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「システム生物学入門」入門について

2024/08/17に公開

はじめに

今年に入って、オンライン勉強会に参加させていただいております。

https://x.com/KunisatoY/status/1777704723266838948

ちょうど「システム生物学入門」を読んでおり、独習だとどうしても読んで分かった気になっておしまいになりがちなので、良い勉強の場として活用させていただいております...!

「システム生物学入門」について

2023年末に発売されました。帯の推薦文も後押しがあり、一気にXで話題になりました。

https://x.com/yhimeoka/status/1718938043221234028

Amazonなどで、本のタイトルの後に(KS生命科学専門書)と書かれていますが、「KS = 講談社サイエンティフィク」の略みたいです。

https://x.com/kspub_kodansha/status/1713474541614448888

https://www.kspub.co.jp/book/textbook/bioscience.html

今年(2024年)に入って、Xを見たりしていると、いろいろな研究室の勉強会で取り扱われているみたいです。

個人的に好きなポイント2選

「第Ⅰ部 システム生物学序説」が神

さまざまなご意見があると思いますが、個人的には、システム生物学で用いる「力学系」「熱統計力学」の解説が、端的にしっかり書かれているのが特徴的だと思います。

数学書のように練習問題いっぱいという感じでもなく、本書で扱う上で必要な知識を、具体例を元に、カラーの図やグラフをこんもり盛り込んであって、オンデマンド授業教材のような印象を受けました。

システム(系)を表現し理解するための心構えが学べる

もう一点、印象的だと感じたのが、随所で筆者さんたちから口酸っぱくコメントのある、「なぜこの解析をしているのか?」という解説コメントです。

特にp39の脚注19(下記引用)は、どの読者にもインパクトのあったところだったのではないでしょうか?

完全に余談であり、また、個人的な体験談になるが、以前、何変数もある微分方程式を2変数の微分方程式まで縮約して、それが示すおもしろい挙動について発表したら、あるシニアの数理生物学の研究者から、2変数の微分方程式は数学的に簡単すぎるから、もっと数学的に難しいことをやったほうがよいと言われたことがある。
しかし、難しい数学を使うことは、現象の理解にとって、当然だが何ら本質的なことではない。
現象を理解するための過不足がない道具を見極めることこそが、自然科学にとっては大事で、また時として(難しい数学をつかうことよりも)本当に難しいことだろう。
(第Ⅰ部 第2章 2.15より)

勉強会で本書の序説を終えた後、ストロガッツ本に進んだのですが、ストロガッツ本では、「1〜2変数のダイナミクスは非線形でも解ける」ということが示されており、複雑な様相を示す生命を、いかに単純化して、わたしたちが分かるかたちにもっていくかが、システム生物学の核なのだということを(一端だとは思いますが...)理解できたように思えます。

全細胞モデリングほどに巨大なモデルでも、そのシミュレーションは現行のコンピュータクラスタでも十分に現実的なので、このような目論みに関して律速となっているのは利用可能な計算資源ではない。(中略) ...それよりも「実験データを蓄積していけばいつか"正確"な動力学モデルを構築できるであろう」というナイーブな期待は本当に報われるのか、ということの方が本質的な問題である。
(中略)
このような意味で、動力学モデルが現実を完全に模倣する日はしばらく来ないのではないかと考えられる。ただし、そもそもモデルとは現実を完全に反映するものではないので、これ自体はモデルのあるべき姿ではあると思う。
重要な点は、どの範囲の「間違い」や簡略化であれば、例えば増殖速度や反応フラックスなどの我々が知りたい情報を正しく予測でき、どの範囲の情報はかなり正確に知っていなければならないのか、ということを我々が把握しているか否かである。現時点ではそれはあまり調べられてない。
( 第Ⅲ部 第12章 12.4 - Column "完璧"な細胞モデルはつくれるのか)

ここでのモデルは生命を表現する数理モデルのことを指していますが、扱う対象が複雑になればなるほど、結局なにやっとるんだ状態になるということを指摘されているのだと感じました。

「簡単なものを扱っても意味がない」というわけではなく、「単純化の末に本質を見出す」作業がモデル化であり、システムを表現することなのだと理解しました。
(丁寧に実データを分析して、不要な対象を取り除いていく作業は、化石の発掘作業みたいですね...!...!?)

「システム生物学入門」入門について

勉強会に際して、自分用に情報をまとめようと思ってZennの本にしてみました。

https://zenn.dev/fww/books/an-introduction-to-systems-biology

本文のまとめという感じではなく、本書に関連した内容を追加で調べたり、ソースコードを書いてさまざまなパターンのグラフを書いてみたりしたことをまとめています。

取り扱い範囲は、第Ⅰ部 第2章までですが、今後続きもまとめていければと考えています!

コードサンプル公開しています

計算系のコードはPythonで書いていて、グラフはGoogle Colaboratoryで出力しています。
参考までにソースコードを公開していますので、よかったら見て動かしてみてください♪

https://drive.google.com/drive/folders/18UfbYeO-cd4R1bwEI8zvq9fAFDIbyELK?usp=drive_link

...ちなみにこのコードはChatGPTを使って作成しました♪(楽やわー)

おわりに

勉強会の中では、「システム生物学入門」は「非線形ダイナミクスとカオス」(通称:ストロガッツ)を読むための準備運動的な位置づけでした。

実際、ストロガッツの方が、生物学以外の学術分野も広く深く取り扱っており、なかなか理解が難航したり。。
特に、実世界では例が示せないような抽象的な数学を扱う機会が多いというのが、大きな要因なのではないかなぁと思ったりしています。。

