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コード短編小説「if文の墓場」

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コード短編小説「if文の墓場」

都市の郊外には、誰も近づかない丘があった。
そこは「if文の墓場」と呼ばれていた。

if choice == "yes":
    live()
elif choice == "no":
    die()
else:
    wander()

かつて人々は選択のたびに分岐を刻み、未来を分けてきた。
だが分岐はあまりに増えすぎ、条件の枝葉は無限に伸び、やがて都市を覆い尽くした。


青年は墓場を歩きながら、石碑に刻まれたコードを読む。
「if hunger > 0: steal()」
「if fear: run()」
「if lonely: cry()」

そこに記された条件は、かつての誰かの生の断片だった。
枝分かれした選択肢は、結末に至ることなく途切れ、墓標となって残されていた。


夜、丘の上で青年は端末を開いた。
画面には無限に重なり合う if 文が映し出される。

if dream:
    if regret:
        if love:
            if betrayal:
                ...

スクロールしても終わりはない。
人が「選ぶこと」をやめない限り、条件は増え続けるのだ。


青年はコードに一行だけ追記した。

else:
    break

すると墓場に吹く風が止まり、無数の分岐が静かに崩れ落ちた。
if 文の森は、灰のように舞い上がり、夜空に溶けていった。


翌朝、都市の人々は不思議な夢の話をした。
「選ばなかった未来が消えていった」と。
そして彼らは、久しく忘れていた「一度きりの選択」の重さを、ようやく思い出した。

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