🌏

生命システムにおける普遍性

2024/09/05に公開

はじめに

以前「システム生物学入門」について、勉強ログがてらZenn本にまとめているということを書きました。

https://zenn.dev/fww/articles/study_an-introduction-to-systems-biology

https://zenn.dev/fww/books/an-introduction-to-systems-biology

数理生物学初学者の足がかりとしてこの本を読んでいたのですが、テクニカルな部分はもちろん、「何のためにこの学問を探求する?」「いろいろやった結果、最終的な主張は?」という科学哲学的な問いがおもしろいと感じました。

そんな中、この書籍のちょうど中盤、第Ⅱ部 第8章で端的に(3ページで)筆者の主張がまとめられていたので、丁寧に読み解いてみようと思います。

理解を深めるために、システム生物学系の周辺情報を調べたり、関連書籍にあたったりしました。
「結局システム生物学って何?」ということを自分なりに考えたので、書き散らしておきたいと思います。
(テンション上がって、いろんな研究者の方の思想や、私自身の考えがごっちゃになってしまってるところもありますので、ご留意ください...!)

「第Ⅱ部 第8章 生命システムにおける普遍性」を読み解く

↓ 雑まとめ

「こと」の普遍性: 生物物理学
「もの」の普遍性: 生化学, 医学, 動物生態学, 社会学...
「こと」✕「もの」の普遍性: システム生物学

階層 生体分子 DNA 細胞 個体 集団 生態系
「もの」の普遍性A Ba,Bb Ca,Cb D E Fa,Fb
「こと」の普遍性1 生命現象A1 B1a C1a D1 E1 F1a,F1b
「こと」の普遍性2 生命現象A2 B2b - D2 - F2b
... ... ... ... ... ... ...
「こと」の普遍性n 生命現象An Bna,Bnb Cna,Cnb Dn En Fna,Fnb

3ページしかないのですが、考えれば考えるほど難解な問題だと感じ、参考文献をあたったりしました。。
平易な文章で書かれてはいるのですが、 ↑のようなまとめ図とかあるとよかったです...!(理解があってるかは知りません!!)

<目次>
第II部 細胞のシステム生物学
第4章 ウルトラセンシティビティ
第5章 キネティックプルーフリーディング
第6章 走化性システム
第7章 概日時計システム
第8章 生命システムにおける普遍性
https://www.kspub.co.jp/book/detail/5334348.html

第Ⅱ部では、「細胞のシステム生物学」ということで、生体分子、DNA、そして細胞を対象として、さまざまな現象が生化学反応を通じて、どのようにして引き起こされているのかというメカニズムについて解説されています。
どれもヒトや動物といった個体からするととても小さいスケールのものですが、

生体分子 < DNA(核) < 細胞

というように、それぞれのシステム間でも大きさのスケールの差があり、また反応時間のスケールも現象によって異なることに留意しなければなりません。
この関係をここでは 「階層」 と言われており、細胞から個体、生態系、社会へと言及されています。
生態系や進化については、あとの第Ⅳ部で扱われています。

「こと」の普遍性 〜 物理的な視点でさまざまな階層の生命現象を考える

それぞれの階層で同じようなシステムが働いていることを 「こと」の普遍性 と表現されています。
物理的な視点で普遍性を考えており、構成物によらず、同様の性質をもつもの・場で構成される系であれば、普遍的な現象が観察されるということを意味しています。

本書では、ネットワーク構造(ネットワークモチーフ)についての紹介が多くありました。
ポジティブフィードバック, ネガティブフィードバック, フィードフォワードなど、安定性, 頑健性の仕組みや、振動現象メカニズムについて、第Ⅰ部の内容を踏まえて、丁寧に解説されています。
いずれも、生体分子だからとか細胞だからとかではなく、このような性質をもつものがネットワークを形成しているのだから、こんなダイナミクスが起こるよねという論じ方がされています。

結局「システム生物学」は物理の言葉をつかって生命現象をうまく例えれば良いのか?

