経済産業省 Generative AI Accelerator Challenge (GENIAC) 基盤モデル開発支援事業での開発をチームで支援するなど、日本の企業あるいは言語・文化が世界の生成 AI トレンドの中で存在感を発揮できるよう尽力しています。こうして開発されたモデルのうちいくつかを、Amazon Bedrock Marketplace というサービスを通じて AWS 上で提供するといったビジネス支援も行なっており、2024年のサービス発表時には Sony さんに登壇頂きました。

創業して数年でほどなくユニコーン企業になったスタートアップや、自動運転スタートアップなども担当しており、とにかく優秀な人たちと日本の経済成長を支え未来を作っていく、というモチベーションで日本のためにグローバルなチームで働いています。

Amazon Braket など量子コンピューティングの仕事にも関わっています。この分野は産業化のダイナミズムがあり、産官学の連携も増えています。AWS での仕事のほか、大変ありがたいことに2024年から大阪大学での招聘准教授というポジションも頂き、大学院の頃お世話になった量子コンピューティング業界の方々とは今でも一緒に仕事をしています。

「キャリア」に対する基本的な考え方

キャリア戦略には色々な方法があると思うので、あくまでも僕個人のやり方について、これまでそこそこうまく機能してきたかなという考え方をまとめます。

1. 「インセンティブ」よりも「モチベーション」

大学院で就活をしていた時に、「イノベーション・オブ・ライフ」(原題 "How Will You Measure Your Life?") という本を読みました。著者は「イノベーションのジレンマ」で有名な Harvard Business School (HBS) のクレイトン・M・クリステンセン先生で、HBS の教え子が卒業後に幸せ・不幸になるのはどういう要因かを考察した本です。とても面白い。キーメッセージとしては、「仕事はインセンティブ (例: 給料、昇進、評価) よりもモチベーション (例: やりがい、成長、目的意識) で選ぶべき」というもの。ドラマーの Chad Smith (Red Hot Chili Peppers) など、僕が尊敬する人は基本的に「自分の愛することを仕事にした」と言っているケースが多く、深く納得できます。そのような仕事の仕方は会社で働いていたとしてもできるはずですが、その際のポイントは、自由度と十分なリソースがその会社・環境にありリスクが取れることだと思っています。

2. とりあえずやってみる

大学院で研究をしているときに読んだ「仕事は楽しいかね?」という本があります。ノーベル生理学・医学賞を取った山中伸弥先生がどこかで薦めていたもので、短いのですぐ読めますが要点としては「色々試してみて、その中から上手くいくもの・自分が得意なことを見つけていく」という手法です。

また、AWS に入った後もキャリアについて色々考えていて、ある時 Stanford 大学の教育心理学者ジョン・D・クランボルツ先生が提案した「計画的偶発性理論」という概念を知りました。これは「キャリア形成の重要なきっかけは、偶然によってもたらされる」というもので、僕も基本的にはこの考え方を採用しています。

https://zenn.dev/hariby/articles/efa8b76b15e096
できるだけ、イベント登壇などお客さんから声をかけられたら断らないというポリシーで活動していて、最近では生成 AI の本を共著で書いて Amazon ベストセラーになりました。

FAQ (よくある質問)

Q. なぜ AWS に入ったのですか?

A. 当時、研究がうまくいったらそれでスタートアップを始めたいと思っていました。とはいえ量子コンピュータがビジネスになるのは 2017-2018年当時はもう少し先だと思ったので、音声認識スタートアップをやろうと考えていました。Amazon Echo, Alexa が世の中に広まるにつれ、音声データが集まることで機械学習モデルの性能も上がり、UI がキーボード → マウス → タッチスクリーンと進化したように今後は音声認識デバイスによるコンピュータとのインタラクションが増えることが大きな転換点になると考え、スタートアップのアイディアを考えていました。研究室の先輩・後輩を誘い、VC と資金調達の話などもしていましたが、あまりに大変だし音声認識のバックグラウンドがあったわけでもなく結局自分で会社を作るのではなくどこかで働こうかと考えていました。そんな時、いくつかのきっかけ:

  • 研究としてうまくいくのと、その技術が社会に浸透することにはギャップがあると感じた。将来、量子コンピュータスタートアップを始めるとしても、どういうビジネスモデルが適切か分からず、「計算機ビジネス」がどう回っているのか知りたかった。
  • 本郷のスタートアップコミュニティで連れて行ってもらったテキサスの South by Southwest (SXSW) で AWS の VP が話していた "Working Backwards" (お客さんから逆算して、そこに必要な技術を考える) という概念に共感した。
  • Amazon.com の CTO Werner Vogels が AWS re:Invent 2017 Keynote で Alexa の音声テクノロジーについて話していて共感した。
  • AWS は単純にビジネスが伸びていて、リスクをとって自分の仕事がうまくいけばアップサイドも青天井だと感じられた。
  • 知り合いで AWS の SA として働いている人たちや、自分のスタートアップ担当の SA さん (後のメンター・マネージャー) に相談に乗ってもらい安心感があった。

から、ずいぶん悩んだ末に入社を決めました。

Q. 入社後に感じたギャップは?

A. 大学院でドクターを取って入社したので、TechU で今更座学での勉強を強いられるのは苦痛だな、と当時は感じていました。しかし、今でも同期5人とも AWS にいて仲良く仕事しているし、それもお互い支え合ってこれたからこそなので、今思えば大事な時間を過ごしていたんだなと感じます。

さいごに

Deep Purple のドラマー Ian Paice が、あるドラムクリニックで次のような名言を残していました、「誰かの二番煎じになるな、自分の一番になれ」と。これは音楽家以外の職業でも、創造性を発揮してオリジナリティのある仕事をするためには重要な心構えだと思うので、むすびの言葉として引用させて頂きます。

"Don’t be the number 2 of anybody, just be the number 1 of you"
Ian Paice (Drummer, Deep Purple)

Discussion