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ERC-6909はDeFiを通じてEthereumのスケーラビリティを向上させる

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Ethereum(イーサリアム)は、スマートコントラクトを活用した分散型アプリケーション(DApps)の基盤として、世界中で広く利用されています。しかし、その人気ゆえにスケーラビリティ(拡張性)の課題が浮上しています。こうした中、新しいトークン規格「ERC-6909」が、DeFi(分散型金融)を通じてEthereumのスケーラビリティを劇的に向上させる可能性を示しています。この記事では、ERC-6909の概要と、それがどのようにしてEthereumのスケーラビリティ問題を解決し、DeFiの未来を切り開くのかを解説します。

1. Ethereumが抱えるスケーラビリティの課題

Ethereumは、DeFiやNFT(非代替性トークン)などのアプリケーションを支える主要なプラットフォームですが、ネットワークの成長に伴い、いくつかの課題が顕在化しています。特に注目されるのは「状態肥大化(State Bloat)」と呼ばれる問題です。

状態肥大化とは?

Ethereumのブロックチェーンは、すべてのスマートコントラクトやトランザクション履歴を永久に保存します。そのため、ネットワーク上にデプロイされるスマートコントラクトが増えるほど、ノード(ネットワーク参加者のコンピュータ)が保存・処理するデータ量が増加します。これが状態肥大化です。

例えば、Ethereumの代表的なトークン規格であるERC-20では、1つのトークンにつき1つのスマートコントラクトが必要です。仮に数百万のERC-20トークンがデプロイされると、それぞれのコントラクトが数KBのストレージを占有し、合計で数GB以上のストレージが必要になります。これにより、ノードの負担が増大し、ネットワーク全体の効率が低下するだけでなく、ガスコスト(トランザクション手数料)も上昇してしまいます。

スケーラビリティ向上の必要性

状態肥大化は、Ethereumのスケーラビリティを制限する大きな要因です。DeFiアプリケーションでは、トークンの転送やスワップ(交換)、流動性提供など、頻繁にスマートコントラクトが呼び出されるため、効率的なストレージ管理とガスコストの削減が求められます。こうした課題を解決する一つの鍵として、ERC-6909が注目されています。

2. ERC-6909とは?その特徴と利点

ERC-6909は、2023年4月にEthereum Improvement Proposal(EIP)として提案された「Minimal Multi-Token Interface(最小限のマルチトークンインターフェース)」です。以下にその主な特徴を紹介します。

シングルトンコントラクトによる効率的なトークン管理

ERC-6909の最大の特徴は、1つのスマートコントラクト(シングルトンコントラクト)で複数のトークンを管理できる点です。従来のERC-20では、各トークンごとに個別のスマートコントラクトをデプロイする必要がありましたが、ERC-6909では1つのコントラクトで複数のトークンを扱えます。

これにより、ストレージ使用量が劇的に削減されます。例えば、ERC-20トークンの平均サイズが約3KBだとすると、100万トークンで約3GBのストレージが必要になります。一方、ERC-6909では、1つのコントラクト(数KB程度)で同じ数のトークンを管理できるため、ストレージの効率が飛躍的に向上します。

ERC-1155からの進化

ERC-6909は、既存のマルチトークン規格であるERC-1155を簡略化したものです。ERC-1155は、バッチ転送(複数のトークンを一度に操作する機能)やコールバック(トークン受信時に特定の関数を呼び出す機能)を必須としていましたが、これらがガスコストやストレージ使用量の増加を引き起こしていました。ERC-6909では、これらの機能を排除し、よりシンプルで効率的な設計を実現しています。

具体的には、ERC-6909は「safeTransfer」や「safeTransferFrom」といったコールバックを必要とするメソッドを廃止し、外部コントラクトへの呼び出しを最小限に抑えることで、ガスコストを削減します。また、コントラクトサイズ自体も小さくなり、デプロイコストが低減されます。

ハイブリッド型承認システム

ERC-6909は、トークンの許可(承認)システムを改良し、きめ細かい権限管理が可能です。従来のERC-1155では、1人のオペレーターがすべてのトークンに対して無制限の権限を持つ仕組みでしたが、ERC-6909ではトークンごとに個別に権限を設定できるため、スケーラブルで安全な運用が実現されます。

2.5. 検証:ERC-6909のガス効率とストレージ削減効果

ERC-6909がERC-20と比較して、デプロイコストと各操作のガス消費量をどの程度削減できるかを検証しました。検証結果を以下の表と詳細な分析で示します。

(検証結果サマリ)


https://github.com/yuu11111/erc-6909-gas

詳細な検証結果と分析

1. デプロイコストの劇的な削減

ERC-20コントラクトのデプロイコストが 1,905,589ガス であったのに対し、ERC-6909コントラクトのデプロイコストはわずか 8,753ガス でした。これは、ERC-6909が「シングルトンコントラクト」として単一のコントラクトで複数のトークンを管理できる設計を採用しているため、デプロイにかかるガスが劇的に削減されることを明確に示しています。削減率は約99.5%に達し、新しいトークンの発行やDeFiプロトコルの立ち上げにおける初期コストを大幅に低減できることがわかります。

2. 単一操作におけるガス消費量の比較

単一のトークン操作においては、ERC-6909はERC-20と比較して若干ガス消費量が増加する傾向が見られました。

  • Transfer: ERC-6909のmeasureERC6909Transferが61,314ガスであるのに対し、ERC-20のmeasureERC20Transferは59,618ガスで、ERC-6909の方が1,696ガス高くなっています。
  • Approve: ERC-6909のmeasureERC6909Approveが52,504ガスであるのに対し、ERC-20のmeasureERC20Approveは51,866ガスで、ERC-6909の方が638ガス高くなっています。
  • TransferFrom: ERC-6909のmeasureERC6909TransferFromが61,115ガスであるのに対し、ERC-20のmeasureERC20TransferFromは60,132ガスで、ERC-6909の方が983ガス高くなっています。