三段階論とは、量子力学の認識論的問題、すなわち量子力学の測定問題および解釈問題を解決する実用的な理論形成手法として提唱された方法論である。唯物弁証論的な実体論的方法の明確化が革新的であった。

  1. 現象論的段階:量子力学の範疇に入る現象で測定にかかるものをそのまま記述する段階
  2. 実体論的段階:上記現象の方程式を作る前に、現象論的段階に出てこない実体(模型、粒子など)を知る(場合によっては新たに導入する)段階
  3. 本質論的段階:現象論的段階で記述される現象を、実体論的段階で導入した実体も含めて、方程式など主として数学的手法で記述する段階

※三段階論 - 武谷三男 | wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/武谷三男

いくつか生命科学系の論文を拝読させていただいたのですが、数式でモデル化して、シミュレーションして、どれくらいあっているのかを議論するみたいな研究が多かったように思えます。
上記の三段階論を踏襲した論じ方で、確かにと思うところもありました。
でもその中で特に、結果を得た後の結論や未来の展望を論じる部分が弱いと感じることが多々ありました。。

私自身勉強したり研究のマネごとをしたりしていて、最終的にどのように論文をまとめるのが良いのかわからず、自分自身の結論が腑に落ちないという経験をしてきました。。
「流行りのそれっぽい手法で、なんとなくいい感じの結果を出して、未来の研究への展望をポエムにまとめる」
...そんなのが研究なのかなぁ...と悩むこともあったり。。

物理学という望遠鏡でたくさんの生命現象が見られる空を見て、「わぁ星が綺麗ねぇ」と言っているのは、一体何になるんだろうというふわふわした気持ちでいたことを覚えています。
本当にそれが本質を論じていることになるのでしょうか。

システムを理解するための絶対唯一の方法は構成要素の細分化?

それでは、上手くモデル化できて、シュミレーション結果も上々だとして。
その後、どうすればよかったのでしょうか?

例えば、動物の行動を上手くモデル化できたとして。
そのシミュレーション結果の整合性を判別する根拠には神経活動や細胞のはたらきを持ち出す必要があって。
そしてその細胞のはたらきを説明するには...
...
...と、最終的には生体分子レベルまで遡らないといけないのでしょうか?

一見すると筋の通ったような議論に見えますが、この方法だと、根本的な宇宙の真理(素粒子の仕組み)が解明できないと全ての議論がなりたたなくなってしまいます。

この方針は、みんな大好きシュレディンガー先生の「生命とは何か」の方針を踏襲した指針とも言えると思いますが、この「これじゃない感」の正体は何なんでしょう。。

https://www.iwanami.co.jp/book/b247069.html

オーム主義の限界とマクロ的視点

第8章の参考文献に挙げられていた、金子先生の「生命とは何か」の著書では、研究対象を細部に絞っていく方向への問題点に加え、「オーム主義」について言及されていました。

https://www.utp.or.jp/book/b305889.html
金子邦彦. (2009). 生命とは何か: 複雑系生命科学へ. 東京大学出版会.

DNAのシンボルを列挙するゲノム科学。タンパク質の構成と性質を列挙するプロテオーム。代謝系の反応経路を列挙するメタボローム。生体内で起こり得る生理状態を列挙するフィジオローム。
技術発展によって、全てを枚挙していく研究分野が現在注目されており、実際、ものすごい勢いで情報の蓄積とデータベースの構築が進んでいます。
成果が数値化しやすく、わかりやすいですしね。

たしかに列挙してデータベースにすることは大切です。
きっと様々な階層の多様な生命現象にまたがって「こと」の普遍性が見つかることと思います。
しかし、それは結局「生命現象は物理学で駆動している」という結論しか得られないわけです。
全てを列挙した先には何が見えるのでしょうか。

下記、金子先生のインタビューでも、同じような話題が取り上げられていたので紹介します。

生物学でも分子を全部見るというやり方が、あるところへ行き着いたために、逆に戻ってくる視点が必要な時期でしょう。そういう意味で「生命とは何か」を考える割といい時期になってきた。
(中略)
部分と全体の関係というのは、複雑系が最も強く言ってきたことです。熱力学は、部分を忘れて全体だけ見ればよいというすごい体系です。その後、統計力学が出て、ミクロからマクロが導けたと言われますが、それは誤解で、実はちゃんとは出せてないんです。複雑系では、マクロとミクロの性質が循環してしまいます。熱力学のように平衡系に閉じればマクロだけ切り離して見られますが、そうじゃない変化まで含めようとすると、マクロの性質はミクロに行ってまたマクロに戻ってくる。そしてそれがちょうどいいバランスのところに落ち着いていくけれど、そこで終わりではなく、その落ち着いたところからまた壊れるかもしれないという考え方。熱力学のようなきれいな体系はまだこれからですが、そういう方向が見えてきました。

