オープンダイアローグとコーチングで、チームのコミュニケーションが変わった話
こちらはKyash Advent Calendar 2024の14日目の記事です。
Kyashでサーバサイドの開発をしているdevkono (Yoshiharu Kono)です。
この記事はスクラムに欠かせない人の協力、人と人の相互作用を促進する試みとして、オープンダイアローグやコーチングの本で学んだことを実践した結果をお伝えするものです。
なぜコミュニケーション改善に取り組んだか
昨年、Scrum Alliance®認定スクラムマスター(Certified ScrumMaster®:CSM®)のトレーニングで、 システム開発では「人と人との相互作用が重要である」 と言うことを痛感しました。
それ以来、コミュニケーションや組織論に関する書籍を読んだり、LeSSの勉強会に参加したり、ジタバタしながら学んでいます。
2024年を通して、チームと共に学びながらコミュニケーション改善について実践して気付いたことを書きます。
どのような取り組みをしていたか
以前の私は仕事の場で、深い考えもないまま論理優先の議論で意見を闘わせることが多かったと思います。
論理的に話しを進めることは仕事においては重要です。けれども、メンバーと多様な意見や本心を交換し合うためには、対話によってメンバーの発言を活発にする方がより重要であると気付きました。議論などせずとも、対話によって認識している事柄の解像度を上げることで「お互いが気に掛けていること」が明確になり、納得感も醸成しやすくなります。
対話のやり方については、精神医療の分野でセラピーとして利用されている「オープンダイアローグ」と言われる手法を解説した書籍を参考にしました。
「対話のことば」はみんな大好きクリストファー・アレグザンダーさんの「パターンランゲージ」を使って解説されており、非常にわかりやすく書かれていました。
丸善出版 「対話のことば オープンダイアローグに学ぶ問題解消のための対話の心得」
井庭 崇 著 , 長井 雅史 著
ISBN: 978-4-621-30314-6
チームでの対話を促進するため、スクラムイベントの他に「コーチングを取り入れた1on1の実践」や、感じていることを気軽に話し合える「相談タイム」を用意しました。
🐝 コーチングを取り入れた1on1の実践
「コーチングを取り入れた1on1の実践」は一般的な1on1ですが、私はそのやり方についてきちんと勉強したことがありませんでした。2024年はコーチングの勉強で学んだことを取り入れて、1on1の改善に挑戦しました。
コーチングに関する書籍を読んで心構えを知り、毎回1on1の前に要点を事前に読み返して大切なことを意識しながら1on1に望むようにしていました。
宮越 大樹さんの著書「人生を変える! コーチング脳の作り方」は、コーチングにおいてどのような心構えが重要なのかを丁寧に説明してくださっています。
心理学者のカール・ロジャースさんの「変えようとするな、わかろうとせよ」と言う言葉が印象的でした。
講談社 「人生を変える! コーチング脳の作り方」
宮越 大樹・著
ISBN: 978-4-827-21278-5
🐝 相談タイムについて
「相談タイム」は、毎日13:30から30分時間を取って、開発メンバーが集まって「ハマっていること」、「壁打ちしたいこと」などをゆるく話す場所です。このゆるくと言うのが重要で、相談タイムのために事前準備などはしません。効率を敢えて意識せず、その場で思いつくまま率直に話します。
ゆるく話す ことの狙いは2つあります。 一つ目は相談することの敷居を低くすることです。「短時間で要点を伝える」ビジネスライクな伝達では、その特性から客観的な必要性が高まらないと実行されません。「気になっているけれど、聞くほどではない」とか、「整理しきれていないから、今すぐには聞けない」と考えると、相談した方が効率が良いような場合にも回避されてしまいます。
二つ目は、その方が効率的だからです。たった一言質問すれば5秒で解決するかも知れないのです。それを「正確な情報でないかも知れないから、もっと調べてからにしよう」となると、説明のための準備のコストが無駄になるかも知れません。相談は相手のあることですから、相手に何を伝える必要があるのかを勝手に妄想するよりも、対話的に確認する方が効率的です。
「何かあったら都度、声をかけて集まろう!」と伝えていても、人は然るべき場所(枠)がないと「本当に追い詰められる」まで、或いは翌日の(スクラムイベントの)スタンドアップ・ミーティングまで持ち越してしまうものです。そこで、スタンドアップ・ミーティングとは別に定期的な相談の時間を設けることにしました。
相談タイムは話しやすいので、みんなたくさんの話を持ってきてくれました。気が付くと30分の枠を多少オーバーしてしまうこともしばしばありましたが、それこそが狙いです💡
開発メンバーが集まっていても「何も話すことがない」と言う状況は、良い状況とは限りません。
前回からの期間に、チームに伝えるべき新しい情報が何も見つかっていない(進んでいない)か、適切に共有されていない可能性があります。
🐝 取り組みの効果
今回記事を書くにあたり、メンバーに「8ヶ月間のチームのコミュニケーションへの取り組み」に関するフィードバックを、対面形式でお願いしました。「Kyashにjoinしてから約8ヶ月間のコミュニケーションについて、どう感じたか?」をヒアリングしたものです。
詳細は後述していますが、総じてプラスの効果を感じてもらえたようです!
