競走馬のピッチ走法・ストライド走法の基準となる、コースごとのピッチの高さの基準値
競馬の世界では、馬が走行中に脚の回転が速いとピッチ走法、回転が遅くて一完歩の伸びが大きいとトビが大きいといった表現が使われることがあります。これはつまり、同じスピードで走っているときに、脚の回転数(ピッチ)がどれだけ速いかに注目した分類だと考えられます。
弊社ではこの考え方をもとに、脚の回転が速い走法を「ピッチ走法」、逆に回転が遅い走法を「ストライド走法」と定義し、EQUTUMで計測したデータから、各馬がどちらのタイプに分類されるかを分析・仕分けする取り組みを進めています。
前回の記事では、EQUTUMにおけるピッチの高さやストライドの大きさとは何なのかについて解説しました。
コースごとに基準となるピッチの高さを作る
この記事では、各馬の走法を仕分けるための前提データとして、同じコース・同じスピードで走行している場合における、ピッチの高さの平均値(以下、コース別平均ピッチ)を算出し、グラフとして掲載する。
ちなみに〜ABELにおけるこれまでのピッチ・ストライドに関する分析
データ分析の初期段階
データ分析の初期段階では、1回のコース走行全体における最高ピッチや最大ストライドといった指標を算出していました。しかし、これらの指標は、馬の能力を比較する上でいくつかの課題を抱えていました。
速度依存性: 走行速度が速いほど、最高ピッチや最大ストライドも大きくなる傾向があるため、異なる速度で走行した馬同士を単純比較できない。
コース・馬場状態の影響: 馬場の材質(芝、ダート、ウッドチップなど)やコース形状(坂路、フラットなど)によって、ピッチの高さやストライドの大きさは大きく変動する。このため、異なるコースや馬場状態でのデータを比較することが難しい。
従来から表示している運動系の指標たち
馬ごとのピッチの高さの平均を計算する
対象データ:時速30km以上の走行データ
速度区分:時速1km刻み
馬ごとに、EQUTUM上のすべての計測データの各速度区分におけるピッチの高さの平均値を算出します。下のグラフは、ある馬の速度に応じたピッチの高さをコースごとに表したグラフです。速度が速くなると、ピッチも高くなっていることがわかります。
ある馬の美浦坂路コースと、Dウッドコースの走行時の速度区分ごとのピッチの高さの平均値
コースごとのピッチの高さの平均を計算する
次に、馬ごと・速度区分ごとに集計したピッチの高さの平均値を、今度はEQUTUMでの計測がある全馬について速度区分ごとで集計します。これで、コースごと・速度区分ごとの平均のピッチの高さを算出することができます。
美浦Dウッドコースの速度区分ごとピッチ平均
速度の上昇に伴いピッチの高さも滑らかに上昇する傾向が見て取れ、このグラフが各コースにおける「基準ピッチ」として活用できそうです。
ピッチ平均で明らかになる、コースごとの特性
EQUTUMで計測のある主要コースのピッチ平均
上のグラフを見ると、コースごとにピッチの傾向が大きく異なることがわかります。
特に、赤と青の点線で示されている美浦と栗東の坂路コースでは、他のコースと比べて高いピッチで走る馬が多いことが特徴的です。
東西の坂路コースの比較
美浦坂路と栗東坂路の比較
東西の坂路コースの比較です。栗東坂路のほうが30〜40km/hのあたりでピッチが高くなっています。これは、栗東の坂路は計測区間の序盤に斜度の低い助走区間が設定されているため、そこで一気に加速しようとして多くの馬のピッチが高くなっているものと考えられます。速度が上がるにつれて、美浦坂路との差は小さくなっていきます。
【参考】栗東トレーニングセンターの坂路馬場断面図
東西のウッドチップコースの比較
美浦Dウッドコースと栗東CWコースの比較
東西のウッドチップコースの比較です。美浦のほうが若干ピッチが高い馬が多そうですが、フラットなウッドチップコースであることは共通しているため、類似した傾向を示しています。
南関の競馬場・トレーニングセンターの比較
大井競馬場・船橋競馬場の本馬場、大井競馬小林牧場本馬場の比較
大井競馬場、船橋競馬場、大井競馬小林牧場の本馬場コースはいずれも珪砂(いわゆる白砂)を用いたフラットなダートコースであり、類似した傾向を示しています。
小林牧場について
大井競馬小林牧場とは、中央競馬で言えば美浦トレセンのように、主催者が競馬場の外に作ったトレーニング設備です。下記サイトに詳しい説明が記載されています。
コースごとのピッチの基準値を活かした分析
コースごとのピッチ傾向を分析したことで、速度ごとに明確な基準値を設定することができました。これにより、各馬の走法を比較・評価するための指標として、コース別の平均ピッチを活用できるようになっています。
また、この基準値には馬場状態やコース形状といったコースごとの特性も反映されているため、単に馬同士を比較するだけでなく、「そのコースにおける走り方の違い」といった視点でも分析が可能になります。
たとえば、「同じ速度でも平均よりピッチが高い馬」のように、個々の馬がどのような特性を持っているかを、コース特性を踏まえたうえでデータに基づいて評価できるようになります。
今後は、今回算出したコース別平均ピッチを基に、以下のようなより踏み込んだ分析を進めていく予定です。
- 個々の馬のピッチ特性と、競走成績やコース・距離適性との関連性の分析
- 馬場状態(良、稍重、重、不良)の変化が、コース別平均ピッチに与える影響の調査
- 年齢や成長段階による、コース別平均ピッチの変化の分析
こうした研究を通じて、競走馬の育成や調教に役立つ、より実践的な知見を導き出していきたいと考えています。
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