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総合テスト設計:品質を確実にするための網羅的なテスト手順

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はじめに:DX時代におけるテストの役割

現代のシステム開発、特にDX時代においては、アジャイルやアジリティ、そして「価値」や「ユーザー」といったキーワードが重視されています。ソフトウェアが重要な社会基盤を担う現代において、不具合が生活に多大な影響を与えるリスクが高まっており、テストは品質保証の**「最後の砦」**としての使命を担っています。

効果的な総合テスト設計を確立するためには、網羅的な観点設定、適切なテスト設計技法の適用、そしてリスクを考慮した手順の明確化が不可欠です。

1. 総合テストにおける主要なテスト観点(品質特性)

総合テストでは、システム全体が要求された品質特性を満たしているかを確認します。品質特性の体系的な整理には、SQuBOK(ソフトウェア品質知識体系ガイド) やISO/IEC 25010などが参照されます。

テスト観点 検討事項のカテゴリ 関連する知識領域
機能適合性 (Functional) 仕様通りに機能が動作するか、結合部分のデータのやり取りの正確性。 テストの技法
信頼性・性能効率性 (Efficiency & Reliability) 処理時間、スループット、リソース利用率が規定値を満たすか。長時間の連続稼働(信頼性)。 品質分析および評価の技法
使用性 (Usability) ユーザーインターフェースや操作のしやすさ。実際のユーザー層で評価を行う。 ユーザビリティ
セキュリティ (Security) 脆弱性の有無、不正アクセス耐性など。 セキュリティ
専門的品質特性 人工知能システムにおける品質IoTシステムにおける品質など、特定の技術分野の品質要件。 人工知能システムにおける品質

2. テスト手順の設計原則と具体的な記載方法

テスト手順は、単なる操作手順ではなく、テストオラクル(期待結果)を明確に定義し、テストベースの情報を効率よく検証できるように設計する必要があります。

A. 機能/性能テストの設計技法

  1. テストケース粒度の決定
    テストケースの最小粒度を、トランザクションフロー中の分岐・結合点での網羅テストや、データアクセスを伴う機能の組合せとして定義することで、粒度を統一できます。
  2. テスト入力値の選定
    テスト設計の前提条件として、仕様には同値分割や境界値分析を実施するための情報が記載されているべきです。テスト計画では、これらの技法の実施を要求し、さらに具体的な指標として、プログラム規模あたりのテスト項目件数や異常値テストの割合の目標値を設定します。
  3. 品質シナリオによる非機能要求の明確化
    性能や保守性といった非機能要求は、品質シナリオ(刺激源、環境、刺激、応答、応答測定法)を用いて明確化されます。
    • 例(性能効率性):「(環境)通常稼働時に(刺激)JMeterで高負荷をかけた場合(応答)HTTPリクエストを秒間1000トランザクション処理できる」といった応答測定法を含めて定義します。
    • 例(保守性):「(環境)通常稼働時に(刺激)リダイレクト情報に変更があった場合(応答)運用を止めずに反映できる」ことを確認する手順を作成します。

B. AI/不確実なシステムにおける手順設計

AIシステムは結果が曖昧になりがちなため、従来のテスト技法に加え、特殊な評価手法が必要です。

  1. 疑似オラクル(Pseudo-oracle)

AIシステムや機械学習モデルから得られる出力は、入力の多様性や確率的挙動のため、すべての可能な入力に対して正しい期待値(テストオラクル)を明確に定義するのが困難であり、定義できたとしても非常にコストがかかります。

疑似オラクルは、このような場合に比較対象として用意される参照実装やデータであり、別の実装古いバージョン、またはルールベースの実装と比較することで、テストケースの数を限定せざるを得ない状況下で、多数かつ多様な入力に対してテストを実施することを可能にします。

シナリオと擬似コード例

シナリオ:画像認識システムの比較検証

新しいディープラーニングモデル(M_{new})が導入されましたが、すべての入力画像に対する期待値を手動で定義するのは不可能です。そこで、精度は劣るものの安定している古いバージョンのモデルM_{old})を疑似オラクルとして利用し、M_{new} の出力との差異が大きいケースを重点的に分析します。