https://www.brh.co.jp/publication/journal/040/talk_index

「もの」の普遍性 〜 階層に特徴的な視点で総合的に生命現象を考える

では、システム生物学では何を学問しているのか。何を探求しているのか。
この章で書かれているのが、物理学とは異なる、 「もの」の普遍性 という視点です。
DNA構造やたんぱく質、細胞や生態系のあり方といった”その階層”に特徴的な普遍性を考えるということが大切と説かれています。
「あの生命現象も、この生命現象も、同一の階層で起きているのには意味がある。」「なぜそれらの現象が両立して見られるのか。どちらも欠かせない現象なのか?」
そのような「もの」の普遍性を見出すことで、これまで気づかれていなかった新たな生命現象が発見され、未発見の物理法則が見出されるのではないか...!

...おぉ!なるほど!それはシステム生物学で扱う意義のあることですね...!!
そして、その生命(「もの」)ならではの多様な機能が、進化的に獲得されたという観点から、生命の根源についての理解を深めていける。そんな未来の研究像も描くことができそうです。

で、「もの」の普遍性の具体例は...?

本節では、分子レベルの階層における「もの」の普遍性の例として、多段階化学修飾とアロステリーが例に挙げられていました。

アロステリー(allostery、その形容詞がアロステリックallosteric)という言葉は、ギリシア語で「別の」を意味するallosと「形」を意味するstereosから来ている。
アロステリック効果(アロステリックこうか)または協同効果(きょうどうこうか)とは、蛋白質の機能が他の化合物(制御物質、エフェクター)によって調節されることを言う。
アロステリック効果により主に酵素や受容体などの蛋白質の機能が制御される現象をアロステリック制御と呼ぶ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/アロステリック効果

ブリコラージュ(Bricolage)は、「寄せ集めて自分で作る」「ものを自分で修繕する」こと。「器用仕事」とも訳される。元来はフランス語で、「繕う」「ごまかす」を意味するフランス語の動詞 "bricoler" に由来する。
生物学では、フランソワ・ジャコブが、生物の構造の多様さを表現するのに「ブリコラージュ」という言葉を用いている。進化はあらかじめ作られた設計図に基づきゼロから行われるエンジニアリングではなく、既にある系統に対して用途の変更や追加を行うブリコラージュであると述べ、構造の多様さも問題解決を求めて多様なブリコラージュが起こった結果であると考えている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ブリコラージュ

書籍の例以外でパッと思いつく「もの」の普遍性は、「酵素の仕組み」、「遺伝のしくみ」、「細胞膜・細胞壁の構造」、「細胞分裂のしくみ」、「虫の足が6本な理由」、「植物の光合成の仕組み・ATP」、「呼吸の仕組み」...とかでしょうか。
(...うーん、なんかちょっとあってるのかどうかわかんないなぁ。。)
なぜこれらがこの普遍性を獲得したのかは、どのようにすれば証明できるのでしょうか...?
いろんな個体の種類を系統的に比較?進化的な知見から?
はたまた、合成生物学的な実証を試みるとか??

生物・化学・社会学の知識が皆無なので、何をもって普遍性と言うべきが全く想像がつかないですが、
おそらく、「もの」の普遍性を物理学と同等に(「こと」の普遍性のように)論じるのは、かなり難しいのかなぁと察したりします。。

「予見・予言・予想」することで「もの」の普遍性が証明できる?

他の階層において、多様な機能の基礎となる構造が存在するのかを調べることで、それぞれの階層がどのように特徴づけられているのか、またそれぞれの階層でどのように多様な機能を獲得していったのかがわかるだろう。
(中略)
読者には、「こと」の普遍性と「もの」の普遍性の間を行き来しながら、ぜひ、新しいシステム生物学や生物物理学の地平を拓いていってほしい。
本書p150抜粋

「こと」を発見し「もの」に遡る物理的な研究が主流のように思えますが、「もの」の研究から「こと」の存在を予見しするような研究の発展も期待できるのではないでしょうか?

