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音響学入門:スピーカーシステムの高調波歪率特性
スピーカーシステムの高調波歪率特性とその影響
スピーカーの再生品質を決定する要因の一つに高調波歪み(Harmonic Distortion) があります。高調波歪みは、スピーカーの動作特性やエンクロージャーの影響、クロスオーバーの設定などによって発生し、音質に大きな影響を与えます。本記事では、高調波歪みの要因、測定方法、対策について解説します。
1. 高調波歪みとは?
高調波歪みとは、入力信号に含まれない倍音成分が出力信号に含まれる現象 です。理想的なスピーカーであれば、入力された音と同じ音がそのまま再生されますが、実際にはスピーカーの特性や音響負荷の影響で、高次の倍音が発生 します。
- 1次高調波(基音): オリジナルの入力信号
- 2次高調波: 基音の2倍の周波数
- 3次高調波: 基音の3倍の周波数
- 4次高調波以降: それぞれ基音の整数倍の周波数成分
特に奇数次高調波(3次, 5次, 7次, ...)は、耳に不快な影響を与えやすい ため、これらの抑制が重要となります。
2. 高調波歪みの発生要因
(1) 低音域での高調波歪み
-
エンクロージャーとの組み合わせによる音響負荷の影響
- エンクロージャーの設計が適切でないと、スピーカーの動作が制限され、低音域での歪みが増加。
- 特に バスレフ型(位相反転型) では、ポートの共振による影響を受けやすい。
-
内部定在波による影響
- エンクロージャー内部の吸音材が適切でない場合、定在波 が発生し、低音の特定周波数で共振が起こる。
- これにより、特定の周波数で歪みが発生しやすくなる。
-
エンクロージャーの板材の異常振動
- スピーカーの振動エネルギーがエンクロージャーに伝わり、不必要な共振 を起こすことで高調波歪みが増大。
(2) 中音域での高調波歪み
-
クロスオーバー周波数の設定の悪さ
- クロスオーバーポイントの調整が不適切だと、中音域でスピーカーの負担が大きくなり、過大入力(オーバーロード) による歪みが発生。
- 振動系の共振も影響し、特定の周波数帯域で歪みが増加する。
(3) 高音域での高調波歪み
-
クロスオーバー周波数付近での振動板の共振
- 高音専用スピーカー(ツイーター)は、低い周波数の再生に適していないため、クロスオーバー周波数が低すぎると 大振幅の振動 により歪みが発生。
-
高音限界周波数付近の振動板の共振
- 高音の限界周波数
付近では、振動板が設計通りの動作をしなくなり、不要な振動モードが発生 して高調波歪みが増える。fh
- 高音の限界周波数
3. 高調波歪みの測定方法
スピーカーの高調波歪みを測定するには、以下の方法が一般的です。
(1) 全高調波歪み周波数特性(THD)
Total Harmonic Distortion(全高調波歪み率, THD) を測定し、周波数ごとの歪み率を評価します。
-
: 基音の電圧V_1 -
: 高次高調波の電圧V_2, V_3, V_4, ...
THDが低いほど、スピーカーの音質が良好 であると判断できます。
(2) 高調波歪み率の周波数特性
- 特定の次数(例:2次, 3次, 5次)ごとに高調波歪み率を測定。
- 特に3次、5次、7次などの奇数次高調波を重点的に分析 することで、耳に不快な歪みの影響を把握できる。
(3) 高調波スペクトラム解析
- 高調波の次数ごとのレベル を 周波数スペクトラム として表示する。
- これにより、特定の歪み要因を視覚的に特定しやすくなる。
高調波スペクトラム解析の重要性
- 奇数高調波(3次、5次)が強く現れる場合 → 音質が不快になる傾向がある。
- 低次の偶数高調波(2次、4次)が支配的な場合 → 影響は比較的少ないが、過剰な場合は音の温かみが失われる。
4. 高調波歪みの許容範囲と対策
(1) 高品位再生のための目標
プログラムソース(音源)のダイナミックレンジ拡大 に対応するため、高品位なオーディオシステムでは高調波歪みを -80dB 以下に抑える ことが望ましい。
(2) 高調波歪みの低減策
-
エンクロージャーの設計を最適化
- 内部吸音材を適切に配置し、定在波を抑制。
- エンクロージャーの剛性を高め、不必要な共振を防ぐ。
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クロスオーバー周波数を適切に設定
- 過剰な入力負荷を避けるため、スピーカーユニットの特性に合ったクロスオーバー周波数を選定。
-
高音域の共振を防ぐ
- 振動板の材質を最適化し、高音限界周波数付近の不要な共振を抑える。
まとめ
スピーカーの高調波歪みは、音響負荷、エンクロージャー、クロスオーバー周波数の設定 によって発生し、音質に大きな影響を与えます。
- 低音域では、エンクロージャー設計や定在波の影響に注意。
- 中音域では、クロスオーバーの最適化が重要。
- 高音域では、限界周波数付近の共振を抑える。
- THDや高調波スペクトラム解析を用いて歪みの原因を特定し、対策を講じる。
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