🪦
コード短編小説「if文の墓場」
コード短編小説「if文の墓場」
都市の郊外には、誰も近づかない丘があった。
そこは「if文の墓場」と呼ばれていた。
if choice == "yes":
live()
elif choice == "no":
die()
else:
wander()
かつて人々は選択のたびに分岐を刻み、未来を分けてきた。
だが分岐はあまりに増えすぎ、条件の枝葉は無限に伸び、やがて都市を覆い尽くした。
青年は墓場を歩きながら、石碑に刻まれたコードを読む。
「if hunger > 0: steal()」
「if fear: run()」
「if lonely: cry()」
そこに記された条件は、かつての誰かの生の断片だった。
枝分かれした選択肢は、結末に至ることなく途切れ、墓標となって残されていた。
夜、丘の上で青年は端末を開いた。
画面には無限に重なり合う if 文が映し出される。
if dream:
if regret:
if love:
if betrayal:
...
スクロールしても終わりはない。
人が「選ぶこと」をやめない限り、条件は増え続けるのだ。
青年はコードに一行だけ追記した。
else:
break
すると墓場に吹く風が止まり、無数の分岐が静かに崩れ落ちた。
if 文の森は、灰のように舞い上がり、夜空に溶けていった。
翌朝、都市の人々は不思議な夢の話をした。
「選ばなかった未来が消えていった」と。
そして彼らは、久しく忘れていた「一度きりの選択」の重さを、ようやく思い出した。
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