技術者倫理を学んでみた
序論
ITエンジニアは自身のスキルや知識によって待遇が上がることもあり、能力を過信して横柄な態度に出てしまうこともあるなと最近SNSの炎上とかを見て思うようになりました。
技術的好奇心を優先してしまい、公共への配慮がない倫理観の欠如する話を目にしたとき、ITエンジニアに求められる倫理観ってなんだろうかと考えました。
調べてみると技術者倫理という技術者が守るべき行動規範がガイドラインとして定められており、日本では札野順氏[1]による専門とする大学講義もあります。
ITエンジニアというよりは工学技術者が遵守する倫理ですので、ITエンジニアが完全に当てはまるものではありませんが、共通する部分や共感できるポイントがありましたのでオンライン講義を視聴してみた感想などを書いてみようと思います。
対象読者
- 技術者倫理について興味がある人
技術者について
そもそも技術者とはどのような人々・職業を指すのでしょうか。
科学、コンピューティング、エンジニアリングなどの高等教育課程を認定する組織Accreditation Board for Engineering and Technology(ABET)[4]によると技術者とは以下のスキルを満たす人々であると定義しています。
The profession in which a knowledge of the mathematical and natural sciences gained by study, experience, and practice is applied with judgment to develop ways to utilize,economically, the materials and forces of nature for the benefit of mankind.[5]
DeepL訳)
学問、経験、実践によって得た数理科学と自然科学の知識を、判断力をもって応用し、自然の素材や力を経済的に利用する方法を開発し、人類のために役立てる職業。
人類のために役立てるという表現はいいなと思いました。技術を学ぶということ誰かから教えを乞うというこどえあり、学んだ技術を用いて人々の役に立てられるなら恩返しという気持ちにもなれます。
これを踏まえて技術者倫理とは何かについてみていきます。
技術者倫理とは
技術者倫理はアメリカ合衆国から始まった概念であり、米国電気電子学会(IEEE)[6]では技術者倫理[7]について以下のように述べています。
- To uphold the highest standards of integrity, responsible behavior, and ethical conduct in professional activities.
- To treat all persons fairly and with respect, to not engage in harassment or discrimination, and to avoid injuring others.
- To strive to ensure this code is upheld by colleagues and co-workers.
DeepL訳)
- プロフェッショナルな活動において、最高水準の誠実さ、責任ある行動、倫理的行動を堅持すること。
- すべての人を公平かつ尊重し、ハラスメントや差別に関与せず、他者を傷つけないこと。
- 本規範が同僚や同僚によって守られるよう努力すること。
日本では日本技術士会[8]が技術士倫理綱領[9]の本文第1条でこのように述べています。
- 技術士は、公衆の安全、健康および福利を最優先する。
技術者は人々や公衆へ害をなす存在であってはならないものでなければなりません。
講義の中で札野氏はよりかみ砕いて説明されてました。
技術者が、ある社会集団において、研学・経験・実務を通して獲得した数学的・科学的知識を駆使して、⼈類の利益(=価値)のために⾃然の⼒を経済的に活⽤する上で必要な⾏為の善悪、正不正や、その他の関連する価値に対する判断を下すための規範体系の総体、ならびに、その体系の継続的・批判的検討。さらに、この規範体系に基づいて判断を下すことのできる能⼒。[10]
こう聞くと私の中の倫理のイメージとは少し離れた定義だったと感じました。
倫理と聞くと何かを守る、何かをしてはいけないというものを連想しましたがそれは予防倫理という倫理の中の1つの側面でしかないそうです。
予防倫理ともう1つの倫理志向倫理について述べていきます。
予防倫理と志向倫理
先に述べた通り倫理には2つの観点があります。
予防倫理とはやってはいけないこと、守らなければならないことを強調し、事故や不祥事を起こさないように考えることを予防倫理と呼びます。
一方、技術者として何ができるか、何をすることがよいことなのかを考えることを志向倫理と呼びます。
比較表[11]
志向倫理 | 予防倫理 | |
---|---|---|
側面 | 善・正 | 悪・不正 |
目的 | 優れた意思決定と行動を促す | やってはならないことや守るべきことを示す |
方向 | 福利への貢献 | 安全・健康の確保 |
傾向 | 外向き | 内向き |
効果 | 鼓舞・動機づけ | 萎縮 |
システム運用でもただ保守メンテナンスするだけでなく、改善することでより良い方向にシステムを持っていく攻めの運用[12]みたいな考えがありなんだかそれと少し似ている気がします。
冒頭で述べた通り技術者は技術を用いて人々のために役に立つ職業であるにも関わらず、予防倫理ではやってはいけない、規則を守らなければならないとなれば受け身な行動しかできません。
システム運用も同じでただメンテナンスして許可されたこと以外何もしてはいけないならモチベーションが下がり、楽しくなくなります。
これを運用改善ととらえて現状を維持するのではなくより良くしようと新しい価値を提供することで、企業や利用者への貢献になり楽しさも見いだせるものとなると私は考えています。
講義のまとめではこう述べています。
- 倫理とは幸せのために何をなすべきかと考え、実行することである。
- 倫理的に仕事をすることで社会に福利をもたらし、技術者自身も幸せになれる。
所感
1か月半くらいのスローペースでオンライン講義を受講して技術者倫理とは何かについて学びました。
冒頭でも述べたとおり、ITエンジニアというより工学技術者向けの倫理綱領が中心でしたがそれでも今の私の仕事に通じる部分もあり学びになりました。
私の仕事もプロダクトが安心して稼働できるように技術的負債の解消や運用業務改善をメインとしていますが、決まり事を守るのではなく逆に今ある仕組みをより良いものに変更するのは楽しくやる気に満ち溢れるのでとても共感できました。
扱っているプロダクトも金融サービスであり、お客さまの資産に影響を及ぼす領域なので社会に何をなすべきかを追求し、幸せを目指そうと思います。
参考文献
-
https://www.edx.org/learn/science/tokyo-institute-of-technology-science-engineering-ai-data-ethics-ke-xue-ji-shu-ailun-li ↩︎
-
https://users.ece.utexas.edu/~holmes/Teaching/EE302/Slides/UnitOne/tsld002.htm#:~:text=ABET* Definition of Engineering The profession in which,forces of nature for the benefit of mankind. ↩︎
-
https://www.ieee.org/about/corporate/governance/p7-8.html ↩︎
-
科学技術倫理第2回「技術者が倫理的な意思決定を迫られるとき」より ↩︎
-
科学技術倫理第1回「なぜ今、科学技術倫理か。」より ↩︎
Discussion