XP祭り2025|新米スクラムマスターが考える 仕事を通じてチームを育む「制約主導」のアプローチ
スクラム祭り2025とXP祭り2025(10/4-10/5)が同時開催されました!
そちらで登壇させていただいた内容についての記事です📝
新米スクラムマスターとしてチームを良くするためにはどうしたらいいのか、試行錯誤をしながら自分なりに辿り着いたポイントが 「制約」 でした。
制約の重要性や扱い方について、お話しさせていただきます。
チームが機能する条件
機能するチームとはどんなチームでしょうか?
Googleの企業向けリサーチ「プロジェクトアリストテレス」によると重要な5つの因子があり、最も影響する因子が「心理的安全性」であると定義されています。
これを知った新米スクラムマスターの私は、チームメンバーに対して「失敗しても大丈夫!」「どんどんチャレンジしよう!」といった感情的な声かけで心理的安全性を高めようと試みました。
が、お察しの通り感情へのアプローチだけでメンバーは安心してリスクを取るようにはなりませんよね、、
そればかりかスクラムイベントでも以下のような問題が表面化してきました。
- デイリースクラムが単なる報告会になる
- スプリントレビューでフィードバックが出ない
- イベントのタイムボックスが守られていない
- そもそも議論が活発に行われない など
「自由」はチームを迷わせる
チームが機能しない/する状況を比較して見えてきたことがあります。
それは、チームが機能しているときには必ず何らかの 「枠」や「制約」 が存在していることです。
機能しない状況 | 機能する状況(追加された制約) |
---|---|
何のためにやるのかわかっていない | What・Whyが明確(目的) |
ゴールが共有できていない | 目指す方向が定まっている(方向性) |
ロードマップや期限がない | 見通しが立っている(時間) |
タスクが簡単すぎる | ちょうどいい難易度(負荷) |
作るものが曖昧になっている | 受け入れ基準が明確(タスク) |
一見すると制約という言葉は自由を奪うネガティブなものに聞こえますが、この枠があるからこそチームは安心し、選択と集中が可能になります。無数の選択肢があるというのはいいことに感じますが、チームにおいては混乱やパフォーマンスを低下させることがあります。
失敗や試行錯誤を通して得た最大の学びこそが、 『「制約」こそがチームを機能させる鍵となる』 ということでした。
適切な制約があることで、チームは集中し、パフォーマンスを発揮できるようになるのです💪
制約主導アプローチとスクラム
制約主導アプローチ(Constraint-Driven Approach)とは
「制約がパフォーマンスを高める」という考え方は、近年のスポーツ科学の分野で注目されている学習理論「制約主導アプローチ(CDA)」と一致します。
CDAとは、制約に適応しながら独自の解決策を自ら探究することを促す学習理論です。
サッカーを例に考えます。
[ ドリブルで相手を抜き去るスキルを向上させたい ]
アプローチ | 方法 | 期待される効果 |
---|---|---|
従来 | 「ボールタッチはアウトサイドで...」のように技術的な指示を与える / マーカーを並べたコースを繰り返し正確にドリブルする | 正しい動作を仮定して反復練習によって習得をする |
制約主導 | コートを極端に狭くしてパスやシュートが難しい状況を与える / 「2人以上抜かなければゴールできない」というルールを追加する / グラウンドの素材を変えるなどの足元の安定性を変化させる | 与えられた制約の中でどうすればクリアできるかを考え、自ら最適なソリューションを発見適応することで、実戦的なスキルを習得する |
※制約主導アプローチについては、また別の記事でもまとめる予定です
スクラムは「制約」の塊である
よく見てみると、スクラムというフレームワークは制約となるものがたくさんあります。
スクラム要素 | 制約の種類 | チームに与える影響 |
---|---|---|
スプリント | 期間とスコープ | 最も価値あるものに選択と集中し、検査と適応のサイクルを回す |
タイムボックス | 時間 | 最も重要なことに集中し、イベントにリズム感を作る |
完了の定義(DoD) | アウトプット | 何をもって完了とするかの共通認識となり、透明性を生み出す |
スクラムの役割 | 役割と責任 | 誰が何に責任を持つかを明確にする |
スクラムの制約は「学習と適応」「自己組織化」を目的としているため、制約主導アプローチとの親和性が高いと考えられます。
しかしながら、スクラムが提供する制約は非常に優れているものの抽象度が高く、習熟度の低いチームに対してこれらの抽象的な制約は制約として機能せず、チームの自律性を引き出すに至らないと考えています。
制約を操作する
そこで今回、私が感じたスクラムマスターの仕事というのが、抽象度の高いスクラムを、チームの発達段階と環境に応じて制約を『操作』することではないか と考えました💡
この制約の操作こそが、チームの自律的な成長、すなわち自己組織化を促すきっかけになると考えます。
チームの発達段階に応じた「制約の操作」
