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国際会議 7th ESTIDIA の参加報告

2024/08/07に公開

この記事では、私たちが参加した国際会議 ESTIDIA について報告します。

7th ESTIDIA (European Society for Transcultural and Interdisciplinary DIAlogue; 欧州異文化・学際対話研究会) は対話研究の国際会議で、2024年6月12日から14日までの3日間、リトアニアのビリニュスで開催されました。隔年で開催されていて、今回のテーマは「Exploring Real-life, Fictional and Virtual Dialogue: Similarities, Differences and Complementarities; 実生活・フィクション・バーチャルな対話の探究:その類似点・相違点・相補性」でした。このテーマに沿って、情報技術(例えば、Web会議システムやSNS)が媒介する人同士のコミュニケーションや、機械と人間との対話が重要なトピックとして扱われました。

比較的小規模な研究会で、オンサイトの参加者は100人に満たないくらいですが、欧州だけでなく欧州外からも25カ国の研究者が集まりました。常に2〜3トラックのパラレルセッションで、「教育」「戦争と平和」「創作」「政治」「ユーモア」などのサブテーマごとに発表がありました。


大会場。ここで5回のキーノートスピーチが行われました。

多文化的で国際色豊かな研究課題を扱うのが ESTIDIA の特色で、キーノートのテーマもメディアや政治討論における対話の分析、悲しみの表現とその癒しなど、「対話」が社会に与える影響を明らかにして、よりよい社会を目指すという問題意識を感じるものが多かったです。いずれの発表も対話の特定のドメイン(あるシーンに固有の語彙や話し方、コミュニケーションの形式)を分析していて、その分野に特有の専門用語や先行研究の動向などの前提知識が多く、発表を理解するのが難しい部分もありました。


小会場。私たちが参加したワークショップはここで開催されました。

私たちはワークショップセッション「Real-life dialogues between humans and machines: the interface between discourse research in linguistics and dialogue systems research in engineering; 実生活における人間と機械の対話:言語学の談話研究と工学の対話システム研究を繋げる」で、人間と機械の音声コミュニケーションについて発表しました。

人間の対話の研究者と対話システムの研究者の交流を目的とした学際的なワークショップですので、普段よりも専門用語や問題意識・研究の背景や手法などを丁寧に説明するように心がけました。会議全体として人文系の研究者の方が多いので、このワークショップのテーマ設定に興味を持っていただけるか、私たちの問題意識が伝わるかなど不安もありましたが、実際にはどの発表も盛況で、さまざまな専門分野の聴衆から多くの質問やコメントをいただくことができました。例えば、システムの評価の手続きの妥当性や(「分析データは被験者の社会的属性を網羅できているのか?」など)、人間と機械の対話のあるべき形など、工学だけでは議論しきれない多様な観点で興味を持っていただけたようでした。

「機械は人間の話し方を模倣すべきなのか、よりよいデザインがありうるのか」という議論は、質疑応答でも懇親会の場でも盛んに論じられました。機械に対して人間が期待する機能と、機械が実際に備えている機能のギャップを少なくすることはデザインを決定する上で重要な要素です。さらに、対話可能な機械においては、人間社会の偏見や不適切な固定観念を補強してしまうデザインになっていないか、慎重な検討が必要です。私たちが持っているこれらの問題意識を、異分野の研究者の方々と本格的に議論するのは大変刺激的な経験でした。

ワークショップに参加して、人同士の対話の研究者と対話システムの研究者(私はこちらに属します)の相互交流を経験し、以下の学びを得ました。

  • 一部の対話の研究者は、すでに最新の対話システムを積極的に取り入れていました。たとえばシステムに特定のドメインや特定の人物像を模擬させて、対話実験を繰り返し行うことで仮説の検証などに活用していました。これは近年の工学的発展によって可能になった実験デザインであると言えます。いっぽうで、技術的制約により期待する役割を十分に果たせていないケースも多いように思われました。対話システムが社会で幅広く受容されていくためには、さらなる技術的な発展が必要になるでしょう。

  • 工学側からのアプローチにおいては、これまでの「使い物になる対話システムを作る」というフェーズをこえて、今後は実世界にシステムを送り出していくことになります。対話システムは様々なドメインで、多くの人に、長い間使用されることになるでしょう。このフェーズでは、ユーザに実際にどう使ってもらうか、社会にどのような影響を与えるかを考えてシステムを開発し、継続的に改善していくことが特に重要です。そのため、人同士の対話の評価方法や分析手法に学ぶべき点が多いと思いました。また、対話システムの評価においても、幅広い目的においてユーザの振る舞いを対話システムに模倣させて実験を行うことが実用的な選択肢になってきたと感じました。


開催地のミーコラス・ロメリス大学。

ESTIDIA は、議論が盛り上がりすぎて時間を超過することもしばしばで、全体的におおらかで寛容な雰囲気の国際会議でした。談話と対話に関する国際会議 SIGdial よりも言語学・社会学の発表が多く、また言語資源に関する国際会議 LREC よりも個々の対話の状況の分析に焦点を当てた発表が多い印象を持ちました。哲学や言語学など多様なバックグラウンドの研究者が、これからの社会はどうあるべきかについて自分の意見を持ち積極的に議論をしているところは、日本の研究会と少し違った雰囲気がありました。ESTIDIA の参加者が共有する信念として、言語と対話は我々の社会に強いインパクトを与えるもので、その機能を理解しないと大きなリスクがある、という考え方が浸透しているように感じました。

対話システムの研究者で ESTIDIA での発表を考える方は、技術的な課題の解決に加えて、それが人間の対話やコミュニケーションをどのように再現したり、変化させたり、支援したりするものなのかを考察すると、大変よいコメントや議論のきっかけになると思います。人間の対話のドメイン知識に基づいた課題の洗い出しや、評価方法の提案をいただけたり、分析結果に対する洞察を深められるかもしれません。

今後、さまざまな対話システムが実用化され社会で活用されていくことでしょう。その際、今回 ESTIDIA のワークショップで試みられたような、対話システムを巡る工学的アプローチと他のバックグラウンドを持つ研究者との学際的な交流はますます重要になっていくと考えられます。それによって、対話システムが解決するべき社会的な課題や新しい需要が発見されたり、社会にとって有益な活用方法が見出されたりといった、良い結果につながることが期待されます。日本でも研究分野をこえた交流が深まって、ESTIDIA のような議論の機会が増えることを願っています。


ビリニュス旧市街。天候にも恵まれました。

フェアリーデバイセズ公式

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