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【論文紹介】AIエージェントで社会シミュレーション

2025/02/28に公開

こんにちは。ZENKIGENデータサイエンスチームの勝田です。今回は"AgentSociety: Large-Scale Simulation of LLM-Driven Generative Agents Advances Understanding of Human Behaviors and Society"(LLMエージェント大規模シミュレーションによる、人間の振る舞いと社会の理解)という論文を紹介します。自分が面白いと思った箇所を中心に短めに紹介しましたので、気になる方はぜひ原文をあたってください。
チームでXアカウントを運用しており、AIに関する情報を発信していますのでご興味あれば覗いてみてください。

1. 概要

近年、AI技術の急速な進歩によって、人間社会のさまざまな側面をコンピュータ上で再現しようとする取り組みが広がっています。その一つが、複雑な人間行動や社会現象を解き明かそうとする社会シミュレーションです。

この論文では、大規模言語モデル(LLM)を活用した社会シミュレーター「AgentSociety」を提案しています。 AgentSocietyは「LLM駆動のエージェント」「リアルな社会環境」「大規模な相互作用エンジン」を統合することで人間行動と社会動態のシミュレーションを可能にしており、社会科学における実験の制約を克服し、政策立案者や研究者にとって有益なプラットフォームとなることを目指しています。


2. 背景

従来の社会実験の調査には、コスト、倫理問題、サンプル数や調査期間の制約など多くの課題がありました。この課題を解決するべく、数式やルールでエージェント(模擬的な“人”)を動かし、その相互作用から社会現象を解明しようとするアプローチ = 社会シミュレーションが(Agent-Based Modeling(ABM)や複雑系科学の一部として)研究されてきました。しかし、こうした手法では「そもそもエージェントにどんな行動ルールを与えるか」の設計が困難であり、人間の多様な行動を包括的に再現するのは簡単ではありませんでした。

近年、LLMの発展によって人間らしい言語理解・生成が可能となったため、エージェントの行動を自然言語で柔軟に制御できる可能性が拓け、「LLMを“脳”として組み込み、人間に近い認知や判断をするエージェントを作る」という研究が世界的に注目を集めています。


3. AgentSocietyの説明

本論文で提案されているAgentSocietyは、以下の3要素を統合したシステムです。

  1. 人間を模擬したLLM駆動のソーシャルエージェント
  2. 現実に近い社会環境
  3. 大規模シミュレーションエンジン

3-1. LLM駆動のソーシャルエージェント


図1. LLM駆動エージェントの概要。属性・特性、心理プロセス、行動が定義されており、相互作用することでそれぞれの状態が変化することで、人間の社会的活動をシミュレートする。

AgentSocietyの核となるのは、LLMをベースに作られたソーシャルエージェントです。従来の「数値的な状態」しか持たないエージェントではなく、感情、欲求、認知といった心理学的要素を内部に組み込み、自然言語を通して人間らしい意思決定や行動を行う点が最大の特徴です。

エージェントが行う主な行動として

  • モビリティ(移動)
    • 日常の通勤・買い物など物理的な移動や交通手段
  • ソーシャル(社会的やり取り)
    • 友人・家族とのコミュニケーション、SNS的なメッセージ送受信など
  • 経済活動(雇用・消費)
    • 仕事をして給料を得る、買い物をする、税金を払う

をモジュール化しており、それらをエージェント自身の感情や欲求が動機となって起こるように設計されています。これにより、単なる乱数や静的ルールではなく、人間を模擬した感情に基づいた行動がシミュレーション可能になります。


図2. 社会的活動のモデリング。個別エージェントの状態・活動から他のエージェントとの繋がりが相互に発展していく過程をシミュレートする。

3-2. 現実に近い社会環境


図3. 社会環境の概要。都市空間、ソーシャル空間、経済空間が設計されている。

エージェントが活動する社会環境は、以下の3区分で設計されています。

  • 都市空間
    • 実際の地図データに基づき、道路網・建物情報・POI(Point of Interest)などの配置
    • エージェントの移動による所要時間、交通費、天候や道路状況の考慮
  • ソーシャル空間
    • オンラインSNS上でのメッセージのやり取りや投稿を再現
    • “Supervisor”という管理者を介した誹謗中傷メッセージの検閲・フィルタリング
  • 経済空間
    • 企業の賃金支払い、消費と生産、銀行の利子、政府の課税などのマクロ経済要素の組み込み
    • 雇用による収入、消費・貯蓄、税金を納めるなど、エージェントの経済活動の組み込み

3-3. 大規模シミュレーションエンジン

数千〜数万におよぶエージェントが同時並行で動作し、環境シミュレータと大量のメッセージをやり取りするために分散並列処理の仕組みを導入。またMQTTという軽量プロトコルを活用したメッセージシステムにより、エージェント同士がまるでSNSのように情報を交換し合います。

さらに社会科学実験に使える ツールボックス(インタビュー・サーベイ・介入) も豊富に用意されて、エージェントに対してアンケートを送って回答を得ることで、心理状態や意見分布を分析したり、強制的にエージェントの設定を書き換える「介入実験」なども可能となっています。


