なぜブラウザはChromeだけではだめなのか?-Web標準とその役割-
フロントエンドエンジニアの皆さん、一度はこう思ったことがあるのではないでしょうか?
「ブラウザがChromeだけなら、もっと楽なのになあ」
現在、一般的に使われているブラウザエンジンは以下の3つです:
- Gecko(Firefox)
- WebKit(Safari)
- Chromium(Chrome)
これらのブラウザエンジンは、Web標準に従って、同じWebページのHTMLを解釈し、ほぼ同じように表示するように設計されています。しかし、実際にはエンジンごとにCSSの挙動が異なることがあり、そのために苦労した経験があるエンジニアも多いのではないでしょうか。(私は最近SafariのGridレイアウトの挙動に悩まされました)
もしブラウザエンジンが1つだけだったら、こうした問題はなくなるかもしれません。
しかし、もし本当にブラウザエンジンが1つだけになってしまった場合、Web標準自体が危機に瀕する可能性があるのです。
Web標準の(ざっくりした)歴史
Web標準とは、Web技術に関する世界的な技術仕様のことです。
1991年にCERNの研究者が世界初のブラウザを公開し、数年のうちにWebは爆発的に普及しました。これに伴い、多くのブラウザが誕生し、膨大な数のWebページが作られるようになりました。
当時のWebは、レイアウトにGIF画像を使ったり、スペースを確保するために <p>
タグを多用するなど、不適切なHTMLが多く、また、ブラウザごとにJavaScriptの実装が異なるといった問題を抱えていました。CSSはすでに仕様として存在していましたが、ブラウザ側の対応は十分ではありませんでした。
こうした状況を改善するため、1993年にWorld Wide Web Consortium(W3C) が設立され、Web技術の仕様書が作成されるようになります。1998年には、Web標準の普及を目的とした団体 Web Standards Project(WaSP) が発足し、ブラウザベンダーに標準化の重要性を呼びかけた結果、HTMLタグやスタイルシートの標準化が急速に進むようになりました。
Web標準の役割
前述のように、Web標準はかつて混沌としていたWebの世界に秩序をもたらしました。
意味を持つ構造化されたHTMLや、レイアウトとコンテンツ構造の分離、ブラウザに搭載されたさまざまなWeb API——これらがどのブラウザでも共通の概念として扱われるようになったのは、Web標準の恩恵です。
また、Web標準は「Webを壊さない」こと、つまり 下位互換性 を維持する役割も果たしています。2000年代に作成された多くの個人サイトが、現代のブラウザでも問題なく閲覧できるのは、標準化が保たれているおかげと言えるでしょう。
なぜブラウザは1つだけではだめなのか
ここまでの文章を読んで、「ブラウザの乱立による混沌を防ぐために標準があるなら、ブラウザが最初から1つならそんな問題自体起こらないんじゃね?」と思った方もいるのではないでしょうか?
しかし、ブラウザが1つに統一されると、技術の進化が停滞し、セキュリティ上のリスクも増大します。さらに、Webの開発企業が1社に集中すると、独占のリスクが高まり、Web全体が特定の企業の影響を受けやすくなります。
現在、Web標準を定めている団体はW3C、IETF、ECMA、WHATWGなどがありますがそれらのいずれの団体も 合議制 を採用しています。
例えばChromeがどんなに素晴らしく革新的に見える提案をしても、基本的にはSafariとFirefox(の少なくとも何方か)を納得させない限りは、それを仕様にすることはできないのです(例えばHTML5の仕様を策定しているWHATWGでは、仕様の追加には最低2つ以上の実装が必要ということになっている)。
このようにして、Web標準は何処かの企業が突出して好き勝手な仕様を決めないようにバランスを取っているのです。
そして冒頭でも述べたように、現在主要なブラウザエンジンは3つしかありません。
そんな中、例えば非営利であるMozillaに限界が来て、Firefoxの開発をやめたら?あるいは(そんなことはほぼ無いだろうが)Appleが採算にあわないと判断してSafariの開発をやめたら(あるいはChromiumを採用してしまうことのほうが現実的かもしれない)?そうなってしまえば、これまで保たれてきたブラウザエンジンの均衡は簡単に崩れてしまうことでしょう。
Google(あるいはApple)が大きな力を持ちWebの仕様を好き勝手定める様になったとき、Webの世界は今より良くなるでしょうか?広告ビジネスの影響を受けずに仕様を定め続けることができるでしょうか?私にはそうは思えません。これが、私が「ブラウザには多様性が必要だ」と主張する理由なのです。
これからのブラウザエンジン
ではWebの世界はこれからMozillaが倒れないことを祈りながら3竦みのギリギリのバランスを保ち続けるしか無いのでしょうか?実はそうでも無いかもしれません。
今年の7月にあるニュースが発表されました。
営利企業の支援を受けず、フルスクラッチでWebブラウザの開発を行う非営利団体、Ladybird Browser Intiative の設立の発表です。
この団体は寄付金で運営し、広告の影響を全く受けない全く新しいブラウザエンジンの開発を目指しています。
2026年にα版が登場予定で、もしこれが上手く行きシェアを獲得することができれば、第4のブラウザエンジンとしてWeb標準に貢献することも大いにあり得ると考えられます。
他にもRust製のブラウザエンジンとしてServoの開発が進められるなど、新たなブラウザエンジンの開発に希望が持てる状況です。
Mozillaの用に中立で非営利なブラウザがもう一つ増えることは、Webの秩序にとって非常に喜ばしいことであり、応援したいものです。
というわけで、この記事を読んでいるあなたも、新しいブラウザの未来のためにLadybirdに寄付をしよう!!!
寄付ページは以下のページで、最低5ドルからの寄付が可能です。
主要なブラウザが増えることは面倒に思えるかもしれませんが、もしあなたが少しでもこの記事の内容に共感していただけたなら、以下のリンクから寄付をお願いします。
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