一例を挙げると、このような変化がありました。
- 相談タイムが呼水となり、Slackのハドルミーティングで気軽に壁打ちしたり、共有し合う習慣が普段から身に付いてきた
個人的には「どんな取り組みをやるか」よりも「その中でのコミュニケーションの取り方」が重要であったと感じています。
🐝 コーチングを取り入れた1on1の実践についてのフィードバック
過去7つの現場の中で、業務委託に対して1on1をしてくれる現場は少なかったのでありがたかった!
現場と言うものはそれぞれに違っていて比較は難しいけれど 「やりたいことは何?」と個人的なキャリアに対して興味を持って、それを現場の仕事に繋げてくれた人は他には居なかった
1on1で個人の目標と仕事を繋げられたことで、モチベーションがあがった。それによって面倒なタスクでもプラスに感じられたし、働きやすくなった
仕事で取り組んだことが、1on1の場で(フィードバックとして意見され)結果を確かめられたのが良かった。また、肯定されたことでやる気が出た
💡 「個人的な目標」は日々の仕事が自分の人生においてどう意味を持つのかを理解するために重要であり、「既にできていることを認めること」は、何が良くて何が悪いのかをはっきり伝えるだけでなく、心の安定にとって重要です
🐝 相談タイムについてのフィードバック
相談タイムで、自分の思っていることの意思表明ができる場があるのがありがたかった。思っていることを発散させるだけでも、心理的にプラスになった
腹の中にあるものを発散できるのが良かった
💡 自分の考えていることを自己表現できることや、相手の考えを聞けることはチームワークにとって大切なことです
他の現場では「知らなかったら聞いて。」だったものが、「問題ない?」と聞きに来てくれるので壁打ちしやすかった
聞きづらい状況がなかった。相談タイムはそのための時間なので、気兼ねなく質問できた
(相談タイムが呼水となって)壁打ちしやすくなった。問題提起(発信)もしやすくなる
💡 枠を用意することでコミュニケーションの敷居が下がり、定期的に実施することでリズムが生まれ、習慣となりました
🐝 壁打ちについてのフィードバック
独りで悩んで抱え込まずに済んで、メンバーと一緒に解決していけるのが良かった
壁打ちすることで課題に対するイメージが付きやすくなった
(壁打ちの頻度が増えたため)情報共有の精度も上がって、コミュニケーションの質があがった。以前より日本語の説明もうまくなったと思う
💡 8ヶ月で「日本語の説明が上手くなった」と感じてもらえたのは嬉しい副作用でした。事前準備なしの、畏っていないコミュニケーションが頻繁に発生したおかげかも知れません
🐝 コーチングの改善点についてのフィードバック
心理的安全性はあったが、目標をアグレッシブに探求するとかはできなったかも
(気持ちが回復するような言葉として)ホイミを掛けてくれることは多かったが、(目標をアグレッシブに探求するための)バイキルトも掛けて欲しい
相談タイムの時間を拡張して、タスクの全てをペアプロでやりたい(もっと進化させたい)
💡 ここは、私はまだうまくできないところです。その人の能力をさらに引き上げるために、どんどんと引き上げていく。そうすることが人が成長する上で必ず良い結果をもたらす事であるのかどうかも、私にはまだわかっていません。引き続き勉強していきたいと思います。
🐝 その他のフィードバック
人となりを知ることで、人を許せるようになった
(チームビルドの取り組みがなかったらどうなっていたか?の返答として)パフォーマンスを出せない局面があったので、その時に辞めていたかも知れない。独りだけで全うするタスクをやっていた期間は、他の期間と比べると責任の重圧を感じてストレスとなっていた
否定から入らないのが大事だと思う。頭ごなしに否定されることはなく、まず肯定してくれて、次に指摘があったのが良かった。自分は材料さえあればできるタイプなので、それに合わせてくれたと思う(自分の性格特性に合わせたコミュニケーションをしてくれたとのこと)
💡 メンバーが持っている能力を発現できるよう、微力ながら後押しできたなら嬉しい限りです🙌
「人と人の相互作用」を良くするために
コミュニケーションや人間関係についても、コンピューターサイエンスと同じで知れば知るほど知らないことが増えていくなぁ...と言う実感です。まだまだ知らないことは山ほどありますが、来年も 人を尊重し、信頼し、勇気付けること をきちんと意識して仕事をいこうと思います。
コーチングで言うところの「共同体感覚」がある状態こそ、健全に機能しているチームではないかと考えるからです。