4. 主な実験と結果

本論文ではAgentSocietyを使い、以下の4つの社会問題について社会シミュレーションを行っています。

4-1. 社会的分極(Polarization)

検証項目

  • 大規模なエージェントネットワークを構築し、エージェント間の意見交換や情報共有をモデル化。現実社会で観察されるような意見の偏りや対立の激化の再現
  • 「銃規制」の賛否をテーマに、エージェント同士がSNS上で討論を行うとどのように意見が分極するか検証

結果

  • 同質的な意見ばかりに触れる「エコーチェンバー」が拡大すると、意見対立が加速することが示された
  • 異なる意見を強制的に混ぜる政策を導入すると、過度の分極を抑制できる可能性の示唆


図4. 銃規制への意見変化の実験結果。左から、(a) 自由に議論、(b) 似た意見の人と議論、(c) 異なる意見の人と議論の図。似た意見の人との議論では分極が大きくなり、異なる意見の人と議論することで分極が小さくなることが示された。

4-2. 扇情的メッセージの拡散

検証項目

  • 扇情的な情報(炎上コンテンツ)がソーシャルメディア上でどのように拡散し、人々の感情や行動に影響を与えるかを検証
  • チェーンウーマン事件(中国の徐州で鎖に繋がれた女性の事件)での実験

結果

  • 扇情的なメッセージは通常のコンテンツよりも強い拡散力を持つことが示された
  • 感情的な強度を緩和する対策として、「特定ユーザーの利用停止(ノード単位)」と「特定の接続遮断(エッジ単位)」を比べたところ、ノード単位のほうが拡散抑制に有効であるとの示唆
  • エージェントへのインタビューの結果、扇情的なメッセージの共有は、感情的な反応と社会的責任感によって動機づけられていることが明らかになった


図5. チェーンウーマン事件に対するエージェント意見のワードクラウド。人身売買や人権侵害、当局の責任、情報共有と拡散、そして社会変革への呼びかけといったテーマが集中的に言及。

4-3. ベーシックインカム(UBI)の効果

検証項目

  • ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)政策が、経済や社会に与える影響の検証
  • 人口分布や所得データに基づいたテキサス地域を例に、ユニバーサル・ベーシックインカムを導入した際の消費や精神的健康、マクロ経済指標(GDP等)の変化を追跡

結果

  • UBIなしの場合と比べて、消費レベルの上昇や抑うつリスクの低減が確認。実際にテキサスで行われたUBI実証実験の傾向とも合致する結果が得られた
  • UBI政策に関するエージェントの意見を分析した結果、政策の影響は、金利、長期的な利益、貯蓄、生活必需品などの重要な要素に関連していることが示さた


図6. UBI政策に対するエージェント意見のワードクラウド。ネガティブ金利を用いた経済刺激策と、ユニバーサル・ベーシックインカムによる生活保障や再分配政策という2つの主要テーマが軸となっている。これらがもたらす貯蓄行動への影響、生活必需品の確保、長期的な経済・社会への効果、インフレや財政負担など、幅広い観点から議論されていることを示唆している。

4-4. ハリケーン等の外的ショック

検証項目

  • 自然災害などの外部からのショックが、社会や経済に与える影響の検証
  • 2019年に米国南東部を襲ったハリケーン・ドリアンを事例とした実験

結果

  • ハリケーンがエージェントの移動行動に大きな影響を与え、ハリケーンの接近に伴い活動レベルが低下し、通過後に徐々に回復する様子が再現
  • 実際のデータとシミュレーション結果を比較した結果、エージェントは環境情報に基づいて移動需要を効果的に適応させることができ、極端な気象現象に対する人間の行動を模倣できることが示された


図7. ハリケーン到来時の人々の活動量。青:現実、赤: シミュレーション。活動量の低下を再現できていることがわかる。


5. まとめと感想

今回紹介したAgentSocietyのように、大規模なLLMエージェント社会シミュレーションを実装することで、従来ではコストや倫理面の制約が大きかった多様な社会実験を仮想空間で実施できる時代になりそうですね。ネット社会における分極化や炎上メッセージの拡散、ベーシックインカムの政策評価、自然災害時の避難行動シミュレーションなど、幅広いシナリオに対応し、実社会で観測される現象と類似したパターンを示している点は興味深いです。

今後は、税制改革・交通施策・福祉政策といった社会管理から、災害対応やパンデミック対策、そしてAIエージェントとの共生社会に至るまで、より複雑な課題や多様なシナリオにも対応できる可能性が大いに期待されます。こうした研究開発が進むにつれ、「実社会を仮想上で創り出す」発想を活かした新しいアプローチが都市計画や医療政策、企業戦略など様々な分野に普及し、意思決定の精度や安全性を高めるうえで重要な役割を果たしていくのかもしれません。

LLMで顕わに記述したものが、どの程度、人間を模倣できるのか?これは難しい問いですが、意外と人間の活動は単純なルールで動くケースも多いことが知られています。一方で、そこからこぼれ落ちる側面もあります。どのようなケースでAIの結果を信じ使うのか?活用する側の倫理や信念がより問われる時代になりそうです。

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