タックマンモデル
チームの発達段階は「形成期」「混乱期」「統一期」「機能期」「散会期」の5つの段階があります。
どんなチームも形成期からスタートして段階的に次に進んでいきます。
多くのチームは形成期または混乱期で停滞し、統一期にすら到達しないと言われています。
1. 形成期(フォーミング)
形成期にあるチームは、お互いをよく知らず、「依存」や「他責」にある状態です。次の段階である混乱期へ移行するには、このチームでリスクを取って、仮に失敗しても大丈夫だと思える安全性が必要です。そのために コミュニケーションの量 が重要となります。
促進する制約を検討してみます。
お昼休憩の時間を合わせる
物珍しいものではないですが、一緒にランチに行くような時間は大切だったりしますよね。ただ、みんなでいきましょうと言うのではなく、時間という制約を加えることで、言葉ではなく環境に対してアプローチをし、偶発的に発生しやすい/一緒にいきやすい環境を作ります。
1on1をスプリントサイクルに組み込む
1on1であれば、サイクルに組み込むことで習慣化されてハードルが下がります。テーマを決めて短い時間に区切ることで心理的なハードルも軽減します。デイリーのアイスブレイクとして、話した内容をもとに他己紹介してみるのも面白いかもしれません。
同じ部屋で仕事をする
心理的・物理的ハードルを下げることで会話のきっかけを増やします。リモートでも、もくもくmeetを作ってみたりバーチャルオフィスを設けてみたり、アプローチの検討は可能です。
共有順をランダムに変える
話す順番って固定になりがちじゃないないですか?
誕生日順、入社日順、困っている人順、靴下が派手な人順など、お題を決めてやってみると、コミュニケーションが生まれ、お互いの知る機会になるのでおすすめです。
ストレッチなスプリントゴールを設定する
大切なことではありますが、インクリメント第一になると、失敗のハードルがどんどん上がっていきます。そんなときはストレッチな目標であることを合意した上で、実施してみるスプリントがあってもいいと思います。普段より高いハードルに適応するにはどうするべきか、いつもとは違う観点や議論が生まれやすいです。
ポイント
- チーム形成が進んでおらず議論が活発化し辛いので、制約がトップダウンの指示に受け取られやすい点に注意が必要
- 回避するために、チームの発達段階をメンバーが理解し、自分たちの現段階とネクストステップを理解してもらうことが重要
- レトロスペクティブのアクションなど、チームの活動や気づきに紐付けられるとGood
2. 混乱期(ストーミング)
混乱期は、メンバー間での衝突や序列、役割が表面化してきます。
建前が多かった意見も徐々に本音をぶつけられるようになって、心理的安全性が確保されてきている証拠です。お互いを認め合い、それぞれの個性や役割を理解するためには避けては通れない重要なステップです。そのため、統一期へ移行するには コミュニケーションの質 が重要になります。
モブプログラミング
一般的に普及していますが、これは制約を活かした取り組みです。常に言語化と合意形成を強制され、スキルの個人依存を下げることにも繋がります。
スキル項目を規定し、同じスキルを繰り返さない
今スプリントではAndroidのタスクやったので、次はiOSのタスクをやるといったようにスキルをローテーションすることでスキルの個人依存を下げます。また、タスクを変えることで開発時に関わりやすいメンバーの変化も促します。
手動コーディング禁止 + 口頭レビュー会
手動コーディングを禁止することでAI活用を推進します。AIが出したものをそのまま使うを抑止するためにも口頭レビュー会を作ることで、人が理解し言語化する必要性を持たせます。また、AIのアウトプットを制御するために必要な、設計と適切なプロンプトエンジニアリングも磨く機会となります。
ポイント
- 意見の対立や衝突が増えますが、むやみに避けようとせずに受け入れる姿勢が重要
- 次のステップに向けて、問いかけの比重を増やしてチームの意思決定能力を鍛えていく
- 影響力の大きい人が現れる段階のため、序列・役割の固定化を解消していくことが重要な課題
3. 統一期(ノーミング) / 機能期(パフォーミング)
統一期・機能期に達すると、チームは自分たちで話し合い、ルールを築き、自律的に意思決定を行うようになります。
以前まで有効だった制約がチームの妨げになってしまい自立性を阻害する可能性があるため、不要な制約の解除を優先し、スクラムマスター自身の役割も、チームの成長とともに変えていくことが必要です。
まとめ
新米スクラムマスターの私は、心理的安全性という「感情」へ直接アプローチして失敗しました。
しかし、その失敗のおかげで、「チームは仕事を通じて育むもの」という学びと気づきを得ました。
私はスクラムマスターの仕事は、チームの発達段階と環境に応じて、制約をデザインし、操作することと考えています
仕事を通じてチームを育んでいきましょう!
本記事が、チームの成長に悩むスクラムマスターやリーダーの方々の一助となれば幸いです。
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