例えば、AIの活用。これまでの生命現象を網羅的にデータベース化することで、その階層特有のあり得る生命現象を予見することができると思います。
AlphaFoldとかその例なのかなぁと思いますが、いかがでしょうか?

「こんな個体は今後こういう進化をしそう?」「こんな集団は実はこういう性質を兼ね備えている?」
未発見の生命現象を予見できることが、「もの」の普遍性を模索する上での手がかりになるのかなと思います。

(ついでに...)「もの」の普遍性の組み合わせから見えてくることはないか?

「もの」は単体である必要はなく、また最小構成単位を包含しないといけないという縛りはないと考えます。
そのため、「もの」同士の組み合わせによる普遍性みたいなものも考えられないかなぁと考えました。

上記の例は完全に包含関係になっているので、組み合わせにするのは無理が出てきそうですが、例えば、宇宙や極限状態みたいな「環境」を組み合わせることで、新たな普遍性が見いだせたりもするのかなぁと思いました。

また、上記の階層も絶対的なものではないと考えます。
細胞の中に含まれるさまざまな器官についても、「もの」の普遍性を考えることはできますし、近接階層との組み合わせを考えることもできると思います。

おわりに: システム生物学とは、統計生命科学なのか。

システム生物学について、最近思うことをまとめてみました。
...なんだか読み解けたようなそうでないような、もやっとした感じはありますが、これからの勉強の中で少しづつ疑問に思うことを明確にしていければ良いなぁと思ったりしました。

ウチには小学生の娘がおり、計算問題はスラスラ解けているのですが、文章問題の立式の部分でつまづいている姿をよく目にします。
「あぁ、自分も昔はそうだったなぁ。」とニコニコ後方後ろ腕組みおじさんをしていたのですが、結局自分もなぜこの研究・勉強をしているのかをきちんと理解せずに手だけ動かしていて、娘と同じレベルだったんだなぁと自分を顧みる機会となりました。。
「なんとなく、こんな風に数式を解いて、プログラムを走らせれば、いい感じのデータになるでしょ?」みたいな短期成果主義をとっていたのですが、このスタンスだと本質は見極められないし、結局何も身につかないと、ちょっと反省をしました。。

流行りに取り残されないように...とか、おっさんながらの焦りもあったりしますが、腰を落ち着けて、一つ一つ理解を深めていくように心がけていきたいです。はい。

...なんだこれ。。

今後の方針

さて、どうしようかなぁ。
「もの」の普遍性について結構興味があるので、何か階層を決めて、今現在どこまでわかっているかを調べてみようかなぁ。
講義の中で、微生物っておもしろいなぁと思ったので、そのあたりにしようかな。
環境バイオロジーや農業、創薬、発電などの工学分野にも関連があるし、知見が広げられそう...!
研究報告をいろいろ見てみて、単純化した微生物の生態シミュレーションとかやってみようかなぁー。

あとは、物理学について、マクロな方向に発展した統計力学について勉強したいなぁ。
何がどういい感じに物事をとらえられているのか気になりました!
今回、ネットワーク構造についても言及が多かったので、ネットワーク科学やグラフ理論についてもかじりたい...!

おまけ: 金子邦彦先生について

https://ja.wikipedia.org/wiki/金子邦彦

2022年に退官されました。
最終講義のタイトルが「やり残したことなど:カオス、複雑系、普遍生物学、それから」で、この分野がまだまだ未開拓だということがひしひしと伝わりました。

3/11 金子邦彦教授の最終講義について | 複雑系生命システム研究センター
https://rcis.c.u-tokyo.ac.jp/3-7に菊池-誠氏のセミナーを行ないます。/

...素人ながらの感想ですが、生命現象の普遍性についてあれこれ調べたり考えたりするのはとてもおもしろいですが、職業研究分野としては、なかなか難しいところだと感じました。。
どこまで風呂敷広げるのかがむずそう...
結局、科学哲学的な内容に昇華されるのかなぁー

Discussion