テスト要素 内容
テスト対象 新しい画像分類モデル M_{new} (例: 猫/犬/鳥の分類)
疑似オラクル 古い画像分類モデル M_{old} または ルールベースの分類器
手順 M_{new}M_{old} の分類結果を比較し、差異が大きい(例:分類結果が異なる、または信頼度スコアの差が大きい)データを抽出・分析する。

擬似コード例(Python風)

FUNCTION pseudo_oracle_test(M_new, M_old, input_data):
    // 新しいモデル M_new による予測結果と信頼度
    (result_new, confidence_new) = M_new.predict(input_data)
    
    // 古いモデル M_old (疑似オラクル) による予測結果
    (result_old, confidence_old) = M_old.predict(input_data)
    
    // 1. 分類結果が異なる場合をチェック(不一致はエラー候補)
    IF result_new != result_old THEN
        PRINT "ERROR CANDIDATE: Classification mismatch."
        PRINT "New Model: " + result_new + ", Old Model: " + result_old
        RETURN FALSE
    
    // 2. 信頼度スコアの差が閾値を超えている場合をチェック(分析対象)
    confidence_difference = ABS(confidence_new - confidence_old)
    IF confidence_difference > THRESHOLD THEN
        PRINT "INSIGHT REQUIRED: High confidence difference detected."
        // このデータを特定し、人間が原因分析を行う
    
    RETURN TRUE

// 備考: サーチベースドテスティング (Search-Based Testing) も疑似オラクルの一種として用いられ、
// 進化計算を用いてエラー/差異が大きいテストケースを探索します。
  1. メタモルフィックテスティング(Metamorphic Testing, MT)

AIモデルの精度は100%ではないため、出力が期待値と異なっても直ちにコーディングエラーとは断定できません。MTは、**「入力に一定の変化を与えた場合、出力にも理論的に予想可能な変化が生じる」**という関係(メタモルフィック関係)を利用して、テストの正否を判断する手法です。この関係が成り立たない場合、実装上の欠陥の存在を示すか、または実装モデルに対する理解が間違っていたことを示唆します。

MTは、特に**モデルの頑健性(ロバストネス)**を、入力外乱に対する耐性をチェックすることで評価するのに使用されます。

シナリオと擬似コード例

シナリオ:自然言語理解(NLU)モジュールの頑健性テスト

スマートスピーカーのNLUモジュールが「明日の天気は?」という発話から「天気予報」のインテントと「日付=明日」というスロット情報を抽出するとします。日本語の場合、語順を変えても意味が変わらない場合があるというメタモルフィック関係を利用し、同様の出力を期待します。

テスト要素 内容
テスト対象機能 NLUモデル (例: 天気予報の意図抽出)
入力 I "明日の青森市の天気は?" (In: I)
メタモルフィック関係 日本語では、場所と日付の語順を入れ替えても意味が変わらない場合がある。
変換後の入力 I' "青森市の明日の天気は?" (In: I')
期待される出力 O' II' の両方で、天気予報の意図と、場所(青森市)、日付(明日)が正しく抽出されること(出力が意味的に同じ)。

擬似コード例

MTでは、特定の変換(t)が入力に適用されたとき、出力(f(x))に期待される関係(g)が成り立つかを確認します。

FUNCTION metamorphic_test_NLU(NLU_model, input_A):
    // 変換t: 「明日の青森市」 -> 「青森市の明日」
    input_A_prime = apply_transformation(input_A, "swap_day_place")
    
    // 変換前の出力 (インテント/スロット抽出)
    output_A = NLU_model.process(input_A) 
    //: {intent: "GET_WEATHER", location: "青森市", date: "明日"}
    
    // 変換後の出力
    output_A_prime = NLU_model.process(input_A_prime)
    
    // メタモルフィック関係 g の確認: 出力の内容が意味的に一致すること
    // g(output_A) = output_A_prime
    IF output_A.intent == output_A_prime.intent AND \
       output_A.location == output_A_prime.location AND \
       output_A.date == output_A_prime.date THEN
        RETURN "PASS: Metamorphic Relation holds (Robust)."
    ELSE
        RETURN "FAIL: Metamorphic Relation violated (Potential defect/fragility)."

