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音響学入門:スピーカーシステムの高調波歪率特性

2025/03/06に公開

スピーカーシステムの高調波歪率特性とその影響

スピーカーの再生品質を決定する要因の一つに高調波歪み(Harmonic Distortion) があります。高調波歪みは、スピーカーの動作特性やエンクロージャーの影響、クロスオーバーの設定などによって発生し、音質に大きな影響を与えます。本記事では、高調波歪みの要因、測定方法、対策について解説します。


1. 高調波歪みとは?

高調波歪みとは、入力信号に含まれない倍音成分が出力信号に含まれる現象 です。理想的なスピーカーであれば、入力された音と同じ音がそのまま再生されますが、実際にはスピーカーの特性や音響負荷の影響で、高次の倍音が発生 します。

  • 1次高調波(基音): オリジナルの入力信号
  • 2次高調波: 基音の2倍の周波数
  • 3次高調波: 基音の3倍の周波数
  • 4次高調波以降: それぞれ基音の整数倍の周波数成分

特に奇数次高調波(3次, 5次, 7次, ...)は、耳に不快な影響を与えやすい ため、これらの抑制が重要となります。


2. 高調波歪みの発生要因

(1) 低音域での高調波歪み

  • エンクロージャーとの組み合わせによる音響負荷の影響

    • エンクロージャーの設計が適切でないと、スピーカーの動作が制限され、低音域での歪みが増加。
    • 特に バスレフ型(位相反転型) では、ポートの共振による影響を受けやすい。
  • 内部定在波による影響

    • エンクロージャー内部の吸音材が適切でない場合、定在波 が発生し、低音の特定周波数で共振が起こる。
    • これにより、特定の周波数で歪みが発生しやすくなる。
  • エンクロージャーの板材の異常振動

    • スピーカーの振動エネルギーがエンクロージャーに伝わり、不必要な共振 を起こすことで高調波歪みが増大。

(2) 中音域での高調波歪み

  • クロスオーバー周波数の設定の悪さ
    • クロスオーバーポイントの調整が不適切だと、中音域でスピーカーの負担が大きくなり、過大入力(オーバーロード) による歪みが発生。
    • 振動系の共振も影響し、特定の周波数帯域で歪みが増加する。

(3) 高音域での高調波歪み

  • クロスオーバー周波数付近での振動板の共振

    • 高音専用スピーカー(ツイーター)は、低い周波数の再生に適していないため、クロスオーバー周波数が低すぎると 大振幅の振動 により歪みが発生。
  • 高音限界周波数付近の振動板の共振

    • 高音の限界周波数fh付近では、振動板が設計通りの動作をしなくなり、不要な振動モードが発生 して高調波歪みが増える。

3. 高調波歪みの測定方法

スピーカーの高調波歪みを測定するには、以下の方法が一般的です。

(1) 全高調波歪み周波数特性(THD)

Total Harmonic Distortion(全高調波歪み率, THD) を測定し、周波数ごとの歪み率を評価します。

THD (\%) = \frac{\sqrt{V_2^2 + V_3^2 + V_4^2 + \dots}}{V_1} \times 100
  • V_1: 基音の電圧
  • V_2, V_3, V_4, ...: 高次高調波の電圧

THDが低いほど、スピーカーの音質が良好 であると判断できます。


(2) 高調波歪み率の周波数特性

  • 特定の次数(例:2次, 3次, 5次)ごとに高調波歪み率を測定。
  • 特に3次、5次、7次などの奇数次高調波を重点的に分析 することで、耳に不快な歪みの影響を把握できる。

(3) 高調波スペクトラム解析

  • 高調波の次数ごとのレベル周波数スペクトラム として表示する。
  • これにより、特定の歪み要因を視覚的に特定しやすくなる。

高調波スペクトラム解析の重要性

  • 奇数高調波(3次、5次)が強く現れる場合 → 音質が不快になる傾向がある。
  • 低次の偶数高調波(2次、4次)が支配的な場合 → 影響は比較的少ないが、過剰な場合は音の温かみが失われる。

4. 高調波歪みの許容範囲と対策

(1) 高品位再生のための目標

プログラムソース(音源)のダイナミックレンジ拡大 に対応するため、高品位なオーディオシステムでは高調波歪みを -80dB 以下に抑える ことが望ましい。

(2) 高調波歪みの低減策

  • エンクロージャーの設計を最適化

    • 内部吸音材を適切に配置し、定在波を抑制。
    • エンクロージャーの剛性を高め、不必要な共振を防ぐ。
  • クロスオーバー周波数を適切に設定

    • 過剰な入力負荷を避けるため、スピーカーユニットの特性に合ったクロスオーバー周波数を選定。
  • 高音域の共振を防ぐ

    • 振動板の材質を最適化し、高音限界周波数付近の不要な共振を抑える。

まとめ

スピーカーの高調波歪みは、音響負荷、エンクロージャー、クロスオーバー周波数の設定 によって発生し、音質に大きな影響を与えます。

  1. 低音域では、エンクロージャー設計や定在波の影響に注意。
  2. 中音域では、クロスオーバーの最適化が重要。
  3. 高音域では、限界周波数付近の共振を抑える。
  4. THDや高調波スペクトラム解析を用いて歪みの原因を特定し、対策を講じる。

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