これは、ERC-6909が内部でトークンIDの管理や状態の更新を行うための追加のロジックを必要とするためと考えられます。しかし、このわずかな増加は、後述するバッチ処理や複数トークン管理のメリットによって十分に相殺されると考えられます。

3. ERC-6909がDeFiにもたらすスケーラビリティ向上

ERC-6909は、DeFiアプリケーションにおいてスケーラビリティと効率性を向上させるための強力なツールです。以下に、具体的な利点を挙げて説明します。

ストレージ使用量の削減

DeFiでは、トークンの作成や管理が頻繁に行われます。ERC-20の場合、トークンごとに新しいコントラクトをデプロイする必要があるため、ストレージ使用量が急速に増加します。一方、ERC-6909では、シングルトンコントラクトで複数のトークンを管理できるため、ストレージの増加を抑え、状態肥大化を軽減します。

例えば、Uniswapのような分散型取引所(DEX)では、膨大な数のトークンペアが作成されます。従来の方法では、各ペアごとに新しいコントラクトが必要でしたが、ERC-6909を活用すれば、1つのコントラクトで複数のペアを管理できます。これにより、ストレージコストが大幅に削減され、ネットワーク全体の効率が向上します。

ガスコストの削減

DeFiアプリケーションでは、トークンの転送やスワップ、流動性提供などの操作が頻繁に行われます。ERC-20を使用する場合、外部コントラクトへの呼び出し(例:トークンの転送時に呼び出されるtransfer関数)が発生し、ガスコストが増加します。さらに、トークンによっては独自のロジック(例:USDCのブラックリスト機能)が組み込まれており、ガスコストがさらに増大することがあります。

ERC-6909では、トークンの操作(例:ミントやバーン)が内部的な処理として完結するため、外部コントラクトへの呼び出しが不要です。これにより、ガスコストが一定かつ低く抑えられ、DeFiアプリケーションの効率性が向上します。

ZAMMプロトコルによる実用例

ZAMM(zenAtomic Market Maker)は、ERC-6909を活用したシングルトンコントラクトの一例です。ZAMMは、Uniswap V2スタイルのマーケットメーカー(市場形成者)を実装し、ガスコストを最小化する設計が特徴です。ERC-6909を使って流動性シェアやカスタムトークンを1つのコントラクトで管理することで、効率的なトークンスワップを実現しています。

ZAMMでは、トランジェントストレージ(一時的なストレージ、EIP-1153に基づく)を活用し、外部転送を減らして連続したスワップを可能にしています。また、CREATE3という技術を使って、すべてのEVMブロックチェーンで同一のコントラクトアドレスを保証し、チェーン間での一貫性のある運用を実現しています。こうした仕組みは、ERC-6909のスケーラビリティ向上効果を最大限に引き出す例と言えるでしょう。

Uniswap v4との統合

Uniswap v4もまた、ERC-6909を採用してガス効率を向上させています。従来のUniswapでは、トークンの転送や償還時に外部コントラクトへの呼び出しが必要でしたが、Uniswap v4ではシングルトンコントラクト(PoolManager)を用いてすべての流動性プールを管理します。ユーザーはERC-6909トークンをミント・バーンするだけで操作を完結できるため、ガスコストが大幅に削減されます。

4. DeFiとEthereumの未来に対する影響

ERC-6909がDeFiにもたらすスケーラビリティ向上は、Ethereumのエコシステム全体にポジティブな影響を与えるでしょう。

DeFiの成長を加速

DeFiアプリケーションは、トークンの管理や流動性提供において高い効率性を求められます。ERC-6909により、ストレージ使用量とガスコストが削減されることで、新たなDeFiプロジェクトの開発が促進されます。特に、トークンペアの数が膨大になるDEX(分散型取引所)や、複数のトークンを扱うプロトコル(例:ステーキングやレンディング)において、ERC-6909は大きな価値を発揮します。

状態肥大化の軽減

Ethereumの状態肥大化問題は、ネットワークの長期的な持続可能性にとって重要な課題です。ERC-6909が広く採用されることで、ストレージ使用量の増加が抑えられ、ノードの負担が軽減されます。これにより、ネットワーク全体の効率が向上し、Ethereumがより多くのユーザーをサポートできるようになります。

開発者コミュニティの注目

ERC-6909は、開発者の間でも注目を集めています。シンプルで効率的な設計は、スマートコントラクトの開発を容易にし、新たなイノベーションを生み出す土台となります。今後、ZAMMやUniswap v4のようなプロジェクトが増えることで、ERC-6909がDeFiのスタンダードとなる可能性も考えられます。

5. 結論

ERC-6909は、シングルトンコントラクトによるマルチトークン管理、ガスコストの削減、ストレージ使用量の劇的な削減を通じて、Ethereumのスケーラビリティを飛躍的に向上させる可能性を秘めています。DeFiアプリケーションにおいて、ストレージ効率とガス効率の向上が実現することで、ユーザー体験が向上し、ネットワーク全体の成長が促進されるでしょう。

ZAMMやUniswap v4のようなプロジェクトがERC-6909を活用し、効率的でスケーラブルなトークン管理を実現していることは、すでにその価値を証明しています。Ethereumの未来において、ERC-6909はDeFiの基盤を強化し、ネットワークのスケーラビリティ問題を解決する重要な一歩となるでしょう。

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