共同体感覚はアルフレッド・アドラーさんが提唱した概念で、「個人が他者や社会と調和しながら生きていくために必要な基本的な感覚」とされていて、以下の三つの要素で構成されています。
- 自己受容:自分自身をあるがままに受け入れ、欠点や失敗も含めて自分を大切にする感覚
- 他者信頼:他者に対して信頼を寄せること。他人との関係性の中で、安心感や相互理解を持つことが含まれる
- 社会への貢献意欲:社会や他者に対して役立ちたい、貢献したいという気持ち
競争や孤立が強調されると共同体感覚が低下し、孤独感や不安が生まれて自己中心的な行動が増える傾向があるそうです。
講談社 「だから僕たちは、組織を変えていける―やる気に満ちた「やさしいチーム」のつくりかた」
斉藤 徹 著
ISBN: 978-4-295-40625-9
🐝 人を尊重する
「人を尊重する」と言うのは、どんな時でも その人を人として 認識し、大切な個人であることを常に思い出すことです。当たり前ですが、すべての人の人生には特別な物語があります。交換可能な部品や歯車ではありません。
私は、自分のことを「交換可能な部品」と思っている人とは協力(一緒に仕事)をしたくはありません。そうではなく、お互いに 「人生の限られた働ける時間の中で、共に仕事をする機会に恵まれた縁のある仲間だ」 と想うことで、よりやる気が湧いてきます。
協力の大前提はお互いにとってメリットがあることです。それは仕事うんぬん以前に「生き物としての大原則」だと思います。誰しも、自分に害をなすものと(本当の)協力をすることはできません(協力している"フリ"は本当の協力ではありません)。
大槻 久 (著)「協力と罰の生物学」は、生物の協力の仕組みに関して示唆を与えてくれる興味深い著書でした。
岩波科学ライブラリー 「協力と罰の生物学」
大槻 久 著
ISBN: 978-4-00-029626-7
🐝 信頼する
「信頼する」と言うのは、共に働くメンバーが「物事を解決するための資質を備えている」と考えることです。例えば、相手が自分よりも仕事の経験が短かったり、不得意なことがあったりしても「(自分勝手に)不安感や不信感を抱かない」ようにします。
「自分ができることは相手にもできる」、「相手にできることは自分にも(頑張れば)できる」 と信じる方が、お互いにストレスなく挑戦や協力ができると思います。
知らないことは知っている人が教え、慣れないことは慣れた者が一緒にやる。
ただそのようにするだけで、大抵のことは慣れによって誰でもすぐに一定基準までレベルが引き上げられます(向き不向きとはまた違う話です)。
教わる人は新しいやり方を学び、教える人は教え方が学べてwin-winになります。
コーチングでは敢えて直接的な答えを教えずに相手から引き出しますが、それも「答えは相手が既に持っている」と信頼してのことかと思います。
🐝 勇気付ける
「勇気付ける」と言うのは、不安で気後れしてしまっている人に、リフレーミングでポジティブな感情を呼び起こしてもらったり、「失敗すること」を許容すると言うことです。
何かを失敗したことで、必要以上に強く落ち込む人もいます。次回のために省みることは大切ですが、落ち込むこと自体は心のエネルギーを大きく損ないます。心のエネルギーが枯渇することで却って状況を悪くしたり、停滞させることがあります。
本来は失敗自体に気を取られるのではなく、失敗を回復させることにこそ意識を向けるべきです。
「落ち着いてやれば大丈夫だよ。」と言葉を掛けてあげることで、パニック状態になった脳を正常に機能させることができ、早く問題解決ができます。
また、初めての物事やイメージができない仕事に直面した時に、不安になる人もいます。
その人が「できないことでなく」、「できていること」に注目することが大切です。
「これは既にできているから、あとはこれだけできればイケる!」と伝えることで、不安に割かれるエネルギーを減らすことができます。
心のエネルギーは有限ですが、コントロール次第で回復可能なので、「ポジティブな発言」や「落ち着きを取り戻すための言葉」、「失敗を冷静に受け入れて許容する」ことが物事を進めるためには大切だと思います。
さいごに
ITプロダクトにコンピュータサイエンスが必要なのと同じように、人間の協力にも然るべき技術が必要だと思います。その一例として、オープンダイアローグやコーチングの本で学んだことを実践してみた結果をお伝えさせて頂きました。
よりよいプロダクト開発体験による、よりよいプロダクトの開発を目指して、来年もいろいろ取り組んでいきたいと思います!
読んでくださってありがとうございます。
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