// MTのその他の例として:
// 1. 画像分類: 画像を回転または鏡像反転しても、分類結果(例:猫)は変わらないはず。
// 2. 検索システム: 検索キーワード A の結果数 ≧ (キーワード A かつ B) の結果数。
  1. 頑健性検査(Robustness Testing)

概要

AIシステムにおいて、頑健性とは、ノイズに対するモデルの耐久性を意味します。頑健性検査は、微細なノイズ付加や環境変化など、出力に大きな変化を与えないはずの入力変化をテストデータに加えて、出力が大きく変わらないことを評価する手法です。これにより、運用環境で存在する可能性のある外乱の影響が十分少ないかを評価したり、リスクを把握したりできます。

特に画像認識では、照明の変化、雨や霧の合成、部分的な欠損や歪みといった入力変更が検討されます。

シナリオと擬似コード例

シナリオ:自動運転システムにおける画像認識モデルの評価

自動運転車が歩行者を識別するモデル(M)をテストします。ここでは、画像に人間には識別できない程度の微細なノイズ(敵対的サンプルの一種)を加えることで、モデルの頑健性を評価します。

テスト要素 内容
テスト対象 歩行者/非歩行者を分類する画像認識モデル M
入力 I 正常な歩行者の画像 I (結果: 歩行者, 信頼度99%)
変換 t I に人間の知覚できない微細なノイズ \delta を追加し、敵対的サンプル I' を作成する。
期待される結果 O' I' の画像に対しても分類結果が「歩行者」のままであり、信頼度が著しく低下しないこと。

擬似コード例

FUNCTION robustness_test_image(Model, original_image, noise_level):
    
    // 1. ノイズの生成と付加
    noise = generate_noise(original_image, noise_level) 
    noisy_image = original_image + noise
    
    // 2. オリジナル画像の予測結果を取得
    (original_class, original_confidence) = Model.predict(original_image)
    
    // 3. ノイズ付加後の予測結果を取得
    (noisy_class, noisy_confidence) = Model.predict(noisy_image)
    
    // 4. 期待値の確認: 分類結果が維持されているか、信頼度が許容範囲か
    IF noisy_class != original_class THEN
        PRINT "ROBUSTNESS FAILURE: Classification changed due to noise."
        RETURN FALSE
    
    IF noisy_confidence < MIN_ACCEPTABLE_CONFIDENCE THEN
        PRINT "ROBUSTNESS WARNING: Confidence dropped significantly."
        RETURN FALSE
    
    RETURN TRUE
  1. N-ステップ評価 (N-step evaluation)
    期待結果が曖昧なテスト項目については、4段階や5段階などのN-ステップ評価を提案します。複数の調査参加者にテスト項目を実行させ、意図通りかをN段階スケールで評価してもらい、その中央値や平均値を指定された基準と比較して検証します。
  2. 学習プロセスの妥当性確認
    学習プロセスが適切に進んだか、局所最適に陥らなかったかを確認したり、汎化性能の測定方法を決定し、交差検証を行う際、訓練データセットの多様性を確保することも重要です。

3. テスト設計・手順作成を成功させるためのコツ

テストの成功は、単にテストケースの数だけでなく、プロセス全体への取り組みにかかっています。

  1. プロセス改善の早期着手
    品質保証活動は、要求や要件を検討する超上流工程から開始することが不可欠であり、テスト担当者が早期から参加する必要があります。開発の健全性と進捗を示す「アルファ」の一つとして要求が挙げられており、要求分析の段階からテスト設計を展開する事例が報告されています。
  2. 標準化と知識体系の活用
    テスト設計やプロセス改善に際しては、SQuBOKJSTQB(テスト技術者資格制度)のシラバスなどの知識体系を活用することが有効です。また、ISO/IEC/IEEE 29119規格はソフトウェアテストの文書化に関する情報を提供しています。
  3. リスクと進捗のマネジメント
    テスト計画には、テストの進捗と不具合の収束状況の管理を含めることが重要です。
  4. 非機能要求のグレード化
    ITインフラや性能の品質を考える際には、IPAの「非機能要求グレード」を参照し、非機能要求項目を網羅的にリストアップし、要求レベルを段階的に示しておくことが推奨されます。

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