その点でも、「システム生物学入門」は、(慣れ親しんではいないものも多々ありますが...)生物学で扱うものに限定して、丁寧に解説されているので、システム生物学の第一歩に適した一冊だと思いました。

追記: 正誤表

畠山先生がホームページで正誤表を公開されています。
購入されている方で未チェックの方は、一度目を通されてみてください!!

https://hatakeyamalab.com/publications/errata_systems_biology/

おまけに: 表紙扉絵「Paul Klee, Tragodia (1932)」について

これは完全に趣味ですが、表紙の絵が好き。
ということで、Zenn本でも真似して描いてみました。

「システム生物学入門」入門 表紙絵

矢印と梅干しみたいなのが印象的ですよね!
なんだか細胞みたいな感じもある抽象的で不思議な絵画だなーと思っています。

パウル・クレー(Paul Klee)について

表紙カバーに絵の出典が書かれていたので調べてみました。

https://www.akg-images.fr/CS.aspx?VP3=SearchResult&VBID=2UMESQJ5VLHW26&SMLS=1&RW=1920&RH=875#/SearchResult&VBID=2UMESQJ5VLHW26&SMLS=1&RW=1920&RH=875&POPUPPN=1&POPUPIID=2UMDHUQUOKBU

どうやら、サイトから画像を買って編集されたっぽいですね。
あまり絵画の画像を買って編集するという発想がなかったので、今後の参考にしたいです...!

作者はパウル・クレー(Paul Klee)さん。スイスの画家(1879-1940)だそうです。
有名な方みたいで、美術センターとかあるみたい。行ってみたいなぁー

2005年6月には故郷ベルンに約4000点の作品を収蔵し、彼の偉業を集大成した「ツェントルム・パウル・クレー」(パウル・クレー・センター)がオープンした。
パウル・クレー(Paul Klee)| Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/パウル・クレー

「Tragodia」という作品名について

有名な画家さんということで、Wikipediaに作品リストがあったのですが、本作品は含まれておらず。
...なんで?個人所有のものだから著作権上Wikipediaに載せられないとか??

List of works by Paul Klee | Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_works_by_Paul_Klee

作品名の「Tragodia」は正確には「Tragödie」(oはウムラウト)。
英語だと「Tragedy(悲劇)」を意味する名詞です。

Borrowed from Ancient Greek τραγῳδῐ́ᾱ (tragōidíā), from τράγος (trágos, “male goat”) + ᾠδή (ōidḗ, “song”).
(tragoedia | Wiktionary https://en.wiktionary.org/wiki/tragoedia)

語源は古代ギリシャ語で、"goat song"を意味しているとか。

演劇の一形態としての悲劇は、古代ギリシャで始まった。宗教的な祭りで歌や踊りを披露することから発展した。これらの祭りは、ワインと豊穣の神ディオニュソスに敬意を表して開催された。ギリシア人はこれらのパフォーマンスをトラゴイディアと呼んだ。語源は「ヤギ」を意味するtragosと「歌う」を意味するaeideinである。これらのパフォーマンスは、最初は合唱によって行われた。しかしその後、コーラスの一人が他のメンバーとは別に立ち、物語の紹介や解釈を口演するのが流行した。この語り手は、やがて公演の中でますます大きな役割を担うようになった。やがて、このコーラス隊にさらに話し手が加わり、現代の演劇のように多くの役が演じられるようになった。
なぜこのような劇に 「ヤギ 」という名前が付けられたのかは定かではない。ひとつの説は、最も優れた劇を上演した人に賞品としてヤギが与えられたというもの。もうひとつは、ヤギはディオニュソス神にとって神聖なものであり、祭りの際にはディオニュソス神の生贄として捧げられたという説である。初期の悲劇は、伝説や歴史上の英雄の不幸を描いたものであり、その不幸の観念は、今日、悲劇という言葉の一般的な意味に受け継がれている。(DeepL和訳)
Tragedy Definition & Meaning | Merriam-Webster (An Encyclopædia Britannica Company) https://www.merriam-webster.com/dictionary/tragedy

当時は第一次世界大戦後から第二次世界大戦前の間、ドイツで美術学校の先生をしていたそうです。
翌年1933年にナチス政権が成立し、前衛芸術の弾圧に追われ、生まれ故郷のスイス・ベルンに亡命したとのことです。

直接的な戦争や弾圧の経験からの作品ではなく、どちらかというと、第一次世界大戦の回想や、バウハウス(美術と建築に関する総合的な教育を行った学校)での交流による影響が大きかったのかなぁ。

タイトルの語源的な意味と時代背景をあわせると、運良く戦争から生き残れた自分自身に脚光が当たっている様子を皮肉っているような絵にも見えますね。

知らんけど。

表紙扉絵に採用された理由の考察

「システム生物学入門」が「生命現象表現」「モデル化と解析の繰り返し」「最低限の要素」「ダイナミクスの安定性」といったキーワードを中心に書かれており、そのイメージをシンプルに抽象的に体現したような絵のに見えますね...!

「悲劇」というタイトルはあんまりマッチしてないようにも思えますが、語源的には、演劇で役者にスポットライトが当てられている様子が、モデル化の様子と重なる部分があるとかないとか...!!

...どうでしょう??

はじめは描き下ろしの絵かなぁとも思っていたのですが、どうやってこの絵を見つけてきたのでしょうか。。
デザイナーさんがもともと好きだったとか、著者のお二人の意向だったりとか。

...おまけが長くなってしまった。。
みなさんはどう思われますか?
よかったらクレーの他の作品の中で好きなものとか探してみると楽しいかもです♪
みなさんのお持ちの参考書の表紙にするならどれがいいかなぁーとか考えてみるのもおもしろいかもですねー

https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_works_by_Paul_Klee

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