ストロガッツ本(英語原本)第三版に蔵本モデルが新規収録されたので日本語版もアプデしてほしい
はじめに
勉強会でストロガッツ本を読んでいて、個人的に知識を整理するため&みなさんの参考になればと思い、下記Zenn本に内容をまとめております。
原書名: NONLINER DYNAMICS AND CHAOS
著者名: Steven H. Strogatz 著
田中 久陽 , 中尾 裕也, 千葉 逸人 訳
発行元:丸善出版
発行年月日: 2015年01月
雑まとめにも書いたのですが、この本の構成が完璧すぎるので、本で扱われているトピックについて、ちょっと違う視点からまとめたいと考えています。
具体的には、本の内容を「縦読み」できるように、特に気になったトピックについて例題や練習問題、追加で調査した内容を中心にまとめていきたいと考えています。
当時の「現在のフロンティア」は今でもフロンティアなのか?
それで早速、第Ⅰ編から読み直していたのですが、やはり「本書のあらまし」にあるp12のまとめ図が気になりました。
日本語訳本が書かれた「当時」から今まで10年ほど時間が経過しましたが、どれほど研究が進み、知見が増えたのでしょうか??
ちょっと気になったので調べてみました。
(...でも、私は何の専門家でもないので、分かる範囲で研究内容を読み解いています。あしからず。。)
今のストロガッツさんはどう思ってるの?
「今のストロガッツさんはどう思ってるんだろう?」とふと気になって、著者関連の情報を見返してみたところ...
英語原本の第三版が今年(2024年)1月に発売されていました...!
Wow...
何か変わっているところはーと思ってまえがきをみたところ、 新たな編(第Ⅳ編 Collective Behavior - 集団のふるまい?, 集団行動?) が追加されていたのです...!!!
ということで、この記事では、第三版にかかれているまえがき&新規追加された「Collective Behavior」の目次と、Kuramoto Model(蔵本モデル)について調べた内容をまとめたいと思います。
第三版まえがきと新規追加コンテンツについて
まえがきを和訳
まずは、Amazonのサンプル画像を元にAI和訳してみます。
「非線形ダイナミクスとカオス:物理学、生物学、化学、および工学への応用」第3版のまえがき
この第3版の目標は、以前の版と同じです。非線形ダイナミクスとカオスについて応用的な視点から学びたいすべての人に、優れた基礎と楽しい経験を提供することです!
本書では、解析的な手法、具体的な例、幾何学的な直感を重視しています。理論は、1階微分方程式とその分岐から始まり、相平面解析、リミットサイクルとその分岐へと続き、ローレンツ方程式、カオス、反復写像、周期倍化、繰り込み、フラクタル、ストレンジアトラクター、同期へと体系的に展開していきます。前提条件としては、多変数微積分と線形代数に習熟していること、そして物理学の初級コースを受講していることが挙げられます。
今回の改訂では、気候変動の概念モデルに関する演習問題の大幅な追加、SIR感染症モデルの最新の取り扱い、そして振動解糖のSelkovモデルに関する修正(最近の研究に基づく)などが含まれています。方程式、図、説明は再検討され、多くの場合修正されています。また、約50の新規参考文献が追加され、その多くは最近の文献からのものです。
最も注目すべき変更点は、蔵本モデルに関する新しい章が追加されたことです。この非線形ダイナミクスの象徴的なモデルは、1975年に日本の物理学者である蔵本由紀氏によって導入されました。高次元非線形系でありながら初等的な方法で解ける稀有な例の一つです。複雑系、同期、ネットワークに関する現在の研究への入り口を提供しながらも、初心者にもアクセスしやすい内容となっています。
学生と教師は、本書の卓越した明快さと豊富な応用例を高く評価しており、その全体的なアプローチと枠組みは今も健在です。
スティーブン・H・ストロガッツ(ハーバード大学博士)は、コーネル大学ウィノカー科学・数学公開理解特別教授を務めています。MIT最高の教育賞、数学の一般への普及における生涯功績賞、アメリカ芸術科学アカデミー会員など、数々の栄誉を受けています。ホタルの同期からスモールワールド・ネットワークまで、多岐にわたる非線形システムに関する彼の研究は、Scientific American、Nature、Discover、Business Week、The New York Timesなどで特集されてきました。
気候変動モデル、SIR感染症モデル、振動解糖のSelkovモデルについてのアップデートも気になるところですが、やはり、蔵本モデルについての言及が目立ちます...!
「高次元非線形系でありながら初等的な方法で解ける稀有な例の一つ」「複雑系、同期、ネットワークに関する現在の研究への入り口」ということで、「現在のフロンティア」が少しアップデートされ、ストロガッツ本の次に進む方向を指し示してくれるような改訂が入ったのではないかなぁと推察します。
(ごめんなさい、買ってないので実際はわかんないです!!)
第Ⅳ編 Collective Behaviorの目次
さて次は、「Part IV Collective Behavior」で追加された内容です。
こちらもAmazonのサンプル画像を拝借させていただいました。
- 13 Kuramoto Model (蔵本モデル)
- 13.0 Introduction (序論)
- 13.1 Governing Equations (支配方程式)
- 13.2 Visualization and the Order Parameter(可視化と秩序パラメータ)
- 13.3 Mean-Field Coupling and Rotating Frame (平均場結合と回転座標系)
- 13.4 Steady State (定常状態)
- 13.5 Self-Consistency (自己無撞着)
- 13.6 Remaining Questions (残された課題)
「13章 蔵本モデル」のみが追加になっていますね。
ここで、「Collective Behavior」について。
集団行動という表現は、フランクリン・ヘンリー・ギディングスによって最初に使われ、後にロバート・パークとアーネスト・バージェス、ハーバート・ブルーマー、ラルフ・H・ターナーとルイス・キリアン、ニール・スメルサーによって、既存の社会構造(法律、慣習、制度)を反映せず、「自然発生的」に出現する社会的プロセスや出来事を指すために使われた。
この用語の使用は、細胞、鳥や魚のような社会的動物、アリを含む昆虫への言及を含むように拡張されている。
集団行動は多くの形態をとるが、一般的に社会規範に違反する。集団行動は常に集団力学によって引き起こされ、典型的な社会状況では考えられないような行為に人々を駆り立てる。
Collective Behavior | wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Collective_behavior
社会学の文脈で人の集団を対象に研究がなされていましたが、動物や細胞の集団(群れ)にも対象が広がり、数理モデルとしても、非線形ダイナミクスの分野が拡張された感じでしょうか。
ぱっと見、様々な研究対象に様々なモデルが提唱されていますが、数学的な決定的な理論を伴ったものはなさそう...でしょうか?
また、これまでの内容に加えて、「平均場」という概念が導入されています。
量子力学分野において、解析を容易にするための近似の一種のようです。
システム生物学入門でも熱統計力学が扱われていましたが、系として扱う考え方って今後必要なんだなぁと思ったりしました...!
Kuramoto Model(蔵本モデル)
さて、なぜ第三版で第Ⅳ編にCollective Behaviorを追加し、Kuramoto Modelのみを追加されたのか!!?
...は新版を購入してください!
(もしくはきっと出版される新板を反映した日本語版!!)
...ということにしておきまして。
ここでは、蔵本モデルについて初見でしたので、簡単に調べた内容を共有したいと思います。
蔵本先生はストロガッツ本に推薦のことばを寄せてる...!
蔵本由紀(くらもと よしき)先生についてはこちら。
元々は相転移の統計力学を研究していたが、散逸構造論でノーベル賞を受賞したイリヤ・プリゴジンらの研究に対する疑問から、非線形動力学の研究を始めた。
1984年に出版した"Chemical Oscillations, Waves, and Turbulence"は非線形動力学の分野で最も引用される文献の1つで、「出版部数より引用件数のほうが多い」などといわれている。2003年にも再出版されている。
この蔵本先生、ストロガッツ本の「推薦のことば」を書かれてるんですよね。
(お手元に書籍あある方は、最初の方をチェックしてみてください!)
非線形ダイナミクス研究の第一線を走ってこられて、現在はもう退官されているとのこと。
下記は京都大学の最終講義録からの一節です。
「私は非線形という言葉が便利なので外向きにはそれを使っていますが、今の時代、あるいはこれから、非線形という形でひとくくりのアイデンティティを持った分野、そういうものとして非線形を分ける時代は、もう終わっているのではなし、かと思います。
非線形科学の中で出された色々なアイデアは、それぞれの個別科学の中にもぐりこんでしまい、そこでもちろん非常に意味を持っているわけですが、非線形というひとくくりでアイデンティファイできる分野はもはや消えかかっているのではないか。それと、私自身は、非線形というよりむしろ自己組織化する自然、それを相手にした科学を対象にしてきました。そこは、まだアイデンティティを持ったひとつの分野として当分は成り立つのではなし、かと思います。」
蔵本由紀. (2005). 蔵本由紀教授 最終講義録 「非線形科学の形成-その一断面」: 2004 年 3 月 12 日 京都大学理学部 6 号館にて. 物性研究, 83(4), 459-489.
「線形でない」という意味での「非線形」を使って領野をひとまとめに扱うのではなく、個別の研究領野に対するアプローチを模索すべきなのかなぁと読み取りました。
ストロガッツ本第三版でも、おそらくそんな感じの目的で、「集団行動」という分野を切り出して紹介されているのではないかなぁと思います。
(何度も言いますが、新版は買ってないので中身は知らんです...!!)
蔵本モデルをいっぱいのメトロノームで説明する動画がおもしろい
で、例の蔵本モデルです。これは動画を見たほうがわかりやすいので。どうぞ。
バラバラのメトロノームが床の揺れを共有することで、振れるタイミングが揃うという実験です。おもしろいですね!!
Wikipediaにも紹介されています↓
Kuramoto Model
蔵本モデルが提唱された背景
原論文はこちら。
Kuramoto, Y. (1975). Self-entrainment of a population of coupled non-linear oscillators. In International Symposium on Mathematical Problems in Theoretical Physics: January 23–29, 1975, Kyoto University, Kyoto/Japan (pp. 420-422). Springer Berlin Heidelberg.
化学反応や脳波などの同期現象(self-entrainment)に着目し、シンプルなモデルを提唱したのが蔵本モデルです。
蔵本モデルの派生型研究、蔵本予想の証明など
蔵本モデル提唱の後、さまざまな学術分野で、同期機能が本モデルにて説明されました。
2005年の総論はこちら。感染モデルについても派生モデルが考えられています。
Acebrón, J. A., Bonilla, L. L., Pérez Vicente, C. J., Ritort, F., & Spigler, R. (2005). The Kuramoto model: A simple paradigm for synchronization phenomena. Reviews of modern physics, 77(1), 137-185.
蔵本予想の証明〜系のメンバーがめっちゃ増えると同期する!?
パラメータ分岐における予想です。
系内の振動子の数が十分多いと、分岐が発生し、同期現象が起こります。
(パラメータ設定に注意が必要ですが、逆に少ないと同期現象は起きません。)
経験則的にどんな相平面になるのかは予測ができていたのですが、それをストロガッツ本を翻訳された千葉先生が証明されています...!
熱い展開ですね!!
千葉逸人. (2018). < 講義ノート> 同期現象の数理. 物性研究・電子版, 7(2), 1.
このあたりはじっくり読めてないので、ストロガッツ本を一通りおさえたら、次のステップとして読んでみたいです!!
おわりに
やっぱり英語版の本が読めるようにならんといかんかなぁ...
良い感じのレビュー論文もちょくちょく出ているので、バランスよく調べ物をしていきたいです!!!
おまけ:長年に渡り版を重ねるストロガッツ本
新しい本にまとめるとかじゃなくて、ちゃんと過去のマスターピースをアプデするところホント好き。
最近読んだ本だと、サイバネティックスとかも同じタイトルで長年に渡って版を重ねていますね。
第1版: 1994年
第2版: 2014年
第3版: 2024年
日本語版アップデートされるかなぁ。
英語版の方を買ってみようかなぁ。。
近くの大学で無料で見れたりしないかなぁ。。
...とりあえず、今の日本語の本を全部終えてからにしよう!!
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